「似たお題なら、6月6日付近の『世界の終わりに君と』と、5月6日付近の『明日世界がなくなるとしたら』があったわな」
空、恋、雨、「終わり」。意外とネタの重複が多いんだよな。別にトレーニングになるから良いけど。
某所在住物書きは前回配信された「手を取り合って」の大苦戦を思い、首を深く傾けた。
「『世界の終わり』は世界終了級に落ち込んじまった子供のハナシ、『世界がなくなる』の方は、その日で閉店する駄菓子屋のハナシ書いたわ」
今回も、前回同様、ネタは大量に出てくるけど納得いくのが無い、みたいになるのかな。
物書きはため息をつき、今日も今日とて……
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室。
部屋の主を藤森といい、花咲き森溢れる雪国の出身。
おそらくそのためと思われるが、真夏日で弱り猛暑で溶けるほど、東京の夏に弱かった。
ゆえに35℃を上回る日は時折、急ぎの仕事が無い限り、リモートで在宅ワークなどしているのだが、
今日はなにやら久々に、同じ職場の別部署で主任をしている親友さんがご来訪。宇曽野という。
藤森はこの宇曽野に、アイスコーヒーを入れ低糖質スイーツを出し、好きにさせている。
そういえば、先月の23日頃だと記憶しているが、
賞味期限間近ということもあって、宇曽野が置いていったプリンを藤森は勝手に食ってしまった。
彼はそれについてまだ怒っているだろうか?
何か美味いギルティースイーツなど出して、その懸念を完全に終わらせた方が良いだろうか?
そもそもその懸念すら杞憂とか?
(まさか。宇曽野はきっとまだ怒っているさ。私は大事な人を不快にさせてばかりの捻くれ者だから)
「そろそろ、終わりにしたらどうだ」
コーヒーで喉を湿らせて、親友の宇曽野がポツリ藤森に尋ねた。
「何を。仕事か。お前とつるむことか」
パソコンに向かい作業中の藤森が尋ね返した。
「確かに、まぁ、私のような捻くれ者など。これ以上一緒に居られても」
一緒に居られても、迷惑なだけだろうな。付け足す声はそのわりに、穏やかである。
「解けた筈の『あいつ』の呪縛に縛られ続けて、自分をずっとずっと傷つけてるのを、だ」
相変わらず女々しいこと言いやがって。藤森が本気で友好関係の解消を望んでいるわけではないのを理解している宇曽野は、穏やかに訂正して、提案した。
「あいつ」とは、つまり藤森の遅い初恋にして、酷い裏表の性根を持った失恋相手であった。
藤森が「あいつ」に何をされたか、結果どうなったのか。詳細は過去作3月31日や4月23日、5月23日投稿分まで遡るため、辿るのが至極面倒。
細かいことは気にしてはいけない。
要約すれば初恋相手に、呟きの裏垢で理不尽かつ自己中心的にディスられ、心魂をズッタズタのボロッボロに裂かれ壊された、というありふれたハナシ。
藤森は連絡先と縁の一切を断ち切り、区まで越えて、夜逃げしてきた。
関係を絶ちたかった恋人の呪縛を、今年の5月24日、ようやく解消できた藤森。
せっかく自由になったのだから、せっかく自分の人生を歩めるようになったのだから、
そろそろ、自分を「捻くれ者」だの「自称人間嫌い」だの言ってさげすむのを、
あるいは「自分は大切な人間を不快にさせてしまうのだ」と勘違いし続けるのを、終わりにしよう。
宇曽野は藤森に提案したのである。
「あいつがお前から完全に手を引いて、お前がやっと『お前』として過ごせるようになって、もうすぐ2ヶ月だ。もう十分だろう。昔のことは終わりにして、そろそろ、今に戻ってこい」
「既に前なら向いてる。心の不調も仕事に持ち込んではいない。お前も知っているだろう」
「『前』じゃない。『今』だ。お前は『過去』の足枷でジャラジャラ重いまま、気力で走ってるんだ。良い加減、その足枷を外せ。自分を許してやれ」
許すと言っても。自分の何をどう許せというのだ。
藤森は首を振り、ひとつため息を吐く。
「ん?」
解説を求めて顔を上げると、その過程で、宇曽野が非常に見覚えのある茶色とクリーム色の円錐台に、スプーンを当てていることに気付いた。
「宇曽野、お前、それまさか」
それまさか、私が冷蔵庫に入れていたプリンじゃないのか。徐々に威嚇と警戒の表情を表す藤森に、宇曽野は堂々と体積の4分の1をすくい取り、眼前で食ってみせた。
「お前は!お前というやつは!」
「お前だって先月の23日、俺が置き去りにしたプリン食っただろう。おあいこだ!ハハハッ!」
ポコロポコロポコロ。
その後ふたりはひとしきり暴れ倒し、スッキリした後は、ケロッと元通りの仲良しに戻った。
「『目』とか『見る』とか、視覚系はバチクソ多かったが、『手』は珍しい気がする」
「見つめられると」、「君の目を見つめると」。「窓越しに見えるのは」に「目が覚めると」等々。
視覚の話題はよく見てきた某所在住物書きである。
今回のお題には少しの珍しさを感じながら、しかしやはり高難度には違いなく、
結局、ガリガリ。頭をかき首を傾けた。
来月サ終する某森頁で手を取り合ってた筈の相互先が解釈押しつけ厨だった俺に「何」を書けと?
