かたいなか

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7/5/2024, 3:23:28 AM

「4月14日のお題が『神様へ』だったわ」
なんとなく、もう1回くらいは神様系のお題来そうな気が、しないでもないわな。某所在住物書きは今日もぽつり呟き、相変わらず途方に暮れている。
己の執筆スタイルがエモ系スピリチュアル系の題目と微妙に、至極微妙に相性が悪いのだ。

「まぁ、日本にはいろんな神様がいるからな。赤い隈取の白狼とか、お客様は神様系神様とか、神絵師神文豪とか、御神木御神体もギリセーフか?」
東京都立川在住の「あのお二人」は、バチクソ厳密には「『神』様」じゃないんだっけ?物書きは不勉強ゆえに仏教とキリスト教の根本が分からなくなり、スマホでまず釈迦を調べ始めた。

――――――

そういえば神道では、迷惑かけたり悪いことしたりした「神様」が、懲らしめられ、やっつけられたりしていますね。という小ネタは置いといて、「神様」をお題に、物書きがこんなおはなしを閃きました。

都内某所、某稲荷神社には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしており、
その神社の敷地には、とてもとても大きな1本のヒノキが、御神木として生えておりました。
このヒノキはとても不思議なヒノキで、自分からは花粉をちっとも出さず、敷地内のどんな花粉にも悪さをさせない、善いヒノキでした。
花粉知らずな実らずのヒノキは、神社に来るものを見守り続け、いろんなことを知っておりました。

ある時ヒノキは稲荷神社に、雪国出身の常連参拝客が来るのを見つけました。
常連さんが神社の花を愛でて、美しい写真を撮って、少しゴミ拾いなんかもしていると、
神社に住む子狐が跳び出して、尻尾をぶんぶん振り叩き、常連さんの鼻をベロンベロン舐め回しました。
ヒノキは常連さんの過去を知っていました。
常連さんは去年の今頃、数年前縁切った筈の初恋さんが粘着して執着してきて、大変だったのでした。
去年の7月バッタリ会って、追っかけ回され疲れ果てて、11月に再度縁切り、今年の5月25日ようやく完全決着の大団円。
常連さんがたまにゴミ拾いもするのは、自分の心を傷つけ魂を蝕んだ初恋さんとのトラブル解消を見守り、力添えしてくれた神社への、お礼でもありました。

またある時ヒノキは稲荷神社に、お年をお召しのおじいさんが来るのを見つけました。
神社のひとに許可を貰って、お礼に季節の野菜をどっさり渡して、花畑の花を仏花用に少し切って。
「死んだばあさんが、ここの花大好きだったんだ」と、嫁さんの自慢話を始めました。
ヒノキはおじいさんの現在を知っていました。
おじいさんの隣で今まさに、おじいさんの目にはちっとも見えないけれど、嫁さんが顔も耳もまっかっかにして、小さくなって居るのでした。
「世界で一番綺麗だった」、「一番料理が美味かった」と涙を浮かべて話すおじいさんに、『もうやめて照れちゃう』と、でもとっても嬉しそうでした。

それからある時ヒノキは稲荷神社で、人間の姿をした花の亡霊が星空を見上げるのを見つけました。
ヒノキは亡霊の未来も知っていました。
この亡霊はその日の深夜、その亡霊を別の人と見間違えた参拝客に絡まれて、ちょっとダベって、
最終的に話がサッパリ噛み合わないので、翌日「実は昨晩神社でこんなことがあってさ」と、朝の雑談のネタになってしまうのでした。
しゃーないのです。だって別人なのです。そもそもそのとき参拝客は、チゥハイなど数本キメて、ほろよい気分の散歩中なのです。

人の過去と現在、涙と照れと笑顔、それからちょっと不思議な未来。化け狐住まう稲荷神社の御神木は、実らずのヒノキは、それらをじっと見届けて、
そのいずれも、ヒノキだけが知っているのでした。
おしまい、おしまい。

7/4/2024, 3:07:00 AM

「歩道の先、サイクリングロードの先、ロードマップの先、柔道茶道等々の先。『道』にも色々あるわな」
その計画の先には云々、信じた道の先には云々。
なんか壮大な物か書けそうで、己の頭が固いゆえに無理。某所在住物書きはお題を見つめてポツリ。
要するに物語の引き出しが少ないのだ。

「……そういや今でも、ナビを信じて進んだ道の先が難易度エクストリームハード、なんて例とか」
いや、俺は経験、無いことにしとくがな。物書きは過去の「『道』路案内」のその先を思い出し、物語にできないかと画策するも、結局挫折してため息を吐く。

