かたいなか

Open App
2/8/2024, 3:03:04 AM

「『呟きックスにもイン◯タにも、ティック◯ックにも投稿できないこと』なのか、『この出版社以外、あるいはこの作家以外、どこにも誰にも書けない文章』なのか。少なくとも2通りの解釈は可能よな」
俺としては第一印象、前者だったが。某所在住物書きはマイナー系SNSアプリのタイムラインを眺めつつ、その投稿内容に共感をポチポチ。
ゆるい繋がりをコンセプトとするそこは、繋がり過ぎないゆえに、まさしく「どこにも書けない悩み」が複数。 世間はなかなか、せちがらい。

「『どこにも書けない悩み』を繋がり過ぎるSNSで書いちまうから崩れる、って関係、結構多い説……」
まぁ、俺も、思い当たるけど。
物書きは小さく首を振り、アプリを閉じた。

――――――

最近最近の都内某所、いつもの投稿分とは舞台の違う、比較的閑静な住宅街、夜。
宇曽野という30代後半の既婚が、己の職場の人事担当同士で共有しているグループチャットに、別部署の人間ながら参加している。

発言はせず、見ているだけ。誰も宇曽野がグループに紛れ込んでいることに疑問を呈さない。
メンバーはただ、新年度4月1日初日から採用予定の中途採用10名を決めるべく、
その10枠に対して殺到した履歴書データ53件を共有し、誰を落とすか誰の履歴書が特徴的か、中途採用枠と新人採用枠双方に履歴書を送付したのは何人居たか等々、議論している。

特に発言が多いのは、リーク好きで知られる陸須木。
多くの職場を経験し、人脈も広く、ゴシップ調査に余念の無い陸須木は、
そいつはともかく物覚えが悪いらしい、あいつは昔一緒に仕事をしたことがある、
人材派遣会社で一緒だった奴の話だと、こいつは過去二度デカいミスをしたらしい等々と、
彼以外誰にも知り得ないことを暴露し、
彼以外どこにも書けないことを書いている。
人事関係者には「陸須木砲」として有名だとか。

「ビデオチャットじゃないの?」
父の秘密会合への潜入を察知して、一人娘が宇曽野の座るソファーを訪れた。
「それだと、隠れて酒が飲めないだろう」
多分2〜3人、今頃スマホの前で酔いつぶれてるぞ。宇曽野は即座にスマホを伏せて、娘の目から画面を隠し、かわりに己の食べていた酒のつまみを、その袋の中身を小皿に分けて、差し出した。

「仕事中にお酒飲んでるの?ダメじゃない?」
「そもそも、こういう隠れた場所で、営業時間外に、あいつダメこいつダメと陰口言って、それで採用落とすか落とさないか決まるの、どう思う」
「あんまり良くないと思う」
「じゃあ、お前はそういう大人にはなるなよ」

「この人たちも、父さん、父さんの実家のひいじいちゃんにチクるの?炎上させて辞めさせるの?」
「役に立つ間は泳がせる」
「どこかの組織の情報部みたい」
「どこにも書くなよ?『私の父さんの実家が父さんの職場のトップ』とか?」
「そう言うとなんかチート系小説。安っぽい」

おやすみ、 おやすみ。
双方が双方に夜の挨拶を交わし、父はそのまま、娘は炭酸飲料と小皿を手に自分の部屋へ。
「……おっ。やはり応募してきたか」
再度スマホを眺め、数分の未読をスワイプしていた宇曽野の目に、1名、彼のよく知る名前を記した履歴書の画像が、彼の予想通りに。
リーク大好き陸須木の評価は上々。書類選考を突破し、一次面接へ通したようであった。

宇曽野が反応した履歴書は、名前を加元という。
宇曽野の親友、藤森に狙いを定めてその心を奪ったのが9年前、自分から藤森に恋したくせに、SNSでボロクソにディスってその心魂を壊したのが8年前。
加元から離れた藤森を追って、職場にまで押し掛けてきたのが、丁度、去年。
去年の11月、藤森が加元を正式にフッて、それでこの恋愛トラブルは終了、と思われていたのだが。
「せっかく縁が切れたんだから、藤森に執着しないでとっとと次の恋に行けよ……」

