アシロ

Open App
2/7/2025, 3:15:06 PM

 長い一日を終え、ボフン、と重力に逆らうことなくベッドにうつ伏せに倒れる。
 全身の力を抜き、静かに瞼を閉じる。広がるのは真っ黒な暗闇。この暗闇は何でも自由に描くことが出来る私だけのキャンバスだ。ここにだけ、私の自由は存在する。
 まずはそこに、上司を模した人間を描いてみる。如何にもプライドが高そうで、なのに大して仕事が出来るわけでもなく、しかし自分の言うことやることが全て正しいのだとどういう根拠か信じきり、部下にはこれでもかというほど嫌味ったらしく説教をする。こんな奴を人間として認識してやることすら私には耐え難い。こんな、そこに居るだけで他人を不快にし不幸にする奴、生ゴミも同然だ。
 なので私は、黒いキャンバスに描かれた人間もどきを、汚い生ゴミで上から覆い隠してやる。人間もどきは助けを求めるように腕を上げ、バタバタと醜く足掻く。呆れた。なので、頭上に巨人の足のようなものを浮かび上がらせ、生ゴミごとそれを踏み潰してやった。紙のように薄っぺらくなったそれは、描き込んだ風のエフェクトによりふわふわひらひらと何処かへ飛んでいった。そのまま燃やしてやればよかったかな、と思ったけど、それはまた今度にしようと思う。
 真っ黒に戻ったキャンバスに次に描いたのは、学生の頃、私のことを虐めていた女子連中。ざっと十人ぐらい、全員同じセーラー服を着て、個性も何も無いみんなお揃いの背中までのロングヘア。誰が誰なのか見分けなんてつくわけもない。見分けるような意味も必要もなかったけど。
 私は彼女ら全員の手首を縄で縛り、頭上に棒状のものを描き加えてそこにそれぞれの手首を括り付け、吊し上げてやる。何かの虫みたいにモゾモゾと体を捩らせ逃れようとする彼女らの姿に苛立ちが募り、一人ずつ頭から水をぶっかけてやった。その後、私はキャンバスにハサミを追加し、彼女らの制服を上から下まで乱雑にジョキジョキと切り裂いていく。そのついでに、髪の毛や肌もチョキンと切ってやる。全員が全員不格好な姿になったので、最後に私はライターをキャンバスに付け加え、点火したライターを何の躊躇いもなく彼女達の僅かに残された布地に近付け、火を燃え移らせた。劈くような悲鳴がただただ煩い。十人も居るんだから当たり前か。私の時は両手が使えたから、すぐに叩いて何とか火を消したんだったっけ。よかったねお前ら、私が十人じゃなくて。燃え尽き骨だけとなった彼女らに順番に蹴りを入れて崩されたジグソーパズルみたいな有り様にし、飽きたのでまた新しいキャンバスを用意する。
 キャンバスに、一人の人間を登場させる。ショートボブっぽい髪型で、見るからに根暗そうなどんよりとした空気を纏った、スーツを着た女。彼女は周囲の人間達に揉まれ流され、日々を生き抜くだけで精一杯、といった様子で、たった一つ何かを成し遂げるだけでゼェゼェと息切れを起こしている。上司からは「仕事が遅い」と怒られ、同僚からは「要領が悪い」「特に関わりたくない」などと陰口を言われ、せっかく自分一人で成し遂げた作業は他の誰かに呆気なく奪われ、その人物の手柄として横取りされる。なんて生き辛い、哀れな生き物なんだろう。お前に生きてる価値なんてないよ。いい加減理解しよ? 受け入れよ? お前の人生、ずっとそんなんだったじゃん。これからだってずっと変わらないよ。
 だから私は、その女に太く丈夫な縄を渡してあげた。サービスで踏み台も追加してやる。あ、天井がいい? それともドアノブ派? まぁいいや。そんなどうでもいいこと、マジでどうでもいいや。
 女は踏み台に足を掛け、首に縄を巻き付ける。そうして······虚ろな目をしたまま、踏み台を蹴り飛ばした。そうして、まるでチラシで作られた安っぽく湿気ったてるてる坊主のように、ぷらん、ぷらん、と静かに全身を振り子のように揺らしている。邪魔なので、ロープを切って、下にどさりと落下してきたそれ目掛けて思いっきり踏み台を真上から落としてやった。でろりと濁った眼球、あらゆる液体が垂れ流された汚い体。少しだけ伸びたように感じる首にはくっきりとした縄の痕。それが、もう生きていないはずのそれが、ギョロリと瞳を動かし“私”を見、そして口を開いた。
「私が死んだんだから、“私”も死ねば?」
 ······私は瞳を開け、黒のキャンバスの世界から現実世界へと戻ってくる。うん、今日も有意義な時間だった。いつも通り、この言葉で締めよう。
「お前ら全員早く死ねや」
 誰にも言えない毎日の日課。誰にも言えない私の人間性。誰にも言えない、この一人遊びの楽しさ、喜び。
 明日も明後日もその次の日も、私はこうやって秘密裏に、誰に知られることもなく、恨み辛みの対象へ攻撃し気分を高揚させてはそれらの死を望みそのままの形で口にし、全身全霊をもって呪うのだ。ああ、早く成就しますように!

