長い一日を終え、ボフン、と重力に逆らうことなくベッドにうつ伏せに倒れる。
全身の力を抜き、静かに瞼を閉じる。広がるのは真っ黒な暗闇。この暗闇は何でも自由に描くことが出来る私だけのキャンバスだ。ここにだけ、私の自由は存在する。
まずはそこに、上司を模した人間を描いてみる。如何にもプライドが高そうで、なのに大して仕事が出来るわけでもなく、しかし自分の言うことやることが全て正しいのだとどういう根拠か信じきり、部下にはこれでもかというほど嫌味ったらしく説教をする。こんな奴を人間として認識してやることすら私には耐え難い。こんな、そこに居るだけで他人を不快にし不幸にする奴、生ゴミも同然だ。
なので私は、黒いキャンバスに描かれた人間もどきを、汚い生ゴミで上から覆い隠してやる。人間もどきは助けを求めるように腕を上げ、バタバタと醜く足掻く。呆れた。なので、頭上に巨人の足のようなものを浮かび上がらせ、生ゴミごとそれを踏み潰してやった。紙のように薄っぺらくなったそれは、描き込んだ風のエフェクトによりふわふわひらひらと何処かへ飛んでいった。そのまま燃やしてやればよかったかな、と思ったけど、それはまた今度にしようと思う。
真っ黒に戻ったキャンバスに次に描いたのは、学生の頃、私のことを虐めていた女子連中。ざっと十人ぐらい、全員同じセーラー服を着て、個性も何も無いみんなお揃いの背中までのロングヘア。誰が誰なのか見分けなんてつくわけもない。見分けるような意味も必要もなかったけど。
私は彼女ら全員の手首を縄で縛り、頭上に棒状のものを描き加えてそこにそれぞれの手首を括り付け、吊し上げてやる。何かの虫みたいにモゾモゾと体を捩らせ逃れようとする彼女らの姿に苛立ちが募り、一人ずつ頭から水をぶっかけてやった。その後、私はキャンバスにハサミを追加し、彼女らの制服を上から下まで乱雑にジョキジョキと切り裂いていく。そのついでに、髪の毛や肌もチョキンと切ってやる。全員が全員不格好な姿になったので、最後に私はライターをキャンバスに付け加え、点火したライターを何の躊躇いもなく彼女達の僅かに残された布地に近付け、火を燃え移らせた。劈くような悲鳴がただただ煩い。十人も居るんだから当たり前か。私の時は両手が使えたから、すぐに叩いて何とか火を消したんだったっけ。よかったねお前ら、私が十人じゃなくて。燃え尽き骨だけとなった彼女らに順番に蹴りを入れて崩されたジグソーパズルみたいな有り様にし、飽きたのでまた新しいキャンバスを用意する。
キャンバスに、一人の人間を登場させる。ショートボブっぽい髪型で、見るからに根暗そうなどんよりとした空気を纏った、スーツを着た女。彼女は周囲の人間達に揉まれ流され、日々を生き抜くだけで精一杯、といった様子で、たった一つ何かを成し遂げるだけでゼェゼェと息切れを起こしている。上司からは「仕事が遅い」と怒られ、同僚からは「要領が悪い」「特に関わりたくない」などと陰口を言われ、せっかく自分一人で成し遂げた作業は他の誰かに呆気なく奪われ、その人物の手柄として横取りされる。なんて生き辛い、哀れな生き物なんだろう。お前に生きてる価値なんてないよ。いい加減理解しよ? 受け入れよ? お前の人生、ずっとそんなんだったじゃん。これからだってずっと変わらないよ。
だから私は、その女に太く丈夫な縄を渡してあげた。サービスで踏み台も追加してやる。あ、天井がいい? それともドアノブ派? まぁいいや。そんなどうでもいいこと、マジでどうでもいいや。
女は踏み台に足を掛け、首に縄を巻き付ける。そうして······虚ろな目をしたまま、踏み台を蹴り飛ばした。そうして、まるでチラシで作られた安っぽく湿気ったてるてる坊主のように、ぷらん、ぷらん、と静かに全身を振り子のように揺らしている。邪魔なので、ロープを切って、下にどさりと落下してきたそれ目掛けて思いっきり踏み台を真上から落としてやった。でろりと濁った眼球、あらゆる液体が垂れ流された汚い体。少しだけ伸びたように感じる首にはくっきりとした縄の痕。それが、もう生きていないはずのそれが、ギョロリと瞳を動かし“私”を見、そして口を開いた。
「私が死んだんだから、“私”も死ねば?」
······私は瞳を開け、黒のキャンバスの世界から現実世界へと戻ってくる。うん、今日も有意義な時間だった。いつも通り、この言葉で締めよう。
「お前ら全員早く死ねや」
誰にも言えない毎日の日課。誰にも言えない私の人間性。誰にも言えない、この一人遊びの楽しさ、喜び。
明日も明後日もその次の日も、私はこうやって秘密裏に、誰に知られることもなく、恨み辛みの対象へ攻撃し気分を高揚させてはそれらの死を望みそのままの形で口にし、全身全霊をもって呪うのだ。ああ、早く成就しますように!
2/7/2025, 3:15:06 PM