「誰かのためになるから、それをしようと思う。
誰かのためになるならまだしも、害にしかならないことをするのはどうかと思う。
誰かの『タメ』、同等同列の地位になるくらいならば、上級役職のまま今の職を辞する。
……他に思いつくといえば、何だろな」
去年はたしか、「後輩のためになるならば、手放そうと思っていた家具を、思いとどまろうと思う」みたいなハナシを書いたが、今年はどうしよう。
某所在住物書きはガリガリ頭をかき、どう物語を組むべきか、相変わらず途方に暮れていた。
「何年も昔の、個人サイトでのハナシだけど、一番困ったのがコレよ。
『そのひとのためになるならば』って、サイトにコメントくれた人のコメントどおりな物語書いて掲載したら、コメの本人から『それ私地雷です』だとさ」
あのひと、今頃どうしてるかねぇ。物書きは遠くを見た。今も相変わらず二枚舌しているのだろうか。
――――――
最近最近の都内某所、あの雨がやたら酷かった頃、
すなわち空がギャン泣きしていた例の日。
某稲荷神社を包む森は、バケツどころか浴槽をひっくり返したような雨量に叩かれて、石畳の階段のわきに小さな川を作っておりました。
梅雨末期の大雨です。いっそ雷雨かもしれません。
雨の音が強くて強くて、遠くに雷鳴の響くか響かぬか、よく、分からないのです。
こんなに雨が降ってしまっては、参拝者のたった一人も、1匹も、来やしません。
「誰か」が来るなら、その「誰かのため」に雨宿りの宿坊も、タオルや少しの軽食も提供しますが、
ふわふわタオルも、美味しい手まり稲荷寿司も、
ぜんぜん、ちっとも、誰のためにもならぬのです。
稲荷神社の神職一家は、父親母親はそれぞれ仕事に、おじいちゃんおばあちゃんは雨音に茶をすすり、
末っ子は人間に化けるのもやめてコンコンと、
……「コンコンと」?
「小ちゃいキラキラが1枚、小ちゃいキラキラが2枚、3枚、4枚……」
そうです。末っ子はなんと、人間に化ける妙技を持つ化け狐だったのです。
つまりその某稲荷神社は、不思議な狐が運営する、不思議な不思議な稲荷神社だったのです。
何故こんなトンデモ設定なのでしょう。
物書きが去年の3月1日の初投稿から続けてきた連載風のハナシの中で、去年のひなまつり頃に妙な狐のフィクションを書いたからです。
細かいことは気にしない、気にしない。
しゃーないのです。
「おっきいキラキラも、1枚、2枚……」
さて。
ザーザーぶりの雨の中、お外に出られぬコンコン子狐、小銭入れた宝箱をひっくり返して、宝物である硬貨を丁寧に、多分丁寧に数えております。
それは子狐が貯めたお小遣い。稼いだお駄賃。
コンコン子狐の一族は、小さい頃から稲荷のご利益たっぷりなお餅を作って売って、それでもって、人間を学ぶのです。
今は漢方医のお父さん狐も、今は巫女さんのおばあちゃん狐も、子狐の一族はまず最初に、みんな稲荷の餅売り修行をしたのです。
なお嫁入りしてきたお母さん狐と婿入りしてきたおじいちゃん狐は別の一族だったので気にしない。
「んんん。ちょっと、まだ、足りない」