「『手を取り合って』。物理的に誰かと誰かが互いの手を掴み合うとか、誰かと誰かが協力し合うとか。その辺がセオリーなんだろうな」
その「手」には乗らないと、将棋とかで、相手の策略を崩してコマを「取り合う」とかは、さすがに「手を取り合う」とは言わんのかな。
毎度恒例。物書きは今日も唸った。
「納得いく『手(ハナシ)』がサッパリ出てこねぇ」
――――――
去年のハロウィンの夕暮れ、都内某所の某職場。ブラックに限りなく近いグレー企業のおはなし。
その日たまたま3番窓口の業務となった女性が、ハロウィン独特の妙な仮装をしている男性に、ネチネチ談笑を強要されていた。
あー、
はい、
何度も言ってますけど、仮装してのご来店は、ご遠慮いただいてるんですよ。
客の死角、業務机の上にある固定電話のプッシュボタン、「1」に人さし指と中指を、「0」に親指を確かにそえて、チベットスナギツネの冷笑。
悪質な客に対し、怒りも恐怖も感じていない。
「面倒」。ただそれだけの愛想であった。
チラリ、後ろを見遣って「最終兵器」に視線を送る。
目が合った隣部署の主任職、「悪いお客様ホイホイ」たる男性と、
その主任職の親友、窓口係と同部署の先輩が、
それぞれ、互いに頷き合い、席を離れた。
先輩はただ淡々と、フラットな感情の目。
主任職は仮装客に対し、それは、もう、それは。
良い笑顔をしている。
淡々先輩と主任職は、
手と手を取り合って(比喩)
あうんの呼吸で(事実)
悪質客にご説明して「ご納得いただき」(察し)、
最後、赤いパトランプに深々、礼をするのだ。
――そんなこんな、アレコレあってからの、終業後。
夜の某アパートの一室。
「やっぱり在宅ワークこそ理想郷だったわー……」
人が住むにはやや家具不足といえる室内で、しかし複数並ぶ小さな菓子を前に、例の窓口係が満面の笑みでチューハイをグビグビ。
精神の安全と幸福を享受している。
「自分のペースで仕事できるし。窓口であんなヘンな客の相手しなくて良いし。なにより先輩のおいしいごはん食べられるし」
久しぶりに見たわ。隣部署の宇曽野主任の、「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」。
そう付け足し吐き出したため息は、大きかったものの、不機嫌ではなさそうであった。
「で、その先輩が組み立てたスイーツのお味は?お気に召して頂けたのか?」
プチクラッカーに、泡立て済みのホイップクリームを絞り、少しのスパイスをアクセントに振って、小さな低糖質キューブチョコをのせる。
「まぁ、所詮去年の二番煎じだが」
窓口係に言葉を返しながら、彼女のためにスイーツを量産するのは、部屋の主にして彼女の先輩。
名前を藤森という。
かたわらの、電源を入れたノートには、今日発生した「コスプレしたオッサンに当日の窓口係が粘着された事案」の、発生時刻と経緯と結果が書かれた、いわゆる報告書のようなテキストが淡々。
一応、万が一のためのまとめ作業であった。
職場では長い付き合いの、上記窓口係とその先輩。
片や自律神経や気圧等で冗談抜きに体調を崩し、片や雪国出身のためか真夏日に弱り猛暑日に溶ける。
互いに弱点を持つ者同士、時に相手の代わりに飯を作り、時に体調の快復するまで部屋に置いて、
手に手を取り合って、日々を過ごしてきた。
「あと10個くらい食べれば、夕方の悪質コスプレさんから食らった精神的ダメージ、回復すると思う」
「さすがに糖質過多だ。低糖質の材料使ってるからって、糖質ゼロじゃないんだぞ」
「だって、回復しなきゃだもん。スイーツは心を救うもん。先輩そこのカボチャペーストとクリームチーズ取って」
「私の話聞いてるか?」
もう10個、もう10個、おいやめろ。
擬似的で結果論的な、つまり「それ」と明確に意識しているワケでもないホームパーティーは、あらかじめ購入していた菓子用の材料が無くなるまで、穏やかに、理想的に続きましたとさ。
「優越感は知らねぇ。劣等感はバンバン出てくるわ」
文章を組みながら、某所在住物書きが呟いた。
自分より短く、しかし読みやすい、あるいは面白い文章。ためになる豆知識。もしくは自分より長いのに、自分より読みやすく引き込まれる物語。