――――――

スマホの予報によると、今日から東京は1週間くらい、常時25℃以上で最高36℃程度らしい。
ふぁっきん(訳:それは、とても暑いです)
最高気温が体温、常時熱帯夜、「酷暑」。
異常な気温変動に感じられるこの道の先に、8月が控えてるワケだ。ふぁっきん( :あついです)

私が今年の3月から勤めてる支店では、別に都から要請されてるワケでもないけど、
ウチのトップが「コレ開設してる本店・支店の従業員に手当金出そうぜ」のスタンスだから、
去年から率先してエアコン稼働させて、飲み物用の氷も余裕もって備蓄して、
それから、去年ここに居た従業員が作ったっていう「涼み処」の小さなタペストリーも飾ってる。

ウチの支店は、それでもお客さんが少なくて、
そもそものハナシとして、来る人がみんな濃ゆい。
常連率が7割9割で、高齢だの中年だののマダムにムッシュが多い。
今の時期は示し合わせたように突然ウチの支店に来て、お菓子まで持参して、従業員がお茶を用意してワイワイ自由に涼み始めることがある。
時折投資と貯蓄目的で商品を契約してって、
私が半年働いても貰えないような額を、
平然と、顔色ひとつ変えず、ポンと置いてく。

これが、この支店のお客さんが少ないのに何故か潰れない、2個の理由のうちのひとつ。
もうひとつは客層が安定してて、静かだから、心の弱い、あるいは弱った従業員の避難所の役割。
実際、今年度入ってきたばっかりの新卒ちゃんが、「2個目」の理由に該当して、この支店に来た。

で、新卒の若い子ちゃんなものだから、
常連のマダム数名にバチクソに目をつけられた。

今日はどうやら「ひとまず覚えとくと便利な薄化粧」の講座が開かれてるらしい。
化粧っ気の無い新卒ちゃんは、人付き合いが酷く苦手で怖くて少しビクつきながらも、
きゃいのきゃいの、昔々化粧品業界に勤めてたっていう70代さんを筆頭に、そのマダムの私物(総額だいたい◯◯万円)を使って、お化粧が必要になったときのためのスキルを仕込まれてた。

「そうよ、そうよ!上手だわ。それで良いの」
「ほら見て。こんなに顔色良くなって」
「リップは?嫌いかしら?ならこれで十分ね」

きゃいのきゃいの、きゃいのきゃいの。
お客さんによる従業員へのメイク講座は進む進む。
この支店に新卒の、男性にせよ女性にせよ、新しい子が入ったときの恒例行事らしい。
支店長を見たら顔が完全に「アレは放っとくしかない」って諦めてた。
今年の新卒ちゃんに限ったハナシじゃないんですね覚えました(諦めの伝播)

「別に、普段からお化粧しなくたって、今の時代多分どうってことないわよ」
総額◯◯万円の魔法で一気に肌の透明度の上がった新卒ちゃんに、マダムのひとりが言った。
「ただね、方法だけ、覚えておけば良いの。
人生はね、寄り道脇道たくさん開拓してナンボよ。
あなたが今勤めてるこの道の先に、暗闇しか見えない。なら脇道に行けば良いの。その道の先にも暗闇しか無かったら、戻って一旦寄り道すれば良いの。
色々覚えれば、それだけ別の道は増えるわ」

頑張って。あなたの脇道をたくさん増やしてね。
マダムはニッコリ、人生の先生か聖母みたい。新卒ちゃんに穏やかに笑ってみせた。
新卒ちゃんはマダムの言葉が腑に落ちたらしく、メモ帳にそれをメモしてる。
支店長は相変わらず虚ろなチベットスナギツネ。
小さく、ゆっくり、首を振った。
支店長の目と唇と浅いため息は、新卒ちゃんが落ちたこの道の先に何があるか、知ってるようだった。

「支店長。してんちょ」
「ん?」
「アレ、止めた方が良い?」
「できるならやってみろ。私には無理だったがね」
「放っといて大丈夫?」
「放っておくしかあるまい。実害は無い。約9割の確率で社会の基礎が身につき自己肯定感も少し上がる」

「残り1割は?」
「あの道の先に『落ちる』」
「『おちる』……?」

7/3/2024, 3:29:15 AM

「考えりゃ当然なんだろうが、今更、日本のどの地域に居るかで、日の出と日の入りが違うって知ったわ」
「日差し」の3文字をどう自分の投稿スタイルに落とし込むか。苦悩して葛藤してネタが浮かばず、己の加齢による頭の固さを痛感した某所在住物書きである。
「ひとまず、スマホの天気予報見たんよ」
天気といえば、明日と明後日の東京、猛暑予報だってな。物書きは画面を見てぽつり。

