勇者一行の旅は終わりへと近付いていた。
もうすぐだ。もうすぐ、この最後の魔王城を踏破し、魔王に打ち勝つことができれば。
この長い旅も終わる。手にした平和と共に。
その為に、今、力を込めて。
もうすぐなんだ。目の前にフィナーレは見えている。
ここを乗り越えれば、あと少し。負けるな。必ず乗り越えてみせる。
必ずここを突破してみせる!
力を込めて、力を込めて――!
重い音が響き渡る。
ようやくだ。
「開いた――――――――!!」
――ようやく固く閉ざされた魔王城の扉が開いた。
ここから魔王城の攻略が始まる。
「いや扉開けとけよ!」
『力を込めて』
あの日々が、とても素晴らしいものだったのだと気付いた。
失ってから初めて気付く、大切なもの。
どうか、どうかまた。あの日のように、笑って走り回りたい。
早く風邪治れ。健康に戻りたい……。
『過ぎた日を想う』
夏休みも終わりかけの8月下旬。
先輩の思い付きで、星を見に行くことになった。
先輩のお父さんがワゴン? ミニバン? を出してくれて、行けるメンバーみんな引き連れて、近くの山の上へとやって来た。
「うわぁ……っ!」
思わず声を上げる。
視線の先には零れ落ちそうな程の星達(さすがに言い過ぎかな)。街の中じゃ見えない天の川まで、はっきりと肉眼で見ることができた。
少し離れた場所で、先輩のお父さんが夜空に見える星座について解説をしている。
「どれが夏の大三角かわかるー?」
先輩が近付いてきてそんなことを尋ねてくる。
「そりゃわかりますよ。すごく目立つじゃないですか」
そう答えて、夜空に浮かぶ大きな三角形を指差した。
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
「大丈夫? それ何かしらの著作権に引っかからない?」
「夏の大三角の星挙げただけですからー!」
先輩が私の言葉に補足をする。
「あれがはくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガ。それで、このアルタイルが彦星、ベガが織姫。ちなみにデネブはカササギと言われているよ」
「カササギ?」
「カササギは織姫と彦星の為に天の川に橋をかけてあげる役だよ。ほら、はくちょう座の翼の部分が天の川を跨がるようにかかっているでしょう」
「でもはくちょうなのにカササギ。しかもデネブというかはくちょう座全体使ってる」
「不思議だね」
「夏の大三角関係というわけじゃないんですね」
「残念ながら……。でも君が望むなら、君が織姫、君の好きな人が彦星、そして私間男デネブで物語を作るよ!」
「何の話してるんですか何の。ていうか間男て、あなた女でしょ」
ちらりと顔を上げ、私にとっての彦星を見る。あくびをしながら眠そうに空を見上げていた。
「あーそうそう。今日ここに来たのは星座や天の川見る為だけじゃないんだ」
先輩がそう言った時だった。
天の川を切り裂くように、一筋の光が流れ落ちたのは。
「あっ! あれ、流れ星!?」
「そー。ペルセウス座流星群。極大の時期からは少しずれちゃってるけど、ここって結構流れ星見えるんだよね」
夏の大三角から意識を逸らしてみれば、あちらこちらで流れ星が流れていた。
「願ってみれば? 彦星といつまでも一緒にいられますように、とか」
「何言ってるんですか……」
先輩の言葉に少し照れながら、祈った。
いつまでもこんな時が続きますように。彦星だけじゃない。これだけたくさんの星があるんだ。みんなといつまでも一緒にいられますように。
「ところで、君がこと座のベガ、君の好きな人がわし座のアルタイル、私がはくちょう座のデネブだとしたら、どの星座の星にみんなを当てはめる?」
「えぇー……? 私そんなに詳しくないですよ」
わいわいと、楽しい夜は更けていく。
『星座』
高い熱に魘される。
遠い意識の向こうから、カラフルな球体がいっぱい、飛び跳ねながら近付いてきた。
それは、大きくなったり小さくなったり、きのこになったりたけのこになったりした。そして戦争を始めた。
戦火から逃げ延びて、辿り着いたのは大きなお城。生垣の白いバラを色とりどりのペンキで塗る、体がペラペラな兵士。敷地内の一際高い木の上から、ピンクと紫の縞猫がニタニタとこちらを見下ろして笑っている。
あぁこれ知ってる。あれだよね。時計持ったウサギとか出てくるあの物語。
王女に首を斬られたくないので、なぜか持っていたガラスの靴をその辺に置いて、そっと城を後にした。
最寄りの湖を覗き込むと、水底にこれまた綺麗なお城が見えた。いろんな魚や亀が泳いでいる。
濡れたくはないので湖は無視して、次に辿り着いたのは小さな小屋。小屋に入ると、小さな食器に乗せられた料理がたくさん並んでいた。
特に食べる気にもならなくて、小さな椅子に座ってぼーっとしていた。顔を上げると、窓の向こうにワンピースを着たとても背の高い女性? が「ぽぽぽ」と言いながら通り過ぎていった。
怖くなって隣の部屋のベッドに入り布団を被った。すると、そのベッドが持ち上げられ、何か箱のような物の中に閉じ込められてしまった。
慌てて飛び上がり、内側から箱を叩くと、上部がぱかっと開き、光に包まれた。
光の中から、いかにも王子様な姿をした男の人が「踊りませんか?」と、置いてきたガラスの靴を差し出して尋ねてきた。
身を任せてくるくると踊ると、自分の体から黒い粒のようなものが「わー」とちっちゃく声を上げて、たくさん飛び出て弾けて消えていった。そしてくるくるくるくると回り続けて、目が回って……。
目が覚めると、熱はすっかり下がっていた。
『踊りませんか?』
「生まれ変わって、また会いに来て」
それは、彼女がした一方的な約束だった。
大切な家族を失った。それは抗いようのない運命で、それでも受け入れるのは困難だった。
その家族の命が尽きる瞬間、彼女はただ再び会えることを願った。
そしてそれから、あなたが迷わないようにと、この地から離れることはなかった。
時は流れて――。
地球に起きた大災害の末、人類は滅びてしまった。今や世界は海の底である。
それでもまだ彼女は待っていた。自分の命が尽きようと、いつかまた会いに来てくれることを信じて。
水の奥深くから、海面に揺らめく光を見上げる。
すっかり変わり果ててしまった世界で、やっぱりあなたが迷わないようにと、ずっとそこで待っている。
もしもまた巡り会えたら、あの頃と同じようにぎゅっと抱き締めてあげよう。――いや、あなたは力強く抱き締められるのを嫌がったから、優しく抱き締めようかな。
再び巡り会えるまで。そんなことを考えて、薄く届く光に溶けながらゆらゆらと漂い続けている。
『巡り会えたら』