かたいなか

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5/10/2023, 2:26:10 AM

「『忘れられない』。……わすれられないか」
コロナ禍初期、封鎖された公園と、一台も駐車場に車が無い大型ショッピングセンターは、強烈過ぎて今でも覚えてるわな。当時を想起する某所在住物書きは、茶を飲みチョコを口に放って、小さく息を吐いた。
「少なくとも2通りある気がすんの。
バチクソ強烈で消したくても頭から消えないか、
覚えて忘れそうになって再発して覚えて忘れそうになって再発してをずっと繰り返すか」
ガチャ爆死の事例は、前者後者双方あるだろな。物書きは唇を噛みしめ、忘れ得ぬ○万円の散財を思う。

――――――

忘れそうになった頃に思い出す香りがある。
職場の先輩のアパートで、先輩がたまに焚いてる香りだ。アロマポットみたいな焼き物から出る香りだ。
それが何か昔聞いたことがある。先輩は、ほうじ茶製造器と言いかけてすぐ、茶香炉、と言い直した。
キャンドルの熱で茶葉――主に緑茶の茶葉を温めて、ほうじ茶にするついでに香りが出るとか。
大抵甘くて、たまに甘くなくて、そのいずれも優しくて。要するにほうじ茶製造器だ。
先輩の家にご飯をたかりに、ゲホゲホ!……食事ついでに仕事の手伝いをしに行くと、数回に1回エンカウントするので、いつまでも覚えてる。
別に、嫌いでもない、穏やかな香りだ。

大抵その香りがする日は先輩低糖質スイーツとお茶出してくれるから、良い香りとして記憶してる。

「先輩今日茶香炉キメる予定無い?」
「『キメる』……?」
職場でクッタクタに疲れることがあったりすると、数回に1回、無性にあの香りを思い出す。
正確に言うならあの香りと先輩のご飯を。
「例の課長にゴマスリしてばっかりの、ゴマスリ係長から仕事丸投げされたの。頑張って終わらせたの」
多分、香りが優しくて、珍しいからだ。
ミントでもサンダルウッドでもない、グリーンティーのオイルともちょっと違う香りが、優しいからだ。
あと多分先輩の塩分&糖質控えめご飯が心と健康の味方だから。
「いつでもまず相談しろと、言っているだろう」
「先輩ゴマスリから別件押し付けられてるでしょ」
「それは、……まぁ。ごもっとも」

「私お肉とお野菜出すから。なんなら先輩の仕事手伝うから。今日茶香炉キメる予定無い?」
「肉も野菜もこっちにある。……少しだけ、こちらの案件を手伝ってもらえれば」
「やった先輩愛してる」

香って、覚えて、おぼろげになって忘れかけて、
また香って覚えて、おぼろげになる。たまにこっちから香りを迎えに行く。
それが繰り返される、先輩の部屋の茶香炉の香り。
「パスタと豚肉の何かと、実家から届いた根曲がり竹の予定だったが。変更のリクエストは?」
「ネマガリダケ?」
「ホイル焼きで、一味か七味にマヨネーズを」
「ねまがりだけ、いず、なに……?」
これからもきっと、思い出して忘れかけてが続くだろうから、多分いつまでも忘れられない、と思う。

5/8/2023, 2:59:13 PM

「真面目な話すると、一年後には、いい加減コロナ禍完全収束するか、特効薬だの治療薬だのがメッチャ行き渡って、インフル程度の怖さになってくれりゃあ、とは思うねぇ」
もしかして俺が不勉強なだけで、実はもう、そういうのしっかり確立してたりすんのかな。
19時のニュースを確認しながら、某所在住物書きは茶を飲み、チョコを舌にのせている。
「あとアレよ。なんかこう、宝くじ当たったりとか『コロナ頑張りました給付』で50万ポンとか、ガチャが最高レア大盤振る舞いとか」
特にガチャはな。大事よな。物書きは過去の爆死を想起し、唇を噛みしめた。
「……まぁ、ひとまず、前回投稿分に繋げて今日もハナシ書くか」

