傾月(神楽屋)

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8/14/2023, 4:49:49 AM

[基本]
良質な睡眠✕7時間
美味しいごはん✕3食
おやつorお酒✕時々
筋トレ&ストレッチ✕毎日適宜
お風呂✕ゆっくり長め

[必要とあらば追加]
1日1大笑い
早起きして朝日を浴びる
良い音楽を聴く

[緊急時]
猫を愛でる
猫をモフる
猫を吸う


―――私の心の処方箋


                   #41【心の健康】

8/13/2023, 8:14:17 AM

小さな赤いピアノ。いわゆる"おもちゃのピアノ"。
30年前、私が生まれた日に父が買ってきたらしい。
「気が早いのよ、昔っから。赤ちゃんが弾ける訳ないのに、ねえ」と母が苦笑いしながら教えてくれた。
鍵盤に触れてみる。チンとズレた音がする。
幼稚園から小学校低学年くらいまではよく弾いていたように思う。しかし他に夢中になることが増えると、すっかり見向きもしなくなっていた。
弾かなくなってからは、納戸にずっとしまい込んでいたのに、最近父が引っ張り出してきたらしい。
「昔を懐かしんでいるのかしらね」と母が言うから、しみじみ感傷に浸っていたら、玄関が開く音がした。
一緒に出かけていた父と夫が帰って来たようだ。

「ただいま!」とリビングに入って来た2人。夫の手には大きな箱。いそいそと箱を開け始める夫とその横でニコニコしている父。箱から中から出てきたのは小さなグランドピアノ…。
「これは?」驚きながら聞く私に、夫は満面の笑みで「もうすぐ生まれてくる我が子に!」と答えた。
母を見ると「お父さんより気が早いわね」と苦笑いしている。父を見ると「いやー、彼に我が娘への初めてのプレゼントの話をしたらな…」と意気揚々と語り出した。

私は大きくなったお腹を撫でながら、困ったパパとジイジね…と我が子に心の中で語りかけた。


―――贈り物



                #40【君が奏でる音楽】

8/11/2023, 2:50:07 PM

「じいちゃーん!」
         「なんや?」
「つばめのすが
 おちてる!」
         「あぁ?」
「どないしよ!」
         「おう
          ちぃと待っとけ」
「じいちゃん?」
         「ほれ
          これでどうや」
「あれ?
 これって」
         「ワシの畑用の帽子や」
「ええの?」
         「かまへん」
「はたけいくとき
 どないするん?」
         「ばあさんに
          さら買うてもらうわ」
「ばあちゃん
 おこらん?」
         「おう、大丈夫や
          ばあさんワシに
          ベタ惚れやからな」
「べたぼれって
 なに?」
                  「ジジイ!」
                  
「あ!
 ばあちゃん!」
                  「孫にいらんこと
                   吹き込まんで
                   ええねん!」
         「別にええやないか
          ほんまのことやねん
          から」
                  「ちと
                   黙っとれ!」
                  「ほれ
                   イチゴでも
                   食べようかね」
「いちご!
 やったー!」
                  「あれ
                   上手いこと
                   考えたな」
         「せやろ!
          惚れ直したか?」
                  「あ
                   ツバメの親が
                   戻ってきたわ」
         「…」
「じいちゃん
 ばあちゃん
 いちごたべよー!」
                  「はいはい
                   食べよう
                   食べよう」
         「ところで
          ワシの帽子…」
                  「しゃーなし
                   やからな!」


―――夫婦と孫とツバメ


                  #39【麦わら帽子】

8/11/2023, 2:51:02 AM

うっかり寝過ごして終着駅まで来てしまった。
時刻表を確認するも、折り返しの列車はもう無い。乗ってきた列車は回送列車となり、車両基地を目指し出発してしまった。…参った。
駅には人の気配が全く無い。どこからか海のにおいがする。乗り過ごしたことが気になったが、ええい儘よと改札を出た。波の音が聞こえる方へ歩いて行く。

