かたいなか

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「『目』とか『見る』とか、視覚系はバチクソ多かったが、『手』は珍しい気がする」
「見つめられると」、「君の目を見つめると」。「窓越しに見えるのは」に「目が覚めると」等々。
視覚の話題はよく見てきた某所在住物書きである。
今回のお題には少しの珍しさを感じながら、しかしやはり高難度には違いなく、
結局、ガリガリ。頭をかき首を傾けた。
来月サ終する某森頁で手を取り合ってた筈の相互先が解釈押しつけ厨だった俺に「何」を書けと?

「『手を取り合って』。物理的に誰かと誰かが互いの手を掴み合うとか、誰かと誰かが協力し合うとか。その辺がセオリーなんだろうな」
その「手」には乗らないと、将棋とかで、相手の策略を崩してコマを「取り合う」とかは、さすがに「手を取り合う」とは言わんのかな。
毎度恒例。物書きは今日も唸った。
「納得いく『手(ハナシ)』がサッパリ出てこねぇ」

――――――

去年のハロウィンの夕暮れ、都内某所の某職場。ブラックに限りなく近いグレー企業のおはなし。
その日たまたま3番窓口の業務となった女性が、ハロウィン独特の妙な仮装をしている男性に、ネチネチ談笑を強要されていた。
あー、
はい、
何度も言ってますけど、仮装してのご来店は、ご遠慮いただいてるんですよ。
客の死角、業務机の上にある固定電話のプッシュボタン、「1」に人さし指と中指を、「0」に親指を確かにそえて、チベットスナギツネの冷笑。
悪質な客に対し、怒りも恐怖も感じていない。
「面倒」。ただそれだけの愛想であった。

チラリ、後ろを見遣って「最終兵器」に視線を送る。
目が合った隣部署の主任職、「悪いお客様ホイホイ」たる男性と、
その主任職の親友、窓口係と同部署の先輩が、
それぞれ、互いに頷き合い、席を離れた。
先輩はただ淡々と、フラットな感情の目。
主任職は仮装客に対し、それは、もう、それは。
良い笑顔をしている。

淡々先輩と主任職は、
手と手を取り合って(比喩)
あうんの呼吸で(事実)
悪質客にご説明して「ご納得いただき」(察し)、
最後、赤いパトランプに深々、礼をするのだ。

――そんなこんな、アレコレあってからの、終業後。
夜の某アパートの一室。

「やっぱり在宅ワークこそ理想郷だったわー……」
人が住むにはやや家具不足といえる室内で、しかし複数並ぶ小さな菓子を前に、例の窓口係が満面の笑みでチューハイをグビグビ。
精神の安全と幸福を享受している。
「自分のペースで仕事できるし。窓口であんなヘンな客の相手しなくて良いし。なにより先輩のおいしいごはん食べられるし」
久しぶりに見たわ。隣部署の宇曽野主任の、「悪いお客様はしまっちゃおうねバズーカ」。
そう付け足し吐き出したため息は、大きかったものの、不機嫌ではなさそうであった。

「で、その先輩が組み立てたスイーツのお味は?お気に召して頂けたのか?」
プチクラッカーに、泡立て済みのホイップクリームを絞り、少しのスパイスをアクセントに振って、小さな低糖質キューブチョコをのせる。
「まぁ、所詮去年の二番煎じだが」
窓口係に言葉を返しながら、彼女のためにスイーツを量産するのは、部屋の主にして彼女の先輩。
名前を藤森という。
かたわらの、電源を入れたノートには、今日発生した「コスプレしたオッサンに当日の窓口係が粘着された事案」の、発生時刻と経緯と結果が書かれた、いわゆる報告書のようなテキストが淡々。
一応、万が一のためのまとめ作業であった。

職場では長い付き合いの、上記窓口係とその先輩。
片や自律神経や気圧等で冗談抜きに体調を崩し、片や雪国出身のためか真夏日に弱り猛暑日に溶ける。
互いに弱点を持つ者同士、時に相手の代わりに飯を作り、時に体調の快復するまで部屋に置いて、
手に手を取り合って、日々を過ごしてきた。

「あと10個くらい食べれば、夕方の悪質コスプレさんから食らった精神的ダメージ、回復すると思う」
「さすがに糖質過多だ。低糖質の材料使ってるからって、糖質ゼロじゃないんだぞ」
「だって、回復しなきゃだもん。スイーツは心を救うもん。先輩そこのカボチャペーストとクリームチーズ取って」
「私の話聞いてるか?」

もう10個、もう10個、おいやめろ。
擬似的で結果論的な、つまり「それ」と明確に意識しているワケでもないホームパーティーは、あらかじめ購入していた菓子用の材料が無くなるまで、穏やかに、理想的に続きましたとさ。

7/15/2024, 3:40:01 AM