「例えば今日は、札幌なら4時に日が昇って19時17分に沈む。対して東京は4時半日の出、19時1分日の入り。沖縄は5時41分に19時26分。同じ7月3日でも日差しの時間、こんな違うのな」
日の出時刻、日の入り時刻の違いで、何かハナシのネタが降りてきたりしないかって。少々期待したんだがな。どうにも難しかったわな。
物書きはうなだれて、窓の外を見た。

――――――

都内某所、深めの森の中にある某稲荷神社のおはなし。大池のスイレンが見頃を迎えた朝。
近所に住まう雪国出身者の、名前を藤森というが、
朝から容赦の無い日差しと季節外れな暑さから逃げるため、その神社の木陰の椅子用に置かれた大木に腰掛け、膝に神社在住の子狐をのせていた。

藤森と、その隣に座る友人たる付烏月(つうき)の手には、それぞれクリスタルガラスの涼しげな器に盛られたかき氷がひとつずつ。
それはその稲荷神社の隠れた名物であった。

昨今の気温の変動により、神社では例年より早めに冷涼スイーツの販売、もとい授与を開始。
清く冷たい湧き水から作られた氷に、勤労温厚なニホンミツバチたちが敷地内で集めたハチミツをひとさじ、ふたさじ。常連にはオマケでもう少し。
彼等が受粉を手伝った果実のジャムも添えて、それは妥当といえば妥当な価格で提供されている。

少し溶けて水滴をつけた氷は、ジリジリの日差しから減衰した木漏れ日によって弾け、スイレン咲く池の反射と共に、いわゆる一種の涼しさを輝かせていた。

「スイレンといえばさ」
シャクシャク。かき氷を食べながら付烏月が言う。
「ひとつ、ハナシのストックがあるんだけどね。
去年の夏、初めてここのスイレン見に来たら、全部閉じかけてたの。朝咲いて午後閉じちゃうんだね」
俺、それ知らなくてさ。見事にやらかしたよね。
付烏月はそう付け足して、またシャクシャク。
優しくも甘酸っぱいジャムが好ましかったのだろう。にっこり一度だけ、穏やかに笑った。

「閉じかけたスイレンも、綺麗といえば綺麗だったろう。それで、その後どうしたんだ、付烏月さん?」
「『朝じゃないと咲いてないよ』って、ココに住んでるっぽい子供にアドバイス貰ったんだけどさ」
「『だけど』?」

「その子、俺のこと狐の窓越しにじーっと見てて」
「きつねの、まど?」
「アレだよ。指を組んで作るやつ。
『妖怪でもバケモノでもないよ』って言ったら、その子、『善いニンゲン。おぼえた』って。『明日の朝、池ポチャに気をつけて』って。
次の日スイレン見に来て写真撮ろうとして危なくスマホを池ポチャするとこだったってハナシ」

くわぁ〜ぁん、クシュックシュン。
藤森の膝の上のコンコン子狐が、わざとらしく大きなあくびをして、小さなくしゃみに首を振る。
視線を向けた藤森に、キラキラ玉の目を一瞬合わせ、再度くしゃみしてすぐ顔を戻す。
『だって初めて見た参拝客だったもん』
『悪いニンゲンじゃないか、確認しただけだもん』
『キツネ、狐の窓で、いろんなこと分かるもん』
子狐はどうやら正当な弁明をしたい様子であった。

「結局、写真は?」
「撮らなかった。バックアップもクラウド保存もしてないデータ多かったし。そこで水没されちゃ、俺、完全にゼツボーしちゃうし」
「USBやSDで保険も保存していなかったのか?」
「メモリでどうにかなるサイズじゃないもん」

「めもりで、どうにかなる、サイズじゃない?」
「どしたの藤森。何に驚いたの」
「何テラバイト保存しているんだ、付烏月さん」
「『テラ』?え、今メモリ、『テラ』??」

嘘言ってないよね、藤森?俺のこと騙してない?
かき氷の器を膝に置いて、自分が先日されたのと同じように指を組み、窓を作り、片目を閉じて窓越しに藤森を凝視してズーム、それからズームアウト。
時折木漏れ日で落ちてくる日差しがまぶしいらしく、目を細めている。

藤森は藤森で、そんな付烏月をじっと見て、まばたき少々して、ふらり。視線を子狐に移す。
(狐の窓か)
それで、人の本性が分かるものなのかな。
子狐の背を撫でる藤森に、子狐は何も答えない。
ただ大きく口を開いて舌を出し、木漏れ日に吠えるようなアングルで、あくびをするばかりである。

