かたいなか

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12/6/2023, 5:50:11 AM

「眠れないほど、痛い、空腹、忙しい、悲しい、緊張する、予定びっしり、明日が待ち遠しい、コーヒー飲んで目がバッキバキ。他には?」
そうだ、ベッドのマットレスが合わなくなってきた、とかもあるな。
某所在住物書きは、想像と己の経験との双方を列挙しながら、スマホの画面を見た。

『眠れない 対処法』の検索結果には、予想外に、飲料・食品系で有名な企業のページが並ぶ。
さして内容を確認するでもなく、物書きは彼等の健康食品業界参入を理由と推理した。
誰かが何かの理由で眠れず悶々している物語は、どうやら少々書きづらそうである。
なら何に活路を求めよう。

「眠れないほど、『うるさい』とか?」
物書きはテレビ画面のニュースに注目する。
どこかの湖の白鳥が映っている。こいつらの鳴き声の音量は?なかなかの騒音だったりしないだろうか?

――――――

長いこと一緒に仕事してる、私の職場の先輩が、
生あくびだか本当のあくびだか知らないあくびしながら、ハイライト消えちゃってる感のある曇り目で、
パソコンのキーボードに指滑らせつつ、某カ□リー×イトのバニラ味をポリポリしてる。

「りゆうなら、おまえも、そうぞうできるだろう」
先輩が、あくびの条件反射でにじむ涙を、人さし指でクシクシしながら言った。
「……あのゴマスリめ」
ふぁ、ふわぁ。
歯を唇を、ちゃんと閉じれてない、ちゃんとかみ殺せてない先輩の口から、
後増利係長、名前のとおりの「上司にゴマスリしてばっかりな係長」への毒がこぼれた。

オツボネ特有のパワハラ行為で昨年度の末に左遷になった、某オツボネ係長の代わりに、今年度から私達の部署に来たのが、ゴマスリ係長。
いつだったか忘れたけど、多分数ヶ月前、「部下に自分の仕事押し付けて、成果だけ横取りしてった」ってドロボウ行為が一件発覚。
職場のトップから、直々に厳重注意を食らってた。

で、そんなゴマスリ係長、
リーク情報で、来年度の降格がチラッと、その手の部署のその手の話題に出たって噂が立ちまして、
八つ当たり、最後の職権乱用とばかりに、仕事をちゃっちゃパッパと捌ける先輩に、
ドスン!大量のタスクを押し付けて、しかもそれが結構急を要する物が多かったから、
まぁ、まぁ。ごにょごにょ。昨日から。
それこそ昨晩眠れないほど。寝てられないほど。

「試しに一度、断ってはみたんだ」
おそらく「係長」の「最後」だからな。眠気覚ましにブラックの無糖をぐいっと飲む先輩が、それでも足りなかったらしくって、もう一杯貰いに席を立った。
「そうしたら向こうも、やかましいのなんの。クァークァーガーガー、田んぼの白鳥の大合唱といい勝負だ」
結果、私が折れて、今に至るというワケだ。
2杯目のコーヒーに口を近づけた先輩は、その前に、目を閉じて額にシワ寄せて、今度こそ、あくびをかみ殺した。

「『白鳥の大合唱』?田んぼ?」
「他の地域はどうか知らないが、私の故郷だと、白鳥は湖より田んぼで落穂拾いが多いんだ。
大所帯で群れてるよ。指笛だの、電車の通過音だのと同じくらいの大きさで、クァークァー鳴いて」
「でんしゃ、」
「約80デシベルクラス。つまり近くで騒がれては、とてもじゃないが眠れないほど」

「つまり慣れれば意外と平気な音量」
「そういうことだがそうじゃない」

ということで、すまないが少し、手伝ってくれ。
先輩は一生懸命唇を閉じながら、険しい顔をして、私に数冊のファイルを渡してきた。
「ゴマスリ、オヤジじゃなく白鳥だったら良いのに」
先輩がキープしてる分のファイルに、私にもできそうなやつがあったから、渡された分と一緒にザカザカ引っこ抜くと、
「約80デシベルで常時鳴き散らす存在になるが」
チラリ、先輩は私を見て、聞いてきた。
「耐えられるか?」

