かたいなか

Open App

「12月22日は冬至。冬至といえば、カボチャかゆず。まぁ、予想通りよな」
空ネタ、天候ネタ、エモに恋愛に年中行事。
それらでほぼ出題の過半数を占めているだろうこのアプリである。
やっぱりな。某所在住物書きはスマホの通知文を見ながら、ぽつり。
「まぁ、予測可能でも、じゃあそれをお題にしてすぐハナシ書けますかっつーと、別だけど」
「ゆずの香り」ねぇ。物書きはため息を吐く。

ゆず湯くらいしか思い浮かばないが、お風呂シーンなど、誰が求めようか。

――――――

最近最近の都内某所、最低気温0℃な冷え込みの某自然公園を、
藤森という雪国出身者が子犬の日課よろしく、
コンコン子狐にハーネスとリードをつけて、散歩というかマラソンというか、まぁまぁ、しておりました。
藤森のアパートのご近所に、狐住まう稲荷神社がありまして、
子狐はその神社の奥様がいとなむ、茶葉屋の看板狐。
藤森は茶葉屋の常連。お得意様なのです。

藤森がこの茶葉屋に、「冬至限定品のゆず餅とゆず茶、美味しかったです」と、てくてく挨拶に向かったところ、
藤森が来るのを知ってか知らずか、コンコン子狐、ハーネス付けてリードも付けて、「エキノコックス・狂犬病対策済」の木札もぷらぷらさげて、お散歩装備でスタンバイ。
ところでハーネスの胴部分、2次元コードとお店のロゴと、「期間限定!稲荷神社のゆず茶在庫残りわずか」なんてプリントされてますが、気のせいかしらそうかしら……?

『丁度良かった』
茶葉屋の店主さん、言いました。
『ちょっとこの子と一緒に、お散歩に行ってきてくださらない?』
報酬は555円税込みの、5産地から選べる飲み比べお試しティーバッグセットだそうです。


――「おい、子狐、こぎつね!」
ぴょんぴょんぴょん、ぴょんぴょんぴょん!
コンコン子狐、リードをぐいぐい引っ張って、藤森をリードして、人間がいっぱい居る場所探して全速力。
飛んでいく勢いの子狐が、風をきるたび地を跳ねるたび、ふわり、ゆずの香りが周囲に咲きます。
きっと、ハーネスとリードに香り袋か何かで、細工が施されているのでしょう。
わぁ。宣伝上手、商売上手。
だって季節モノのゆず茶の在庫が残りわずか。

「そろそろ止まれ、休憩しよう!」
この藤森、日頃運動なんてしない頭脳派なもので、長距離走など冗談ではありません。
息が上がって、最高気温一桁の空気が、ダイレクトに肺に入ります。マーシレスに肺を冷やします。
子狐コンコン、足を止めてしまった藤森を、振り返って、見上げて、すごく不思議そうです。
だって子狐は疲れてないのです。まだまだ、へっちゃらなのです。

首を傾けて、反対方向にも傾けて、『おとくいさんは、一体全体どうしたのかしら』。
ゆずの香を振りまく子狐は、藤森をじっと観察して、別におやつを持ってる風でも、それを子狐にくれる風でもなかったので、
くるり。 全速力の突撃を、再開しました。

「止まれと、言っているだろう!」
ぴょんぴょんぴょん、ぴょんぴょんぴょん!
コンコン子狐のゆずの香りと、それに引っ張られる藤森の懇願が、最低気温0℃な冷え込みの某自然公園に溶けてゆきます。
「こぎつね!」
悲鳴と香りが、良い具合に宣伝効果になったか、
その日で稲荷神社近くの茶葉屋の、冬至限定品のゆず茶は、無事すべての在庫を捌き終えましたとさ。
おしまい、おしまい。

12/23/2023, 5:56:06 AM