――――――

都内某所の某アパート。諸事情で人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、自分の部屋で次の仕事の整理と準備をしながら職場の後輩とのグループチャットに応じている。
室内には穏やかな茶香炉の香り。加熱された緑茶の茶葉の甘さが漂う。

『イングランドがエンデミックかも?だって』
ピロン。捻くれ者のスマホが、後輩からのメッセージの着信を告げた。
『向こうは80パー感染してて、日本40しか感染してなかったんだね。向こうヤバくない?エグいよ』
有名漫画のスタンプと一緒に送られてきたのは、その日報道されていた、新型コロナウイルスの動向に関するいち見解。
カキリ。捻くれ者が首を傾けると、小気味よく、骨が小さな音を立てた。

『今日のニュースを観たのか』
『みたみた。5類移行と決壊と、銀座の強盗』
『珍しいな?「ニュースどころかテレビ自体観ない」と言っていたのに?何故?』
『先輩観てるから最近観始めた〜』

先輩(わたし)が観ているから、観始めた?
キーボードを滑る手が止まる捻くれ者。
届いたメッセージをどう受け取り、どう返すべきか、目を細め唇に指を添え熟考している。
やがて2分3分経過した頃、再度首を傾けて、自信無さげに返信を編集し、
『「一年後」のための、ポイント稼ぎか?』
送信して、ガリガリ頭をかいた。

『そんなことをしなくても、来年お前も私も残っていれば、記憶に残っている限り善処する。安心しろ』
捻くれ者は今朝の職場で、後輩から妙な願いを託されていた。
「一年後故郷の林檎の花見に連れて行け」。
ゴールデンウィーク明けの通勤途中、知らぬ誰かが旅行で林檎の花を見に行って、その話を小耳に挟んだがために、
「自分も見たい」と、この後輩が、雪国の田舎在住である捻くれ者にダメ元で話したのが発端であった。
『なんなら「一年後」の先取りで、去年撮ったもので良ければ送ろうか?バラ科リンゴ属の花?』

『ポイント稼ぎ関係無いです〜
そんなんじゃないです〜』
私先輩ほど捻くれちゃいませーん。
即座に文章は既読され、秒の早さで返事が届く。
『でも貰えるなら画像ちょうだい(貪欲)
一年後の予習しとかなきゃ』

何に対するそれとも知れず、捻くれ者は浅い、小さなため息をひとつ吐き、送信用の画像選びをゆるゆると始めた。

5/8/2023, 1:08:18 AM

「一応、自分の持ちネタとしてシリーズにしてるハナシに、『初恋で心ズッタズタにされた先輩』っつー設定仕込んであるキャラは居る」
なお俺の初恋は失恋でクソで、いつの間にか始まってブッツリ終わったので、初恋の「日々」は分かるが「初日」がいつかは知らん。
某所在住物書きは想起し、吐き捨てる。
「初期初期の初期からの伏線よ。初出は確か3月2日頃だったかな。」
2ヶ月前から仕込んでたネタだが、回収しようかな。それとも、もう少し引っ張れるかな。
うんうん悩む物書きは、ガリガリ頭をかいて息を吐き、天井を見上げて……

「ところでこのアプリ、次のお題ってまさか……」

――――――

「『一年後』?」

「うん。予約しときたい」
「何故?」
「今年はもう散ってそうだから」

世はゴールデンウィーク明け。呟きアプリは「仕事行きたくない」とか「雨で臨時休校」とか、「今日から5類」とか。
東京は別に、雨は降ってるけど警報級でもないから、普通に学校あるし仕事あるし。
私もダルい土日明けの体と心を引きずって、電車に乗ってバス乗って、ブラックに限りなく近いグレー企業な自分の職場に来た。
「呟きでバズってた青森県の桜見に行ったら、もう散ってて、かわりに林檎の花見てきた」ってアラサーかアラフォーあたりの話をチラ聞きして。

そういえば林檎の花、見たことないなって。

なお、あんまり関係無いかもだけど、10月30日は「初恋の日」で、島崎藤村の「初恋」の詩が元ネタで、その詩に何回も林檎が登場するらしい。
林檎の木の下で、恋する人と待ち合わせって。
大昔コレをネタに黒歴史書こうとしたけど挫折した。