それらの投稿が、物書きには劣等感であり、目標であり羨望でもあった。
「ちなみに類似のお題としては、3月26日に『ないものねだり』があったわ。理想押し付け厨な元恋人が元片割れを探すみたいなやつ書いた」
劣等感が「無いものねだり」なら、優越感は何だ。物書きはしばらく考え、答えは何も出なかった。
「優越感ねぇ……」
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は美味しいものが大好き。
稲荷のご利益と狐のおまじないを振った不思議なお餅を作って売って、得たお小遣いでコンコン、たまの贅沢を堪能するのでした。
ところで最近は猛暑に酷暑、やたら暑い日ばかり。
子狐の自宅の稲荷神社では、お米の甘酒と自家製果肉入りシロップを使ったかき氷が結構売れます。
子狐のお母さんが店主をつとめる茶っ葉屋さんでは、テイクアウトの氷出し緑茶がトレンドです。
もう完全に夏真っ盛りの様相なのです。
その日の子狐も何か冷たいものを食べたくなったので、化け狸の和菓子屋さんへ直行。
友達で修行仲間の子狸がいるのです。
最近、2ヶ月3ヶ月に一度ながら、自分の修行成果をお店に出してもらえるようになりました。
甘酒シェークにしようかな、
冷やしゼンザイと抹茶シェークも良いな。
いつぞやの子狸は、こしあんシェークとバニラシェークを混ぜてみたって、言ってたなぁ。
子狐はしっかり人間の子供に化けて、狐耳も狐尻尾もちゃんと隠して、化け狸の和菓子屋さんへ、
行ってみたところ、 例の友達の子狸が、 なにやら劣等感に打ちのめされて バチクソしょんぼりしておって、 ろくにご飯を食べておらず――
――「で、何故私の部屋に連れてきたんだ」
「だっておとくいさん、りょーり、作ってくれる」
友達の子狸が、劣等感に打ちのめされて、ろくにご飯を食べてないので、
子狐コンコン、子狸を連れて子狐のお得意様のアパートへ、ランチを食べに行きました。
『おとくいさん、このお金で、キツネとキツネの友達のためにおいしいゴハン作ってください』
子狐のお得意様はほうじ茶オレを入れたマグカップから口を話して、「え?」の顔。
数秒フリーズして、強引に無理矢理復帰して、キッチンへ向かいました。
『タヌキそばとキツネうどんで良いのか?』
『おにくください。シェークもください』
『シェーク……?』
ひとまず有り合わせの食材で、豚バラと鶏ササミがあったので、揚げ玉とお揚げさんと豚バラのせて、冷やしそうめんを出したお得意様。
ササミは茹でて、お好みで塩レモンなり麺つゆなり。どうとでも食ってくださいなのです。
豚バラと鶏ササミ茹でたお湯で、こんにゃく入りの冷製おつゆを作ってやると、ポンポコ子狸まずそっちから、ぴちり、ぴちり。ゆっくり食べ始めて、
これまたゆっくり、しょんぼり劣等感で落ち込んでいた理由を、話し始めたのでした。
なんでも自分より後に弟子入りしてきた大人狸が、
この子狸より先に上達して、優越感汚らしく、
子狸にマウントを取ってくるらしいのです。
真面目で素直なポンポコ子狸、何度も何度もマウント取られて、しょんぼり、劣等感らしいのです。
子狸の話を聞いたお得意様、数秒また止まりまして、ため息ひとつ、呟きました。
「なんだかウチの職場の話を聞いてるみたいだな」
いつの世も、クソな大人がいるものです。
いつの世も、ファッキンな同僚等々いるものです。
そうなのです。そういうものです。
「ひとまず――」
まぁ、「そういう」相手への対処法であれば、こちらも心得ているさ。コンコン子狐のお得意様、デスクの上のメモパッドを1枚弾いてペン取りました。
「言える範囲でいいし、覚えてる範囲で構わない。
されたことと、そのとき思ったことと、相手がどれだけイジワルな声と顔だったか教えてくれないか。
まとめてやるから、それで問題なければお前の上司にこのメモを見せるといい」
ぽつぽつ、ポンポン。子狸は子狐にも応援されて、優越感と劣等感のマウント事件を色々証言。
記録は「その手の対応」に「非常に慣れてる」お得意様によってまとめられ、子狸が修行している和菓子屋の店長さんに提出されて、
