かたいなか

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「一応、チョコとコスメと、炭酸飲料の名前に『Kiss』が使われてるのは確認したわ」
あと、大量の「Kiss」の歌な。某所在住物書きはネット検索から顔を上げ、窓を見た。
今日は都心でも降雪・積雪の可能性があるという。「雪」をネタに、「白が地面にKissをする」とでもしておけば、そこそこエモいハナシは書けるだろう――物書きにそれを可能にする力量があれば。

「……いや、地面にKissは、それ、多分凍結路面で滑って尻もちの図か」
物書きはため息を吐いた。尻もちなら雪より書きやすかろうが、過去の失態を思い出すので遠慮したい。

――――――

私の職場に、雪国出身っていう、長い付き合いの先輩がいる。藤森っていう名前だ。
冬はたびたび最「高」気温が氷点下になって、時折歩道も車道も無料のスケートリンクに早変わりして、だいたい建物の2階から飛び降りても雪が受け止めてくれるくらい雪が降る。
そんな先輩でも、東京の積雪は怖いらしい。
大多数の人が雪に慣れてないから。それと、積雪路面をノーマルタイヤで走行してる車がいるから。

今日は昼から大雪の予想。
職場からも「無理に出勤せず、リモートワークを活用してください」のメッセが来たし、
先輩も明日と明後日必要になるであろう食材を買い終えて、準備万端整った上で在宅籠城らしいし、
私も、明日と明後日が賞味期限の食材を冷蔵庫から持ってきて、自主避難&リモートワーク。

やって来ました先輩のアパート。
雪国出身の先輩には事前に避難受け入れの要請。
「諸事情で稲荷神社の子狐が遊びに来ている。それでも構わなければ」ってオッケーしてもらえた。
これから24時間くらい、お世話になります。

「おじゃましまーす」
防音防振整った先輩の部屋。外の騒音は入ってこなくて、茶香炉の香りが優しく、穏やかに広がってる。
「寒かっただろう。ホットミルクを用意してある」
早くもデスクで仕事に取り掛かってる先輩。
少し離れたテーブルには、ウォーマーに乗っかったマグカップが準備されてる。
その横には少しのポテチとキューブチョコの小皿。
小さなサンドイッチ4個セットは、朝ごはん食べてきてない私への気遣いだろう。
そういうとこだぞ先輩(朝ごはん助かります)

で、先輩の部屋に遊びに来てる、っていう稲荷神社の、子狐ちゃんだか子狐くんだか知らないけど、ともかく何してるかといいますと、
淡々とキーボード叩いてる先輩にしがみついて、
うんと首伸ばして、
先輩の唇に、Kissしてた。

Kissというより、ちゅーかもしれない。
尻尾ぶんぶん振り回して、耳もぺったん幸せそうに畳んで、舌でベロンベロン。一方的べろちゅーだ。
先輩の部屋は、確かに防音防振で、外の音はあまり入ってこないけど、
この尻尾ブンブン、舌ベロンベロンのモフモフが、
くぅー、くわぅー、
ってバチクソ幸せそうに鳴いてるのだけは、室内のハナシだからよく聞こえるのだ。
わぁ。子狐というより子犬。

「先輩無事?」
「寄生虫と狂犬病は対策済みだそうだ。問題無い」
「そっちじゃなくて。ベロンベロンのべろちゅー」

「……そのサンドイッチを食い終わったら、面倒だが、例の神社に子狐を置いてきてもらっても?」
「らじゃ」

先輩から子狐を引っ剥がして、抱っこして、おなかを撫でてあげると、
今度は私にベロンベロンのベロキッスをしたいのか、前足でよじよじ、服を引っ張ってくる。
サンドイッチ食べてホットミルク飲んで、ポテチかじって、チョコをぽいちょ、口に放り込んだら、
子狐抱えて部屋を出て、この子の飼い主が居る稲荷神社まで、ちょっとお散歩だ。

別に、雨っていう雨も降ってないし、雪っていう雪もまだまだだったけど、
スマホの予報によると、2時間3時間後、東京に雪が降るらしい。

2/5/2024, 2:01:13 AM