「すれ違い、スレ違い。ゴマ『すれ』って言ってるのか機密情報入りUSBスって来いって話なのか。
距離ですれ違ったか心理的にすれ違ったか、言葉の意味が違ったって『すれ違い』もあるわな」
あとはなんだ。「すれ違い通信」?某所在住物書きは去年投稿分を確認しながら、ため息をひとつ。
去年は「スーパーですれ違った職場の先輩が、後輩のためにハロウィンスイーツの下見に来ていた」の話だった。 では今年は?
「……『すれ違いの心理学』?」
突然ぽつり。物語のネタがあまりにも思い浮かばないので、本棚の所蔵タイトルに「すれ違い」をつけて遊び始めたのだ――「すれ違いの戦略図鑑」など、なんとあざとい香りのすることか。
「『すれ違いは酒のつまみ』……?」
意外と面白い。物書きは執筆そっしのけで……
――――――
「すれ違いの喫茶店」。なかなかエモい言葉です。
今回はこの「すれ違い」で、物書きがおはなしをひとつ、お届けします。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
その日は昨日の暑さが嘘のように、突然気温がストンと落ちましたので、くしゅん、くしゅん!
子狐コンコン、朝は寒さで起きたのでした。
「かかさん。かかさん、さむいね」
修行で貯めた白銅貨の100円玉と、新人柴さんの1000円札をお財布に入れて、コンコン子狐、お母さん狐にペロペロ甘えます。
「かかさん、さむいから、魔女のおばちゃんの喫茶店で、あったかいスープもらってきてあげる」
こんな寒い朝に、子狐の大好きな母狐は、ごはんの準備なんかしたくないに違いありません。
コンコン子狐は純粋で尊い思いやりの心から、母狐のために美味しい美味しいスープを、テイクアウトしてくることにしたのでした。
母狐は遠い遠い北国から嫁いできたので、東京の秋くらいへっちゃら。なんともありません。
でも子狐の優しい「すれ違い」が嬉しかったので、子狐のやりたいように、させてやりました。
「車と悪い人間に気を付けて行ってくるのですよ」
子狐コンコン、人間にしっかり化けて、稲荷神社から人間の世界に出てゆきます。
子狐コンコン、かわいい狐耳も狐尻尾もぜんぶ隠して、人間の世界に出てゆきます。
人通りの少ない路地を抜けて、子狐が辿り着いたのは、去年東京に越してきた魔女のおばあさんの喫茶店。大釜で煮込む月替りスープが絶品です。
今月はカブのスープだったかしら。
「おばちゃん!おはよーございます!」
コンコン子狐、本当はお店に一番乗りしたかったのですが、その日は既に数人の、人間のお客様がご来店。子狐は15番乗りくらいでした。
「おばちゃん、あったかいカブのスープ、このお鍋にいっぱいいっぱいください!」
葉っぱじゃないお金も、ちゃんとあります。子狐はお家から持ってきた保温機能付きのお鍋をおばあちゃんに掲げて、元気いっぱい、言いました。
「あら子狐ちゃん。いらっしゃい」
ところで魔女のおばあちゃん。なんだか困った顔をしています。どうしたのでしょう。
「カブのスープは昨日で終わってしまったの」
今日からはこっち。10月31日まで限定の、パンプキンスープよ。魔女のおばあちゃん、大釜のフタを開けて、子狐にスープを見せてやりました。
「残ってたカブのスープも、ついさっき注文で出てしまったわ。ごめんなさいね」
「すれ違いデーだ!」
「『すれ違いデー』?なぁに、それ?」
「キツネ、お客さんから聞いた。おばちゃんのお店、月に1回、すれ違いデーがある」
「そんなの私、設定してないわよ」
「だって、お客さん言った」
「不思議ねぇ」
「だれか、なにか、どこか。ゼッタイすれ違うの。
きっと今日だったんだ。だからお客さん、朝からこんなにいっぱい、いっぱい居るんだ」
「うーん。不思議ねぇ……」
ウチの大金ダイスキーなジンジャーとウルシが、また何か妙なことを企んでるのかしら。
魔女のおばあちゃん、子狐より大きな手で子狐から鍋を受け取りまして、大釜からスープをたっぷり、ちょっとオマケして入れてやります。
「子狐ちゃん」
魔女のおばあちゃん、言いました。
「使い魔猫のジンジャーとウルシを見かけたら、『話がある』って伝えておいてくれる?」
