かたいなか

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「考えりゃ当然なんだろうが、今更、日本のどの地域に居るかで、日の出と日の入りが違うって知ったわ」
「日差し」の3文字をどう自分の投稿スタイルに落とし込むか。苦悩して葛藤してネタが浮かばず、己の加齢による頭の固さを痛感した某所在住物書きである。
「ひとまず、スマホの天気予報見たんよ」
天気といえば、明日と明後日の東京、猛暑予報だってな。物書きは画面を見てぽつり。

「例えば今日は、札幌なら4時に日が昇って19時17分に沈む。対して東京は4時半日の出、19時1分日の入り。沖縄は5時41分に19時26分。同じ7月3日でも日差しの時間、こんな違うのな」
日の出時刻、日の入り時刻の違いで、何かハナシのネタが降りてきたりしないかって。少々期待したんだがな。どうにも難しかったわな。
物書きはうなだれて、窓の外を見た。

――――――

都内某所、深めの森の中にある某稲荷神社のおはなし。大池のスイレンが見頃を迎えた朝。
近所に住まう雪国出身者の、名前を藤森というが、
朝から容赦の無い日差しと季節外れな暑さから逃げるため、その神社の木陰の椅子用に置かれた大木に腰掛け、膝に神社在住の子狐をのせていた。

藤森と、その隣に座る友人たる付烏月(つうき)の手には、それぞれクリスタルガラスの涼しげな器に盛られたかき氷がひとつずつ。
それはその稲荷神社の隠れた名物であった。

昨今の気温の変動により、神社では例年より早めに冷涼スイーツの販売、もとい授与を開始。
清く冷たい湧き水から作られた氷に、勤労温厚なニホンミツバチたちが敷地内で集めたハチミツをひとさじ、ふたさじ。常連にはオマケでもう少し。
彼等が受粉を手伝った果実のジャムも添えて、それは妥当といえば妥当な価格で提供されている。

少し溶けて水滴をつけた氷は、ジリジリの日差しから減衰した木漏れ日によって弾け、スイレン咲く池の反射と共に、いわゆる一種の涼しさを輝かせていた。

「スイレンといえばさ」
シャクシャク。かき氷を食べながら付烏月が言う。
「ひとつ、ハナシのストックがあるんだけどね。
去年の夏、初めてここのスイレン見に来たら、全部閉じかけてたの。朝咲いて午後閉じちゃうんだね」
俺、それ知らなくてさ。見事にやらかしたよね。
付烏月はそう付け足して、またシャクシャク。
優しくも甘酸っぱいジャムが好ましかったのだろう。にっこり一度だけ、穏やかに笑った。

「閉じかけたスイレンも、綺麗といえば綺麗だったろう。それで、その後どうしたんだ、付烏月さん?」
「『朝じゃないと咲いてないよ』って、ココに住んでるっぽい子供にアドバイス貰ったんだけどさ」
「『だけど』?」

「その子、俺のこと狐の窓越しにじーっと見てて」
「きつねの、まど?」
「アレだよ。指を組んで作るやつ。
『妖怪でもバケモノでもないよ』って言ったら、その子、『善いニンゲン。おぼえた』って。『明日の朝、池ポチャに気をつけて』って。
次の日スイレン見に来て写真撮ろうとして危なくスマホを池ポチャするとこだったってハナシ」

くわぁ〜ぁん、クシュックシュン。
藤森の膝の上のコンコン子狐が、わざとらしく大きなあくびをして、小さなくしゃみに首を振る。
視線を向けた藤森に、キラキラ玉の目を一瞬合わせ、再度くしゃみしてすぐ顔を戻す。
『だって初めて見た参拝客だったもん』
『悪いニンゲンじゃないか、確認しただけだもん』
『キツネ、狐の窓で、いろんなこと分かるもん』
子狐はどうやら正当な弁明をしたい様子であった。

「結局、写真は?」
「撮らなかった。バックアップもクラウド保存もしてないデータ多かったし。そこで水没されちゃ、俺、完全にゼツボーしちゃうし」
「USBやSDで保険も保存していなかったのか?」
「メモリでどうにかなるサイズじゃないもん」

「めもりで、どうにかなる、サイズじゃない?」
「どしたの藤森。何に驚いたの」
「何テラバイト保存しているんだ、付烏月さん」
「『テラ』?え、今メモリ、『テラ』??」

嘘言ってないよね、藤森?俺のこと騙してない?
かき氷の器を膝に置いて、自分が先日されたのと同じように指を組み、窓を作り、片目を閉じて窓越しに藤森を凝視してズーム、それからズームアウト。
時折木漏れ日で落ちてくる日差しがまぶしいらしく、目を細めている。

藤森は藤森で、そんな付烏月をじっと見て、まばたき少々して、ふらり。視線を子狐に移す。
(狐の窓か)
それで、人の本性が分かるものなのかな。
子狐の背を撫でる藤森に、子狐は何も答えない。
ただ大きく口を開いて舌を出し、木漏れ日に吠えるようなアングルで、あくびをするばかりである。

7/3/2024, 3:29:15 AM