100円硬貨と新旧500円硬貨を双方数えて、合計して、子狐が欲しい物の目標金額まであと少し。
お母さん狐とお父さん狐、それからおばあちゃん狐とおじいちゃん狐のために、コンコン子狐、夜道散歩用にして防災用品にもなるという、手提げの小さめな鉱石ランタンなるものを買いたいのです。
某所でこっそり聞いたハナシによると(メタい話をすると過去作、前回投稿分の物語なのですが)、
技術料込み、1個2000円以下で、光源がLEDライトのなかなか明るい手提げランタンを、作ってくれる人が在るのです。
お仕事で夜帰ってくることもあるお父さん狐や、散歩が趣味のおばあちゃん狐にプレゼントすれば、
それはそれはもう、きっと、それは。
大喜びしてくれるに違いないのです。
今までお駄賃もお小遣いも、ほとんど自分のためだけに使っていたコンコン子狐。
そのお金を、誰かのために使うならば、思いやりの大きな一歩です。優しさの美しい一歩です。
コンコン子狐、自分ではなく他の誰かのために、始めて合計8000円の高額取引を画策中なのです。
ざーざーざー、ばちばちばち。
大雨が屋根を叩く家の中、それでもコンコン子狐は、お母さん狐とお父さん狐、それからおじいちゃん狐とおばあちゃん狐が自分のプレゼントを気に入ってくれる想像をすることで、
それはそれは、もう、それは。とっても幸福な気持ちになって、尻尾をぶんぶん振っておったとさ。
「『鳥かご』、とりかごねぇ……」
前回が前回で今回も今回。難題去ってまた難題。某所在住物書きは19時着の題目を見て、今日も天井を見上げ途方に暮れた。
「『いわく付きの鳥かごがひとつありました』と、『鳥かごの中の鳥は幸福でしょうか不幸でしょうか』と、『◯◯さんはまるで、鳥かごに囚われた鳥みたいでした』と?あと何だ……?」
うんうん恒例に悩んで複数個物語のネタを書くも、「なんか違う」と頭をかいては白紙に戻す。
妙案閃かぬ苦悩の顔はチベットスナギツネである。
「ダメだわ。頭固くて思いつかねぇ」
次回はもう少しイージーなお題でありますように。物書きは祈り、ため息を吐いたが……
――――――
例の雷と雨が酷かった日の都内某所、某支店。
大雨と雷の予報で客が一人もおらず、ほぼほぼ完全に開店休業状態であったところの昼休憩。
照明は最低限以外の半分が消されている。
3月からこの支店で働いている通称「後輩ちゃん」の高葉井、コウハイは、
「万が一の停電に備えて」の建前で、自作の小さなランタン照明モドキを持参しており、
それが、ぱったり、同僚の目に留まった。
「百均の鳥かごのオーナメントと、LEDのマルチアングルライトを使ってるの」
昼休憩、さてさてランチと弁当箱を取り出した同僚。
後輩ちゃんのメニューは何だろう、ふと視線を移した先に、見よ、なにやらちょっとカッコいい照明。
いわゆる鉱石ランタンである。
なかなかの光量で、優しい黄橙色を発している。
なんだそれ。なんだそのカッコいいもの。
同僚は高葉井に、ランタンに負けぬ輝度の瞳で尋ねた――どこで買ったのそれ。……え、自作?