7/2/2024, 3:12:07 AM

「まず1回、その日のお題のハナシ投稿するじゃん」
パリパリパリ。某所在住物書きは己の自室で、ポテチをかじり窓の外を見た。
「バチクソ悩んで投稿すんの。もっと良いネタ書けるんじゃねーのとか、もっと別の切り口とか角度とかあるんじゃねーのとか考えてさ。
長いこと修正して削除して追加して、新規で書き直して。それから投稿すんのに、終わった後で『こっちの方がイイんじゃね?』ってネタがポンと浮かぶの」

俺だけかな。皆一度は経験してんのかな。物書きは首を傾け、ため息を吐く。
窓越しに見えた景色は心なしか、気だるげであった。
「ドチャクソ時間かけて頑張ったハナシより、その後パッと出てスラスラ書いたハナシの方が良く見える現象、なんなんだろな……」
あるいは今年の投稿より去年の同じお題で書いた文章の方がよく見えるとか、何とか、かんとか。

――――――

「先輩どうしたの。指なんか組んで」
「『狐の窓』だ」
「どゆこと」
「私のような捻くれ者に、懲りもせず引っ付いてくる。そんなお前の本性が、これで見えやしないかと」

今日で、1年が折り返しらしい。
昨日に引き続き、雪国の田舎出身っていう職場の先輩のとこに、ちょっと時間を潰しに行った。
先輩は「東京の寒さ」には眉ひとつ動かさないくらい寒さに強いけど、代わりに「東京の暑さ」にはともかく、バチクソ、雪だるまか雪女みたいに弱い。
体温超えの最高気温の日とか、そこそこ過ごしやすい気温だった前日から一気に暑さがトンと跳ねる日なんかは、在宅でリモートワーク籠城してる。
何度も言うけど、先輩は、暑さに弱いのだ。

先輩の部屋は去年まで家具が完全最低限だたけど、「諸事情」のトラブルが解決してから、少しずつ、最低限以外が揃ってきた。
触り心地の良いクッションがある。寝っ転がってスマホいじるのに丁度良いソファーもある。
去年より更に増えた堅っ苦しい本と本棚と、長い間先輩を見守り続けてきたひとつだけの底面給水鉢と、
相変わらず、低糖質低塩分スイーツとお茶がある。

仕事の手伝いをすれば、あるいは材料費とか手間賃とか食材とか渡せば、先輩はスイーツとお茶を、たまにお昼ごはんや晩ごはんも、分けてくれる。
なにより防音防振の部屋だから、とっても静かだ。

「窓なら、私に向けないと見えなくない?」
「そうだな」
「見ないの?」
「見なくたってお前がアイスティーに琥珀糖4個入れたのは分かる」

「低糖質万歳」
「適量にしておけ」

今回、先輩の資料作成サポートのお礼に貰ったのは、小麦ブランのチョコクッキーと、オーツブランのアーモンドクッキー。それから台湾茶の茶葉で作ったアイスのモロッカン風ミントティー。
砂糖を入れて飲むって聞いたから、朝焼け色と茜色のステビア入り琥珀糖を氷入りの台湾茶に落として、カラカラ、ストローでかき混ぜた。

「……やはり分からない」
その間に、ぽつり、先輩が呟いた。
「私より優しいやつも、面白いやつも、楽しいやつも。いくらだって居るだろうに」
言ってる言葉のわりに、別に苦しそうでも悲しそうでもないし、ただ表情は平坦で、穏やかで、普通。
独り言以上の意味は無さそうだった。

「それは先輩の解釈でしょ?」
先輩は相変わらず、指と指を組んで、人さし指と中指の隙間から、私でも自分でもなく、どこかを見てる。
「私は先輩のこと、一番お人好しで真面目で、誠実だと思ってるし。引っ付いてて落ち着くけど」
ちょっとイタズラして、先輩の手首をとって指の隙間を――狐の窓とかいうのを私に向けると、つられて、先輩の顔がこっちに向いた。
「どう?見えた?先輩の言ってる『本性』とやら?」
狐の窓越しに見えた先輩は、キョトンとしてて、もしくは大型犬が驚いて思考停止してるみたいで、
ちょっと、かわいかった。

7/1/2024, 3:08:29 AM

「中国の『足首の赤縄』、ユダヤの『左手首の赤い毛糸』、ベツレヘム近郊の『墓所に巻いた赤糸』、ギリシア神話の『迷宮攻略の赤い糸』。
それから日本の『藤原道長の指と阿弥陀如来像を繋いだ五色の糸』にシャーロック・ホームズの『無色の糸束の中に交じる緋色の糸』。
『赤糸こん』てコンニャクまである。豊富よな」

