「ぶっちゃけ、『イブの夜』っつったって、コレ投稿してるのイブの次の日の夕暮れだけどな」
まぁ、このお題が来るのは予想してた。某所在住物書きは自室でパチパチ、鶏軟骨の塩焼きを作り、ちまちま独りで食っている。
イブの夜をネタにしたハナシなど、その夜の過ごし方程度しか思い浮かばぬ――特にクリスマスイブの。
「他に『イブ』って何あるだろうな。イブって名前の人の夜とか?それとも某パラサ◯ト・イヴとか?」
3作目、PSPのやつ、俺は「3作目」と認めちゃいないが、レンチンバグには世話になったわ。
物書きは「イブ」をネット検索しながら、ぽつり。
……そういえばこの名前の鎮痛薬があった。どう物語に組み込むかは知らないが。
――――――
クリスマスイブだ。
東京に雪は無いし、しんみりできる雰囲気も無い。
ただ人が溢れて、あちこちLED電球だの液晶ディスプレイだので飾り付けられて、
良さげなホテルだの高めのレストランだのが賑やかになるだけ。
ストリートピアノでは、ちょっと気の早い誰かが某戦メリ弾いて、そこにバイオリンだかビオラだかが混じってる。
はいはい、カッコつけカッコつけ。
でも、すごく演奏が上手くて、つい聴き入って、なんか動画まで撮っちゃった。
雰囲気と顔が、ウチの職場の先輩と隣部署の主任さんに似てたけど、
主任さんはともかく、ピアノ弾いてるそのひとが、先輩である筈が無かった。
ついさっきまで一緒に居た先輩に、着替えして白百合の飾りを胸につけて、私に先回りしてピアノを演奏できる筈が無かった。 結局、誰だったんだろう。
「人間って、世界に自分に似てるひと、3人居るっていうじゃん?それだったんじゃないの?」
ホテルでも高めのレストランでもない、ただの、どこにでもある牛丼屋さん。
そこで待ち合わせて、一緒にちょっと高めのチキンカレー食べようってハナシをしてた元執筆仲間に、
ここに来るまでにこんなことがあって、
って話題を出したら、「もしかして:3人のうちの1人」って言われた。
「で、その『本物の』先輩さんとは、どういう経緯で今日会って?」
「クリプレ貰った」
「まじ?」
「ほうじ茶製造器もとい茶香炉。ずーっと昔、数ヶ月前、『処分しちゃうくらいなら私にちょうだい』って先輩に言ってたやつ」
「ごめん知らない」
「つまりアロマポットのお茶っ葉版」
はぁ。左様で御座いますか。
執筆仲間ちゃんはキョトンとして、小さなため息ついて、すぐカレーをスプーンでパクリ。
私がバッグから、厚紙製の小箱を取り出してテーブルに置くのを、それとなく見てる。
「だいたいなんでも、ティーキャンドルの熱で焙じてほうじ茶風にできるんだってさ」
先輩は紅茶とかブチ込んでた。香炉を見る仲間ちゃんに、私は補足した。
「すごく昔だったの。『私にちょうだい』って。
……意外と覚えててくれてたんだな、って」
別に深い意味は無いけど。仲間ちゃんにつられてため息を吐く私を、仲間ちゃんはやっぱり、興味津々の目で観察してた。
「まんまアロマポット」
「だからアロマポットって言ったじゃん」
「買ってあんまり美味しくなかったクリスマスティーとか、入れたら仕事してくれるかな」
「ごめんその『クリスマスティー』分かんない」
「クリスマスに飲むお茶」
「だろうね。だろうね……」
「クリスマス、誕生日、多分バレンタインにホワイトデー、それからお年玉。……ハロウィンはプレゼントじゃねぇよな」
そもそも「プレゼント」を渡すタイミングって、1年の間に何度あっただろう。某所在住物書きはお題の通知文を見ながら、ふと考えた。
結婚記念日は知らない。告白記念日も考慮しない。
年中行事としてである。リア充は末永く爆発するのがよろしい。
「……プレゼント行事、冬に一極集中してる説?」
12月、2月と3月、1月。春と夏と秋のプレゼントは何があったか。物書きは記憶をひっかきまわして、
「あっ、母の日と、父の日……?」