12/5/2023, 4:58:44 AM

「4個前のお題が、『泣かないで』だったんよ」
物語の妙案のひとつも浮かばなかった某所在住物書きは、天井見上げて大きなため息を吐いた。
「当時最初に浮かんだのが夢のハナシだったの。バチクソ書きたかったけど、読む方は確実に重過ぎて胃もたれするハナシ。結果『その夢を見た後』のハナシ書いて投稿したわ」

もちょっと柔らかい、引き出し多い頭が欲しい。
物書きは再度ため息を吐き、ぽつり。
「たとえその日書かなくても『こういうネタ閃いた』ってメモしとくの、大事よな」

――――――

過去投稿分に繋がるか気のせいかのおはなし。
9割以上のフィクションに、1割どころか5分も無いであろうリアルを混ぜた程度の苦し紛れ。
都内某所、某アパートの一室。部屋の主であるところの雪国出身者、藤森は、その日妙な夢を見ていた。

舞台は白い空の故郷。風雪に曇る雪原。
見覚えのある、数年数ヶ月前までは、ただ田んぼや小川だけが穏やかに広がっていたであろうそこ。
田を縫う道路に従う電柱程度が、「近所で最も高い人工物」に分類されていたに違いない。
ごうごう叫ぶ風に背中を叩かれる藤森は、ぽつん、ひとり雪原に立ち尽くして、
遠くに見える「新参者」、夢ゆえに吹雪の中でもかすむことなく、ハッキリ見えている十数機、百数機、
すなわち大型の風力発電機を、じっと見ている。

『万歳!万歳!』
藤森から離れたところに居るのは、ハゲとバーコードと部分白髪と、それから若い黒髪の男。
『風車が建った!これでわが町も金が増える!』
両手を上げるなり、手を握り合うなり、相手の背中に手を置くなり。歓喜と達成感を分かち合っている。
『子育てと福祉に回す金が、増えるぞ!』

よく見ればハゲは涙を流し、肩を震わせている。
それは藤森の故郷の隣町。藤森の故郷とふたつして、ながく仲良く生活圏を共にしていながら、
「金が少ない」の一点で、平成大合併の際、理不尽につまはじきにされた町の町長。
未開発、田んぼだらけの平原の活用は、山を開き野を黒灰のパネルで埋め尽くすより批判が向きづらく、自然と動植物への負担も比較的少なく、
なにより、雇用を生みやすい。
風力発電機の大量展開は彼の悲願だった。
……と、いう設定らしい。
現実の「隣町の町長」は別人だ。このハゲではない。

(分かっている)
夢のトンデモ設定と現実の事実とがごっちゃ。
しかし藤森は夢の中ゆえに気づかず、背中打つ風と雪の嘆くような音に耳を傾ける。
(田舎には金が無い。豊富な自然だけで観光客が来るわけでもない。若者は出ていき故郷に帰らない。
町を町として「生かし続ける」には、どうしても、たとえ景観や自然を少し犠牲にしようと)
金が必要なんだ。藤森はうつむき、涙を一粒。
……夢の中の藤森は風車に親でも殺されたのか。

いつの間にか、夢の中ゆえの突発性として、藤森の腕の中に子狐が抱かれ、おさまっている。
子狐の手には絶滅危惧種、一部地域では完全に姿を消した、春告げる黄色いキバナノアマナが一輪。
双方、利益を追求する人間の所業により、野生としての個体数を劇的に減らした。
ぺろんぺろん、べろんべろん。子狐は首をうんと伸ばし、藤森をあやすように、頬伝う涙を舐めた。
……エキノコックス等は夢補正により不問らしい。

『金が必要なのは、よく、分かる』
トンデモ設定とトンデモ設定でごった返し、ツッコミどころが行方不明なのも、夢ならでは。
『脱炭素が緊急課題なのも、事実だ』
藤森は顔を上げ、十数機百数機の風車を見る。
地平線を埋め尽くす発電機を。かつて冬ならば雪原と空と少しの住宅の気配ばかりであった筈の、そこに数十メートルの巨体で割り込み無条件に居座る巨人を。
『それでも』
藤森は再度涙を流し、
『それでも――』
ぽつり呟き、そして、