「林檎……リンゴ……?」
職場の向かい側の席、数年一緒に仕事してる先輩は、偶然にも、詳細不明だけど雪国の田舎出身。
調べてみたら林檎は、生産量1位は言わずもがな、上位10位までを、雪国な道県が独占してるっぽい。
だから、先輩に今から予約をしておけば、きっとベストな花盛りがピンポイントで見られる。
そう考えて先輩に、「来年、故郷の林檎の花見連れてって」って。
軽い気持ちで、なんならぶっちゃけ拒否られても別に気にしないかなって。ちょっと言ってみたのだ。
「そう。林檎」
「私の故郷に林檎畑があると推理した過程は?」

「林檎の生産量で検索したら上位がほぼ雪国だった」
「それで?」
「先輩、どこか知らないけど、雪国出身ってのは聞いてたから。高確率で先輩の故郷は林檎生産地」
「はぁ、」
「なんなら10月30日でも良いよ。島崎藤村。林檎の木の下で待ち合わせ。『初恋の日』」
「はつこいのひ……?」

初恋の日って。なんだ突然。
スマホを取り出しポンポンポン、タップ&フリックし始めた先輩。十中八九、10月30日か初恋の日あたりで検索してるんだろう。
あるいは自分の故郷でちゃんと林檎畑があるかどうか、確認してくれてるとか。
「予約しといていい?林檎の花?来年?」
「私が来年もココでお前と働いていればな?あと忘れていなければ?」
目を点にして、素っ頓狂な表情で、それでも色々確認だけはしてくれるあたり、先輩って、やっぱり真面目だと思う。

5/7/2023, 12:32:15 AM

「『明日世界が無くなる』って事実と、『世界を無くさず存続させてください』って願いが、どう衝突してバグるか見たい、ってのはある」
まぁそもそも願いが必ず叶うって確約されちゃいないだろうから、多分前者が普通に勝つんだろうけど。
某所在住物書きはポテチをつまみながら、今日の題目にどのような物語を装飾できるか、固い頭をなんとか働かせる努力を続けていた。

「ところでアプリの投稿、ブラウザで読めるのな」
話題急転。無論理由は、題目に対して良いネタが思いつかないからで……

――――――

雨降る週末にちょっとお似合いな、ブルーでちょいエモのおはなしです。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ、化け狐の末裔が暮らしており、その内の末っ子の子狐は、キラキラキレイなものが大好き。
不思議なお餅を売って得たお金で、コロコロビー玉を買ったり、チャリチャリおはじきを買ったり。
お気に入りの小さな宝箱を、美しいものでいっぱいにして、楽しんでおりました。
そんなある日。人間たちが定める大型連休最終日、雨降るちょっと寂しい日曜日のこと。

「今日で閉店なの」
雨音を聴きながら家の縁側でお昼寝していた子狐を、都内の某病院で漢方医として労働し納税している父狐が、起こしてお外に連れ出しました。
「客は減ったし、最近どこもカメラの目ばかりで」
父狐が連れてきたのは、今日を限りに店を畳むという大化け猫の駄菓子屋さん。
もう歳だから、いつ防犯カメラの前でうっかり化けの皮剥げちゃうか、怖くてねぇ。
穏やかに笑う、おばあちゃんに擬態した大化け猫は、しかし少しだけ寂しそう。
「明日には静かな、福島に向かう予定よ」

防犯用、スマホの標準装備、それらの普及。今や都内は、カメラの監視で溢れています。
少し化ければ拡散され、術を使えば晒される。
この大化け猫のように、肩身の狭い都会から、僅かでも秘匿と神秘の残る田舎へ、多くの物の怪が逃れてゆきました。

「フクシマ?ヘイテン?」
コンコン子狐、まだまだ子供なので、ヘイテンの意味が分かりません。
「明日来ても、ここでお菓子もビー玉も、買えなくなってしまうんだよ」
「あさっては?来週は?」
「明後日も来週も、買えないんだ。だから今日は、お前の好きなものを、全部貰っていきなさい。ととさんが買ってあげるから」
「好きなモノもらう!全部もらう!」
父狐が説明しても、ちんぷんかんぷん。「ととさんが、欲しいものを全部買ってくれる」その一点だけ、理解して、キラキラおめめを輝かせるのでした。