自身の親にプレゼントのひとつも贈った記憶の無いことに気がついた。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室に、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、ぽつんとぼっちで住んでいる。
名前を藤森という。
日付がクリスマスイブに変わってすぐの頃、いわゆる「丑三つ時」まであと1時間といった真夜中、
その日の藤森は寝付けぬまま、前日立ち寄った常連の茶葉屋から貰った茶香炉を、それの入った厚紙製の小箱を、じっと見ている。
「新しい茶香炉、か」
福引きである。クリスマスセールのそれである。
会計税込み500円につき1回の、結果3度回すことになったガラガラで当たった3等賞である。
似たサイズ、別デザインの香炉を、藤森は既にひとつ、長い長い付き合いとして使用していた。
かまくらのように開いた穴に、ティーキャンドルをひとつ置いて、上の皿に茶葉を――主に日本茶をぶち込んで、葉に熱を入れ香りを出す(その過程でほうじ茶モドキが生成される)。
煎茶・抹茶とは違う、香炉特有の優しい甘香は、幾度となく藤森の精神的疲労を癒やしてきた。
そういえば、長く仕事を共にしている職場の後輩が、「この茶香炉」が欲しいと。
「新しい方を、くれてやった方が良いよな?」
新品の入った箱と、テーブルの上に佇む旧品を見比べて、ポツリ。
藤森は今年、後輩に大きな恩があった。
後輩の言い出しっぺによって、8年越しの恋愛トラブルが、めでたく解決したのだ。
夜逃げの算段も、粘着質な執着への恐怖も必要ない。
この平穏の功労者たる後輩が、7月の終わり頃、
当時まだ未解決だった上記トラブルを原因に、藤森が家財を整理し、この香炉も処分しようとした矢先、
茶葉から茶を淹れる習慣も無いのに、わざわざ「ティーバッグ買うもん」と駄々をこねて、「これ」が欲しい、と言ったのだ。
「大事な思い出だから」と。「他人に売っちゃうくらいなら私欲しい」と。
自分に茶香炉は、2個も必要無い。
後輩が以前欲しがっていたから、どちらかクリスマスプレゼントとして、くれてやるのも良い。
が、後輩が欲しがるのは、厳密にはどちらだろう。
模範解答は新品である。
背景を考えると旧品もあり得る。
「……あいつ本人に、選ばせれば良いか」
延々考え続けた藤森は、最終的にどちら、と決定することができず、
仕方ないので、今まで使っていた方の香炉をよくよく洗い、キャンドルの火で付着したススをすべて除き、綺麗に乾かした。
あとは朝になってから、プチプライスショップかどこかで、良さげな小箱を買って収めれば良かろう。
「12月22日は冬至。冬至といえば、カボチャかゆず。まぁ、予想通りよな」
空ネタ、天候ネタ、エモに恋愛に年中行事。
それらでほぼ出題の過半数を占めているだろうこのアプリである。
やっぱりな。某所在住物書きはスマホの通知文を見ながら、ぽつり。
「まぁ、予測可能でも、じゃあそれをお題にしてすぐハナシ書けますかっつーと、別だけど」
「ゆずの香り」ねぇ。物書きはため息を吐く。
ゆず湯くらいしか思い浮かばないが、お風呂シーンなど、誰が求めようか。
――――――
最近最近の都内某所、最低気温0℃な冷え込みの某自然公園を、
藤森という雪国出身者が子犬の日課よろしく、
コンコン子狐にハーネスとリードをつけて、散歩というかマラソンというか、まぁまぁ、しておりました。
藤森のアパートのご近所に、狐住まう稲荷神社がありまして、
子狐はその神社の奥様がいとなむ、茶葉屋の看板狐。
藤森は茶葉屋の常連。お得意様なのです。
藤森がこの茶葉屋に、「冬至限定品のゆず餅とゆず茶、美味しかったです」と、てくてく挨拶に向かったところ、
藤森が来るのを知ってか知らずか、コンコン子狐、ハーネス付けてリードも付けて、「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札もぷらぷらさげて、お散歩装備でスタンバイ。
ところでハーネスの胴部分、2次元コードとお店のロゴと、「期間限定!稲荷神社のゆず茶在庫残りわずか」なんてプリントされてますが、気のせいかしらそうかしら……?
