「もし、私が男の人だったら好きになってた?」
上手く息が吸えなかった。
「男顔だったら私、それなりにモテそう〜」
目の焦点が合わなかった。
「私は、君のこと好きだし」
彼女は楽しそうに笑いながら、ずっと傷付いたような顔をしていた。
「…ごめん、気持ちに応えられなくて」
「ううん、いいの。ちなみにさ、もしも、本当にもしもだよ?もしも君が、女の子にときめいてくれたらなぁ」
出来ない妄想や現実味のない話は得意じゃない。俺はこうしてまた一歩、俺を好きでなくなっていくのだった。
/もしも君が
美しく散ったのは、春の桜で、潔く諦めたのは、冬の僕だった。今でも時より夢を見る。
美しい君の隣を僕が歩いて、そうっと手を繋ぐ。緩やかにカールした黒髪の隙間から僕を見る笑った顔。
あるはずもない妄想だけが上手くなってゆく。
僕は散った桜より、往生際が悪かった。
/美しい
青くない海を見た。白くない雲を見た。藍色の影を見た。紫色の夕陽を見た。
それでもいざ絵を描く時、私は迷いなく海を青色、雲を白色に塗りつぶす。影は灰色、夕陽は橙色にするだろう。
全部私の妄想と偏見だ。肉眼では何種類にも見えた色を一本のクレヨンで塗りつぶしてしまう。
それじゃあ愛は、嫉妬は、ありがとうは、一体何色だろう。どうしてこの世界は、美しくも汚くとも見えるのだろう。
たくさんの綺麗な色が混ざり合って、濁った色になる。決してその色は綺麗とは呼べないのに。
私たちは日々誰かを愛す。そして、誰かを憎んだりもする。殺す動機もきっとみんなある。それが普通かも知れない。でも、ほとんどの人が殺さない。愛する人がいるから、殺せない。この世界はそうやって回る。
だから明日がある。橙色の太陽が顔を出す。黄色の月を照らす。青い海が揺らぐ。私たちは、生きる。
/どうしてこの世界は
稲の匂いがする。土の匂いがする。あいつの家の犬の匂い。汗ばんで黄色くなったファミコンの匂い。
幼い頃から一緒に歩んできた幼馴染が、地元を出た時のツンとした匂い。
上京した彼の追いかけるように僕も東京に出て五年。ようやく飲みにこぎつけた。終電を逃して飲む酒はとんでもなく美味しい。
数年ぶりにあった幼馴染はキラキラしていたのに、僕と話すとあの時の続きのように幼く見える。
よく笑う幼馴染の頬は昔より少しこけていて、髭がザラザラとしていた。
ここは大都会東京。暖色の居酒屋の明かりが彼に当たって、僕はなぜか学校の帰り道を思い出す。
カラオケの、部活の、帰り道。習い事の行き道。上京を見送る道。そして、東京の夜のまち。
君と歩いた道が、ずっと繋がって今になる。
僕らは何度、空が藍色から紫色になる時間を共に過ごしてきたのだろう。
/君と歩いた道
誰かになりたかった、私以外の誰でもいいから誰かになりたかった。
泣きたい気持ちを堪えながらそう伝えても、目の前の人は怒りもせず悲しみもしなかった。仏頂面のまま。
「誰かになりたいは、自分らしさを殺す言葉だよ」
柔らかい声から出た言葉は鋭利で熱くて、私の心を裂くには充分だった。
「それは君を信頼してくれてる人にも失礼だし」
追い討ちをかける言葉はもう耳にすら入れたくない。それでも殺すという強いワードを聞くと先ほどのように無責任に言葉を発することは憚られる。
「じゃ、じゃあ、それなら、…夢見る少女のようになりたい。…これなら、前向きに捉えてくれますか、失礼じゃないですか」
そこでようやく、相手は破顔して言った。
「それなら、ギリセーフ。ほんとにギリギリだよ」
ゲームの勝ち負けのような言い方が今にそぐわなくて可笑しかった。次は、私が笑う番だった。
/夢見る少女のように