かたいなか

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12/12/2024, 3:57:53 AM

「3月30日に書いたのが『何気ないふり』ってお題だった」
何書いたっけな。覚えてねぇや。某所在住物書きは大きく口を開けて、右アゴが地味に痛むのを、それこそ「何でもないフリ」のようにしていた。
リンゴのまるかじりを試したら固かったのだ。

「去年も同じことで悩んだけどさ。何でもない、『フリ』ってどんなフリだろうな」
おお、いたいいたい。気にしない。
物書きは右アゴをさすり、今日もネタに苦心する。

――――――

ゲームコラボのアイパレットを買った。

私が推してるゲームは、性質上、日用品や特定の食べ物との親和性が高くて、
時折、ネットストアにせよ、リアルのストアにせよ、コラボが展開されてる。
主要キャラのひとりがコタツムリ、かつ主食の頻度でミカンを食べるから、
その手の農協さんとコラボしたこともあったし。
同じく主要キャラのひとりが、ペンの形をしたアイテムで戦ったことがあったから、
その手の文具メーカーとコラボもしたし。

今回は化粧品メーカーとのコラボ。
完全に、普段遣いできるケースデザインと中身。
「手繋ぎのアイパレット」っていうアイテムだ。
ドワーフホトっていう、ウサギのビジネスネームを持ってるキャラのアイテムだ。

私の推しカプの右と左が手を繋いだきっかけを作ってくれたパレットの商品化である。
6個買った。
普段遣い用と普段遣い用のスペアと更にそのスペアと、保存用と観賞用と布教用だ。
おお、ホト様、ル部長とツー様の手を繋いでくださった、ドワーフホト様。
ありがとうございます(五体投地)
ありがとうございます(感謝の拝礼)

なお、仕事用メイクにも対応可能な、ガチで普段遣い可能な色ばかりが揃ってる、コラボアイテムながら優秀なパレットなので、
せっかくだし、職場に付けてってみる。

ファンアイテムだけど、何でもないフリ。
コラボアイテムだけど、何でもないフリ。
細かいところまで結構観察してる新卒ちゃんは、私の化粧が変わったことに気付いたみたい。
だけど時間はそのまま流れて、
誰からも、特に突っ込んだことは聞かれず、
「どこのメーカーのやつ?」とも言われず……
そのまま、夜になった。

――…「酷いよ!ちょっとくらい、聞いてよぉ!」
夜は、丁度私の推しゲーのコスプレグループが、ひとつの魔女風な喫茶店を貸し切って、コラボコスメの発売記念オフ会をやってた。
何でもないフリもせず、ガッツリ化粧直しして、ちょっと参加してきた。

なお新卒ちゃんを道連れだ。
新卒ちゃんを、沼に落とすのだ。
ホト様コスの神様に、直々にコラボコスメを付けてもらって、新卒ちゃんは少し嬉しそうだ。
よしよし。沈め。しずめ……(腕組みと微笑)

「しゃーないよ。『普段遣い特化』だもん」
昔っからの私の創作仲間は、ゲームに登場する某タバコ部長の服だけコスをして、タバコ型クッキーをぽりぽり、ポリポリ。
「完全に日常の使用に耐えるアイテムってのが、公式様のポリシーでしょ。そんな気づかないよ」
しゃーない、しゃーない。
1本食べ終えて、2本目。タバコを吸うマネを、タバコ型クッキーで再現する親友は、遠くでパフォーマンスしてるスフィンクス様コスの声に振り返った。

「見たまえ、諸君。これこそ俺様のコタツ、『Ko-Ta2』の根幹、セントラルコア。
滅びた世界が最期の間際まで溜め込み続けた、夏と太陽と暖かさと暑さと、火のチカラの結晶!
再生と完全の業火。日向夏である!!」
本物のコタツムリさん、本物のスフィンクス様と見間違う声と姿で、スフィ様コスのひとが大きなミカンの形の宝石を掲げると、
周囲のスフィ様推しは歓喜の声、感謝の写真と動画と以下略、それからお布施。

店内にどういうギミックを仕込んでたのか、
スフィ様コスさんが掲げたミカンジェムから、
火の粉みたいな光が溢れて、周囲を照らして、
なんなら、室温が少し上がった心地さえする。

