「『何』に対する失恋か、失恋に至る『前』を書くのか失恋したその『後』を書くのか。いっそ失恋『した際に役立つかも知れない情報』でも公開するのか。今回もアレンジ要素豊富よな。ありがてぇ」
まぁぶっちゃけ俺ぼっちなので。恋とはちょっと縁遠いので。某所在住物書きは自慢でも自虐でもない、フラットなため息を吐き、長考に天井を見上げた。
チラリ見たのは己の財布。じっと見つめ、息を吐く。
「福沢諭吉に熱烈ラブコール送ってるが、物価高でフられ続けて全然貯まりゃしねぇ、ってのはベタ?」
――――――
星の数だけ「優しい」があり、「優しさ」があり、その受け取り方も多々あろうかと思います。
苦しい人に寄り添い言葉に耳を傾けるだけの優しさもあれば、傷ついた人の声を代わりに叫んでやるのも、心の冷え切ってしまった人をあっちこっちに連れ回して、強制的に温め直してやるのもあるでしょう。
これからご紹介するのは昔々の失恋話。
人間嫌いで寂しがり屋だった捻くれ者の、若気の至りなおはなしです。
「珍しいな。こんな時間に会うとは」
年号がまだ平成だった頃の都内某所。宇曽野という男がおりまして、捻くれ者の親友でありました。
捻くれ者は、今は合法的に改姓して藤森という名字ですが、当時は旧姓で、附子山といいました。
「何かあったのか。俺が聞いても構わん話か」
それは日付が変わって間もない時間帯。場所は自宅近所の深夜営業対応カフェ。
大きなキャリートランクと一緒に、頼んだコーヒーに口もつけず、額に組んだ手を当て深くうつむく附子山を、宇曽野は見つけて、相席しました。
「宇曽野」
泣き出しそうな声で、附子山がぽつり聞きます。
「お前も裏で、私を指さして、笑っているのか」
ただ事じゃない。宇曽野はすぐ気付きました。
どうやら重傷のようです。致命傷かもしれません。
「そう疑った経緯は?」
ひとまず、話を聞こう。宇曽野はテーブルの上の冷えきったコーヒーを一気にゴクリ飲み干して、同じものを2個、頼み直しました。
「分からなくなった」
「何が。俺が?」
「お前も。加元さんも。皆。みんな」
「『加元』ってあいつか。お前に一目惚れして、お前自身も惚れた初恋の。どうした」
「本心を見つけたんだ。呟きの、別アカウントを。
私に笑顔をくれた、『好き』と言ってくれた裏で、正反対の呟きをしていた。……『頭おかしい』だとさ」
「そうか」
「『地雷』って、なんだ。『解釈違い』って何に対する解釈だ。どうして、本心では嫌いなのに、私を好きな演技などするんだ」
「そうだな」
「もう、疲れた。もう恋などしない。もう……人の心など、良心など信じない。人間など……」
「疲れたか。だろうな」
要するに、失恋か。
新しく届いた、湯気たつコーヒーに口をつけて、宇曽野は理解しました。どうやら附子山は、この真面目で根の優しい雪国出身者は、遅い初恋の相手に心をズッタズタのボロッボロにされてしまったようです。
きっとアパートも職場も全部「清算」して、トランクひとつで区を越えて、夜逃げしてきたのでしょう。
「新しい部屋は?もう決めてあるのか?」
やめろ。優しくするな。
宇曽野の気遣いの申し出に、附子山は小さな小さな、悲しい声で懇願します。あんまり心の傷が深過ぎて、あんまり魂の炎症が酷過ぎて、優しさを「優しさ」として受け取ることができないのです。
失恋が相当響いたのでしょう。少し触れば、すぐ割れ砕けそうな気配でした。
「苦しいなら、一度ウチに寄れ。温かいメシと飲み物と、話し相手くらいは出してやれる」
優しくするな。優しいふりをするな。
附子山は泣きそうな震え声で、そう繰り返しました。
その後なんやかんやあって、捻くれ者は新しい職場と新しい部屋で再スタートをきり、後輩とカラフルアイスティーだのカラフルマカロンだの食ったり飲んだりなんかして、そこそこ穏やかな失恋後ライフを送ることになるのですが、
その辺に関しては、過去投稿分参照ということで。
おしまい、おしまい。
「去年は『狐の子供が宝箱持って、駄菓子屋とか和菓子屋とかまわってお気に入りのものを買って、宝箱の中身をカラフルに染めた』ってハナシを書いた」
なんか「白って200色あんねん」の「200色」はカラフルと言い得るか、みたいなことも悶々考えてた記憶もあるわな。