あったかスープのお鍋を抱えて、幸せそうにコンコン子狐、お家に帰ってゆきました。
「すれ違い」のお題のとおり、魔女のおばあちゃんに言われた「使い魔猫」とは、ガッツリしっかり道路違いで、すれ違いましたとさ。
「『秋』はねぇ、先月2回遭遇してるのよ。22日付近の『秋恋』と、26日あたりの『秋🍁』と」
3度目の秋ネタである。某所在住物書きは己の過去投稿分を辿った。 「秋」は「秋に行われる神社での神事&祭」、「秋恋」は「ちゅら恋紅」なるサツマイモで作ったスイーツのハナシを書いたらしい。
ところで。 去年は「4度目の秋」があった。
「秋を連想させる」というだけならもうひとつだ。
「下手すれば今年も秋のハナシをあと2回、書く可能性があるワケよな……」
ため息ひとつ吐いて、物書きは外を見る。東京は午後から雨だという。
――――――
「秋晴れ」は、乾燥した移動性低気圧が云々で、月見にもよく、等圧線の広さにより風が穏やか。
取り敢えず本棚の資料を漁ってみたものの、
「要するに秋晴れの夜空で月見」のネタが書けるのだ、程度しかエモいハナシは思い浮かばない物書き。今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。丑三つ時、すなわち日付が変わって長針が2周し終えて間もなくの真夜中に、
花咲き風吹き渡る雪国の出身者、名前を藤森というのですが、その藤森が自宅近くの稲荷神社付近で、
昔ながらの手押し屋台が赤ちょうちん出して、おでん屋の営業などしているのを見つけました。
「屋台?」
東京で屋台なんて、珍しい。藤森は首を傾けます。
今じゃコンビニの氾濫に治安の悪化、後継者の不足等々で、手押し屋台のおでん屋なんて、数えるくらいしか残っていないのに。
その屋台が、藤森の目の前に居るのです。
「明日の朝は、おでんにするか」
丁度良い。東京も少しだけ秋の気配。朝夕が微妙かつ地味に涼しくなってきたところです。
おでんをテイクアウトして、具をおかずに、汁の一部を少し薄めてお吸い物にするのも良いでしょう。
あるいは深夜の今頃でも、糖質ほぼゼロなこんにゃく程度なら、食べたってインスリンも膵臓も、脂肪細胞も目をつぶってくれるかもしれません。
秋晴れの夜空に冷えた空気の中、湯気たつ温かいおでんを屋外で食べるなんて、どれほど贅沢な秋の寒暖差つ有効活用でしょう。
「こん、」
こんばんは。 念のために電子マネーやスマホの残高だけでなく、マネークリップやコインケースの中の現金も確認した藤森。のれんの中に入ります。
「……コン……?」
声を詰まらせたのは、屋台がバチクソニッチなおでんも網羅していたから、ではありません。
「丑三つ時」です。
屋台の椅子に、大人のホンドギツネのオスと大人の2本尻尾なイエネコのオスがお座りして、
ホンドギツネの方など、前足で器用におちょこを持ち、ベロンベロンに酔っ払っておったのです。
「あのね。私も、漢方医をやって長いけどね。
最近は『ネットで調べたこの薬だけ処方してください』とか『ネットではこう言われてるので』とか言う『博識な』患者さんが増えてきてね……」
ホンドギツネ、言葉まで喋っております。
ぽん、ぽん。2本尻尾のイエネコが、ホンドギツネの肩を優しく、同情と共感的に叩きました。
「おや。いらっしゃい」
屋台の店主さん、何も不思議や怪異は無いとばかりに、正気なトーンで藤森に挨拶。
かけつけ一杯、ひとまずノンアルの日本酒です。
よく見たら店主さん、優しいおめめがヘビの瞳孔してますね。ヘビですか、そうですか。
「ええと、テイクアウトで」
ホンドギツネが勘違いして、藤森に「迎えに来てくれたのかい?それとも一緒に飲むのかい?」と絡んでくるのも見ないふり、気づいてないふり。
「大根とウィンナー巻きと、角こんに牛すじと厚揚げ。それからオススメを何か2個くらい」
コレで、お願いします。 藤森、瞬時にざっくり価格を計算して、余裕ある額を店主に渡しました。
「おつりは、けっこうです」
店主からおでんを貰い、迅速に屋台から離れた藤森。秋晴れの丑三つ時、月のよく見える夜道を、
自分のアパートまで、足早に歩きました。
それにしても不思議な出来事でした。
夢かしら?参加型のフラッシュモブかしら……?
