「『呟きックスにもイン◯タにも、ティック◯ックにも投稿できないこと』なのか、『この出版社以外、あるいはこの作家以外、どこにも誰にも書けない文章』なのか。少なくとも2通りの解釈は可能よな」
俺としては第一印象、前者だったが。某所在住物書きはマイナー系SNSアプリのタイムラインを眺めつつ、その投稿内容に共感をポチポチ。
ゆるい繋がりをコンセプトとするそこは、繋がり過ぎないゆえに、まさしく「どこにも書けない悩み」が複数。 世間はなかなか、せちがらい。
「『どこにも書けない悩み』を繋がり過ぎるSNSで書いちまうから崩れる、って関係、結構多い説……」
まぁ、俺も、思い当たるけど。
物書きは小さく首を振り、アプリを閉じた。
――――――
最近最近の都内某所、いつもの投稿分とは舞台の違う、比較的閑静な住宅街、夜。
宇曽野という30代後半の既婚が、己の職場の人事担当同士で共有しているグループチャットに、別部署の人間ながら参加している。
発言はせず、見ているだけ。誰も宇曽野がグループに紛れ込んでいることに疑問を呈さない。
メンバーはただ、新年度4月1日初日から採用予定の中途採用10名を決めるべく、
その10枠に対して殺到した履歴書データ53件を共有し、誰を落とすか誰の履歴書が特徴的か、中途採用枠と新人採用枠双方に履歴書を送付したのは何人居たか等々、議論している。
特に発言が多いのは、リーク好きで知られる陸須木。
多くの職場を経験し、人脈も広く、ゴシップ調査に余念の無い陸須木は、
そいつはともかく物覚えが悪いらしい、あいつは昔一緒に仕事をしたことがある、
人材派遣会社で一緒だった奴の話だと、こいつは過去二度デカいミスをしたらしい等々と、
彼以外誰にも知り得ないことを暴露し、
彼以外どこにも書けないことを書いている。
人事関係者には「陸須木砲」として有名だとか。
「ビデオチャットじゃないの?」
父の秘密会合への潜入を察知して、一人娘が宇曽野の座るソファーを訪れた。
「それだと、隠れて酒が飲めないだろう」
多分2〜3人、今頃スマホの前で酔いつぶれてるぞ。宇曽野は即座にスマホを伏せて、娘の目から画面を隠し、かわりに己の食べていた酒のつまみを、その袋の中身を小皿に分けて、差し出した。
「仕事中にお酒飲んでるの?ダメじゃない?」
「そもそも、こういう隠れた場所で、営業時間外に、あいつダメこいつダメと陰口言って、それで採用落とすか落とさないか決まるの、どう思う」
「あんまり良くないと思う」
「じゃあ、お前はそういう大人にはなるなよ」
「この人たちも、父さん、父さんの実家のひいじいちゃんにチクるの?炎上させて辞めさせるの?」
「役に立つ間は泳がせる」
「どこかの組織の情報部みたい」
「どこにも書くなよ?『私の父さんの実家が父さんの職場のトップ』とか?」
「そう言うとなんかチート系小説。安っぽい」
おやすみ、 おやすみ。
双方が双方に夜の挨拶を交わし、父はそのまま、娘は炭酸飲料と小皿を手に自分の部屋へ。
「……おっ。やはり応募してきたか」
再度スマホを眺め、数分の未読をスワイプしていた宇曽野の目に、1名、彼のよく知る名前を記した履歴書の画像が、彼の予想通りに。
リーク大好き陸須木の評価は上々。書類選考を突破し、一次面接へ通したようであった。
宇曽野が反応した履歴書は、名前を加元という。
宇曽野の親友、藤森に狙いを定めてその心を奪ったのが9年前、自分から藤森に恋したくせに、SNSでボロクソにディスってその心魂を壊したのが8年前。
加元から離れた藤森を追って、職場にまで押し掛けてきたのが、丁度、去年。
去年の11月、藤森が加元を正式にフッて、それでこの恋愛トラブルは終了、と思われていたのだが。
「せっかく縁が切れたんだから、藤森に執着しないでとっとと次の恋に行けよ……」
あんまり店に押し掛け過ぎて、迷惑千万だったため、客として出禁を食らっていた筈の加元。
しかし職場がバレている以上、執着の強い加元は、客ではなく従業員として、自分と藤森の職場に潜り込もうとしてくるかもしれない。
そう予測して、数ヶ月前から始めていた、人事担当グループチャットの覗き見。
予測は的中し、藤森の元恋人は行動を開始した。
「今年も、騒がしくなるな」
ハァ。 宇曽野はため息をひとつ吐き、その息と声はどこにも届かず、誰と共有されることもなかった。
2/8/2024, 3:03:04 AM