「明日で、ここはもう無くなってしまうけど、」
おはじきと、ビー玉と、ビーズと飴玉と金平糖。
「お元気で。悲しまないでね。たまに、『こんな場所があった』って、思い出して」
他にもたくさんカゴに詰めて、大満足のお会計。
「向こうで落ち着いたら、桃が有名らしいから、いっぱい送ってあげるわ」
大化け猫が頭を撫でてくれた、その手の優しさと温かさを、子狐はいつまでも、いつまでも多分、覚えておりました。

5/6/2023, 3:24:57 AM

「個人的に、いつのタイミングで誰と出逢ったか、ここ意外と重要だと思うんだ」
ぼっち用鍋と出逢ってから、私はメシの幅が広がりました。小さなグリルパンで肉を焼いていた某所在住物書き。行儀悪くもスマホで見るのは、某防災アプリの地震発生タイムラインである。

「そこがひとつズレるだけで、人生なんざ簡単に崩れるしその逆も然り、じゃないかな、ってさ」
皆様、思い当たる節あるんじゃない?ふとした弾みの人生転落劇とか成功譚とか?物書きはニヤリ笑って、
「……ただそれを傑作に物語化できる頭が俺に無い」
設定構築、物語組立の面倒を避け、ひとまず前回投稿分の話を引き伸ばして、少々楽をすることに決めた。

――――――

昨日も昨日の都内でしたが、今日も今日な都内です。
すなわち最高28℃、最低だって19℃。ほぼ1日中夏日な土曜日です。
そんな都内某所、某アパートに、住んでいますは雪国の、田舎出身の独りぼっち。暑いのが大の苦手です。
職場のたったひとりの友人や、一緒に仕事をする後輩に、暑さ耐性マイナスがガッツリバレており、
今朝も、「仕事はバリバリ優秀なのに、炎天下ではデロンデロン」のギャップ見たさに、
友人の宇曽野が、アイスの手土産片手に、ぼっちの部屋を訪ねておりました。

「今年の冬は、帰省、」
「お前は連れて行かない」
「まだ何も言ってないだろう。俺はただ」
「どうせ、『またあの大量に積もった雪の上にダイブしたい』だろう。連れて行かない。せめて春にしろ」

「変わったな」
「頑固でケチになった?何を今更」
「違う。少し氷が溶けた」
「は?」

「『せめて春』。昔は駄目なら『駄目』一択だった」
ぱらり、ぱらり。バニラ味のミニカップアイスに一味を振りながら、友人が言いました。
「それが、『こっちなら許す』だろう。変わったよ」
きっかけは初恋からの、「あの」クソな失恋だな。友人はそう続けて、朱とクリーム色をかき混ぜました。

「恋して他人とのすり合わせを覚えて。その恋人に心ズタズタにされて。今まで順調に溶けてた氷が逆に分厚くなった頃、お前のとこの、あの後輩と出逢った」
「宇曽野、」
「あいつの教育係で面倒見て。振り回されて。助けて助けられて。たまにメシにも行ってるんだろう?」
「宇曽野。……何が言いたい?」
「あいつを大事にしてやれ。って話だ」

あの後輩は、きっとお前の「傷」をもう少し治せる。
手放すなよ。友人はそう結んで、アイスをひとくち。
辛さが足りなかったらしく、再度一味を振りました。
「私は、」
人間なんて皆自己中、優しさなんて物語の中だけの絵空事、が信条だった筈のぼっちですが、
「わたしは……、彼女と、出逢ってから、」
友人に言われた言葉が心の隅に引っかかり、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、具合が良くありません。
「かわった、のか?」
ただ即座に反論できないのが悶々で、黙々、友人が持ってきた手土産を、ミニカップアイスを、突っついてすくって、その過程で少し周囲が融けて、
黙々。なめらかな甘さを舌にのせ、喉に通しておりました。

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