「鳥かごの底切って、その底にライトを接着剤で、
くっつける前にそのライトに鉱石みたいなクリアオブジェ固定するの。全部百均で手に入る」
カチ、カチ。ライトのスイッチを消して付けて。
「雷で停電からの、真っ暗とかヘコむじゃん」
小型のLEDライトから放たれた光は、直後に鉱石を形どったオブジェに進入・反射して、オブジェ全体を輝かせてから鳥かごの外へ出ていく。
「『ライト+ペットボトルでランタン』って防災トリビア見て、『ならペットボトルじゃなくて鉱石オブジェ使えば鉱石ランタンでエモいよね』って」
これならバッグチャームにもなるし。普通に普段から持ち運べるし。なによりエモい。
高葉井は自作ランタンの性能をひとしきり確かめると、満足して数度頷き、それからようやくバッグからランチボックスを取り出した。
「後輩ちゃん。後輩ちゃん」
「なぁに付烏月さん」
「それ、材料費、おいくら百円」
「鳥かごオーナメントとクリアオブジェとライトで330円。あとは接着剤と、私の場合鉱石をレジンで盛り増ししたからレジン代。以上」
「レジン?」
「私は百均縛りで、百均のLEDレジン使った」
「百均の、えるいーでぃー……LED、レジン?」
「欲しいの?」
「あくまで防災用品としてだよん」
「つまり、欲しいの?」
「鳥かごのバッグチャームが非常用ライトになるのは画期的だと、思っただけだよん」
「技術料込み、2000円以内で請け負います」
「2000円コースでお願いします」
お渡しは早ければ今日中となります。ヒヒヒ。
バーコード決済アプリで残高を移して、受け取って。片や照れながらも少々幸せそうに、片やオヌシモワルヨノウの典型的な含み笑い。
一瞬顔を見合わせ、互いの昼食に箸等々をつける。
ぷらぷら揺れる鳥かごの鉱石ランタンの先では、素直で真面目で人付き合いが酷く苦手な新卒が、
『趣味の開示で会話が広がることもあるらしい』と、さらりメモしておったとか。
おしまい、おしまい。
「友情っつー友情でもないが、3月7日か6日あたりに『絆』っつーお題があった。あと、友情じゃなく愛情。『愛と平和』とか『愛を叫ぶ』とか」
ひとつ物語を組んでは納得いかず白紙にして、もうひとつ物語を閃いては以下省略。
このままでは19時に次の題目が来てしまうと、某所在住物書きはため息を吐いた。
「書いて消して書いて消して。自分の納得いくハナシが出てこないからまた消す。……妥協って大事よな」
愛情の長続きも友情の長続きも、小説書くのも意外に根っこが一緒で、適度な距離を保ってどこかで妥協するのが大事、なのかも。
物書きは再度息を吐き、天井を見上げた。
――――――
「今年も私の部屋に来るのか」
「食費と水道光熱費は払ってる。構わんだろう」
「何故お前も一緒に行かない?家族だろう、愛していないのか?」
「藤森。夫婦円満の秘訣は、3個ある」
「?」
「妥協する。自分の悪い部分と、相手の嫌がったり苛立ったりすることを知っておく。それから、たまに離れることだ」
都内某所、某アパート。部屋の主は藤森といい、冬に雪降り夏は比較的涼しい田舎町の出身。
親友たる既婚が暇を潰しに来ており、夕食後の茶を飲んでは、冷やしたタケノコ型のチョコを楽しんでいる。名前を宇曽野という。
藤森と宇曽野は誠の友情を誓い合った仲。
時にひとつの悩みに対して本気で寄り添い、
時に1個のプリンのつまみ食いで大乱闘。
長い間、同じ職場で善良な関係を保ち続けている。
ちなみに宇曽野の嫁と娘は、夏休み恒例の5泊6日旅行、数回のうちの第一弾。
娘は猛暑酷暑届かぬ地に夏休みの宿題を持ち込み、イッキカセイに終わらせる。
残った1日2日を観光と娯楽と買い物と食事、すなわち魂のデトックスに使うのだ。
家族唯一の異性、父親たる宇曽野は、夏のデトックスには同行しない。それはほぼ毎年のことであった。
「何故離れる必要がある?」
「お前、お前の部署のあの後輩と、毎年毎月毎週、毎秒一緒に居るの想像してみろ」
「宇曽野。毎日から毎分までが抜けている」
「そこに突っ込むのか。後輩じゃなくて」
ぽりぽりぽり。
宇曽野の行動と家族への配慮が分からない藤森。
首を傾けて推理推測しては、キノコのチョコをつまみ、ぱくり。やはり分からない。
「……で、」
最終的に、「夫婦円満」は己の理解の外にあるのだろうと結論づけて、話題を強引にズラした。
「今日の議題は?どうせ、それも兼ねて私の部屋に来たんだろう。勿体ぶらないで話したらどうだ」
「議題というか、完全に非公式リークなんだがな」
どうせ明日、正式にお前の耳にも入るとは思うが。付け足す宇曽野はタケノコをひとつ、ふたつ。
「藤森お前、今、臨時で俺のじーちゃんの下に付いて仕事してるだろう」
ポイポイ口に放り、ポリポリ砕いて茶を含む。
「じーちゃんより先に部屋に来て、部屋の掃除と備品の補充と植物の世話して、客に茶を出したり電話の一次対応したりして。
元々、お前を追ってウチに就職してきた独占欲強火の『例のあいつ』との衝突だのトラブルだのを避けるための緊急措置だったハズが、じーちゃん、お前の仕事を気に入っちまってな……」
タケノコをとり尽くした宇曽野は、次の標的をキノコへと柔軟に移し、
「このままの雇用体系で仕事をし続けないかと?