某所在住物書きは色のついたマーブルチョコレートをパリパリ噛み砕きながら、アプリの通知文としばし、にらめっこを続けていた。
たしか先月「無色の世界」なるお題があった。
そこからの「カラフル」だという。
無色と有色でペアになる物語でも書ければエモいのだろうが、残念、物書きが先月手を出したのは「無色(むしき)」、仏教用語の方であった。
「カラフルねぇ」
物書きは毎度恒例に、途方に暮れ、窓の外を見た。
「……意外と車の色って、皆似たりよったり」
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、午後。
部屋の主を藤森というが、その藤森の後輩と、藤森の友人の付烏月――ツウキが、
陽光さし込む少し温暖な室内で、数種類の冷茶をチビチビ。8K対応テレビモニタを時折観ている。
ガーネットのアールグレイ、琥珀の台湾烏龍、トパーズの川根に翡翠の八女。レモンを絞ればバタフライピーはサファイアからアメジストへ。
卓上は色にあふれ、それら茶の宝石にふさわしく、菓子にはパステルカラーのマカロンが控えている。
「……うん」
モニタを観ていた後輩が、確信をもって頷いた。
「カラフルではないけど、キレイ」
無論、茶と茶菓子に関しての評価ではない。
――時刻はその日の正午までさかのぼる。
午前中で仕事を終えた後輩は、同僚の付烏月と共に店内の掃除とセキュリティー点検を済ませて退勤した。
ブラックに限りなく近いグレー企業ながら、祝日はキッチリ休業日。明日から、待望の4連休である。
『今日、久しぶりにモンカス来たじゃん』
その4連休直前に、後輩は「彼等の店のサービスにご満足頂けていない客」と遭遇した。
来客用に出したアップルティーにケチを付けられたのだ。しかもバチクソどうでもいい理由で。
『アップルティー出したのと、「リンゴの花は白ばっかりでカラフルじゃない」のと、「多様性を認めてない」のって、なんか、関係ある?』
『しらな〜い』
せっかくの「連休の前日」が台無し。
そこで付烏月は一計を案じ、後輩の先輩であるところの藤森にスマホで連絡。
『とりあえず、藤森のアパートで飲み直す?』
お茶好きにして花好きである、雪国出身の藤森に、
「カラフル」な茶と
「カラフル」なリンゴの花の画像の準備を求めた。
某和菓子屋の和色でパステルなホイップマカロンを手土産に、後輩と付烏月が藤森の部屋に到着すると、
モニタには、一斉に咲いた赤と白の林檎花の海、
卓上には耐熱ガラスの1〜2杯用ティーポットに入れられた複数色のアイスティー。
『まぁ、確かに、リンゴの花はカラフルではない』
モニタはスマホとリンクしているのだろう。手元の板をスワイプして、藤森が言った。
『カラフルではないが、多分、キレイだと思うよ』
で、物語は冒頭の数行へと繋がるワケである。
――「真っ白とか、少しピンクとか、模様みたいに赤が混じってるとか。ヒトコトに『リンゴの花』って言っても、色々あるんだね」
形も違うし。大きさも違うし。スワイプスワイプ。
レモンを絞ったバタフライピーで喉を湿らせて、後輩が藤森に言葉を投げた。
「もっと濃い、『赤い花』のリンゴもあるそうだ」
今回はちょっと、用意できなかったが。
言葉を返す藤森は付烏月が台湾烏龍をガブ飲みしているのをチラリ横目に、ため息。
新しく茶葉と湯を用意している。
「白、赤、ピンク、薄桃。まぁまぁ。そのクレーマーが言うところの『カラフルじゃない』は……一応。
で、付烏月さん、気に入ったのかそのお茶」
「ふぇ?」
「さっきから烏龍ばかり」
「なんか、あんこホイップマカロンと合う」
「あんこには、日本茶では?八女や川根は」
「うーうん。烏龍」
あーだこーだ、云々カンヌン。
藤森と付烏月が柔らかく穏やかな議論を重ねている間に、後輩は黙々と花の画像をバックにバタフライピーやらマカロンやらの写真を撮ってはゴクゴクぱくり。
ほぼ一人勝ちも同然である。
「カラフルとキレイって、必ずしもイコール、ってワケじゃないんだね」
後輩が言った。
「……甘味だけでなく塩味も食べたくなってきた」
今の彼女には味の多色性が求められているらしい。
「楽園の定義や所在、生活の中で感じる楽園、現代に楽園なんて無ぇよの嘆き、楽園Aと楽園Bの比較。どの視点から書くか、まぁまぁ、迷うねぇ」
