かたいなか

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「アカウント開設2年目の物語進行をどうするかについては、丁度、考え始めてんのよ」
その点に関してなら、「時計の針」が動き始めた、かな。某所在住物書きは過去投稿分を辿り、呟いた。
使っているのはWeb小説をオフラインで読めるようにダウンロードするアプリ。外部に頼らなければ、どうにもスワイプスワイプで、過去作参照が手間なのだ。

「あと約3週間で、1年分の大雑把な、だとさ」
物書きは言った。
「3週間で、1年分のハナシの方向性、検討……」
俺にできるの?無理じゃね?吐いたため息は誰にも届かず、ただ部屋の空気に溶ける。

――――――

スマホで時刻を確認するようになって、チクタク、時計の針の音をあまり聞かなくなったように感じる物書きが、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。東京に雪積もった次の日、寒い寒い夜のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社は、東京にしてはわりと深めな森の中。落葉樹はだいぶ葉を落とし、フワフワだった筈の枯れ葉の絨毯、枯れ葉のお布団が、
前日の白い白い積雪で、溶け気味のかき氷のように、しゃくしゃく、濡れて微妙に凍っておりました。

神社敷地内の一軒家には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、稲荷のご利益豊かなお餅を作って売って、ただいま絶賛修行中。
今日も雪残るなか、唯一のお得意様な人間のアパートに、お餅を売りに行くのです。
心の傷をちょっと治すお餅、悪い風邪をちょっと遠ざけるお餅、朝までバチクソぐっすり眠れるお餅。
色々カゴに詰めまして、お餅を売りに行くのです。

「おとくいさん、こんばんは、こんばんは!」

「すまない。すぐ出なければならない用事がある」
ドアが開くなりお得意様、名前を藤森といいますが、
白いコートに青マフラーで、お急ぎの様子。
「いつもの餅を、いつもの個数欲しい。それとも、明日ならゆっくり話せるが、日を改めるか?」

藤森の手には、中の歯車やネジが見える、上品で落ち着いたデザインの懐中時計が入った小箱。
あれれ、でも、おかしいです。
人間の何倍も何倍も良い子狐の耳に、時計の針の音が届かないのです。どうしたのかしら?
「思い出の時計だ」
藤森、小箱に鼻と耳を近づける子狐に言います。
「これを買った時計屋が、先週店を畳んで、来週には田舎に引っ込むらしくて。店主のご厚意で、最後に一度だけ、急きょ整備してもらえることになったんだ」

それは、雪国出身の藤森が、「懐中時計」に惹かれて上京1年目に買った、少しお高めの時計でした。
運命的な一目惚れをして、給料貯めて節約もして、
数カ月後それを買ったは良いものの傷を付けたくなくて、飾って十数年、動かなくなって。
懐中時計は綺麗なまま。動かない時計の針だけが、流れた時間の長さを教えてくれます。

「時計屋さん?」
「マガミ時計店という店だ。ここと違う区の、」
「キツネ、マガミのおじちゃん、しってる」
「なに?」

「ととさんの病院の、常連さん。どこも悪くないのにととさんとお話して、かかさんのお店のお茶だけ飲んで帰ってくおじちゃん。来週ナガノに帰る」
「長野?」

「キツネ、いっしょに行く。かかさんのお店のティーバッグセット売りつけて、ボーリ、ムサボルーする」
「あのな子狐……?」

くっくぅくぅ、くっくーくぅ。
困惑藤森を放っぽって、コンコン子狐、鼻歌うたいながら尻尾をビタンビタン! フォックスファーのマフラーに擬態すべく、背中をよじ登ります。
「……暖かい」
子狐の人間より少し高めな体温と、リアルモフモフファーの相乗効果で、藤森の首元はポッカポカ。
「へっッ、……くしゅん!」

時折イタズラに鼻をくすぐられて、くしゃみなんか連発しながら、公共交通機関を乗り継いで、
区をいくつか越えた藤森、目的の時計店へ。
その夜お店に預けた懐中時計は、後日チクタク、時計の針の音をしっかり鳴らして、藤森のアパートに帰ってきましたとさ。 おしまい、おしまい。

2/7/2024, 2:48:18 AM