子狸を優越感のままにイジメていた悪逆大人の化け狸は、無事にガッツリ絞られましたとさ。
めでたし、めでたし。
「4月8日『これからも、ずっと』翌日『誰よりも、ずっと』、3月13日『ずっと隣で』だった」
ずっとシリーズ第4弾かな。某所在住物書きは過去投稿分を辿りながら、ぽつり呟いた。
ずっと、ずっと、ずっと。今回のお題は4月8日、「これからも」のそれとペアになるように見えた。
では4月の過去投稿分をそのまま過去にして再投稿で即終了か――残念。物書きにはそれが難しい。
「『これからも』は、これまでずっと自分を追っかけ続けててきた粘着系元恋人の話題、
『誰よりも』は、これまでずっと誰より従業員を見続けてきた上司が部下に休暇を進めるハナシ、
『隣で』は、元恋人が職場に押しかけてからの話を、これまでずっと親しかった友人と振り返る、と」
別の視点とか切り口とかから、新しいハナシを書きたいのは山々だが、なにせ俺頭が固いからなぁ。
物書きは恒例にため息を吐き、スマホを見る。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がぼっちで暮らしておりまして、その部屋には、
これまでずっと職場でタッグを組んでた後輩と、
これまでずっとつるんできた親友と、
近所の稲荷神社に住まう不思議な子狐と、
前々職の図書館で正職員と期限付きの臨時職員の間柄だった今の友人くらいしか、
ほぼほぼ、訪問者がおりませんでした。
ある日、藤森の部屋に後輩が自主的に緊急搬送されてきて、要するに自律神経やら体調やらの不調でダルくて、朝からロクなものを食っていませんでした。
自身も30℃で弱り、35℃以上で溶ける藤森。理解されづらい後輩の不調は他人事ではありません。
当然のように、少しの食材諸費を受け取って、さっぱり豚バラの冷しゃぶサラダとヒンヤリ冷たい水出し緑茶、それから茹でた中華麺を水でしめて麺つゆで食べる冷やし麺などを出してやりました。
困ったとき、体が動かないときは、お互いさま。
藤森と藤森の後輩は、これまでずっと、そうやって互いの生活費を節約したり体調不良の日々を乗り切ったりしてきたのでした。
で、ここからが「これまでずっと」の物語。
ごはんを貰って元気を取り戻した後輩が、
日頃のお礼として、藤森にスティックタイプのインスタントなほうじ茶オレを数本、渡しました。
『私は日本茶にはミルクや砂糖は入れない』
藤森は優しく、でもしっかり、オレの数本を一旦押し返しました――お茶好きな藤森は日本茶が特に大好きで、ほうじ茶も勿論飲みますが、砂糖入りも、オレやラテも、経験したことがなかったのです。
『来客用にでもすれば良いよ』
まぁまぁ、おいしいから。後輩は返されたスティックを、更に渡し返しました。
自称捻くれ者ながら、実際は根っこが優しくてお人好しな藤森は、ここまでされると強く出られません。
後輩からインスタントのほうじ茶オレを受け取って、お前の謝意は無駄にしないよという意味で微笑んで、でも味を知らないものを客人に振る舞うのは藤森の信条に反するし好奇心もあったので、
これまでずっとオレなティーを飲んだことが無かった藤森、後輩が帰ってからこっそりと、
1本スティックを封切って、
マグカップなど出してきて、
タパパトポポトポポ。お湯を入れてみたのでした。
香りはほうじ茶だ。
藤森は温かいベージュ色の香りを、深く吸い込み、リラックスのため息で吐き出しました。
少し吹いて冷まして、再度香りを楽しんで、少しスプーンでかき混ぜて、こくり。
『うまい』
ホットミルクに、ほうじ茶の風味がある。
すっきりしたステビアの甘さとミルクのコク、なにより優しい温度が、藤森を癒やしました――
――「で、なんで、その、あの……」
後日、単純にヒマで藤森の部屋に遊びに来た後輩です。冷房きかせて涼しい部屋で、藤森がほっこり湯気たつマグカップに口をつけておりました。
なに飲んでんの。後輩が尋ねると、顔を上げた藤森がぷらり、いつぞや後輩が一飯のお礼にくれたほうじ茶オレのスティックを掲げたのでした。
「お前の言った通りだ。美味かった」
藤森は言いました。
「ただ、湯で溶かすよりホットミルクで溶かした方が、好みの味だったんでな」
「暑くないの?」