俺としては金と美味い食い物と最高のベッドとストレスフリーな安全地帯があればそれで良いや。某所在住物書きはポテチをつまみ、茶をカップに注いで笑う。
「そういや楽園って、『飽き』の概念有んのかな」
スマホを手繰った物書きは、途端はたと閃いて……
――――――
私達の職場には、新人研修と称して、参加不参加自由形の1ヶ月国内旅行がある。
今年は涼しい(筈の)雪国で、遅咲きの桜を見ながらグルメを楽しんだり、映える写真を撮ったりアップしたり、申し訳程度のマナーを学んだり。
私も○年前、雪国じゃなく静岡で研修したけど、
何に驚いたって、野生動物の声と、自然の音だ。
ちゃんと聞こえる川の音、ケーンケーンやかましい何かの鳥の声、ビル風と違うさざめき、東京に比べれば無音に等しい夜。
まだ春早い頃だったから、「田んぼのカエルと虫の大合唱」は無かった。
「楽園」があるとすれば、ここのことだと思った。
雪国の田舎出身の先輩はそれを「異文化適応における『ハネムーン期』」って言った。
「もう少し長く滞在していれば、その地域の『悪いところ』が見えてきて、『ショック期』に移行していただろう」って。
楽園に、「飽き」とかショックとか、あるのかな。
「――今年の2月にも、先輩と一緒に楽園行ったの」
「ウン年前に行ったっていう静岡?」
「違う違う。先輩の故郷。雪国。2月28日。帰省にくっついてったの。丁度その日に、先輩の故郷で一番最初のフクジュソウが咲いて」
「『飽き』とショックは?有った?」
「全然。
ところで付烏月さんって、新人?」
「俺附子山だよ後輩ちゃん。ブシヤマ」
「新卒ちゃんは新卒ちゃんだけど、ツウキさんって、いつウチに就職してきたの?新人研修は?」
「ナイショ」
ゴールデンウィークもそろそろ折り返し。
3連勤の、2日目。
一番来客の少ない支店で、今日も常連のおじいちゃんやおばあちゃんを相手にお茶とか飲みながら、
平日なので、いつもどおり仕事してる。
違うところと言えば、1週間だけウチの支店に体験勤務してる新卒ちゃん。
体験勤務の1週間が過ぎて、今は自分に割り振られたデスクでフィードバックを入力してる。
来月にはフィードバックの集計が完了して、新人研修から帰ってきた新人組と合流して、
第一希望か第三希望か知らないけど、ともかく、それぞれの支店本店、それぞれの部署に送られる。
まぁ、新卒ちゃんのおとなしい性格からして、ウチが第一希望だろうな。 チルいし。平穏だし。
「楽園ねぇ〜」
この支店も、本店のモンカス祭に比べれば楽園かな。3月から一緒にこの支店で仕事してる、付烏月さん、ツウキさんってひとが、自家製クッキーをポリポリつまみながら呟いて、1〜2秒フリーズして、
「……いや、うーん、『楽園』ねぇ」
背伸びして、あくびして、天井見て。
なにか、付烏月さんらしからず、バチクソ複雑で難しそうなことを考えてるように見える。
「シッケーな。俺だって、考え事はするやい」
「ホント?」
「後輩ちゃんの俺のイメージって、どんなの」
「お菓子屋さん。脳科学に詳しくて顔見れば相手の心が分かる、『付け焼き刃附子山の付け焼きTips』が持ちネタのお菓子屋さん」
「おかしやさん、」
「パティシエ」
「ぱてぃしえ……」
まぁ、お菓子作るのは、趣味だから作るし、自分で食いきれないから職場に持ってくるけどね。
俺だってね。別にお菓子屋が本職では、ね。
ぽつぽつぽつ。ぽりぽりぽり。
しょんぼり顔の付烏月さんが、視線を下げてデスクに「の」の字なんか書いて、頬杖ついてる。
そして少しして一言、
「まぁ、ぱてぃしえ、だよなぁ」
気がつけば、正午まで残り1時間10分。
付烏月さんが楽園について呟いた後、なんで1〜2秒フリーズして、どんな複雑で難しいことを考え直していたかは、面倒だから聞き返さなかったけど、
少なくとも、モンカスのほぼ来ないこの支店でクッキーとお茶飲みながら仕事できるのは、少しだけ、私の考える「それ」に近い気がする。
「風に乗って、飛ぶ乗り物がハングライダー、毎年飛んできて騒動になるのが花粉、飛んで凶器になるのが台風中の傘や鉢植え、大陸から飛ばされてくるのが黄砂、耳にするのが多分噂。他には?」
フェーン現象は、「風に乗って」の気象現象、とは違うんだっけ?合ってるんだっけ?