私が今している仕事など、誰でもできるだろう」
伸ばした手を、パシリ。藤森に掴まれた。
「私のキノコを食うな」
「『だれでも』?『できる』?」
「少し丁寧に掃除機をかけるだけ。少し丁寧に観葉植物の葉を整理するだけ。茶の淹れ方など、ただの私の自己流だ。どこにも『私』である必要性は無い」
「それがなかなか片手間には難しいんだなぁ」
「だから。私のキノコを食うな。お前自分のタケノコ廃村廃里にしただろう」
「お前のキノコも禿山にしてやる」
「や、め、ろ」
何故お前はそうやって、毎度毎度、私の食ってるものをつまみ食いするんだ。
藤森はキノコを天井に掲げて避難させるが、宇曽野はニヤリ笑って右手で追い、ひとつ摘み取る。
これでも互いに、誠の友情を誓いあった仲、互いに互いを思いやり、助け合い、
しかしたかがプリンだの、キノコタケノコのチョコだのでこうなる間柄である。
よくここまで、悪しき仲違いも互いを傷つける意図でも喧嘩もなく、交友を続けてこれたものだ。
藤森はわざとらしく、大きくため息を吐いたが、
嫌そうな表情はせず、むしろ穏やかな微笑をして、宇曽野もその意図を完全に理解しているようであった。
「花は結構、いろんなお題で書いてきたわな……」
花咲いたスミレの砂糖漬け。咲いた花びらの形を星に見立てた「星空」に「流れ星」、それからつい先日、前々回投稿分で書いた白い花と、花言葉。
そろそろ花ネタも枯渇間近かな。某所在住物書きは己の過去投稿分を辿りながら呟いた。
「ぶっちゃけ、てっとり早く季節感出せるし、花言葉仕込めるから便利なんよ。なにより簡単に少しオシャレになるし。多分」
今ならニラとかミニトマトとか、あとバジルなんかも咲いてるのかな。物書きは思考し、ふと冷やしトマトやらピザやらを食いたくなり、そして冷えた飲み物の在庫を確認した。
炭酸飲料とノンアルは在庫十分。
氷はちゃんと、必要数、製氷室にあっただろうか。
――――――
今日は夏の土用の丑の日。つい先日、別にうなぎでなくても「う」が付く食べ物であれば何でも良いことに気付いた物書きです。
今の時期、かつ今回のお題であれば、丁度東京は、「『ウ』バユリ」の花咲いて見頃の頃。
情報によれば食えるそうですが、食い方が分かりません、気にしません。
その土用の丑の日から、少し前に遡る晴れの頃。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の森の中では、神社に住む不思議な不思議な子狐が、お庭の草刈りと整備で切られた花の1本1本を、
ガブリ!小ちゃな牙で噛み切り、花びらを傷つけぬよう優しく咥え持って、とってって、ちってって。
参拝前に手と口を洗い清めるための場所、清い湧き水が溜まり続ける大きな石の器に歩いていきます。
手水、チョウズと言います。
子狐はこの手水を、季節の花で埋め尽くして、花手水を作ろうとしているのです。
コンコン子狐、まだ人間を学んでいる最中の子供なので、美的センスなんてありません。
水にさせば元気になりそうな花の茎を、良さげにかじり整え、手水の石器の上に飛び乗り、ぽいちょ。
花咲いて間もないであろうそれらを、だけど環境整備や在来種保護、外来種調整等々のために切られたそれらを、水の上に浮かべるのです。
