傾月

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小さな赤いピアノ。いわゆる"おもちゃのピアノ"。
30年前、私が生まれた日に父が買ってきたらしい。
「気が早いのよ、昔っから。赤ちゃんが弾ける訳ないのに、ねえ」と母が苦笑いしながら教えてくれた。
鍵盤に触れてみる。チンとズレた音がする。
幼稚園から小学校低学年くらいまではよく弾いていたように思う。しかし他に夢中になることが増えると、すっかり見向きもしなくなっていた。
弾かなくなってからは、納戸にずっとしまい込んでいたのに、最近父が引っ張り出してきたらしい。
「昔を懐かしんでいるのかしらね」と母が言うから、しみじみ感傷に浸っていたら、玄関が開く音がした。
一緒に出かけていた父と夫が帰って来たようだ。

「ただいま!」とリビングに入って来た2人。夫の手には大きな箱。いそいそと箱を開け始める夫とその横でニコニコしている父。箱から中から出てきたのは小さなグランドピアノ…。
「これは?」驚きながら聞く私に、夫は満面の笑みで「もうすぐ生まれてくる我が子に!」と答えた。
母を見ると「お父さんより気が早いわね」と苦笑いしている。父を見ると「いやー、彼に我が娘への初めてのプレゼントの話をしたらな…」と意気揚々と語り出した。

私は大きくなったお腹を撫でながら、困ったパパとジイジね…と我が子に心の中で語りかけた。


―――贈り物



                #40【君が奏でる音楽】

8/13/2023, 8:14:17 AM