某所在住物書きは「風」に乗り得るものの連想ゲームを続けながら、書きやすそうなネタを探している。
去年は「香りが風に乗って来る」を書いた。
今年は何を乗せるのが手っ取り早いだろう。
「『空気感染』なんて医療ネタも可能か」
なお物書きは不勉強の門外漢である。
「手を出したらぜってー『素人質問』来るよな」
ところで全都道府県共通の「恐縮ですが」な公開処刑は、「何」に乗って広がったのだろう。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
今日はお母さん狐が店主をしているお茶っ葉屋さんの飲食スペースで、看板子狐のお手伝いをして、ご褒美とばかりにとってもゴージャス、とっても極楽なおやつを、お得意様から貰いました。
おやつを注文してくれた方は、つまりお得意様の後輩さんは、ほっくほくの満足笑顔。
おやつの支払いをした方は、つまり子狐とお母さん狐のお得意様は、自分のマネークリップを見て口を小さくパッカリ。強く強く息を吹き付ければ、風に乗って飛んでいきそうです。
『先輩!この御恩は、一生忘れませんッ!』
ゴチでした!後輩さんが言いました。
お得意様は何も言わず、でもちょっと穏やかな優しい表情で、小さなため息を、ひとつ吐きました。
さて。
飲食スペースで5ケタのお支払い。手持ちの現金が丁度スッカラカンになってしまったお得意様。
手数料こそかかりますが、ATMに向かいます。
ペーペーもワンワンも、ニャニャコもクレカの預金残高も、すべて十分に余裕がありましたが、
一応、現ナマも持っておきたいのです。
「おとくいさん、おとくいさん」
食べきれなかった大皿料理を、狐のイラストが可愛らしいお土産ボックス2箱に詰めて、コンコン子狐、お得意様のアパートまで一緒に歩きます。
しっかり狐耳も狐尻尾も隠して、人間に化けて、お土産ボックスを大事に大事に抱え持って、トテトテ、トテトテ。お得意様と一緒に歩きます。
「明日の方が、えーてぃーえむ、てすーりょ、お得だよ。今日だと、損しちゃうよ」
「一種の小さな強迫観念のようなものさ」
自嘲気味、ぎこちなく笑うお得意様が、答えます。
「震災、停電、通信障害。もしも今突然電子決済が使えなくなったら、私はそれこそ一文無しだ」
そのお得意様の隣では、時折お土産ボックスをこっそり開けて、コンコン子狐、鶏軟骨唐揚げだの手まり稲荷寿司だのを盗み食いしている様子。
「1枚でも2枚でも、万が一のため、保険に」
持っておきたいのさ。 お得意様はそう付け足すと、子狐が持っていたお土産ボックス2箱を、ひょいひょい。取って自分で持ちました。
「あ、あっ!かえして!キツネ、おとくいさんのおみやげ、持つ!かえして!」
「お前が持ちたいのは、持ち帰り箱本体じゃなくて、この中の軟骨唐揚げと稲荷寿司だろう」
「ちがうもん。キツネ、おとくいさんのおみやげ、おとくいさんのお部屋まで、お持ちするもん」
「先にどっちを食いたい?唐揚げか?稲荷か?」
「おいなりさん」
本当に素直で正直だな、おまえ。
ぎこちなくも穏やかに、優しく顔をほころばせて、
お得意様は子狐に、お土産ボックスの中から稲荷寿司の詰められた小箱を取り出して、渡します。
「おいしい。おいしい」
コンコン子狐は幸福に、小箱のなかの稲荷寿司を、ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。
たっぷりの笑顔で、口いっぱいに頬張ります。
最寄りのATMまで、あと300m。
子狐の笑顔を見てお得意様が再度吐いたため息は、道中の風に乗って、緩やかに、溶けていきました。
「『刹那』、『がらんどう』、寿司の『シャリ』。元々は仏教用語だっけ?」
なんなら「喉仏」も「坊主」も、いろんな単語が日常生活に神道、もとい、浸透しちまってるから、仏教が存在しない筈の異世界モノとか書くときは、言語考証とか「四苦八苦」だろうねぇ。