『丁度良かった』
茶葉屋の店主さん、言いました。
『ちょっとこの子と一緒に、お散歩に行ってきてくださらない?』
報酬は555円税込みの、5産地から選べる飲み比べお試しティーバッグセットだそうです。
――「おい、子狐、こぎつね!」
ぴょんぴょんぴょん、ぴょんぴょんぴょん!
コンコン子狐、リードをぐいぐい引っ張って、藤森をリードして、人間がいっぱい居る場所探して全速力。
飛んでいく勢いの子狐が、風をきるたび地を跳ねるたび、ふわり、ゆずの香りが周囲に咲きます。
きっと、ハーネスとリードに香り袋か何かで、細工が施されているのでしょう。
わぁ。宣伝上手、商売上手。
だって季節モノのゆず茶の在庫が残りわずか。
「そろそろ止まれ、休憩しよう!」
この藤森、日頃運動なんてしない頭脳派なもので、長距離走など冗談ではありません。
息が上がって、最高気温一桁の空気が、ダイレクトに肺に入ります。マーシレスに肺を冷やします。
子狐コンコン、足を止めてしまった藤森を、振り返って、見上げて、すごく不思議そうです。
だって子狐は疲れてないのです。まだまだ、へっちゃらなのです。
首を傾けて、反対方向にも傾けて、『おとくいさんは、一体全体どうしたのかしら』。
ゆずの香を振りまく子狐は、藤森をじっと観察して、別におやつを持ってる風でも、それを子狐にくれる風でもなかったので、
くるり。 全速力の突撃を、再開しました。
「止まれと、言っているだろう!」
ぴょんぴょんぴょん、ぴょんぴょんぴょん!
コンコン子狐のゆずの香りと、それに引っ張られる藤森の懇願が、最低気温0℃な冷え込みの某自然公園に溶けてゆきます。
「こぎつね!」
悲鳴と香りが、良い具合に宣伝効果になったか、
その日で稲荷神社近くの茶葉屋の、冬至限定品のゆず茶は、無事すべての在庫を捌き終えましたとさ。
おしまい、おしまい。
「星空、空模様、空が泣く、あいまいな空……
『空』が付くだけで、これで、9例目なんよ」
ここに天気ネタ・雨ネタが入れば、ほぼ1ヶ月に1〜2回、相手にしている「空」。
なんだよ「きっと数日後には大空の上をサンタさんがソリに乗って来るんだぜ」か?など捻くれて、某所在住物書きが、しくしく未だに痛む腰をさすりながら、スマホをポンポン。
昨日捻挫して、未だに少し尾を引いているのだ。
「……そういや、『痛いの痛いの飛んでいけ』って、どこに飛んでいくんだろな」
ポンポンポン。次回題目配信まで、残りわずか。
物書きは今日も、物語のネタで途方に暮れる。
――――――
最近最近の都内某所、某職場。
保温靴下と、ホッカイロを仕込んだひざ掛けの耐寒装備をした後輩が、先輩からミルク入りのコーヒーを受け取り、ひと息ついている。
可能であれば、2枚合わせのひざ掛けで自作したケープポンチョなども、肩から羽織りたいところ。
しかし悲しいかな、その職場は、この後輩のような体質の従業員に配慮が無かった。
唯一の救いは温かい飲み物程度か。
「ヘイ先輩、オッケー先輩、なんか冷え性と寒暖差アレルギーに効きそうな豆知識かレシピ言って」
「ピロン。あのな。いきなり話題をフられても、申し訳無いがすぐには思いつかない。つらいのか」
「べつにー。何でもないでーす」
ネット情報に依るものの、女性7割、男性4割程度は冷え性の症状を自覚しており、かつ年代では30代がピークであるという。
この後輩も、30こそ到達していないものの、
昨今の気温の乱高下、冬の最低気温によって、
つま先を指先をそして足元そのものを、ひやり、冷たくしている。
後輩には「現在26℃です」と表示する温度計付き置き時計が、嘘をついているように感じられた。
「そこまで明確な話題フリを、何でもないのに出す筈が無いだろう」
「意外と本当に何でもなかったりする。冷えるのなんて、いつものことだし」
冷え性と寒暖差アレルギーねぇ。
先輩は窓の外を、その先に広がっているであろう(けれど、コンクリートジャングルを構成する建造物に遮られて少ししか見えぬ)大空を見る。
冬の朝夕にこの大空が晴れると、放射冷却により、気温が降下しやすい。
今日の天候も文句なしの晴れ。後輩には憎々しい限りであろう。
が、後輩はそれを聞きたいわけではあるまい。
ならば本日12月22日、冬至とセットで語られることが多い、ゆずの効能は?