誰もが光のショーに釘付けだ。誰もがスマホでそれを撮って、誰もが自分の近くに飛んでくる「熱くない火の粉」に触れて、喜んでた。
新卒ちゃんは、このパフォーマンスも気に入ったらしい。何でもないフリしてるけど、目がキラキラ輝いてた。 よしよし沈め……(以下略)

「せんぱい、あれも、」
ホト様コスの人からアイメイクをしてもらって帰ってきた新卒ちゃんが、
光と暖かさと気持ちの明るさを室内にもたらすミカンジェムを指さして、聞いてきた。
「先輩がやってるゲームに、出てくるんですか」

「そうだよ。日向夏っていうの」
新卒ちゃんを見る私の顔は、どんなだったろう。
「ホト様がスフィ様に贈って、スフィ様をミカンキャラに決定づけた、2個目の宝石でね――」

12/11/2024, 6:17:27 AM

「某ポケモ◯の、第2世代だったかな、『あなたにとってポケ◯ンは友達?仲間?道具?』みたいな3択答えさせるイベントがあったんだわ」
7月に「友情」と「友だちの思い出」、10月に「友達」がお題に出て、次は仲間か。
某所在住物書きは相変わらず、ため息を吐いて呟いた。わぁ。今回も簡単そうで高難度。

「当時はガキだったから、普通に『仲間』選んだけど、今思えばさ、道具だってバチクソ大事なら手入れもするし長い付き合いになるし、定期メンテもするじゃん。意外と、意外と……」
考えてみろよ、職場の仕事道具と入れ替わり激しい仕事仲間、どっちが大事にされてるよ。道具だろ。
再度ため息を吐き、物書きがぽつり。
「まぁ屁理屈だけどさ」

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店、昼休憩。
お題回収役の名前を後輩、もとい後輩といい、
昼食後スマホを取り出して推しのゲームを起動し、
ガチャを、引いて、ひいて、ヒイテ。
現在、重複した低レアのキャラクターを、強化素材やガチャ石等々に、変換している。

虚無っている。瞳から、光が消えている。
つまり「そういうこと」である。

スポポポン、スポポポン、ポン。
高葉井のスマホの中では、選択されたコモンと、ノーマルと、スーパーレアの合計6種類20名が、
一気にまとめて、コタツの中に収容されて、
絶賛コタツムリ中の女性がスイッチをポン。
入れ替わりに経験値用ミカンとランクアップ用素材と、それからガチャ石が、排出された。

システム名、「スフィンクスのコタツ」。
ガチャで不要になった、あるいは重複し過ぎた「推しの『仲間』」を、推しのレベルなりスキル強化なりの足しにするコンテンツである。

「事前アナウンス、無かったけどさ」
虚無の瞳で高葉井が言った。
「今日からコモンとノーマルとスーレアと、SSRの上に、『クリスタルレア』っていうのが、キャラ名を出さずにサイレント実装されたんだってさ」

「へー。大変だね」
ととん、タン。 ととん、タン。
聞き手の、「付烏月」と書いて「ツウキ」と読む男は、ほぼほぼ自動応答状態。
早めに休憩を切り上げて、速乾インキによりチラシのスタンプ業務を再開している。
「後輩ちゃんの推しが、そのクリスタルレアでガチャに実装されて、爆死しちゃったの?」

「違うの。クリスタルレア、ガチャで出ないの」
「そーなんだー」
「推しは、どっちも、新規ガチャでSSR実装なの。ヒーロー・ヒロインコスの新規絵で、新規ボイス収録なの。アドミンジャーなの」
「そーなんだー」
「クリスタルレアは、スフィンクス様のコタツで、0.0001%の確率で、出てくるの。
今日、最初の1人が実装されたんだけど、『誰』が実装されたか、告知されてないの」
「ふーん」

「ちゃんと聞いてる?ツウキさん」
「そっちも虚無って自動音声状態でしょ?」
「うん」

スポポポン、スポポポン。
高葉井のスマホからは、既に完凸済みな、レア度の低い「仲間」の変換音が途切れない。
「夢、見たの。推しカプどっちも出てくる夢」
高葉井が言った。すなわち爆死の弁明であった。
「夢を信じないで、素直に、ピックアップ選択確定チケット使うべきだったのかなぁ」
スポポポン、スポポポン。
Nコリーさん、Sレアルー部長、行っておいで。
3%を引き当てて、ガチャ石になって帰っておいで。
高葉井はスマホをタップして、タップして、
「ん?」
最後の「仲間」を「スフィンクスのコタツ」に突っ込んだ途端、パタリ、指が固まった。