あんまり店に押し掛け過ぎて、迷惑千万だったため、客として出禁を食らっていた筈の加元。
しかし職場がバレている以上、執着の強い加元は、客ではなく従業員として、自分と藤森の職場に潜り込もうとしてくるかもしれない。
そう予測して、数ヶ月前から始めていた、人事担当グループチャットの覗き見。
予測は的中し、藤森の元恋人は行動を開始した。
「今年も、騒がしくなるな」
ハァ。 宇曽野はため息をひとつ吐き、その息と声はどこにも届かず、誰と共有されることもなかった。

2/7/2024, 2:48:18 AM

「アカウント開設2年目の物語進行をどうするかについては、丁度、考え始めてんのよ」
その点に関してなら、「時計の針」が動き始めた、かな。某所在住物書きは過去投稿分を辿り、呟いた。
使っているのはWeb小説をオフラインで読めるようにダウンロードするアプリ。外部に頼らなければ、どうにもスワイプスワイプで、過去作参照が手間なのだ。

「あと約3週間で、1年分の大雑把な、だとさ」
物書きは言った。
「3週間で、1年分のハナシの方向性、検討……」
俺にできるの?無理じゃね?吐いたため息は誰にも届かず、ただ部屋の空気に溶ける。

――――――

スマホで時刻を確認するようになって、チクタク、時計の針の音をあまり聞かなくなったように感じる物書きが、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。東京に雪積もった次の日、寒い寒い夜のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社は、東京にしてはわりと深めな森の中。落葉樹はだいぶ葉を落とし、フワフワだった筈の枯れ葉の絨毯、枯れ葉のお布団が、
前日の白い白い積雪で、溶け気味のかき氷のように、しゃくしゃく、濡れて微妙に凍っておりました。

神社敷地内の一軒家には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、稲荷のご利益豊かなお餅を作って売って、ただいま絶賛修行中。
今日も雪残るなか、唯一のお得意様な人間のアパートに、お餅を売りに行くのです。
心の傷をちょっと治すお餅、悪い風邪をちょっと遠ざけるお餅、朝までバチクソぐっすり眠れるお餅。
色々カゴに詰めまして、お餅を売りに行くのです。

「おとくいさん、こんばんは、こんばんは!」

「すまない。すぐ出なければならない用事がある」
ドアが開くなりお得意様、名前を藤森といいますが、
白いコートに青マフラーで、お急ぎの様子。
「いつもの餅を、いつもの個数欲しい。それとも、明日ならゆっくり話せるが、日を改めるか?」

藤森の手には、中の歯車やネジが見える、上品で落ち着いたデザインの懐中時計が入った小箱。
あれれ、でも、おかしいです。
人間の何倍も何倍も良い子狐の耳に、時計の針の音が届かないのです。どうしたのかしら?
「思い出の時計だ」
藤森、小箱に鼻と耳を近づける子狐に言います。
「これを買った時計屋が、先週店を畳んで、来週には田舎に引っ込むらしくて。店主のご厚意で、最後に一度だけ、急きょ整備してもらえることになったんだ」

それは、雪国出身の藤森が、「懐中時計」に惹かれて上京1年目に買った、少しお高めの時計でした。
運命的な一目惚れをして、給料貯めて節約もして、
数カ月後それを買ったは良いものの傷を付けたくなくて、飾って十数年、動かなくなって。
懐中時計は綺麗なまま。動かない時計の針だけが、流れた時間の長さを教えてくれます。

「時計屋さん?」
「マガミ時計店という店だ。ここと違う区の、」
「キツネ、マガミのおじちゃん、しってる」
「なに?」

「ととさんの病院の、常連さん。どこも悪くないのにととさんとお話して、かかさんのお店のお茶だけ飲んで帰ってくおじちゃん。来週ナガノに帰る」
「長野?」

「キツネ、いっしょに行く。かかさんのお店のティーバッグセット売りつけて、ボーリ、ムサボルーする」
「あのな子狐……?」

くっくぅくぅ、くっくーくぅ。
困惑藤森を放っぽって、コンコン子狐、鼻歌うたいながら尻尾をビタンビタン! フォックスファーのマフラーに擬態すべく、背中をよじ登ります。
「……暖かい」
子狐の人間より少し高めな体温と、リアルモフモフファーの相乗効果で、藤森の首元はポッカポカ。
「へっッ、……くしゅん!」