街灯はほとんど無い。スマホのライトで足元を照らしながら歩く。程なく、照らされる地面がアスファルトから砂へ変わった。海だ。
夜の海は怖い。黒いうねりが次々と押し寄せてくる。ライトで照らしても、光がそのうねりに飲み込まれていくかのように見える。
波打ち際から少し離れて、防波堤らしきものがある方へ歩く。テトラポットに近付いた時、コトンと小さな音が聞こえた。波の動きに合わせて、テトラポットに何かが当たる音。何が流れ着いたのか気になって照らしてみると、瓶が見えた。
緑色の瓶。レモンの絵が描かれたラベル。アルミのキャップで閉じられているその瓶に、何かが入っているのが見える。
興味が勝った。靴が濡れるのも構わず瓶を拾い上げると、防波堤に登り腰を下ろした。キャップをあけ、中に入っている紙を出した。くるくる巻かれた紙は細い紐で括られている。ちょうちょ結びを解き、巻かれた紙を開く。

『これを読んでいるアナタへ。

 これを拾ってくれて、どうもありがとう。
 突然ですが、1999年11月にワタシは銃で撃たれて死んで
 いるはずです。
 そう依頼したのはワタシだから。

 人生が、どうにもつまらなかった。
 何不自由無く暮らしていたけど、毎日が退屈で退屈で
 仕方なかった。
 どうにかして、この状況から抜け出したかった。

 だから依頼した。
 親の遺産を全て使って、ありとあらゆる伝手を辿って、
 私を銃で撃ち殺してほしいと依頼した。
 
 きっと騒ぎになったはず。
 でも、すぐ忘れられたはず。
 だって世紀末だから。

 これを読んでいるアナタへ。
 この手紙を持って、警察へ行ってください。
 あれは他力本願で人騒がせな自殺だったと、警察に伝
 えてください。
 私にとっては、ちょっとした退屈しのぎだったんです。

 ごめんなさい。
 よろしくお願いします。
                    ワタシより』

黄ばんだ半紙に、筆で書かれた文字。
確かにそんな事件があったように思う。豪邸で一人住まいの若い女性が、自宅で撃たれて亡くなった事件。親の遺産で暮らしていて、働くこともなく社会と関わりを持たずに生きていたらしい。
この手紙を読むまで、そんなことすっかり忘れていた。きっと世間も同じだろう。
海に戻してしまおうかと思ったが、何かの縁だ、警察へ持って行くことにした。腰を上げ、砂を払う。見上げれば満天の星空。ふうっとひと息吐いて一歩踏み出した。

駅舎へ戻ると、人の気配がする。窓口に行き声をかけると、気の良さそうな駅員が出てきた。乗り過ごした旨を説明すると明朝1番の列車で目的の駅まで戻るように言われた。「大丈夫ですよ」という駅員の言葉と笑顔に安堵した。
ベンチに腰を下ろした時に気付いた。海のにおいがしない。波の音も聞こえない。つまりこれに呼ばれたのか。鞄の中でハンカチに包まれた緑色の瓶に目をやる。

『よろしくお願いします』

そう聞こえた気がした。


―――スナイパーとワタシ[緑色の瓶]



                     #38【終点】

8/9/2023, 4:39:35 PM

やってらんねぇ
ビルの屋上で大の字で寝転がる
風が強い
今にも降り出しそうな空模様だ

"上手くいかなくても良い"
"何事もやってみること"
"結果よりも過程が大切"
なんて言ってもらえるのは学生まで

組織の歯車に求められるのは
"リスクヘッジ"
"コスパの良さ"
"上々の結果"

だからと言ってそう易易と
この歯車から抜け出せる訳もなく
たとえ抜け出せたとしても
どうせまた次の歯車になるだけ

虚しさを覚えたところに
頬にポツリと雨粒が落ちる
ごろりと体勢を変える
背中はかなり汚れたに違いない

今日も今日とて組織の指示で働く
最低限の出費で危険を回避しつつ成果を上げる
あーあ、やってらんねぇ
でもやってやるよ
それがプロってもんだからよ

スコープを覗く
ターゲットが見える
風と雨を考慮し軌道を修正する
1発で仕留める

弾の無駄打ちはもったいないオバケが出るってよ


―――スナイパーとワタシ [歯車]


           #37【上手くいかなくたっていい】

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