かたいなか

Open App

「『刹那』、『がらんどう』、寿司の『シャリ』。元々は仏教用語だっけ?」
なんなら「喉仏」も「坊主」も、いろんな単語が日常生活に神道、もとい、浸透しちまってるから、仏教が存在しない筈の異世界モノとか書くときは、言語考証とか「四苦八苦」だろうねぇ。
某所在住物書きは毎度恒例に、お題をネットで検索して、案の定途方に暮れている。

「……いっそ、刹那ひとつじゃなくて、」
そういえば先々週、「無色の世界」を「無色(むしき)の世界」と読みかえて、ハナシを書いた。
物書きは苦しまぎれの一手をひとつ閃いた。
「刹那を含めた『仏教用語』で行くか?」

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社近くの茶葉屋、昼。お得意様専用、完全個室の飲食スペース。
静かな通路を、看板猫ならぬ看板子狐がトテトテ。
狐型の配膳ロボットを1台連れて、歩いている。

一番奥の個室の前にたどり着いた。
コンコン子狐は器用に前足でふすまを開け、
刹那、韋駄天の速さで、部屋の中の客のひとりの膝の上に陣取り、べろんべろんべろん。
頬を鼻を舐め倒した。

「今回はお前の方に行ったな」
部屋に居た客は2人。コンコンにコンコンアタックされていない方、名前を藤森というが、配膳ロボットから大皿料理を受け取りながら言った。
「どうする?今日も何か、ペット用クッキーなり何なり、頼んでやるのか?」

「たのむ。たのんじゃう」
コンコンにコンコンアタックされている方、藤森の後輩は非日常的モフモフに至上の悦楽。
卓上のタブレットを手繰り、視界を占領する狐の間からメニューをスワイプ、スワイプ。
子狐用のおやつを2品、追加で注文した。

「コンちゃん。今日は一緒にごはん食べようね〜」
「多分頼んだ2品を食い終わったら出ていくぞ」
「頼み直すもん。それか、ゆっくりあげるもん」

藤森も後輩も、双方、久々の顔合わせであった。
長年同じ部署で共に仕事をしてきたふたりだが、先月、藤森の「元恋人」が職場に就職してきた。
この元恋人が大問題だったのだ。

酷い執着持ちで、恋人厳選厨で、解釈押付厨。
9〜10年前藤森に一目惚れして、解釈違いを散々嘆き散らして藤森の心を、ズッタズタに壊したくせに、今になってヨリを戻そうと以下略。
藤森と元恋人、後輩と元恋人が邂逅すると修羅場の大騒動が予想される。
ワケを聞いた藤森の親友の宇曽野と、彼の祖父である緒天戸の機転で、ふたりは異動により離された。
詳細は過去投稿分に散りばめているが、参照したところでスワイプが億劫なので、推奨はしない。

「……これが、私の今の名刺だ」
大皿の、料理を後輩によそって、渡して、一緒に長方形の白を添える藤森。向かい側では後輩が、藤森に代わって藤森の料理をよそっている。
「チャットやDMで伝えられなくて、すまなかった。あのひとがどこで目を光らせているか分からなかったから、どうしても、ネット上では」
悪かったな。ぽつり付け足すと、少し反省しているように、小さなため息を吐いた。

「本店の総務課?よく今まであの解釈厨から逃げ続けられたね。あいつの部署から丸見えじゃん」
「総務課『には』いないんだ。別の場所、あのひとが絶対近づけない部屋で仕事をしている」
「どこ?」
「『総務課』の隣を見てみろ」

となり? 隣って? 藤森のアドバイスに、後輩は受け取った長方形を再度見返す。
下から、上へ。少し大きめに刷られた『藤森 礼(ふじもり あき)』は藤森の現在の氏名。なお旧姓旧名は「附子山 礼(ぶしやま れい)」だった。
『総務課』は藤森の3月からの異動先。
その隣?――視線が横にズレた、刹那、
「総務課、『秘書係』」
後輩が小さく、あっ、と声を上げた。
「緒天戸の、ウチのトップの、秘書役……」

「私にできるのは、ただの雑用程度だがな」
ほら、絶対近づけない場所だろう。藤森が笑った。
「それでも、『茶は一番美味い』、だとさ」

「とっぷ、ひしょ、まにー?」
「少し上がった。手当もそれなりに」
「コンちゃん、コンちゃん!今日は先輩のおごりだよ!ゴージャスおやつ、たんとおたべ!」
「おい、よせ、おい!どれを頼むつもりだ!?」
「私も極楽ランチ食べるぅ!」
「よせと言ってるだろ……!!」

4/29/2024, 4:02:19 AM