時折イタズラに鼻をくすぐられて、くしゃみなんか連発しながら、公共交通機関を乗り継いで、
区をいくつか越えた藤森、目的の時計店へ。
その夜お店に預けた懐中時計は、後日チクタク、時計の針の音をしっかり鳴らして、藤森のアパートに帰ってきましたとさ。 おしまい、おしまい。

2/6/2024, 12:37:33 AM

「あと3週間と少しで、投稿から1年だが、『2年目どうしよう』ってのは、ずっと溢れてんのよ」
一応、明日には最高気温、上がるのな。某所在住物書きはスマホの天気予報を見て、ポツリ。
テレビ画面には立ち往生した都の公共交通手段。乗り合わせた方々は、さぞ不運を恨んだことだろう。

「新シリーズを書きたいとは思うけどさ。このアプリの特性と俺の力量考慮すると、完全ファンタジーの連載は無理なの。オリジナル設定とオリジナル用語満載で読者置いてけぼりにする自信しか無いから」
となると、俺くらいの力量の物書きには、今買いてる「現代軸の日常ネタ連載風に、ちょっとファンタジー挟んだくらい」が、一番書きやすいんよ……。
物書きはため息を吐く。
「……2年目は過去編でも書くか?」
あるいはそのまま、今の1年目の物語を続けるか。

――――――

2月5日の東京都、夜。
前々から「都心に雪が積もる」って言われてたから、リモートワークを申請して、雪国出身っていう職場の先輩のアパートに自主避難。一緒に籠城してた。
「東京には東京の怖さがある」。先輩は言う。
暖かさのせいでシャーベット状になる雪、溶けた状態で夜に突入するから凍結しやすい路面、普通にノーマルタイヤで走行して当然のごとくスタック or スリップする車の多さ、事故発生率、等々。
体感零下2桁も、メートルの積雪も、地吹雪も知っているけれど、東京には、東京特有の怖さが、ある。
先輩はそう言って、私に鍋料理と食後のお茶と、クッキーとチョコをシェアしてくれた。

「降ってきたな」
カーテンを掲げた先輩が、外を見て言った。
「酷く積もることはないだろうけれど、気温の関係で、明日の朝は少し道路が凍るかもしれない」
杞憂とは思うが、一応、可能性としては、な。
先輩はそう付け足すと、カーテンを片方だけ開けた。

SNSは「雪国マウント」だの「北から目線」だの、「スタック」だの。雪の投稿がいっぱい。歓喜というか阿鼻叫喚というか、ともかく色々溢れてる。
私は別に、今月先輩の里帰りに付いてって、真っ白な雪景色を見るから、東京の雪では騒がない。
皆が外で撮って投稿してくれる動画とか、画像とかだけ見ていれば、ぶっちゃけそれでじゅうぶnd

「すっご、すっご!先輩見て見て見て!雪!白!」
「そうだな」
「みんな傘さしてる!あそこのひと、コケてる!」
「そうか」
「先輩ちょっと黙ってて!動画撮らなきゃ!」
「はぁ」

まぁ、はい。 こうなりました(知ってた)

カーテンの先のベランダに出ると、防音防振の静けさが無くなって、一気に「東京」が耳に入ってくる。
その中で降雪、積雪だけが非日常で、
曇ってる空、空から落ちてくる雪、雪積もる階下、階下にたくさん咲いてる傘と時折コケそうになって踏みとどまる人、それからたくさんのバスとトラックと乗用車とバイクを、ただひたすら、動画に撮った。
雪だ。冬だ。東京に、冬が来た。
白と白と白に気持ちが溢れて、室内で専門書読む先輩に向かって、ほら雪、ほら自転車って、子供みたいにはしゃいで、手が冷たくなるのも気にならなくて、
部屋の中に戻る頃には、手が少し赤くなってて、

部屋に入った途端、明日のことが頭をよぎった。
「明日も雪残ってたら、私、絶対歩けない……」

さいわい、明日6日も、私と先輩はリモートワーク。通勤とか、遅延とか、気にしなくて大丈夫だけど、
まさしく自分で「ウケる」とか言いながら撮ってた光景が、きっと、明日自分のアパートに戻る時の私だ。
コケる。絶対、コケる。私には自信があった。

「……もう1日、延長するか?」
先輩は私の「はい。よろしくお願いします」を待たず、雪靴履いてドアへ。
「飲み物は、何が良い?炭酸系か?」
代わりに買い出しに行ってくれる背中に、ぽつり。
「はいちう、レモン系、ホロヨイおねしゃす……」