…――「少なくとも、おでんは夢じゃないらしい」
少しひんやりな朝、ベッドから起き上がった藤森。
外は曇天。秋晴れとはかけ離れた空です。
冷蔵庫を見るとたしかにおでんが、昨日買った大根やら牛すじやらがありましたので、
おでんの汁でお吸い物をつくり、三つ葉を散らし、
簡単な朝ごはんを、テーブルに並べました。
「美味い」
味のよくしみた大根を舌にのせると、懐かしく、なにより確実に白米や酒に合う味をしていました。
惜しいことをした。藤森は思いました。
だって、あの不思議な不思議な屋台から昨晩逃げてさえいなければ、この絶品なおでんを、秋晴れの月夜の下で堪能することができたのでした。
おしまい、おしまい。
「5月9日のお題が今回のお題のほぼ類似で、『忘れられない、いつまでも。』だった」
5ヶ月前は雪降る地方からの上京者が東京の地下鉄に乗るハナシを書いた。
某所在住物書きは過去投稿分を確認して、一応コピペのズルは可能だと云々。
意外とこのアプリ、過去のお題と類似したものの再登場が複数回存在するのである。
特に雨ネタが(空が泣く、雨に佇む、通り雨等々)
「忘れられないお題っつったら『私の名前』よ」
物書きは言う。7月21日頃のお題である。
「『名前』でどうやって物語組もうって、悩みに悩んで、結果として、うん……」
そういえば去年は、ともかく長いお題が複数個連続したことがあった――今年は別のものに差し替えられていたため、遭遇することはなかったが。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売ったり、お母さん狐が店主をしている茶っ葉屋で看板子狐をしたりして、人間の世界を勉強しておるのでした。
そんな稲荷のコンコン子狐、忘れられない味があるのです。「伝説の稲荷寿司」です。
稀代の稲荷寿司職人、もとい職狐、
5代ごやんが代を娘にゆずり、自分の職狐狐生に幕を下ろすにあたって、子狐住まう稲荷神社に奉納した5種類55個の稲荷寿司です。
うなぎをひつまぶしのように詰めたうなぎ稲荷、
口当たり良い栗で秋を追加したスイーツ稲荷、
松茸の香りも、旨味も、全部閉じ込めた松茸稲荷、
それから王道な稲荷寿司に、5代目の好物にして「狐の『食べたい』そのもの」とも称された、狐の食欲をバチクソに刺激する稲荷寿司。
それらはすべて、稲荷の神様に捧げられました。
それらはすべて、稲荷の神様も楽しまれました。
で、その5種55個の稲荷寿司が、稲荷の神様のご賞味から離れてシモジモの狐たちに下げられてからが、子狐の稲荷寿司パーリーなのです。
「おいしい、おいしい!」
ばくばくばく、ちゃむちゃむちゃむ!
コンコン子狐、まだまだ子供なので、食べ物に対する執着と欲求が抑えられません。
仕方無いのです。元々狐の子供というのは、ウルペスウルペス・ヤポニカにせよシュレンキにせよ、
それはそれはもう、すごく、食いしん坊なのです。
「おいなりさん、おいしい!」
ばくばくばく、ちゃむちゃむちゃむ!
コンコン子狐、本能的食いしん坊に従い、
55個の稲荷寿司に顔を突っ込み、55個の稲荷寿司を食欲突っ走るままに胃袋におさめて、
デカいサイズの55個の稲荷寿司、その5分の1を1匹して、ぺろり、たいらげてしまいました。
さて、ここでお題回収。コンコン子狐が食べた、5代ごやんが作った最後の稲荷寿司。
「『最後の』稲荷寿司」なのです。これを食べてしまったら、これとまったく同じ味の稲荷寿司は、もう食べられないのです。
二度と食べられない「最後で最高の稲荷寿司」の味を覚えてしまった子狐は、
忘れたくても忘れられない「幻の稲荷寿司」の味に恋してしまった子狐は、
その味を、知らなかった子狐には戻れないのです。
「おいなりさん!伝説のおいなりさん食べたい!」
ぎゃあん、ぎゃあん!コンコン子狐、5代目の稲荷寿司が忘れられず、文字通りギャン泣きです。
しまいには、「あの味を作る狐がもう居ないなら、自分が作り方を覚えてやる」と。
「伝説のおいなりさん、キツネ、作り方おぼえる!
