不整脈

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7/30/2025, 11:50:26 AM

明滅する駅の蛍光灯、
その下で発した言葉は
通過列車にかき消されて
何を呟いたのか、もう覚えていない。
ただ、胸の奥が、焼けるようだった。

鼓動は、嘘をつかない。
忘れたふりをしても、痛みのリズムが裏切る。
夜の温度に溶けなかった汗が、
背中を伝い、呼吸を塞ぐ。

ホームの端、靴の先端が少しだけ浮く。
線路の向こうから、電車が向かってくる。
目を瞑る。鼓動が早まる。この体は、
まだ何かを伝えようとしていた。

手を伸ばす。だけど、触れる前に
電車が来て、鼓動が跳ねる。
後ずさる。間に合わなかった?
荒い呼吸音。瞳孔が動くのを感じる。

下を向く。
スマホに、私の顔が映る。
その中で、熱い鼓動だけが、
何も失わずに、そこにいた。

7/29/2025, 11:55:38 AM

言おうと思ったとき、
チャイムが鳴って言えなかった。

渡そうと思ったとき、
手がふるえて落としちゃった。

泣こうと思ったとき、
誰かが近くに来て、こらえちゃった。

タイミングが、
いつもわたしのじゃない。

あと一秒早くても、
あと一歩近くても、
あと一言聞いてくれてたら、
なにか変わってた?

…わかんない。
だってそれも、もしもの話。

でも、でもさ、
タイミングのせいにしていいなら、
わたし、ずっと間違ってなかった気がする。

言えなかったんじゃない。
言わなかっただけ。
渡せなかったんじゃない。
待ってただけ。

泣けなかったんじゃない。
強がってただけ。

そうやってぜんぶ、
タイミングのせいにできたら、
ちょっと楽なんだけどな。

…ほんとうは違う。
ほんとうはぜんぶ、
わたしのせいかもしれない。

でもそれでも、誰かが言ってくれないかな。
「それ、タイミング悪かっただけだよ」って。
それだけで、ちょっと生きのびれるからさ。
そうやって、
私は生きてきたんだし。

7/28/2025, 11:16:15 AM

雨の音は、ずっと続いていた。
止むことを忘れたように、静かに、冷たく。
私は、傘を持たずに外へ出た。
理由なんてなかった。ただ、濡れたかった。

足元には水たまり、
その奥には知らないわたしの顔。
目を合わせると、
すぐに揺れて壊れてしまった。

空が少しずつ薄くなって、
遠くに色が差し込んだとき
私は忘れていた願いを思い出す。

虹の、いちばん手前を探してみたかった。
どこにも繋がらない曲線の、始まりを。
誰も触れたことのない、端っこを。

濡れた道に靴音を落としながら
向かうあてもないのに、ただ歩いた。
誰かの笑い声を横切って
止まった信号に、意味もなく背を向けて。

でも
あの七色は、追えば追うほど逃げていく。
まるで
いつかの私みたいだった。

それでも、探すの。
なぜって、あの色に手が届いたら、
きっともう一度だけ
私は、わたしを信じられる気がしたから。

虹のはじまりなんて、
最初からなかったのかもしれない。
だけど、探したことだけは、
嘘じゃなかった。

7/27/2025, 3:39:53 PM

砂の音を知ってる?
それは風が吹いたあとに残る
誰にも聞こえない、乾いたささやき

歩きすぎた足が重くなって
影を失った背中がかすれていく
あぁ、また
私じゃなくなっていく

まっすぐに立てる日ばかりじゃない
起きる理由が見つからない朝もある
それでも
なぜか喉が渇いたまま
歩くことだけはやめられなくて

見えたの
揺れてたの
目の端に、一滴のやさしさが

誰かの声だったかもしれない
忘れていた歌の一節かもしれない
それとも
ただ、あなたの笑顔だったのかも

オアシスは、
決して水じゃなかった
それは、
私が“わたしに還れる”という確信

ここまで来てよかった
なんて言葉を誰にも言わないけれど
私の中に、やっと根が張った
名もなき優しさが、今も波紋を広げてる

だから今日も、砂の上を歩いていく
目を細めながら
もういちど、その影を探して

7/26/2025, 11:43:02 AM

あの夜、枕の端に落ちたひと粒が
いつまでも乾かずにいたのは
私が忘れたふりをするからだ

カーテンの隙間から
街灯がゆらゆらと部屋の壁をなでて、
薄く波打つ、過去の情景

誰かに「泣いていたの?」と
訊かれたとして
この頬の跡に言い訳は必要だろうか

夜は優しくなれない
だけど、優しすぎるから困る
涙を流せば、夜はただそれを拭わず
ただ、眺めている

涙の跡が語るのは
そのとき言えなかった「大丈夫」の代わり

私の知らないわたしが
鏡の奥で頬をなぞって
代わりに「私は大丈夫」と言う

翌朝
冷えた跡が残るその場所に
また、ファンデーションを置いて
何もなかった顔に作り直す

でもね
あなたが気づかなくてもいい
この跡は、私が生きていた証だから

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