2/5/2024, 2:01:13 AM

「一応、チョコとコスメと、炭酸飲料の名前に『Kiss』が使われてるのは確認したわ」
あと、大量の「Kiss」の歌な。某所在住物書きはネット検索から顔を上げ、窓を見た。
今日は都心でも降雪・積雪の可能性があるという。「雪」をネタに、「白が地面にKissをする」とでもしておけば、そこそこエモいハナシは書けるだろう――物書きにそれを可能にする力量があれば。

「……いや、地面にKissは、それ、多分凍結路面で滑って尻もちの図か」
物書きはため息を吐いた。尻もちなら雪より書きやすかろうが、過去の失態を思い出すので遠慮したい。

――――――

私の職場に、雪国出身っていう、長い付き合いの先輩がいる。藤森っていう名前だ。
冬はたびたび最「高」気温が氷点下になって、時折歩道も車道も無料のスケートリンクに早変わりして、だいたい建物の2階から飛び降りても雪が受け止めてくれるくらい雪が降る。
そんな先輩でも、東京の積雪は怖いらしい。
大多数の人が雪に慣れてないから。それと、積雪路面をノーマルタイヤで走行してる車がいるから。

今日は昼から大雪の予想。
職場からも「無理に出勤せず、リモートワークを活用してください」のメッセが来たし、
先輩も明日と明後日必要になるであろう食材を買い終えて、準備万端整った上で在宅籠城らしいし、
私も、明日と明後日が賞味期限の食材を冷蔵庫から持ってきて、自主避難&リモートワーク。

やって来ました先輩のアパート。
雪国出身の先輩には事前に避難受け入れの要請。
「諸事情で稲荷神社の子狐が遊びに来ている。それでも構わなければ」ってオッケーしてもらえた。
これから24時間くらい、お世話になります。

「おじゃましまーす」
防音防振整った先輩の部屋。外の騒音は入ってこなくて、茶香炉の香りが優しく、穏やかに広がってる。
「寒かっただろう。ホットミルクを用意してある」
早くもデスクで仕事に取り掛かってる先輩。
少し離れたテーブルには、ウォーマーに乗っかったマグカップが準備されてる。
その横には少しのポテチとキューブチョコの小皿。
小さなサンドイッチ4個セットは、朝ごはん食べてきてない私への気遣いだろう。
そういうとこだぞ先輩(朝ごはん助かります)

で、先輩の部屋に遊びに来てる、っていう稲荷神社の、子狐ちゃんだか子狐くんだか知らないけど、ともかく何してるかといいますと、
淡々とキーボード叩いてる先輩にしがみついて、
うんと首伸ばして、
先輩の唇に、Kissしてた。

Kissというより、ちゅーかもしれない。
尻尾ぶんぶん振り回して、耳もぺったん幸せそうに畳んで、舌でベロンベロン。一方的べろちゅーだ。
先輩の部屋は、確かに防音防振で、外の音はあまり入ってこないけど、
この尻尾ブンブン、舌ベロンベロンのモフモフが、
くぅー、くわぅー、
ってバチクソ幸せそうに鳴いてるのだけは、室内のハナシだからよく聞こえるのだ。
わぁ。子狐というより子犬。

「先輩無事?」
「寄生虫と狂犬病は対策済みだそうだ。問題無い」
「そっちじゃなくて。ベロンベロンのべろちゅー」

「……そのサンドイッチを食い終わったら、面倒だが、例の神社に子狐を置いてきてもらっても?」
「らじゃ」

先輩から子狐を引っ剥がして、抱っこして、おなかを撫でてあげると、
今度は私にベロンベロンのベロキッスをしたいのか、前足でよじよじ、服を引っ張ってくる。
サンドイッチ食べてホットミルク飲んで、ポテチかじって、チョコをぽいちょ、口に放り込んだら、
子狐抱えて部屋を出て、この子の飼い主が居る稲荷神社まで、ちょっとお散歩だ。

別に、雨っていう雨も降ってないし、雪っていう雪もまだまだだったけど、
スマホの予報によると、2時間3時間後、東京に雪が降るらしい。

2/4/2024, 2:59:17 AM

「5年10年はまだしも、1000年ときたら、さすがにリアル路線じゃ予測できねぇわな……」
だって、「月にソーラーパネル設置しよう」とか言っちゃう時代だぜ。その現在から1000年だぜ。
某所在住物書きは昨日のニュースを想起し、「1000年先の世界にも通用する〇〇」の物語を諦めた。