水の上で花咲いて、少しの間の生を得るそれらが作り出す花手水は、神社敷地内の草刈りとお庭整備が実施される間だけの、はかない絶景。
人間に化けたお父さん狐やおじいちゃん狐が、大学の植物学・農学部の人間と一緒に、
丁寧に、極力機械を使わず、刈るべき花と切るべき枝を正確に刈り、整え、引っこ抜いていくのを、
子狐コンコン、別に誇りに思うでも、尊敬するでもなく、素通りしたりイタズラしたり、背中をよじ登り肩に乗っかって見学したりもするのでした。
さて。手水に花を落とし終えて、満足した様子のコンコン子狐。なんだかおなかが空いてきました。
あと数日で夏の土用の丑の日という頃。神社の湧き水流れる小川に、ニホンウナギが隠れています。
この稲荷神社の子狐の同胞、ごん太という化け狐のうなぎ養殖屋さんが、弱った規格外うなぎや病気の廃棄うなぎを、激安価格で譲ってくれるのです。
それらのうなぎは、稲荷神社のご利益ゆたかな清い湧き水の中で、快適な余生を過ごしておるのです。
そろそろ1匹くらい上等に育ってるだろうなぁ。
こやこや、コンコン、じゅるり。
「うなぎつかまえたら、かかさん、おいしいものいっぱい作ってくれるだろうなぁ」
蒲焼き、うなたま、白焼きに串焼き、ひつまぶし。
コンコン子狐、優しいお母さん狐がうなぎ料理を作ってくれるのを想像して、尻尾をビタンビタン。
絶賛セカンドライフ満喫中なうなぎの潜む小川を、じーっと、覗き込みます。
セリやヤブニンジンの花咲いて白く色づく小川は、キラキラ、木漏れ日が反射して踊ります。
うなぎは子狐ごときに捕まる気はさらさら無いので、子狐がこちらを覗くのを、まんまる煽り目とぱっくり半開きの口で、穴の中から覗き返します。
「どのうなぎが、いちばん、おいしいかなぁ」
頭を出すうなぎに向かって、ガブリ!コンコン子狐が小ちゃな牙を突っ込みますが、
うなぎの方が何枚もウワテ。子狐がどれだけ牙を立てても、子狐がどれだけ手を突っ込んでも、
のらり、くらり、にゅるり、ぬらり。
ぜーんぜん、捕まりません。
「うぅ、すべる、にげるっ」
お母さん狐がお昼ごはんで呼びに来るまで、コンコン子狐はうなぎを追いかけ続け、うなぎは子狐と遊び続けましたとさ。 おしまい、おしまい。
「1月22日は『タイムマシーン』だった」
個人的には、タイムマシーンがあったら、戻りたい過去と場所と、それによって解決したい問題は山ほどあるわな。某所在住物書きは大きなため息を吐き、首を振った――最近「問題」ばかりだ。
ところで去年のタイムマシンなお題では、本音として別の気持ちがあるのを隠した上で、登場人物に以下のようなセリフを吐かせた。
『そんなモンあったら博打で億当てて、クソな職場ともオサラバするわ』
なかば実体験。ほぼ本音である。今も変わらない。
「ってことは、俺、もしもタイムマシンがあったら、きっとカネが欲しいんだろうな」
やはり、要は金だ。物書きの欲はここに帰結した。
――――――
一般的な定義として、37℃、または37℃をちょっと超えてだいたい37.4℃あたりは、いわゆる「微熱」の体温だそうですね。
東京は最近この微熱な最高気温の予報が続いていますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某職場の休憩室で、藤森という雪国出身者が、親友の宇曽野と一緒にアイスなど食しておりました。
