この日々に終わりが来る時、私はこれを思い出すのだろうな、とあの時の自分は漠然と思った。
校長に認められなかった非公式のボードゲームサークル。あの日々は、間違いなく真っ白な私たちの思い出を彩る絵の具になったのだ。
オレンジがあっという間に藍色の空を作るとき
吹奏楽部の練習の音
一発逆転で勝ち確した友達のカードの出し方
心理戦で目が合って吹いた時点で犯人がわかる瞬間
口元を隠し続けたマスク
全員登校が許されなかった広く見える教室
部活の大会が全て休止になった私たちが最後にはまった遊び
どこにも行かないでくれと思った。もうこれ以上奪わないでくれと思った。
私たちの高校生活はきっと、私たちより歳上のあなた方より、歳下のあの子たちより、短かった。
あの時しか味わえない遊び方で、あの時しか味わえない生活リズム。もう二度と味わいたくないあの宣言。
大人から見たら異常と呼ばれた、私の青春の時間。
一つも失いたくない、私たちだけの大切な記憶。
/どこにも行かないで
夢の中の先輩は、自分に怒ってばっかりで眉間に皺を寄せている。寝起きの冷や汗も動悸も、全部この人のせいで間違いない。
俺にだけ分かりやすく不機嫌で、俺の誕生日だけ張り切って準備してくれて、俺の私生活まで口出しして、俺をずっと見てくれている分かりづらい不器用な先輩に、いつか言ってやるのだ。
「あなたを追ってあなたを超えます。」
君の背中を追って、なんてまだ言えた口では当然ない。けれども、あなたが与えてくれた愛と情熱を俺は絶対に無駄にしない。
/君の背中を追って
「私の事は雨だったって思って。そうしたら良い思い出も全部流れて消えるでしょ?」
いつだって災難を呼ぶ彼女は、そう言ってパタリと連絡をしなくなった。そんな別れ方をしたから、むしろ雨が降るたび彼女を思い出してしまう。
雨の香り、涙の跡、彼女のまつ毛、僕のつま先。その全てがひとつも忘れられずに重なってゆく。ひとつも流れずに消えずに、僕の心をチクチクと刺激する。
雨が降る。君のことを考える。君は僕を忘れてゆく。
/雨の香り、涙の跡
満員電車に乗っていると、自分が真人間に見えて安心する。
仕事に向かう自分は、他の誰とも変わらない。誰も私を変な人だと感じてないその環境に胸が安らぐのだ。
糸が切れた操り人形は、今日も真人間のフリをする。
そこに、正解も間違いもひとつもない。ひとつだってない。
/糸
冷たい頬に手を添える。何度も触ってきた肌触りなのに、残酷のように冷たいそれにまた絶望する。
どれほど想ったって、もうこの人には何にも届かないのに僕は相変わらずまた考える。君を思い出す。
「死んだ人ってギリ耳は聞こえるらしいよ。人は一番最初に死んだ人の声を忘れるのに、声を拾う器官は最後まで生きるなんてどうなってるんだろね?」
脳内になるこの声は、明らかに目の前の人の声で、僕の脳内にまだこの声が残っていることに安心してしまった。思い出したのは、平日の昼の何気ない一言だった。高らかな笑い声と共に飛び出した言葉は、ちょっとしたうんちくのようなものだ。
「すきだったよ、すきだよ、なぁ、すきなんだよ、」
その言葉を信じて、僕は耳元で囁いた。派手な事故で鼓膜は破れているかも知れないけれど、今の僕にはそんな事どうだってよかった。
僕は、この人が堪らなく好きだった。
/届かないのに