先輩は窓の外の大空から目を離し、己の通勤バッグを、正確にはその中に忍ばせているゆず茶を見る。
ゆずは体を温める効果があると、信じられている。
実際にそういう効能を持っているのか、実はそれを期待されているだけだったりするのかは、咄嗟には、分からなかったが。
「コーヒー飲み終わったら、」
ぽつり。先輩は己の後輩に、今朝通勤途中に購入してきたばかりの、ゆず皮入りな日本茶を、そのティーバッグのパッケージを見せた。
「これでも、試してみるか?」
後輩は首を傾けて、更に傾けてから、先輩の持っているパッケージをじっと観察した。
「ちょっと前に先輩が飲ませてくれたやつだ」
後輩は言った。
「アレだ。おいしいやつだ。冬至の期間限定品」
「『鐘の音』は8月に書いた」
当時は「風鈴」で書いたわな。某所在住物書きはベッドに寝転がり、右脚の付け根の痛みに耐えながらスマホをポンポン。
捻挫と思われる。足首は経験済みだが、その時の痛み方によく似ている。
なにより動いて悪化したあたりが、もう、もう。
「にしても、昨日は『ぼっち』だろ、今日は『ベル』だろ。あきらかに、クリスマス意識してるよな」
これは24日か25日、あるいは双方どちらも、クリスマスに関するお題が来ることだろう。
物書きは予測し、しかし特にネタも浮かばず……
「……ねんざいたい」
今インターホン、ドアベルの音が鳴ったら、自分はどうすれば良いだろう。
――――――
最近最近の都内某所、夜。
平日ながら、買い物客でにぎわう商店街。
ショーウィンドウに並ぶフェイクフラワーの中に、キク科モチーフの何かを見つけた「自称人間嫌いの捻くれ者」の藤森は、
店を通り過ぎて4歩あたりで、不意に心が跳ねた。
「あっ」
そういえば、最近「あの店」に行っていない。
己のアパートの近所で、稲荷神社のすぐ近く。看板狐の居る茶葉屋。日本茶の他にも、ハーブティーや紅茶、台湾茶等々、幅広いラインナップのそこ。
そうだ。最後に行ったのはいつであったか。
藤森はふと気付き、店へ向かった。
明日から2日間、予報では気温が低くなる。
ジンジャーの効いたカモミールでも貰えば、体を温めるのに役立つかもしれない。
なにより、12月22日は冬至だ。限定品のゆず餅を、追加で購入するのも良いだろう。
と、思っていたのだが。
「なんだ。お前、来ていたのか」
チリンチリン。
扉を押し開き、店内に入れば、ドアベルの可愛いげな高音が、客の来訪に揺れる。
そうそう大きいでもない店内、商品棚の一角に、藤森は見知った女性を発見した。
「先輩だ」
先に定時で帰ったと思った彼女は、どうやらここで、寄り道をしていたらしい。
「なんか、呟きックス死んでたでしょ?」
商品棚に並んだ缶に興味を戻して、後輩が言った。
「また不具った時のために、ひとつくらい、時間つぶしとリラックス用に。みたいな」
香りと茶葉の状態を示すサンプル、複数並んだうちのひとつを手にとって、フタを開け、鼻を近づける。
好ましかったらしい。唇が嬉しそうにつり上がった。
「そうか」
ぽつり。
適当に返した藤森は、人差し指で商品名をなぞり、
目当てのカモミールティーのティーバッグ、それからその上の、ハチミツの小瓶を手繰った。
「先輩のそれ、なに?」
「カモミールと、ジンジャーの。これから寒くなるだろう。それで」
「カモミールとジンジャー、寒さに効くの?」
「ジンジャーは効くだろう?生姜だから」
「あー、はい。納得」
ところで「例の件」、締め切り注意しろよ。
後輩の肩をポンポン叩き、棚から離れる藤森。
他にもいくつか品を拾って、店主の待つ店の奥へ。
後輩は後輩で、
数秒フリーズした後、ぎこちなく、スマホを取り出しスケジュール機能を呼び出していた。
アレ、その締め切り、いつだったっけ……?