かたいなか

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「楽園の定義や所在、生活の中で感じる楽園、現代に楽園なんて無ぇよの嘆き、楽園Aと楽園Bの比較。どの視点から書くか、まぁまぁ、迷うねぇ」
俺としては金と美味い食い物と最高のベッドとストレスフリーな安全地帯があればそれで良いや。某所在住物書きはポテチをつまみ、茶をカップに注いで笑う。

「そういや楽園って、『飽き』の概念有んのかな」
スマホを手繰った物書きは、途端はたと閃いて……

――――――

私達の職場には、新人研修と称して、参加不参加自由形の1ヶ月国内旅行がある。
今年は涼しい(筈の)雪国で、遅咲きの桜を見ながらグルメを楽しんだり、映える写真を撮ったりアップしたり、申し訳程度のマナーを学んだり。
私も○年前、雪国じゃなく静岡で研修したけど、
何に驚いたって、野生動物の声と、自然の音だ。
ちゃんと聞こえる川の音、ケーンケーンやかましい何かの鳥の声、ビル風と違うさざめき、東京に比べれば無音に等しい夜。
まだ春早い頃だったから、「田んぼのカエルと虫の大合唱」は無かった。

「楽園」があるとすれば、ここのことだと思った。
雪国の田舎出身の先輩はそれを「異文化適応における『ハネムーン期』」って言った。
「もう少し長く滞在していれば、その地域の『悪いところ』が見えてきて、『ショック期』に移行していただろう」って。
楽園に、「飽き」とかショックとか、あるのかな。

「――今年の2月にも、先輩と一緒に楽園行ったの」
「ウン年前に行ったっていう静岡?」
「違う違う。先輩の故郷。雪国。2月28日。帰省にくっついてったの。丁度その日に、先輩の故郷で一番最初のフクジュソウが咲いて」
「『飽き』とショックは?有った?」
「全然。

ところで付烏月さんって、新人?」
「俺附子山だよ後輩ちゃん。ブシヤマ」
「新卒ちゃんは新卒ちゃんだけど、ツウキさんって、いつウチに就職してきたの?新人研修は?」
「ナイショ」

ゴールデンウィークもそろそろ折り返し。
3連勤の、2日目。
一番来客の少ない支店で、今日も常連のおじいちゃんやおばあちゃんを相手にお茶とか飲みながら、
平日なので、いつもどおり仕事してる。
違うところと言えば、1週間だけウチの支店に体験勤務してる新卒ちゃん。
体験勤務の1週間が過ぎて、今は自分に割り振られたデスクでフィードバックを入力してる。
来月にはフィードバックの集計が完了して、新人研修から帰ってきた新人組と合流して、
第一希望か第三希望か知らないけど、ともかく、それぞれの支店本店、それぞれの部署に送られる。

まぁ、新卒ちゃんのおとなしい性格からして、ウチが第一希望だろうな。 チルいし。平穏だし。

「楽園ねぇ〜」
この支店も、本店のモンカス祭に比べれば楽園かな。3月から一緒にこの支店で仕事してる、付烏月さん、ツウキさんってひとが、自家製クッキーをポリポリつまみながら呟いて、1〜2秒フリーズして、
「……いや、うーん、『楽園』ねぇ」
背伸びして、あくびして、天井見て。
なにか、付烏月さんらしからず、バチクソ複雑で難しそうなことを考えてるように見える。
「シッケーな。俺だって、考え事はするやい」
「ホント?」
「後輩ちゃんの俺のイメージって、どんなの」
「お菓子屋さん。脳科学に詳しくて顔見れば相手の心が分かる、『付け焼き刃附子山の付け焼きTips』が持ちネタのお菓子屋さん」
「おかしやさん、」
「パティシエ」
「ぱてぃしえ……」

まぁ、お菓子作るのは、趣味だから作るし、自分で食いきれないから職場に持ってくるけどね。
俺だってね。別にお菓子屋が本職では、ね。
ぽつぽつぽつ。ぽりぽりぽり。
しょんぼり顔の付烏月さんが、視線を下げてデスクに「の」の字なんか書いて、頬杖ついてる。
そして少しして一言、
「まぁ、ぱてぃしえ、だよなぁ」

気がつけば、正午まで残り1時間10分。
付烏月さんが楽園について呟いた後、なんで1〜2秒フリーズして、どんな複雑で難しいことを考え直していたかは、面倒だから聞き返さなかったけど、
少なくとも、モンカスのほぼ来ないこの支店でクッキーとお茶飲みながら仕事できるのは、少しだけ、私の考える「それ」に近い気がする。

5/1/2024, 1:49:38 AM