2/6/2025, 12:50:07 PM

今の私の現状
築40年以上の年季入りすぎた自宅のブレーカーが逝く→24時間対応の業者さんに父が連絡、折り返し待ち→家寒すぎワロタ(超絶厚着しながら)→スマホは懐中電灯代わり→暇を潰そうとSwitchでYouTubeでも見ようと思ったらまさかの充電切れでブチ切れ→減っていくスマホの充電(現状充電できないのでなくなったら死)

······という、あんまりにあんまりな仕打ちを受けている最中なので、めちゃくちゃいいお題ですけど今日は創作お休みです······えんえん······

2/5/2025, 5:21:23 PM

※いつだったかに書いた教師と女生徒の話の続き



「······いいか、もう一度説明するぞ」
 放課後の数学準備室。数学がわからないので教えを乞いたい、という生徒の要望に応えないわけにはいかないので、俺はその女生徒を普段自分が使っているデスクに座らせ、俺自身はデスクの横に立ち壁に背中を預けながら、女生徒がノートに数字を書いていくのを見守っていたのだが······書き始めて四文字目の数字で、既に間違ったものを書いている彼女は本当にさっきの俺の説明を聞いていたのだろうか? と激しく不安な気持ちになる。と、言うか······。
「さっきも説明した通り······素数というのはな? 1と、その数でしか割り切ることが出来ない数字を指す。お前は今、どの数字を書いた?」
「えっ!? 1と2と3と4ですけど!! え、もしかして間違ってますか!?」
「ああ、しっかり間違ってる」
「だって、1は1でしか割れなくて······2も、2でしか割れない······3もそうで······4も······」
「············4は2で割れるだろうが」
 彼女はハッ! とした顔をし、まるでこの世の真理を発見したとでもいうかのような表情で俺を見上げると「ほ、ほんとだ······!!」と目をキラキラ輝かせながら感動を伝えてくる。そのキラキラの中、瞳の中央部分にハートマークが見えた気がしないでもないが俺は見ていない。何も見ていない。
 まさか、素数なんていう基礎中の基礎を未だに本気で理解出来ていない生徒が居るだなんて俺は思いもしていなかった······数学教師的にはとんでもないカルチャーショックだ。と、同時に、この猪苑愛花(いのぞのまなか)という生徒のテストの成績などをうすぼんやりと思い返せば、確かにそれなりに酷い点数を叩き出していた覚えがある。それにしたって、まさか素数すらわからない生徒が居るだなんてそんなの俺は聞いてない。未だに何かの間違いだと思っている。素数なんて数学にも入らん、もうこんなの算数だ算数。
「えーっと······1と他の数字で割れない数字が素数······ってことは、素数は誰かと馴れ合う気のない孤高の数字ってことですね!? 自分自身が特別かつ希少性のある唯一無二の数字だと理解している可能性!? 簡単には他の数字に心を割って話すことすらしない!?」
「ストップ。ストップだ、猪苑。ストップ」
「あのですね!? そうなると、私にとっての丁原(ていばら)先生も素数ってことになるんじゃないですかね!? 特別で唯一無にアダァッ!!」
「口ばっか動かしてないで手を動かせ、手を」
 デスクの上に置かれていた数学の教科書を引っ掴み、猪苑の頭を叩く。こいつが誰を好きになろうとこいつの勝手だが、それが一体どうしてこうなっちまったんだか······と、俺は一瞬遠い目をしながら向かい側の壁を虚無の心で見つめた後、デスクの端に置かれている包装された小さな箱を見つめる。