「…――どうして、

……ん?………んん?」
『どうしてあの、尊く美しかった風景をもっと守ろうと思えなかったのか』と、嘆く自分の声で、つまり寝言でパチクリ目を覚ました。
起きて気付くのは夢の中のアレとコレとソレ。おかしな設定に現実から離れた状況、等々、等々。
なんだ今日の夢。なんだあの設定と状況。
そして夢から覚めた視界を占拠する子狐の毛。
「子狐??」
おかしいな。藤森は混乱した。
何故己の頬を、今、子狐が舐めているのだろう。

12/4/2023, 4:52:02 AM

「5月と8月に似たお題があったわ。『さよならを言う前に』と『昨日へのさよなら、明日との出会い』ってやつ」
まぁ、エモネタと天候ネタと時期ネタが多いこのアプリだもんな。「さよなら」ってだけでちょっとエモいもんな。
某所在住物書きは、過去作でどのような「さよなら」を書いたか思い出そうとスマホをスワイプし、途中面倒になって、努力を放棄した。
約4か月前と7か月前である。どれだけ下に潜っても潜ってもたどり着かぬ。根気の敗北であった。

「『さよならは言わないで◯◯と言われた』とか、
『さよならは言わないで指文字で示した』とか、
『さよならは言わないで無言で微笑んだ』とか、
他には……?」
ま、エモネタ不得意な俺には、どれも難しいわな。物書きはガリガリ首筋を掻き、天井を見上げた。

――――――

最近最近の都内某所、某職場、昼休憩中の休憩室。
同部署の先輩と後輩のタッグが、同じテーブルで向かい合い、座っている。
先輩の雪国出身者、名前を藤森というが、浅いため息ひとつ吐いて、テーブルに弁当包みを、その中のスープジャーを、上げる。

「おー。これが」
後輩はジャーのフタを開け、深く香りを吸い、
「これが私が買ってきちゃった、テツパイポー……」
感嘆の声を吐いて、即座に藤森に訂正された。
「パイカだ。鈍器ではない」

――物語は前日の夜までさかのぼる。

『5時間?!』
『鶏と違って、豚バラの軟骨は固い。圧力鍋や炭酸水、重曹を使えば時間を短縮できるが』
『さすがパイプ』
『パイカだ』

生活費節約の一環として、週に数回、シェアランチやシェアディナーをしている。
予算5:5想定で、食材や現金を持ち寄り、調理して、結果低出費で済み双方金が浮く。
提案したのは数年前の後輩。調理担当が藤森だ。
その夜後輩はスーパーマーケットで、見慣れぬ「豚バラ軟骨」なる部位を見つけた。
鶏軟骨なら知っている。豚バラ軟骨とは何か。

やすい。デカい。
深く考えず、深く調べず、それこそ鶏軟骨の唐揚げのイメージで、後輩は豚バラ軟骨のパックを買い物カゴに入れた。
先輩ならば、これを美味いメインディッシュに変えてくれるだろう。

再度明記する。「豚バラ軟骨」である。
ネット情報によれば、可食レベルに骨を柔らかくするには、普通鍋による煮込みで5時間を要する。

『私も昔一度、知らずに買って、晩飯ではなく翌日の弁当になった。上京してきて最初の年だったな』
どうしよう、5時間とかナニソレ夕食より夜食、
「メインディッシュ不在でシェアディナー不成立です。さよなら」は言わないで。ゼッタイ言わないで。
あわあわ慌てる後輩に、藤森は言った。
『明日の弁当にするか?お前のコレも?』
その日のシェアディナーは、肉も魚も使わぬ健康的な精進料理となった。
すなわち半額野菜と木綿豆腐を用いた、コショウと微量の塩の優しい、コンソメベジスープに。
あるいはそこに低糖質麺を投入した、煮込み塩野菜ラーメンに。

――と、いうのが昨晩。

「オーソドックスに、醤油とみりんの甘辛煮風だ」
昼休憩中の休憩室。最初のジャーを後輩に渡し、自分用のもうひとつをテーブルに上げながら、
後輩の紙コップに、タパパトポポトポポ。
ゆず皮香るほうじ茶を注ぎ、藤森が言った。
「これに懲りたら、食材で冒険する際は、少し対象を調べてからにするんだな」