5代目ごやんさんに、でしいり、してくる!!」
狐のイラストがかわいい風呂敷にお泊りセットを詰め込んで、5代目のおうちに直談判、
その直前まで、行ってしまいました。
狐の執着ってすごいですね。
結果として子狐の弟子入り作戦は未遂に終わり、
子狐の熱量に影響されて、6代目ごやんが先代の稲荷寿司を徹底研究。
完全再現とまではいかずとも、子狐が自分の餅売りのお小遣いで週に1回食べに来る程度には、
至高かつ絶品の稲荷寿司を作りましたとさ。
おしまい、おしまい。
「本棚見ながら光に関係するものを探してたワケ」
光を放つ職業、光を放つ元素、光を放つ気象現象。
湯気にけぶる銭湯の光も、「やわらかな光」には違いないだろう。某所在住物書きは考えた。
「ふと、ヘンな生き物を紹介してる本が目に留まってさ。『チョウチンアンコウも光るじゃん』と」
海底に光を投じるチョウチンアンコウ。食用にはならぬらしい。そもそもどうやって深海魚から「やわらかな光」のネタを書くのか。
「チョウチンアンコウ鍋、閃いちまってよ……」
で、結果、こうなった。 物書きは言う。
つまり料理ネタであった。
意外と食い物の物語は、万能なのかもしれない。
――――――
今回のおはなしの冒頭は、暗い海の底からお届け。最近最近のお話です。某海域のおはなしです。
マリンスノーの降りしきる、陽光届かぬその場所に、ゆらり、ゆらり。ゆらぁり、るらり。
小さな、柔らかな光を投げるものが在りました。
チョウチンアンコウです。
ゆらり、ゆらり。ゆらぁり、るらり。
チョウチンアンコウは疑似餌の光を、柔らかく、怪しく振りまして、愚かな餌を誘います。
何も知らない愚かな餌は、知らないうちに口の中、バックン!丸呑みに、食われてしまうのです。
さぁさ、おいで、疑うことを知らぬ馬鹿な餌ども。
チョウチンアンコウは泥に隠れ、次を待つのです。
ところでさっきから泥が動いちゃいないかしら?
ずずず、ずりずり。ずずず、ガリガリ。
何かがチョウチンアンコウを、隠れている周囲の泥ごとさらってゆきます。 底引き網漁です。
底引き網を知らない深海魚は、知らないうちに編みの中、ずるずる。漁獲されてしまったのです。
さぁさ、おいで、海底に住まう魚たち。
底引き網は泥をまいて、回収地点へ向かうのです。
ところでチョウチンアンコウ、「アンコウ」なのに食用にはされないそうですね?
…――「で、アタシはそれを知ってて、大師匠に『チョウチンアンコウはアンコウじゃありません』って、言ったのによぉ……」
場面と日付が変わりまして、都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家、来客用お座敷のド真ん中。
客にして同業者であるところの呑んべぇが、ちょこんとお行儀よくお座りしてる子狐の目の前に、
旅館でよく見る黒い小鍋と固形燃料のセットを出して、着火男、もといガスマッチで火を灯しました。
コトコト、かたかた。味噌ベースで組まれた煮汁は、よい匂いを伴って、小鍋のフタを揺らします。
呑んべぇ、ぽつり言いました。
「『アンコウに変わりねぇだろ』、だとさ」
え?「呑んべぇで野郎口調のキャラを、過去作10月13日投稿分あたりで見た」?
気にしてはなりません。細かいことは、ただ過去作へのスワイプが面倒なだけなのです。
ゆらり、ゆらり。ゆらぁり、るらり。
小鍋を温める固形燃料が、やわらかな光を揺らします。青い固形から赤い炎が、やわらかく穏やかに、揺れ上がっています。
「アンコウ。キツネ、食べたことない」
ゆらり、ゆらり。ゆらぁり、るらり。
火よりも鍋のフタ、上がる湯気をガン見してる子狐は、どうやら稲荷の不思議な不思議な子狐らしく、言葉を喋ります。
「まだ?もう、たべていい?」
美味いものはなんでも好きな子狐なので、味噌の香りにヨダレと幸福度と期待が爆発。
ぶんぶんビタン、狐尻尾が業務用扇風機よろしく、高速回転しています。
「おまえ熱い汁物大丈夫?」
呑んべぇが、子狐に聞きました。
子狐は秒で即答しまして、つまりコンコン。
「ちょっとネコジタ」
コトコト、かたかた。小鍋はよくよく煮えまして、チョウチンアンコウ鍋のできあがり。
呑んべぇはどこからともなく酒瓶3本取り出して、
子狐はヒノキのおひつから山盛り白米取り出して、
それぞれお揚げさんだの酒盗だの、いなり寿司だのたらこだのをオトモに大宴会。
つい先日まで海底で、やわらかな光を揺らしていたチョウチンアンコウは、呑んべぇと子狐の腹の中。
「やわらかな光」とチョウチンアンコウのおはなしでした。 おしまい、おしまい。
「するどい、まなざし……」
今日も今日とて、手ごわいお題がやってきた。
某所在住物書きは相変わらず、途方に暮れている。
視線、眼差し関係のお題といえば、今年の3月からカウントするなら、
「君の目を見つめると」や「安らかな瞳」の4月と、「澄んだ瞳」や「視線の先には」の7月、その他数個。7〜8個は書いてきた記憶があった。
「アニメだと大抵、デフォで目ぇ閉じてるキャラって、大抵目が開くと『鋭い眼差し』な気はする」
現実のネタだと、あの文豪川端康成が、じっと人を見るその眼差しで、編集者を泣かせたってどこかで見た気がするけど、ガセだっけ、事実だっけ?