某所在住物書きは毎度恒例に、お題をネットで検索して、案の定途方に暮れている。
「……いっそ、刹那ひとつじゃなくて、」
そういえば先々週、「無色の世界」を「無色(むしき)の世界」と読みかえて、ハナシを書いた。
物書きは苦しまぎれの一手をひとつ閃いた。
「刹那を含めた『仏教用語』で行くか?」
――――――
最近最近の都内某所、某稲荷神社近くの茶葉屋、昼。お得意様専用、完全個室の飲食スペース。
静かな通路を、看板猫ならぬ看板子狐がトテトテ。
狐型の配膳ロボットを1台連れて、歩いている。
一番奥の個室の前にたどり着いた。
コンコン子狐は器用に前足でふすまを開け、
刹那、韋駄天の速さで、部屋の中の客のひとりの膝の上に陣取り、べろんべろんべろん。
頬を鼻を舐め倒した。
「今回はお前の方に行ったな」
部屋に居た客は2人。コンコンにコンコンアタックされていない方、名前を藤森というが、配膳ロボットから大皿料理を受け取りながら言った。
「どうする?今日も何か、ペット用クッキーなり何なり、頼んでやるのか?」
「たのむ。たのんじゃう」
コンコンにコンコンアタックされている方、藤森の後輩は非日常的モフモフに至上の悦楽。
卓上のタブレットを手繰り、視界を占領する狐の間からメニューをスワイプ、スワイプ。
子狐用のおやつを2品、追加で注文した。
「コンちゃん。今日は一緒にごはん食べようね〜」
「多分頼んだ2品を食い終わったら出ていくぞ」
「頼み直すもん。それか、ゆっくりあげるもん」
藤森も後輩も、双方、久々の顔合わせであった。
長年同じ部署で共に仕事をしてきたふたりだが、先月、藤森の「元恋人」が職場に就職してきた。
この元恋人が大問題だったのだ。
酷い執着持ちで、恋人厳選厨で、解釈押付厨。
9〜10年前藤森に一目惚れして、解釈違いを散々嘆き散らして藤森の心を、ズッタズタに壊したくせに、今になってヨリを戻そうと以下略。
藤森と元恋人、後輩と元恋人が邂逅すると修羅場の大騒動が予想される。
ワケを聞いた藤森の親友の宇曽野と、彼の祖父である緒天戸の機転で、ふたりは異動により離された。
詳細は過去投稿分に散りばめているが、参照したところでスワイプが億劫なので、推奨はしない。
「……これが、私の今の名刺だ」
大皿の、料理を後輩によそって、渡して、一緒に長方形の白を添える藤森。向かい側では後輩が、藤森に代わって藤森の料理をよそっている。
「チャットやDMで伝えられなくて、すまなかった。あのひとがどこで目を光らせているか分からなかったから、どうしても、ネット上では」
悪かったな。ぽつり付け足すと、少し反省しているように、小さなため息を吐いた。
「本店の総務課?よく今まであの解釈厨から逃げ続けられたね。あいつの部署から丸見えじゃん」
「総務課『には』いないんだ。別の場所、あのひとが絶対近づけない部屋で仕事をしている」
「どこ?」
「『総務課』の隣を見てみろ」
となり? 隣って? 藤森のアドバイスに、後輩は受け取った長方形を再度見返す。
下から、上へ。少し大きめに刷られた『藤森 礼(ふじもり あき)』は藤森の現在の氏名。なお旧姓旧名は「附子山 礼(ぶしやま れい)」だった。
『総務課』は藤森の3月からの異動先。
その隣?――視線が横にズレた、刹那、
「総務課、『秘書係』」
後輩が小さく、あっ、と声を上げた。
「緒天戸の、ウチのトップの、秘書役……」
「私にできるのは、ただの雑用程度だがな」
ほら、絶対近づけない場所だろう。藤森が笑った。
「それでも、『茶は一番美味い』、だとさ」
「とっぷ、ひしょ、まにー?」
「少し上がった。手当もそれなりに」
「コンちゃん、コンちゃん!今日は先輩のおごりだよ!ゴージャスおやつ、たんとおたべ!」
「おい、よせ、おい!どれを頼むつもりだ!?」
「私も極楽ランチ食べるぅ!」
「よせと言ってるだろ……!!」