「氷で薄めたくない」
「ホットミルクで入れたほうじ茶オレ凍らせてオレに入れれば薄くならないじゃん。
……待って。なに先輩、その、『その手があった』とか、『そんな用途に使えるのか』って顔……」
「ひとまず1件メッセージが来れば良いんだな」
これは汎用性高いお題じゃないか?某所在住物書きは喜々として、早速物語を組み始めた。
「初めて送った文章。仕事系通知。『電話番号登録してたけど君誰だっけ』の確認、『チケットご用意できました/できませんでした』の当落告知、怪しいグループからの招待あるいは指示通知。等々」
1件挟めばお題クリアだもんな。簡単よな。
あるいは「Line」の意味から、英単語として1件の何かを書くとかな。物書きは今日も今日とて、ネットでお題の意味をまず検索する。
「……簡単なハズなのにムズい」
線、通信網、工場のラインに配線に手相、セリフ、それから口癖に家系に道に方針、あと専門家、赤道と結婚証明書。Lineの和訳に物書きはうなだれた。
「うん。ムズい」
――――――
いつぞやの都内某所、某アパートの朝。
部屋の主は元物書き乙女で現社会人。前日、3月から共に仕事をしている付烏月、ツウキという男を引き連れて、スイーツバイキングを堪能したところ。
カーテンの隙間から差し込む光と、枕元に置いていたスマホのメッセージ受信音にイタズラされて、
もう少しで二度寝に寝入っていたところを、ベストタイミングに邪魔された。
自室の窓の外では、貴い黄色の陽光照る中で、天気雨(きつねのよめいり)が降っている。
受信した個人向けメッセージは1件。
『負けたノД`)』
あぁ、「負けちゃった」、溶かしちゃったんだね。
かつての物書き乙女は眠い頭で、しかし届いた文面だけで、誰が何をした結果としてメッセージを送信してきたのか、すぐ理解した。
1件のメッセージは送信者の慟哭を表していた。
元物書きの友人である。スマホに入れているソーシャルゲームに実装された、ガチャの話題である。
推しカップリングの2名が、互いに対となる服装で復刻。彼女はそれを引いたのだろう。
全ツッパに違いない――そして「負けた」のだ。
片方だけ複数枚獲得して、もう片方が1度も出なかったか、そもそも双方さっぱり出なかったか。
惨状は乙女も特定できなかったが、それはそれは、もう、それは。絶望というより失意の2字が相応しい心境に違いなかった。
『しっかりしろ致命傷だぞ』
ザンネンだったね。乙女は1件、同情のメッセージを送る。相手の推しは己の推しでもあり、彼女自身は復刻以前に双方揃えていたので無事だった。
『大丈夫?ガチャ敗北の憂さ晴らし、行く?』
メッセージをもう1件。すぐ既読されたのを確認して、乙女はベッドであくびと背伸び。
離れた場所で友人が確率と乱数に挑み散ったとは想像しづらい程度に、美しく、清純な朝であった。
『行く。そっちの先輩さんのアパート、行く』
『ウチの先輩の部屋ナンデ?』
『一緒にツー様の部屋のポールラック錬成して、そこにルー部長のコートをサマー仕様にして採寸して作って、掛けたじゃん。参拝しに行く』
『ちょっと待った落ち着きましょう』
『大丈夫。ツー様のラックにかかってる部長のコート拝みたいだけだから、数秒だけだから』
『ルー部長のコート(新着情報があります)』
『なんぞ』
『先輩の部屋に去年あたりから近所の稲荷神社に住んでるらしい子が遊びに来るんだけどね、
コートをバチクソ気に入って、先輩に着せてもらって、すそ引きずって部屋の中走り回ってる』
『 ゚Д゚) 』
『見た目が完全に子供時代のツー様が大人のルー部長のコート着て遊んでる宗教画』
『 ゚Д゚))) 』
1件、また1件、そして1件。メッセージが流れ、送り出して、既読に変わって流れてくる。
『ありがとう わたし まだ がんばれる』
友人からの言葉はそれが最後。どうやら自分の出勤準備を始めたようであった。
「……はぁ」
ため息を吐き、少しだけカーテンを開けて外を見て、再度あくびに背伸び。彼女もまた職場へ向かう前に為すべきことを始める。
友人からガチャの最終報告たる1件が送られてきたのはその日の正午過ぎ、昼休憩の頃。
今月の食費の四半分で済んだとのことであった。