物書きは眼差し、視線、瞳をヒントに、簡単に組める物語は無かろうかとネットにすがった。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、朝。
今回のお題回収役であるところの後輩、もとい高葉井という女性が、つまり社会人なのだが、
己のスマホのディスプレイに、鋭い、酷く鋭い視線を向けている――寝坊寸前の時刻なのだ。
一瞬で薄手の毛布を跳ね上げ、飛び起きる。
舌先から血流が引き、コルチゾールとアドレナリンは大宴会の大騒ぎ。心臓の振動が少し速い。
タップタップ、スワイプ。高葉井の鋭い視線は、20分刻みのアラームが、ことごとく(おそらく己自身の手で)、切られているのを見た。
なんでこうなったんだっけ。
私、そんなに夜ふかししてたっけ。
高葉井はベッドの上から秒で離脱し、慌て過ぎたせいで、近くに置いていた折りたたみテーブルに脛をぶつけた。 痛い。 すごく、いたい。
「大丈夫。朝抜いて、昼を支店の隣で食べれば、間に合う、大丈夫……!」
高葉井は通常の5分の1の時間で支度をして、秒の速さでアパートを出た。
昨日の夜は、職場の先輩とグループチャットアプリで、メッセージのやり取りをしていた。
先輩の名前を藤森というが、この藤森がその日体調を崩したのだ――酷く妙な理由で。
『妙な理由も何も。自分でもワケが分からない』
チャット画面のメッセージを、高葉井は見た。
『車にはねられた狐に手を合わせていたら、肩が重くなって、時折髪も引っ張られる心地で。
それで、稲荷神社でお祓いして、渡された薬茶を飲んだら、ストンと体が軽くなった』
本当に、事実として、酷く妙なハナシさ。何がどうしてこうなったのか。 ピロン、ピロン。
文章による会話であったが、高葉井は藤森の困惑を容易に想像することができた。
令和の時代に狐憑きなど、誰が信じるか。
『神社で妙な壺買わされなかった?』
『つぼ?』
『変な宗教といえば壺じゃん。
「あなたは霊を引き寄せやすい体質です。この壺を買って悪霊を閉じ込める必要があります」』
『そんなこと、するものか。あの神社の従事者のひとりは、私が世話になっている茶葉屋の店主だぞ』
『じゃあなんでコンコン憑き→お祓いで回復?』
『知らない。狐に聞いてくれ』
そうだ。そのあと、疲労と有給休暇の話をした。
高葉井は通勤途中、昨晩のチャットを読み返しながら、それらを鮮明に思い出していた。
そうだ。あまりにも令和から、現代からかけ離れた話題だったものだから、自分は先輩をコンコン、チャット画面から退室する際におちょくったのだ。
おちょくってスマホを枕の横に起いたとき、「外で狐の吠える声がしなかっただろうか」?
いや、まさか……?
「先輩!藤森先輩っ!」
始業時刻5分前に、どうにかこうにか己の職場であることろの支店に辿り着いた高葉井。
藤森の顔を見つけ、慌てて問いただした。
そうだ。今日は本店勤務の藤森が、支店巡回でこの店に立ち寄る日であった。 丁度良い。
「昨日先輩に憑いてったっていう狐、ホントに成仏した?私のとこに来てたりしない?!」
「なんだ。『先輩の不調は狐でも幽霊でもなくて、単純に先輩の働き過ぎと頑張り過ぎだから、いい加減有給休暇とって休め』、じゃなかったのか」
支店長と談笑をしていた藤森。後輩の高葉井がすっ飛んで来るのを見て、「鋭い」から最も遠い平静な視線を彼女に向け、指を組んだ――「狐の窓」だ。
「安心しろ」
藤森は言った。
「おちてる」
それ、「どっち」の「おちてる」?
憑き物が落ちた方?それともハナシがオチた方?
高葉井の混乱に、藤森は答えない。
ただ平坦平静な視線を、すなわち「鋭い」から離れた視線を、後輩に向けるだけである。