傾月

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うっかり寝過ごして終着駅まで来てしまった。
時刻表を確認するも、折り返しの列車はもう無い。乗ってきた列車は回送列車となり、車両基地を目指し出発してしまった。…参った。
駅には人の気配が全く無い。どこからか海のにおいがする。乗り過ごしたことが気になったが、ええい儘よと改札を出た。波の音が聞こえる方へ歩いて行く。

街灯はほとんど無い。スマホのライトで足元を照らしながら歩く。程なく、照らされる地面がアスファルトから砂へ変わった。海だ。
夜の海は怖い。黒いうねりが次々と押し寄せてくる。ライトで照らしても、光がそのうねりに飲み込まれていくかのように見える。
波打ち際から少し離れて、防波堤らしきものがある方へ歩く。テトラポットに近付いた時、コトンと小さな音が聞こえた。波の動きに合わせて、テトラポットに何かが当たる音。何が流れ着いたのか気になって照らしてみると、瓶が見えた。
緑色の瓶。レモンの絵が描かれたラベル。アルミのキャップで閉じられているその瓶に、何かが入っているのが見える。
興味が勝った。靴が濡れるのも構わず瓶を拾い上げると、防波堤に登り腰を下ろした。キャップをあけ、中に入っている紙を出した。くるくる巻かれた紙は細い紐で括られている。ちょうちょ結びを解き、巻かれた紙を開く。

『これを読んでいるアナタへ。

 これを拾ってくれて、どうもありがとう。
 突然ですが、1999年11月にワタシは銃で撃たれて死んで
 いるはずです。
 そう依頼したのはワタシだから。

 人生が、どうにもつまらなかった。
 何不自由無く暮らしていたけど、毎日が退屈で退屈で
 仕方なかった。
 どうにかして、この状況から抜け出したかった。

 だから依頼した。
 親の遺産を全て使って、ありとあらゆる伝手を辿って、
 私を銃で撃ち殺してほしいと依頼した。
 
 きっと騒ぎになったはず。
 でも、すぐ忘れられたはず。
 だって世紀末だから。

 これを読んでいるアナタへ。
 この手紙を持って、警察へ行ってください。
 あれは他力本願で人騒がせな自殺だったと、警察に伝
 えてください。
 私にとっては、ちょっとした退屈しのぎだったんです。

 ごめんなさい。
 よろしくお願いします。
                    ワタシより』

黄ばんだ半紙に、筆で書かれた文字。
確かにそんな事件があったように思う。豪邸で一人住まいの若い女性が、自宅で撃たれて亡くなった事件。親の遺産で暮らしていて、働くこともなく社会と関わりを持たずに生きていたらしい。
この手紙を読むまで、そんなことすっかり忘れていた。きっと世間も同じだろう。
海に戻してしまおうかと思ったが、何かの縁だ、警察へ持って行くことにした。腰を上げ、砂を払う。見上げれば満天の星空。ふうっとひと息吐いて一歩踏み出した。

駅舎へ戻ると、人の気配がする。窓口に行き声をかけると、気の良さそうな駅員が出てきた。乗り過ごした旨を説明すると明朝1番の列車で目的の駅まで戻るように言われた。「大丈夫ですよ」という駅員の言葉と笑顔に安堵した。
ベンチに腰を下ろした時に気付いた。海のにおいがしない。波の音も聞こえない。つまりこれに呼ばれたのか。鞄の中でハンカチに包まれた緑色の瓶に目をやる。

『よろしくお願いします』

そう聞こえた気がした。


―――スナイパーとワタシ[緑色の瓶]



                     #38【終点】

8/11/2023, 2:51:02 AM