踏み込めば奈落。
天地の感覚などとうに失い、
ふわりと浮いているような、
こんこんと眠り続けているような、
かと思えば延々身を投げ出し続けているような。
後悔の渦に終着など無く
一度投げ入れば二度と這わず、
三度の期待と世の情け。
後光の見えるは虚しくて
七つの色に恋焦がれ。
/ 終わりなき旅
人生は終わりのある旅なのだろうか。終わりがあるから美しい、よく人は言う。終わりが無い生は不毛か。不老不死など邪道か。生きる希望は見いだせど、死に正解など導かれない。
この空疎のなかで、君は何度許してくれるだろうか。
仏は三度、君はもっと。
「いいよ」の声が聞きたくて。
僕だけが、君のやわいところへ触れたいのだ。
このクソのなかで、君は何度眉を寄せるだろうか。
そのたびほっと、ため息はっと。
「ばかだなあ」と笑えばいい
僕ひとり、君のこころを揺さぶりたい。
/ごめんね
おどけた私に笑いかける貴方が好きで、幻想にすぎないそれをただただ追いかけていた。画面越し、大口を開けて豪快に笑う貴方は私たちしか知らないもの。ささやかな暮らしを歩み、水のようなあのひとと微睡む日々は、ふたりのたからもの。そこに介入などできるはずも、しようとも思わないのだ。
雨傘への着地を失敗した水粒。
それはぴちゃんと身体を打ち付けて
べたつく皮膚にしがみついた。
灰の雨雲から飛び降りた雨粒が
ひとつの命ならば、一日で一体どれほど死にゆくか。
昨日と違って剥き出された腕には
不純物をたっぷり含んだ透明。
繊維に絡め取られるでも
土に吸い込まれるでもなくその場に佇む。
そして、再び空に還る時をじっと待つ。
さらりと乾いた肌色を撫で、
しずくたちの飛び降り自殺の音を聞く。
/半袖
抱えきれなくなった悲しみを雨雲がぽろぽろとこぼし始める頃、私は彩度の落ちた街へ歩みを進めた。湿った土のにおい、まとわる雨のベール。影と水が足元から染み込んでぐちゃぐちゃになったローファーが、また水面に波を立てた。
しわくちゃの顔が一点をぼうっと見つめて立ち尽くす。
繋がれた手の先には二年ぽっちのいのち。
ももひきと軽快なメロディを紡ぐシューズは同じ方を向いて。
それでも思考の波は寄っては返す。
天国というものははたして人間がたどり着けるものか。
生まれたてはおろか、年老いた者にだってわからない。
地獄はすぐそこ足のそば。
がぱりと口を開いた暗闇。
引きずるのはどちらの足か。
引き上げるは光のしるべか。
/天国と地獄
くらい夜道を二輪で駆ける。ふと薄明い街灯のトップから離れたところに人影を見た。地獄を模した空(くう)を、路地をじいっと、何に邪魔されるでもなく睨み続ける老婆。子供は大人に見えないナニカが見えるという。あの老婆は、心にこどもを飼っていたのかもしれない。
こどもの頃よりもうんと視点が高くなって、
下を向いていても見える範囲はずっと広い。
ぴかぴか光る広告のスポットライト。
合間を縫って存在するは確かな暗がり。
点々と空に舞うざらめの輝きと、ちょっぴり欠けたカルメ焼き。
最後に見たのは理科室、黒い机のうえ。
周りは光を吸われてほんのり暗く、
かと思えばぼんやり明るい。
あいまい。あいまいだなあ。
こどもの頃見た夢、背(せな)に雨。
とっくに隠れたあまいカルメ焼きが、また食べたい。
/ 月に願いを
強い光のもとにはかならず深い暗闇がある。夜道をひとり歩いていてふと私は気がついた。足元を照らす電子の光と、膝が防いだ黒い黒い影。光は照らす限りぼんやりずっと同じ形でも、足の影は歩くとくっきりかたちが変わる。前へ進む度に影のかたちが移ろう。いい方向に進んでも、結局そばには姿を変えた闇がある。