ロードを挟んだのだ。

「えっ、えっ、……え??」
見慣れたコタツの画面にも、変化があった。
コタツムリの女性が、コタツからミカンを取り出して、掲げたのだ。
それは透き通った、クリスタルの文旦。スフィンクスの至宝。「水晶文旦」であった。

掲げたクリスタルミカンが光を放ち、コタツムリの女性は不敵に笑う。「仲間」の変換結果に従って、獲得アイテム一覧が表示される。

ひゅっ。 高葉井が声無き驚愕の悲鳴を上げた。
20人の「仲間」を変換して、得たのはガチャ石2枠と、経験値用ミカン10枠、強化素材7枠。
残り1枠に「New!」のアイコンが付随している。
「新しい『仲間』」を得たのだ。
すなわち「0.0001%」の奇跡を――本日実装の新レアリティ、「クリスタルレア」を。

「なんで推しが夢に出てきたか、分かった」
高葉井の声は嬉し泣きに震えていた。
「クリスタルレアで実装されたの、ルリビタキ前部長だった。ルリビタキ現部長……私の推しの右側の、亡くなった先代さんだ。これが理由だったんだ」

「……お祝いのケーキ、注文承るよん」
はぁ。それは、良かったね。 菓子作りがトレンドの付烏月はすぐにメモを用意。
「モチーフは?」
高葉井のオーダーを、先回りで質問した。

12/10/2024, 3:41:42 AM

「手を、繋いでほしい要望なのか、既に繋いでる状態を言ってるのか。どっちだろうな」
おそらく類語に、手を「握って」、「掴んで」等があると思われる。それらではなく、敢えて「繋いで」とする狙いはどこだろう。
某所在住物書きは頭をかき、天井を見上げた。

「『手錠で柱に』手を繋いで、とかなら、刑事ネタ行けるだろうけどな。どうだろうな」
ひとつ変わり種を閃くも、物語を書く前に却下。
「……そもそも『人間の手』である必要性は?」

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
お題回収役の名前を、後輩、もとい高葉井といい、
推しのゲームと推しカプグッズに、「そこそこ」の額を、毎月、貢いでおりました。
このたびそのゲームから、
有名化粧品ブランドとのコラボで、
アイシャドウとアイパレットが出るそうで。

通常販売のアイシャドウは、構いません。
抽選販売のアイパレットに、用事があるのです。

「神様、仏様、スフィンクス様!」
稲荷神社の賽銭箱に、高葉井、5円玉を大量投下。
「どうか、どうか!抽選販売当選を!!」
それは、高葉井の推しカプの左側が、コミカライズ版で実際に使用したアイパレットの再現なのです。
手を繋いだ相手に不思議なチカラを付与できる、
その名も「手繋ぎのアイパレット」。

推しカプが手を繋いだアイパレットだったのです。

「かしこみ、かしこみ!お願いしますッッ!!
どうか、ツ様とル部長のアイパレットを……!」
パン、パン。手を叩いて、手を合わせて、
ウェブ申し込みも済ませた後輩、高葉井です。
あとは当落結果が判明する深夜0時まで、
仕事してごはん食べて、仕事して部屋に帰って、
そして、おふとんに入り、スマホを見つめ、胸に手を置き緊張をどうにかこうにか整えt

――「……へ?」
気が付けば、高葉井、
自分の推しゲームに登場する経理部のブースで、
推しゲームに登場するコタツの中にスッポリ入り、
目の前にはコタツの主、推しゲームに登場する女性、スフィンクス。 夢でしょう。そうでしょう。

「よしよし。転送完了!」
彼女の言葉を聞く限り、「スフィンクスがコタツに高葉井を転送召喚した」という設定のようです。
「感謝しろ、『ツル至上銀行ATM』。
ツの方が、アンタに物申したいらしいから、俺様が直々に、世界線管理局に招待してやったのだ!」

「ツル至上銀行ATM」。どこかで聞いた名前です。
それは高葉井のゲームアカウント名であり、
過去作、前々回投稿分が初登場の単語なのですが、
スワイプが面倒なので、気にしてはなりません。