スッキリ晴れた外を、お向かいさんのビルの窓の反射を映す休憩室の窓際は、空調をきかせてもジリジリ暑く、いや熱くて、誰もその席に座りたがりません。
藤森と宇曽野もそうでした。
とくに藤森が。だって、溶けてしまいます。
「タイムマシンがあったなら、涼しい時代に仕事を持ち込んで、仕事が終わったら現代に戻ってきて、提出して涼しい時代にまた戻るんだろうな」
知ってるか、今体温超えの東京も、昔はもっと涼しかったらしいぜ。
宇曽野が某ホワイトサワーなパピーコをちうちう。軽いトリビアを付け足して言いました。
「熱中症の警戒アラートが出たら避難、酷暑の予報が出たら避難、涼しくなったら戻る」
なんとかならんかな。ちうちうちう。宇曽野はぼんやり周囲を見て、窓際の席にひとり果敢に挑む従業員を観察し、最終的に別の席に移っていくのを見ました。
「……まぁ、そうなるよな」
「北東北や北海道に避暑用建てて、希望者はそこでワーケーションできるようにすれば良いだろう、」
ちうちうちう。パーピコの片割れを堪能する藤森、スマホで故郷の今の気温を確認しながら返します。
「と、言いたいところだが、今年はどこもかしこも、本州北端や北海道でさえ、一部除いて真夏日だ」
私の故郷も真夏日数歩手前だとさ。
小さくため息を吐く藤森のスマホに、行きつけの稲荷神社近くの茶葉屋さんから、メッセージが届きます。
どうやらこの酷い暑さに合わせて、氷出し緑茶と緑茶シャーベット飲料を始めたとのこと。
お得意様価格、2名様ご利用で2割引だそうです。
「『真夏日』だろう。こっちより何倍もマシだ。
で、藤森、おまえ今年の盆は帰省するのか」
「何故」
「夏休みで俺の嫁と娘が毎年恒例の旅に出る」
「そうだな」
「俺もお前にくっついていけば、夏休みの最後に家族で旅行発表会ができる。娘が閃いた」
「奥さんは何て」
「『日付決まったら、藤森さんのご実家から頂いたスイカとメロンのお礼を持たせたいから言って』と」
「はぁ」
「それこそ、もしもタイムマシンがあったなら、何度でもお前の故郷の夏に行って、何度でもあの青空と夕暮れと空の下の花を見て、クソ涼しい朝夕に温かい茶を飲んで。夜の静かな海を見るのにな」
ちうちう、ちう。パピコーがスッカラカンになった宇曽野。物足りなさに若干サイレント値下げを疑って、気のせいと感じて、ゴミ箱へ。
「何度も?私の故郷の夏に?」
あのな、お前の思い出の中の「静かな海」、実は海じゃなくて湖でだな。
訂正する藤森ですが、どうやら宇曽野には届いてない様子。向こうは全然気にしてません。
「……何度も何度も同じ時間に『お前』がタイムマシンで押し寄せたら、『お前』と『お前』でウチのスイカやメロンの争奪戦が起きないか?」
ぼんやり遠くを見て、藤森、ほわんほわん。脳内で過去1の宇曽野と過去2の宇曽野と未来の宇曽野と以下略のスイカ大乱闘メロンスマッシュを想像します。
「確実に、起きるよな?」
きっと何人か、宇曽野に紛れて食いしん坊の、あの長い付き合いな後輩も参戦するんだろうな。
4K8Kレベルの解像度で脳内を暴れまわる宇曽野と自分の後輩に軽くため息吐いて、
藤森は、まだ今の時代にタイムマシンが存在しないことを、ちょっとだけ感謝しましたとさ。