 今まで全くそんな素振りなど感じたことなどなかったというのに、俺は今日──二月十四日の朝、この猪苑から校門で声を掛けられ、そして「良ければ食べてください」とあの箱を差し出された。よく考えてみれば今日はバレンタイン。教師生活二十年、今まで今日という日に生徒からプレゼントなんぞ渡されたことなどなかった俺には今後も縁のないものだと決めつけていたし、実際頭からそんな行事綺麗さっぱりすっぽ抜けていた。
 まず浮かんだのは「なして俺?」という疑問だったが、まぁまぁ、落ち着け。これが本命チョコだなんて誰が言った? そう、誰も言っていない。猪苑は風紀委員達と共に毎朝校門で挨拶運動をしている俺を労う言葉も最初に掛けてくれていたし、本当にただ純粋にその言葉通りの意味で贈り物を渡してくれた可能性の方が高い。義理チョコから始まり、友チョコやら逆チョコやら最近は色々流行っているんだろう? おっさんの俺だってそれぐらいは知ってる。そもそも、お世話になっている目上の異性に対して女性は大抵義理チョコを贈る生き物だ。おっさんだからな、それだってちゃんと理解している。
 ただ······如何に義理チョコだとしても、他の生徒達がガンガン通り過ぎていく校門前で、仮にも教師の俺が生徒の猪苑から、よりにもよって今日という日に贈り物を受け取るというのは大変よろしくない。非常ーーーーーーーーに、よろしくない。風紀が乱れるどころか下手したら俺の教師生命が終わる。昨今のSNSってやつは怖いからな。おっさん、こんな年齢になってSNSで炎上デビューとかしたくねぇよ。
 という理由により、その場で受け取ることは一旦拒否させてもらったのだが、せっかく俺のために生徒が用意してくれたプレゼントだ。今日が二月十四日という事実には目を瞑り、人目につかない休み時間か放課後になら、という旨を伝えた結果······どういうわけか、プレゼントを改めて渡された後、こうして素数を教えるハメになっている。
「とりあえず50までの素数、全部書き出してみろ。それが合ってたら今日は合格出してやる」
「ええ〜〜50!? 多いです!! 丁原先生の鬼!!」
「あ? 100までの方がいいって?」
「50まで書き出しまぁーーーす!!」
「ったく······最初っから素直にそう言っとけ、一言多いんだお前は」
 そう言い、何気なく──本当に、何気なく──さっき教科書で叩いた猪苑の髪の毛が少し乱れてしまっていることに気が付いて、左手を伸ばし適当に整えてやる。
 ······あ? 猪苑の手が全く進んでいない。あんなに意気揚々と書き出すとか言って、しかも俺にはよくわからん日本語で素数の意味を自分風にアレンジしどうにか理解したような様子だったのに。
「おい、猪······」
 俺は、最後まで猪苑の名前を呼びきることが出来なかった。覗き込んだ猪苑の顔は発熱でもしているのかと思うほど真っ赤で、眉をハの字にし、視線は困ったように斜め右下辺りへ向けられ、何かに耐えるようにキュッと唇を噤んでいた。それを確認し、俺はぎこちない動きでギギギィ······と首を猪苑の頭部へと戻し······未だに置かれたままだった自分の手を、何事も無かったかのようになるべく自然に離す。そう、自然にだ。自然を装うんだ。決して相手に動揺を悟られるな、死ぬぞ。
「······先生は、ズルいです」
 猪苑が悔しそうな声音でそう言うので、俺は何も知らない振りをして答える。
「さぁ、何のことだ」
 ······デスクの端に置かれたままのアイツ。まさか本当に本命かもしれないだなんて、そんなこと考えるわけないだろ。もうズルくたって何でもいいから、俺は大人の特権「見てない知らない聞いてない」を発動させ、さっさと課題を終わらせるようにと猪苑を急かしてやった。