「わかった」
濃い琥珀色に染まった骨は、そこにくっついた肉は、箸で割るに柔らかく、口に入れて素直に崩れる。
「食材で冒険する時は、先輩に頼ることにする」
はぁ。幸福にため息を吐き、先輩から貰ったほうじ茶を喉へ流し入れると、ゆずの清涼感が甘辛煮風のこってりを払った。

12/3/2023, 6:15:48 AM

「アレか、右手で左目隠して右向いてちょっと左見るポーズ系のネタか」
もっとストレートに言うなら、「光闇双方持ち合わせてて、その狭間で苦しんでる」みたいな。
それなんて某狩りゲーのゴマちゃん。某所在住物書きは十数年の過去を懐かしみ、
「……まぁ、不得意よな……」
そして、バックグラウンドで自動周回させているソシャゲを捌きながら、次回の題目配信時刻までに間に合うよう、なんとか文章を打ち続けていた。

はっちゃけてしまえば楽なのだ。
カッコイイを、さらけ出してしまえば簡単なのだ。
書いてるうちに恥ずかしくなるから、書いても書いても、すぐ白紙に戻るのである。

「光と闇の狭間で、はざまで……」
さて、何が書けるだろう。何を書けというのか。
物書きに残された時間は、4時間をきっていた。

――――――

最近最近の都内某所、師走の斜陽。
雪国出身の上京者、藤森が、今晩用の食材を調達するため、馴染のスーパーマーケットとドラッグストアと、その他諸々をハシゴしていた。
景色の赤色補正と影の傾きから、今が日中と夜間の狭間、夕暮れ時であることは明白。
日暮れ時刻はまだまだ早まるだろう。
今月の22日が冬至。今まさに、闇が光を前倒しに押しやっている最中なのだ。

昔々はこの光闇の狭間を、すなわち夕刻を、
「逢魔が時」と呼んだとか使い方が少し違うとか。

「ゆず茶の試飲?」
そんな夕刻、藤森が半額野菜と値引き魚と、少しの乾燥昆布と防災備蓄用のバランス栄養食数箱を手に入れた帰路、
ふらり、ひいきにしている茶葉屋に寄ったところ、
子狐抱きかかえる女店主に、声を、かけられた。
「今月22日が、冬至ですので」

「ゆず湯は、よく聞きますが」
きゃうきゃうきゃう、きゃうきゃうきゃう!
藤森をお得意様と学習している子狐。店主の腕の中から飛び出さんばかりに吠え甘え、前足と尻尾を暴れさせている。
「ゆず、茶?」

「ほうじ茶と、和紅茶と、川根茶です」
届いていないのに首を伸ばし、藤森の鼻を舐めようと舌を出す子狐を撫でながら、店主が言う。
「茶葉に少しだけ、私の実家の稲荷神社で採れたゆずの皮を混ぜてありまして」
採れるゆずの量が少ないので、限定品なんです。
なかなか面白い味がしますよ。店主は穏やかに、そして意味ありげに、ニコリ、笑った。

「子狐が言うております。『ゆず餅買って』と。『ゆず餅も美味しい』と」
「子狐が、ですか」
「言うかもしれませんよ。今は逢魔が時。耳を近づければ、ひょっとしたら、もしかしたら。ほら」
「はぁ」

ひとまず己の目当てとしていた茶葉を購入し、試飲を再生紙由来のコップにひとつ、入れてもらった藤森。
ホットの和紅茶である。
ゆずのピールが小さく数片浮かび、ふわり、特徴的なシトラスが香った。
(そういえば、アールグレイにも、ベルガモットが)
あれも、ゆずと同じ柑橘系、ミカン科だったか。
豆知識を思い出した藤森は、なぜか妙に納得して、コクリ。斜め上を見上げ、ゆず香る和紅茶を飲み干す。

「ごちそうさ……ま?」
語尾が上がったのは店主のせい。
温かなため息ひとつ吐き、藤森が視線を戻した先で、
「今ならゆず茶1種類と、セットで」
お安くしますよ。
子狐を左手で抱える店主が、いつの間にか別の手で、小さな餅の6個入った箱を、チラリ。
抱かれた子狐のキラキラ輝く光の目、店主と子狐の狭間で鎮座する餅。
子狐と餅より高い視線から静かに笑う店主の瞳には、穏やかな宵闇が潜んでいたとか、いないとか、気のせいだとか。

