「するどい、まなざし……」
今日も今日とて、手ごわいお題がやってきた。
某所在住物書きは相変わらず、途方に暮れている。
視線、眼差し関係のお題といえば、今年の3月からカウントするなら、
「君の目を見つめると」や「安らかな瞳」の4月と、「澄んだ瞳」や「視線の先には」の7月、その他数個。7〜8個は書いてきた記憶があった。
「アニメだと大抵、デフォで目ぇ閉じてるキャラって、大抵目が開くと『鋭い眼差し』な気はする」
現実のネタだと、あの文豪川端康成が、じっと人を見るその眼差しで、編集者を泣かせたってどこかで見た気がするけど、ガセだっけ、事実だっけ?
物書きは眼差し、視線、瞳をヒントに、簡単に組める物語は無かろうかとネットにすがった。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、朝。
今回のお題回収役であるところの後輩、もとい高葉井という女性が、つまり社会人なのだが、
己のスマホのディスプレイに、鋭い、酷く鋭い視線を向けている――寝坊寸前の時刻なのだ。
一瞬で薄手の毛布を跳ね上げ、飛び起きる。
舌先から血流が引き、コルチゾールとアドレナリンは大宴会の大騒ぎ。心臓の振動が少し速い。
タップタップ、スワイプ。高葉井の鋭い視線は、20分刻みのアラームが、ことごとく(おそらく己自身の手で)、切られているのを見た。
なんでこうなったんだっけ。
私、そんなに夜ふかししてたっけ。
高葉井はベッドの上から秒で離脱し、慌て過ぎたせいで、近くに置いていた折りたたみテーブルに脛をぶつけた。 痛い。 すごく、いたい。
「大丈夫。朝抜いて、昼を支店の隣で食べれば、間に合う、大丈夫……!」
高葉井は通常の5分の1の時間で支度をして、秒の速さでアパートを出た。
昨日の夜は、職場の先輩とグループチャットアプリで、メッセージのやり取りをしていた。
先輩の名前を藤森というが、この藤森がその日体調を崩したのだ――酷く妙な理由で。
『妙な理由も何も。自分でもワケが分からない』
チャット画面のメッセージを、高葉井は見た。
『車にはねられた狐に手を合わせていたら、肩が重くなって、時折髪も引っ張られる心地で。
それで、稲荷神社でお祓いして、渡された薬茶を飲んだら、ストンと体が軽くなった』
本当に、事実として、酷く妙なハナシさ。何がどうしてこうなったのか。 ピロン、ピロン。
文章による会話であったが、高葉井は藤森の困惑を容易に想像することができた。
令和の時代に狐憑きなど、誰が信じるか。
『神社で妙な壺買わされなかった?』
『つぼ?』
『変な宗教といえば壺じゃん。
「あなたは霊を引き寄せやすい体質です。この壺を買って悪霊を閉じ込める必要があります」』
『そんなこと、するものか。あの神社の従事者のひとりは、私が世話になっている茶葉屋の店主だぞ』
『じゃあなんでコンコン憑き→お祓いで回復?』
『知らない。狐に聞いてくれ』
そうだ。そのあと、疲労と有給休暇の話をした。
高葉井は通勤途中、昨晩のチャットを読み返しながら、それらを鮮明に思い出していた。
そうだ。あまりにも令和から、現代からかけ離れた話題だったものだから、自分は先輩をコンコン、チャット画面から退室する際におちょくったのだ。
おちょくってスマホを枕の横に起いたとき、「外で狐の吠える声がしなかっただろうか」?
いや、まさか……?
「先輩!藤森先輩っ!」
始業時刻5分前に、どうにかこうにか己の職場であることろの支店に辿り着いた高葉井。
藤森の顔を見つけ、慌てて問いただした。
そうだ。今日は本店勤務の藤森が、支店巡回でこの店に立ち寄る日であった。 丁度良い。
「昨日先輩に憑いてったっていう狐、ホントに成仏した?私のとこに来てたりしない?!」
「なんだ。『先輩の不調は狐でも幽霊でもなくて、単純に先輩の働き過ぎと頑張り過ぎだから、いい加減有給休暇とって休め』、じゃなかったのか」
支店長と談笑をしていた藤森。後輩の高葉井がすっ飛んで来るのを見て、「鋭い」から最も遠い平静な視線を彼女に向け、指を組んだ――「狐の窓」だ。
「安心しろ」
藤森は言った。
「おちてる」
それ、「どっち」の「おちてる」?
憑き物が落ちた方?それともハナシがオチた方?
高葉井の混乱に、藤森は答えない。
ただ平坦平静な視線を、すなわち「鋭い」から離れた視線を、後輩に向けるだけである。
10/16/2024, 2:55:38 AM