「百年後の満月なら所々キラキラ光ってるだろうさ」
物書きは言う。
「設置された大量のソーラーパネルが太陽の光を反射するから。でもって『自然のままの、美しい月を見る権利が損なわれた』とか騒ぐの。
地上はきっと、発電所より発電町が増えるぜ。田舎の広い土地を使った風力・太陽光発電事業が頭打ちになって、開拓場所が町に移るから。……その先は?」
富士山くらいは、1000年先も今のまま残っててほしいかもな。物書きはひとつ、ため息を吐いた。

――――――

1000年先まで遊んで暮らせるお金があったら、そのうち500年分くらいを課金に溶かす気がする物書きです。5割ほど不思議テイスト増し増しの、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所、某稲荷神社でのおはなしです。
そこには人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
だいたい■■■■年くらい前から、人間の世界を見続けておったのです。

今日は立春。一応、多分、春です。不思議な狐住まう稲荷神社では、ちょいと春のおそうじです。
床を雑巾がけしたり、窓の昭和ガラスを新聞紙で拭いたり、都内の病院で漢方医として働く父狐の書斎をパンパン羽箒で叩いたり。
家族総出で、みんなで、春のおそうじです。

「あなたは、この部屋の掃除をお願いします」
「……随分、その、高価そうな物ばかりですが?」
「その分報酬は弾みます。正午になったら、昼食を用意しますので、一緒に食べましょう」

その化け狐一家のお掃除現場に、美女に化けた母狐に連れられて、人間がひとりご来訪。
母狐が神社の近くで営んでいる、茶っ葉屋さんの常連さんです。あるいは、餅売りしている末っ子子狐の唯一のお得意様です。
名前を、藤森といいます。お茶を買いに茶葉屋に行ったら、「報酬を出すので一緒に私の家の掃除をしませんか」と、店主、つまり母狐に誘われたのです。

「ひとつだけ、伺っても?」
「どうぞ」
「この部屋の中で、一番気をつけるべき物は、」
「部屋の奥にある、銀文字の黒いお札が貼られた丸瓶です。絶対に壊さないように」
「銀文字の、黒い札、」
「万が一の弁償は長期に渡ると心得てください」
「『長期』?」

「1000年先も『支払い』をすることになるでしょう。あなたの一族ではなく、あなた個人が」
「その頃私は墓の中ですが?」

なにはともあれ、頼みましたよ。うふふふふ。
穏やかな微笑を残して、藤森を担当の部屋に案内し終えた母狐、お昼ご飯の準備にお台所へ。
何やら博物館の収蔵庫か、和風な古い宝物庫のような部屋に、藤森は末っ子子狐と一緒に残されました。

「おそーじ、おそーじ!」
コンコン子狐、大好きなお得意様と一緒にお掃除できるので、尻尾をぶんぶん張り切っています。
「おとくいさんと一緒に、おそーじ!」
天井の蜘蛛の巣取って、ちょっと積もったホコリを下に落として、桐箱やら壺やら瓶やらを拭き拭き。
床に、汚れを落とし集めていきます。
「おそーじの後は、かかさんの、おいしいごはん!」

ここまで来れば、まぁまぁ、お約束。
藤森の前で、子狐のぶんぶん振るモフモフ尻尾が、
まさしく、
ピンポイントに、
銀文字の黒い御札が貼られた小さめの丸瓶に当たってグラリ、グラリ、もひとつトドメに、ぐらり……?
「あっ、落ちちゃう!ダメ!」
コンコン子狐ダメ押しに、瓶を掴もうと両手を出して、逆に瓶をバシン!はたいてしまったのです。

その様子を見る藤森、まるで時間が止まったような感覚です。アドレナリンとコルチゾールの影響です。
『1000年先も』。
母狐が言ったのを、藤森、思い出します。

舌先から、唇から、サッと血流が引きまして、
気がつけば藤森、体が反射的に動いて、ホコリいっぱいの床にダイブ。
あわやのところで、丸瓶をキャッチしたのでした。
「おとくいさん、ありがとー。ありがとー」
「どういたしまして……!」
無事「1000年先も」のお題を回収したので、その後のお掃除は何事もなく、安全に完了しましたとさ。
おしまい、おしまい。

Next