「よし、不知火24+1の諸君。連れてゆけッ!」

ころころころ、コロコロコロ。
頭の上にハテナマークを量産中の高葉井、正座のまんま、24個と1個のポッチ付きミカンに乗せられて、
台車の上の献上物よろしく、あるいはベルトコンベアの上の梱包物よろしく、運ばれてゆきます。
「これ、24個が不知火ミカンで、1個が某商標登録済みのデコさんなんだよね」

そのまま高葉井、ミカンに乗って、廊下を渡って、
コロコロコロ、ころころころ。
推しが勤めている設定の、法務部に進入しまして、
応接フロアに辿り着き――

「あなたが高葉井さんか!」
高葉井とうとう、推しゲームの推しキャラ、推しカプの左に、名字を呼ばれる栄誉を得たのでした。
「私は、法務部総務課のツバメ。あれだけ私達のガチャに課金なさっているなら、もうご存知か」

なんだか、推しカプの左に、握手されて、手を繋いで、ミカンの上から床に下ろされた気がします。
後輩もとい高葉井の頭は、尊さと至福でいっぱい。
「あなたの名前は、ハシボソガラス前主任から伺った。実は、用事があるのは『私』というより、『私の上司』の、ルリビタキ部長なんだ」
あなたなら、彼のこともご存知だろうな。
高葉井の素っ頓狂も構わず、「ツバメ」と名乗った高解像度の推しキャラは、無圧縮の音質で、
ずっと、ずっと、高葉井に言葉を流し続けました。

さて、そろそろクライマックス。
「そいつが高葉井か!」
突然、高葉井の推しの右の方が現れたのです!
「法務部総務課のルリビタキだ。経理と広報のゲーム運営部門から、お前の継続課金分が、全額俺のタバコ経費になっていると聞いて、直接、礼をだな。
本当に、ほんとうに、いつも、本当に世話に……」
ぶんぶんぶん、ブンブンブン。
高葉井の推しの右の方は、両手で高葉井の右手を包み、手を握り振って、それから…… パタン。

「ツバメ!医務に連絡。ヤマカガシには繋げるな」
推しの急速かつ過剰な供給で、心魂が一瞬にして飽和してしまった高葉井は、ほぼ失神。
重篤な急性尊み中毒により、倒れてしまいました。

ああ、ル部長が、後輩の頸動脈に指を当てています。ル部長が、高葉井の胸骨のあたりに手を当てて、呼吸の有無を確認しています。
それからそれから、ああ、それから。
ル部長が、高葉井を、お姫様抱っこして、
「脈がはやい。経理のやつら、薬でも盛ったか」
「あの、部長、多分それ、あなたが高葉井さんから手を離せば、少しはマシに治っ、
だから部長、それ、多分逆効果ですって、部長、ルリビタキ部長!だから、ああもう――……」

気が付けば高葉井、自宅アパートのベッドの上。
冒頭の抽選販売なアイパレットは、無事、抽選販売当選のハッピーエンドを迎えましたとさ。

12/9/2024, 3:56:20 AM

「『ありがとう』も『ごめんね』も、双方、単品でなら昔のお題で書いた記憶があるわ」
去年の「ありがとう」については、バチクソ長い文章のお題だった筈だが、何十字であったか。
某所在住物書きは数ヶ月前対峙した長文を懐かしみ、天井を見上げた。
「今回は、ありがとうと、ごめんねのセットか」

同時に出てくる状況など、ソシャゲのサービス終了告知とか、軽く何か誰かに面倒事を手伝ってもらった時くらいしか、思い浮かばぬ。
物書きは「平素より」から続く文章をネット検索にかけた。 何か、ネタが出てくるかもしれない。

――――――

まさかまさかの、前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、手押しのおでん屋台、深夜。
ひとりの男性客が、既にごぼう巻きと、がんもを楽しんでおり、店主と談笑中。

「酷いじゃないですか。カラス前主任」
ひとり、別の男がのれんを分けて、入ってくる。
前回投稿分で藤森を、自分の同僚と勘違いし続けた男、「ツバメ」である。
「あなたが『支店倉庫には俺のお気に入りが居るかも』と仰っしゃったから、どんな局員だと思ったら。『ここ』の世界の一般市民じゃないですか」
「カラス」と呼ばれた先客は、ツボったらしく、爆笑。まさに、イタズラ的に騙したのだ。