恋愛だけじゃなく、お守りとしての赤糸もあるのか。某所在住物書きは本棚の本とスマホの画面を行き来しながら、「赤い糸」のネタを探していた。
「赤い糸ラーメンに、赤い糸ビール、赤い糸入りペアジュエリーまであるぜ。何でもあらぁな」
赤糸唐辛子の画像を見ながら物書きはため息を吐く。
――で、どれをネタにして書こうか。

――――――

アリアドネの糸【アリアドネ―の―いと】
困難な問題・状況に対して、それを解決する正しい道しるべとなるもの、その比喩。
ギリシア神話において、アテナイの王子テセウスが大迷宮ラビュリントスを攻略する際、ミノスの王女アリアドネが、大迷宮攻略の道しるべとして、彼に一振りの剣と、麻の糸玉を手渡したことにちなむ。

なお一説には赤い糸。大迷宮攻略後、アリアドネは恋焦がれたテセウスと共にアテナイへ向けて船に乗ったが、デュオニュソスに激しく見初められてしまう。
テセウスとの恋は実らず、アリアドネはデュオニュソスの妻となった。

「ダメじゃん!『赤い糸』機能してないじゃん!」
「いや、すべての赤い糸が恋愛成就を意図した物というワケではないと思う」

職場で長い付き合いだけど、今は本店支店で別々の職場な先輩が借りてる、ロッカールーム。
本を取りに行くって言うから、ついていってみた。
先輩のロッカールームは図書館だ。本専用倉庫だ。
「赤い糸は全部赤い糸だよ先輩。小指に結んで、運命のひとまで繋がってて、いつか出会わなきゃだよ」
「……お前『緋色の糸』って知ってるか」
「弾丸なら観た」

先輩のアパートの部屋は、去年まで、ほぼほぼ全部が最低限だった。テレビも冷蔵庫も小さくて、ソファーもクッションも無かった。
突然「明後日夜逃げします」って言ってもガチで可能そうな少なさで、実際、未遂が一度あった。
「諸事情」だ。
先輩は去年まで、厳密にはつい2ヶ月くらい前まで、酷い恋愛トラブルを被ってた。
切って離した筈の赤い糸の「自分じゃない片方」にバチクソ執着されて、追われ続けて、その赤い糸でがんじがらめに縛られてた。

赤い糸で散々酷い目に遭った先輩だけど、最近、やっとその糸が完全に焼き切れて、自由になれた。
というハナシは語ると長くなるから割愛。

で、その家具最低限だった先輩がそれでも昔々から集めてたのが、いろんな学術書とか専門書とか、難しい系の図鑑とか。要するに本だった。
「恋愛など、ドーパミンとコルチゾールと、頭のブレーキの鈍化が引き起こす本能だろう」
一番読みたい本だけ部屋に置いて、残りはこうやって、大きい大きいロッカールームに預けてた。
「脳科学的に、恋は衝動だ。運命のようにあらかじめ、予約されているものではないと思う」
哲学、心理学、法学、犯罪心理学、科学、医学。
先輩の読む本は、娯楽が無い。私がいつも読んでる本と、先輩がいつも読んでる本は、どこも重ならない。

そんな娯楽皆無の大型ロッカールーム図書館に、『世界神話辞典』なんて本があったから、パラっと適当に開いて出てきたのが「アリアドネの糸」だった。
一説には赤い糸って。アリアドネはテセウスに恋をしてたって。それで別の神様が横取りしちゃったって。
おい赤い糸仕事しろ(※素人の意見です)

「赤い糸。あかいいと、ねぇ」
目当ての本をスポスポ抜いて、かわりに戻す本をポスポス戻して。用事が終わったらしい先輩が言った。
「……私の糸は首絞め糸だったんだろうな」
ほら、帰るぞ。私の背中を押す先輩が、すごく小さな呟きを吐いたけど、言ってる言葉の寂しさと苦しさのわりに表情は結構穏やかで、
あぁ、やっと先輩は赤い糸のがんじがらめなトラブルから開放されたんだって、少し嬉しくなった。

「それこそ『緋色の糸』だったんじゃない?」
「えっ?」
「先輩の糸のこと。きっと赤じゃなかったんだよ。赤に似てるけど違う、緋色の糸だったんだよ」
「それ、元ネタに照らすと私多分殺されるが?」
「どゆこと先輩死んじゃダメ」

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