フルーツティーのティーバッグセットを買った。
仕事の合間にカップにティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。
ふんわりと甘い香りが漂い、ささくれた心を落ち着かせてくれる。
ほっと一息つく。疲れた日々の中にある、至福の瞬間。
『紅茶の香り』
「シーザー暗号って知ってる?」
「何それ」
「古代ローマのガイウス・ユリウス・カエサルが使ってたって暗号」
「どんなの?」
「元の言葉を1文字ずつ手前に3つずらして作る暗号」
「たとえば?」
「HELLOならEBIILになる。これを解読するには逆に後ろに3文字ずらせばいい。後ろにずらして作ったりもするし、特に文字数も決まってはないみたいだけど」
「面白そうじゃん」
「じゃあ問題です。えーと……COFBKAは?」
「後ろにずらせばいいから……FRIEND!」
「正解!」
中学に入学して、そこで君と出会った。君と僕は元々趣味が合うようだった。
たまたま知ったその暗号を、君は楽しそうに教えてくれた。
暗号でする会話は、まるで二人だけの合言葉のようで、なんだか特別なものに感じていた。
そしてここから謎解きに興味が湧いて、いろんな謎にも挑戦した。一緒にいろんな謎解きをしたし、そういったイベントで遊んだりもした。
高校も同じところへ進学し、相変わらず、一緒にいろんなことを楽しんだ。
楽しかった日々は過ぎ去って、あっという間に高校を卒業する日。
お互い3年に上がってからは、受験の為、一緒に遊ぶことも減っていた。
君が遠くの大学へ進学すると知って、昔みたいな日々はもう戻ってこないんだと気付いた。
また、一緒に笑い合いたい。それだけでいいのに。
卒業式も終わって、そろそろ帰る時間。最後に席に座って、今になって気付いた。
机に何か入っている。――手紙?
手紙を開くと、中に書かれていたのは、明らかに君からの挑戦だった。
『F 1 74777776543』
暗号。面白そうじゃん。
僕達が最初に出し合った謎。それがシーザー暗号だった。
もしかしてこれもそうなんじゃないかと、直感的に思った。
だとしたら、Fは――I?
数字もずらすのか? なら1は4だな。うーん、よん、し、フォー……。
で、次の11桁の数字は一塊か? えーと……070……ん? 電話番号か? 電話――……!
僕は出てきたその番号に急いで電話をかけた。
『愛言葉』
昔から人見知りだった。
人と仲良くする方法がわからなくて、一人でいることが多かった。
ようやく仲良くなれたと思った友達も、気付けば傍からいなくなっていた。
そんな頃、新しく友達ができた。
まるで昔からずっと一緒にいるような、そんな気持ちにさせてくれる、とても大切な友達。
でも私はその友達をいつしか忘れてしまった。不思議なことに、まるで最初からいなかったかのように。
それでも、それから友達は定期的にできていた。だからきっと私はその友達を忘れてしまった。もう必要なくなったから。
そして、それを繰り返すうちに、知った。
あれは全て、私の想像の中にしか存在しないものだったと。
あまりに寂しかった私が生み出した、私だけの友達だった。
定期的に生まれては消えていった私の友達。それが全て必要な時に創り出した本当は存在しないものだったなんて。
信じられなかった。信じたくなかった。
たしかにそこにいたはずだったのに。存在を感じていたのに。
まるで本当に夢かのように消えてしまった。
あれから苦しい日々が続いた。
いろいろな出来事があって、受け入れられないことも多かったけれど。
友達と決別することになったあの日、私は前を向くと決めたから。
もういいの。
それに、もうこれからは本当に一人じゃない。
隣に立つあなたに微笑みかける。
あなたも同じように微笑み返してくれる。
昔、本当に友達だったあなた。そして、それからは想像の中で友達でいてくれたあなた。
あなたに再会できて、これで本当に前を向いて生きていける。
――もう、友達の関係じゃないけれどね。
『友達』
嘘つき。
一緒って約束したのに。
どうして行ってしまうの?
嫌だ。
行かないで。私を置いていかないで。
「行かないでーっ! 一緒にマラソンゴールしようって言ったじゃーん!」
友達との距離はどんどん離れていく。
一緒にゴールするって約束したのに。
勝手に一人で先に行くなー! 嘘つきー!
『行かないで』
「なぁ、あの空の先には何があると思う?」
友達が海の向こうまで続く空を眺めながら、そんなことを言ってきた。
「空の先? さぁなー。海は最後滝みたいになってて奈落に落ちてくって話だろ? 空はまぁ続いてんじゃね?」
「海はなくなるのに空は続いてるのも不思議な話じゃないか?」
「そうかぁ?」
「もしかしたら空も途中でぶっつり切れてて、その先は闇が続いてるのかも」
「それもあるかもな」
「それか神様がいたりして」
「たしかに神様見たことないしな。もしかしたら空の端っこの方にいるのかも」
空が続くその向こう側を見てみようと睨む。
やっぱり、ただひたすらに澄み渡る青い空が続いていることしかわからなかった。
「僕、大きくなったら船乗りになって、空の先がどうなってるか見に行く!」
「俺は家継がなきゃいけないから付き合えないけど、どんな景色だったか教えてくれよ」
「おう。約束するよ」
そしてあいつは船乗りになり、空の先を見に向かった。
約束はまだ果たされていない。
もしかして、本当に神様を見つけてしまったのかもしれないな。と、広がる海と青い空を見るたびに友のことを思う。
『どこまでも続く青い空』