今週イチの笑いをありがとう、ごめんね、でも本当に、ほんとうにありがとう。
ヒーヒー腹を抑えるカラスはご満悦。
「で、」
カラスが言った。
「俺はいつから世界線管理局に復職すれば良い?」

――…場面が変わり、翌日の朝。
前回投稿分でツバメの他に「混沌倉庫支店」を訪れていた、藤森の方に舞台と視点を切り変える。

藤森はお天道、もとい緒天戸とともに、
彼等の仕事部屋で、椅子に座る己の上司の後ろに立ち、あわれな意地悪従業員をまっすぐ見つめている。
自分より若くて高待遇な者にばかりイヤガラシをする総務課職員、「五夜十嵐」という。

「申し訳ありませんでした」
五夜十嵐は己の為した悪事について、緒天戸から追求を受けていた。藤森が悪事の証拠を得たのだ。
「勘違いだったのです。てっきり効力が切れているとばかり思っていました。藤森は『この部屋の掃除』で忙しいだろうから、代わりに書類を」
藤森の代わりに、不要な書類を破棄してやっていたのだ――と、言い終える前に、藤森が一歩前へ。

「つまり、有効な契約と失効した契約の書類の区別が、五夜十嵐課長補佐ご自身、ついていないと」
藤森に対する五夜十嵐の悪質なイタズラ、イヤガラシは、つまりこうであった。
藤森が取ってきた契約の書類のいくつかを倉庫支店に捨て隠し、これによって客からの印象を、どん底に落としてやろうとしたのである。
「正直に仰っしゃってください。あなたがご自身の契約書類に関しては、正確に破棄期間を理解していらっしゃるのは、既に把握しています」

「客に迷惑がかかる方法で、まぁ期間限定だけどよ、それでも『俺直属の部下』をイジメるとは。
随分、ずいぶん、恐れ知らずだなぁ。五夜十嵐」
椅子に座り直し、満足そうに指を組む緒天戸は、
藤森の上司であり、かつ、五夜十嵐の上司。
この職場のトップ。最上の役員であった。
五夜十嵐は己の雇い主に、己の悪事がバレたのだ。

「藤森!許してくれ!すまん!」
職を失うかもしれない。緊張と恐怖に五夜十嵐は、勢いよく頭を下げ、膝を折り、床に手をつけた。
「どうか!どうかチャンスを!今一度!
お前はよくよく、この部屋を総務課の代わりに、キレイに掃除してくれる。感謝しているんだ!
お前は優しいとも聞いている!もうこんな嫌がらせはしない、すまん!たのむ!」
今までのキャリアが、今の地位と金が、それを所持しているために享受できる優越感が。
五夜十嵐はどうしても、手放せない。

「どうする、藤森?」
つっても、俺の中では処遇は決まってるけどよ。
敢えて藤森に聞く緒天戸は意地が悪い。

「謝罪については、ありがとうございます」
藤森は言った。
「しかし、すみません。
あなたが私以外に、過去何年も、何人も、
似た手口で悪事を働いている証拠も、有るので」
ありがとう。ごめんね。 藤森は淡々と、誠実に、あわれな職員の所業リストを提示した。

12/8/2024, 4:41:14 AM

「随分前に、『狭い部屋』と『静寂に包まれた部屋』っつーお題なら出てた」
部屋シリーズもこれで3回目。何を書いたか過去のことは覚えていないが、まぁ、気にしない。
静寂に包まれた狭い部屋の片隅で物語を、
某所在住物書きが書いているワケでもなく、少なくとも、執筆の際、適当にBGMでも流しておるのだ。

「食い物の番組は、よく観るよな」
物書きがぽつり、つぶやく。このアカウントでの投稿に食べ物ネタが多いのは、狭い部屋で続く食い物番組の連続視聴が理由かもしれない。

――――――

「部屋の片隅」という概念は、様々な世界において、古今東西多種多様な「役割」を担当してきた。
後に寝返る悪役は部屋の片隅で笑う。
事件解決の糸口は部屋の片隅で見つかる。
孤独に泣く少女は部屋の片隅に寄り掛かるし、
恋する青年の序は部屋の片隅の1冊かもしれない。
あらゆる「部屋の片隅」は、あらゆる「重要場面」を内包し、誰かに「その先」をもたらしてきた。