12/2/2023, 4:58:58 AM

「昨日も昨日だったが、今日も今日で、書きたいものと読みたいものの乖離……」

『久しぶりに会った肉親の、己に金銭によって礼をする態度を見て、しんみりする。
「あぁ、自分たちは、いつの間にか、対価で確実に感謝が見えなければアリガトウも伝わらない距離まで、離れてしまっていたのだ」』

という物語を思いついたものの、書き手の己は書きたいが、読み手の己には胃もたれが過ぎる。
某所在住物書きはうんうんうなり、深い溜め息を吐いた。要するに理想と理想の両端が、その距離が離れ過ぎているのだ。
読みたいと書きたいの積集合が迷子とはこのこと。
「距離、きょり、……三角形の点PとQ……?」
とうとう頭が沸騰し始めた物書きは――

――――――

都内某所、某職場のとある終業時刻。
やー終わった。疲れたごはんごはん。
土曜日特有、かつ独特な、客を入れぬ事務作業だけの午前中限定業務。
正午きっかりで作業を終了し、背伸びに大口のあくびを添え、緩慢に己のポケットをまさぐった女性は、コードレスイヤホンを取り出し耳元に近づけて、
「……あるぇ?」
スピーカーが、己の意図せぬタイミングで、すなわち己の耳からまだ十数センチ離れた距離で、
すでに、シャカシャカ音漏れを発している事実に、数秒固まった。

コミックやアニメのコメディーシーンよろしく、目が点だ。途端フリーズの解除された彼女はイヤホンをデスクに放り投げ、瞬時に起立して椅子を後方に押しやり、
胸ポケット、
腰ポケット、
スラックス、
内ポケットの順に、バッ、バッ、バッ、ササッ。
キレのある動きと布擦れの音で、隣に座る同僚を瞬時かつ継続的にポカンせしめた。

「わたし、スマホ、どこやったっけ」
無論、自分の、プライベート用端末のこと。
緊急事態発生である。予想が正しければ、彼女のスマホは数時間、無駄にバッテリー残量を消費していたことになる。
充電今残り何パーセント?!

「最後に使ったのはいつだ」
良くない予感に血の気が引いている女性の顔を、その蒼白具合を、
彼女と長年共に仕事をしている先輩、藤森のジト目が観察している。
「何で使って、誰の目の前で、どこに置いた」

「それが分かってたら苦労しないって」
ブリーフケースをひっくり返し、アンティークブックデザインのシークレットボックスを開けても、目標物を発見できなかった後輩。
床に落とした可能性を閃きデスクの下に潜って、
「………いっッたぁ!」
出てくる際、盛大に後頭部をぶつけた。
「あー、もう、ツイてない」

憐れな隣席の個人的同僚を、一緒に探してやるため席を立った職業的同僚は、
向かい席の乾いた咳払いに呼ばれ、
すなわち藤森がチラチラ見ている視線、その向こうをつられて見遣って、
気付き、注視し、メガネをズラして二度見して、
小さく数度頷き、席に戻った。

何故隣部署の主任が己の席で彼女のスマホを振り、『わすれもの』の口パクをしているのだ。

後輩による懸命の捜索は続く。
来客用のソファーの隙間、たまに落書きしてバレる前に消すホワイトボード、先輩が慣習惰性で世話をしている観葉植物の植木鉢。
「土曜日だもん」
後輩は言う。
「遠い距離は移動してないから、確実に、近くに」

そうだね。「確実に、近くに」あるね。
「遠い距離」じゃないね。
ジト目の藤森と、ニヨニヨイタズラに笑う隣部署の主任とを交互に見ながら、
スマホ捜索継続中の隣人を見る同僚は、くちびるを真一文字に、きゅっ。
「おい、宇曽野」
藤森が隣部署の主任を、つまり己の親友を呼んだ。
「分かっているとは思うが……」
大丈夫大丈夫。安心しろ。
そもそもパスワードを知らん。
主任は万事心得ている様子で、ぷらぷら右手を振り、
こっそり、後輩の目につきやすい、違和感も不自然も無く近い距離のテーブルへ、
彼女のスマホを、パタリ置いた。

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