2/4/2025, 3:33:36 PM

 結婚記念日ってよく花買って帰るとか聞くけど、それされて相手って喜ぶもんなんかね? すぐ枯れるし、枯れるまでは水替えたりしないとだし、大変じゃね?
 ······花屋の跡継ぎの友人にそんな話題を振ってしまったことが間違いだった。来月、結婚して初めての結婚記念日を迎えるに当たり、一体何をプレゼントとして選べばいいのか候補の一つも浮かばないダメな俺は、ついつい流れるようにそのことについて相談をしてしまった。その瞬間、向かいの席に座っていた友人が獲物を見つけた肉食獣のように目を光らせたのを見て「やっちまった」と後悔したが、時すでに遅し。
 友人からアレやコレや色々な話を聞かされ、色々なプランを提案され、友人主体でどんどん進んでいく計画。あまりにも手際が良すぎて、気付いた時には見積もりまで含めて全て話は片付いていた。商魂の逞しさとこの頭の回転力には素直に敬意を表するべきだろう。俺一人だったらきっと今この瞬間だって未だに何も決まらないまま悩んでいたに違いないのだから。
 当日の仕事終わりに友人の店へ寄り商品を取りに行く約束をして、俺達は長時間話し込み居座り続けてしまったカフェをそそくさと後にした。

 ······そうして俺は今、自分と生涯を共にすると誓ってくれた妻の前に、無言で花束を差し出しているところである。あまりにも恥ずかしくて碌に妻の顔さえ見れやしない。
 妻は妻で、驚いたように目を丸くしたまま言葉を失っている。きっと、予想外のものが突然飛び出してきたから思考が停止してしまっているのだと信じたいが、万が一ドン引きでもされていたらどうしようかと気が気じゃない。
 何かとんでもない誤解を受ける前に······と、俺は一つ咳払いをしてから漸く口を開く。
「······色々、考えたんだよ。結婚記念日に花を贈るって、なんていうか、ド定番じゃん? それに、贈ったところで花なんてすぐに枯れる。枯れるまでは世話という手間もくっついてくる。それで本当に、贈られた相手に満足してもらえるのか? って。ずっと腑に落ちなかった。だから······」
 俺は改めて、花束を妻の前へと近付ける。生花ではなく······ドライフラワーで作った花束を。
「だから······枯れない花だったら、いいんじゃないかって。これなら永遠に枯れない。ちょっと格好つけて言うなら······“永遠を集めた花束”······って、いう······か············」
 言葉の途中でだんだんと照れの感情が増幅してきて、最後の方はとんでもなく歯切れの悪い物言いになってしまった。格好つけてとか言っておきながら、結局格好ついてないのが本当に俺って感じだ。
 居たたまれなくなってきて妻から視線を逸らしたその直後、妻がふわりと優しく花束を受け取ってくれた。反射的に妻の方を向けば、とてもとても愛おしそうに、まるで赤ちゃんでも抱いているかのような形で花束を抱え、頬を紅潮させながら穏やかに笑んでいた。
「······素敵すぎて、すぐに言葉が出てこなかった。······本当に、素敵な贈り物。何だか、もう一度プロポーズされたような気持ちになっちゃった」
「······んな、大袈裟な」
「そんなことない。······きっと、たくさん悩んで決めてくれたんでしょう? その気持ちだけでも十分嬉しいのに、こんな、目に見える形の“永遠”を贈ってもらえるなんて······私、本当に幸せ者だね」
 妻は少し涙ぐみながら俺の方へ向き、「本当に、ありがとう」と幸せそうな顔で伝えてくれたので。
 急激に愛しさが湧き上がって頂点に達した俺は、花束に気を遣いつつしっかりと妻の華奢な体を抱き締めた。
 俺達の間に挟まれた、ドライフラワーの花束。俺達夫婦の絆を繋ぐもの。永遠に枯れない花達が、どうか俺達の永遠の愛に力を貸してくれますように。そう、ささやかに祈った。

2/3/2025, 1:53:32 PM

柔らかな声で話し掛けてくれる
さり気ないあなたの優しさが時々
死にたくなるほど心を締め付けて
くるしいの、いきができないの
死んで私が居なくなったら
泣いてくれるのかな、あなたは
いっそ希望なんてチラつかせないで、もっと酷くしてと願うけど
でも結局私は、あなたを想うことをやめることなんて出来ないんだ

Next