この物語ではそんな「部屋の片隅」が、概念として結晶化して、都内某所に珍妙な倉庫を爆誕させた。

珍妙倉庫は元々、某職場の某支店であった。
あんまり立地が良いもので、他の支店連中が、倉庫だの物置だの、あるいは「見られたくないもの」のゴミ捨て場だのに利用しておったところ、
無人支店になった途端、物置レベルが爆速上昇。
そこに放り込めば、二度と戻ってこないが、確実にありとあらゆる物がそこに眠っている。
付いた共通認識が「混沌倉庫支店」であった。

何故ここまで詳細に記述するかというと、
すなわちこの倉庫に、お題回収役2名が、それぞれ別の用事でもって、その日訪れたのであった。
片方は「世界線管理局」とかいう厨二ジョブ。「部屋の片隅」の概念結晶を回収するために。
もう片方は混沌倉庫支店を抱える本店の従業員。この倉庫に自分の仕事書類が投げ込まれたので、その犯人を捕まえる証拠を得るために。

「始めまして。総務課のツバメです」
本店従業員の藤森が「混沌倉庫支店」に到着すると、既に厨二ジョブ側のツバメが先客として居て、
まずツバメから、初対面の挨拶を為した。
「用事が終わればすぐ消えるので、お構いなく」
「同僚(そうむか)」か。珍しい名字の方だ。
藤森も藤森で軽く昼の挨拶を交わして、あちこち散らばるチラシやら酒瓶やらを片付ける。
「私も総務課の者です。藤森です。諸用と片付けで来ただけですので、こちらもお構いなく」

ところで双方、所属としては同じ「総務課」だが、
勤め先が全然違うことにサッパリ気付いていない。

「片付けとは、藤森さん?」
「そのままの意味ですよ。『あるもの』を探しているのですが、あちこちゴミだらけだ。まず掃除と整理をして、不要なものをどけないと」
「なんだ。つまり、あなたも探しものか」

「そちらは何の用事で、えぇと、ツバメさん?」
「遺物回収です。ここを『混沌倉庫』とかいう魔界にした元凶を、回収するために」
「異物回収……なんだ。あなたも要は掃除か。
つまり手伝ってくださる?」
「逆に、藤森さん、あなたが私の作業を手伝わされている可能性の方が高い気が」

会話がいびつに噛み合ってしまって、どちらも勘違いを勘違いと理解できないまま。
ふたりしか居ない物置支店で、「要するに探しものをしている」の大前提は一緒なので、
そのまま協力して、作業がはかどる、はかどる。

「藤森、そっちはどうだ」
「サッパリです。こちらには無いようだ」
最初はそれぞれ、片付けに関する情報提供だけしていたものの、1時間もすれば話題が枯れる。
「後輩のゲームの、課金額を捻出するためにシェアランチとシェアディナー?大変だな。藤森」
「来週から、なんでもヒーロー・ヒロイン系のイラストの新しいガチャが実装されるとかで」
「そのゲーム、後輩のアカウント名を聞いても?」
「『ツル至上銀行ATM』だったかな」

「ちょっとその後輩さんの連絡先を」
「断りますが?」
「どうしても、伝えたいことが」
「伝言なら預かりますが……??」

そろそろこのあたりで、お題回収。
双方、「部屋の片隅で」目当ての物を見つけた。
藤森は悪質イタズラ犯のクッキリとした靴の跡を。
ツバメは混沌倉庫支店の「部屋の片隅」に妙な闇の穴を生成しているアンティーク調の宝石鍵を。
見つけた、 見つけた。 呟いたのもほぼ同時。
互いが互いの仕事の終了を、すぐに理解した。

「先に、失礼します」
藤森がツバメを置いて、支店から出ていく。
「私が借りた方の鍵を置いておきます。あなたのと一緒に、事務の鍵田さんに返しておいてください」

「かぎ?」
ここでようやく、ツバメが気付く。
ツバメは混沌倉庫に、「鍵」を使わず入り込んだ。
そもそもツバメの勤務先、「世界線管理局」の事務員に、「カギタ」という人物は居ない。
「えっ、藤森??」
おまえ、そういえば「誰」だ? 「知らない職場」の鍵を預けられて、ツバメは完全に目が点。
「部屋の片隅で」、途方に暮れておったとさ。

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