アシロ

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2/6/2025, 12:50:07 PM

今の私の現状
築40年以上の年季入りすぎた自宅のブレーカーが逝く→24時間対応の業者さんに父が連絡、折り返し待ち→家寒すぎワロタ(超絶厚着しながら)→スマホは懐中電灯代わり→暇を潰そうとSwitchでYouTubeでも見ようと思ったらまさかの充電切れでブチ切れ→減っていくスマホの充電(現状充電できないのでなくなったら死)

······という、あんまりにあんまりな仕打ちを受けている最中なので、めちゃくちゃいいお題ですけど今日は創作お休みです······えんえん······

2/5/2025, 5:21:23 PM

※いつだったかに書いた教師と女生徒の話の続き



「······いいか、もう一度説明するぞ」
 放課後の数学準備室。数学がわからないので教えを乞いたい、という生徒の要望に応えないわけにはいかないので、俺はその女生徒を普段自分が使っているデスクに座らせ、俺自身はデスクの横に立ち壁に背中を預けながら、女生徒がノートに数字を書いていくのを見守っていたのだが······書き始めて四文字目の数字で、既に間違ったものを書いている彼女は本当にさっきの俺の説明を聞いていたのだろうか? と激しく不安な気持ちになる。と、言うか······。
「さっきも説明した通り······素数というのはな? 1と、その数でしか割り切ることが出来ない数字を指す。お前は今、どの数字を書いた?」
「えっ!? 1と2と3と4ですけど!! え、もしかして間違ってますか!?」
「ああ、しっかり間違ってる」
「だって、1は1でしか割れなくて······2も、2でしか割れない······3もそうで······4も······」
「············4は2で割れるだろうが」
 彼女はハッ! とした顔をし、まるでこの世の真理を発見したとでもいうかのような表情で俺を見上げると「ほ、ほんとだ······!!」と目をキラキラ輝かせながら感動を伝えてくる。そのキラキラの中、瞳の中央部分にハートマークが見えた気がしないでもないが俺は見ていない。何も見ていない。
 まさか、素数なんていう基礎中の基礎を未だに本気で理解出来ていない生徒が居るだなんて俺は思いもしていなかった······数学教師的にはとんでもないカルチャーショックだ。と、同時に、この猪苑愛花(いのぞのまなか)という生徒のテストの成績などをうすぼんやりと思い返せば、確かにそれなりに酷い点数を叩き出していた覚えがある。それにしたって、まさか素数すらわからない生徒が居るだなんてそんなの俺は聞いてない。未だに何かの間違いだと思っている。素数なんて数学にも入らん、もうこんなの算数だ算数。
「えーっと······1と他の数字で割れない数字が素数······ってことは、素数は誰かと馴れ合う気のない孤高の数字ってことですね!? 自分自身が特別かつ希少性のある唯一無二の数字だと理解している可能性!? 簡単には他の数字に心を割って話すことすらしない!?」
「ストップ。ストップだ、猪苑。ストップ」
「あのですね!? そうなると、私にとっての丁原(ていばら)先生も素数ってことになるんじゃないですかね!? 特別で唯一無にアダァッ!!」
「口ばっか動かしてないで手を動かせ、手を」
 デスクの上に置かれていた数学の教科書を引っ掴み、猪苑の頭を叩く。こいつが誰を好きになろうとこいつの勝手だが、それが一体どうしてこうなっちまったんだか······と、俺は一瞬遠い目をしながら向かい側の壁を虚無の心で見つめた後、デスクの端に置かれている包装された小さな箱を見つめる。
 今まで全くそんな素振りなど感じたことなどなかったというのに、俺は今日──二月十四日の朝、この猪苑から校門で声を掛けられ、そして「良ければ食べてください」とあの箱を差し出された。よく考えてみれば今日はバレンタイン。教師生活二十年、今まで今日という日に生徒からプレゼントなんぞ渡されたことなどなかった俺には今後も縁のないものだと決めつけていたし、実際頭からそんな行事綺麗さっぱりすっぽ抜けていた。
 まず浮かんだのは「なして俺?」という疑問だったが、まぁまぁ、落ち着け。これが本命チョコだなんて誰が言った? そう、誰も言っていない。猪苑は風紀委員達と共に毎朝校門で挨拶運動をしている俺を労う言葉も最初に掛けてくれていたし、本当にただ純粋にその言葉通りの意味で贈り物を渡してくれた可能性の方が高い。義理チョコから始まり、友チョコやら逆チョコやら最近は色々流行っているんだろう? おっさんの俺だってそれぐらいは知ってる。そもそも、お世話になっている目上の異性に対して女性は大抵義理チョコを贈る生き物だ。おっさんだからな、それだってちゃんと理解している。
 ただ······如何に義理チョコだとしても、他の生徒達がガンガン通り過ぎていく校門前で、仮にも教師の俺が生徒の猪苑から、よりにもよって今日という日に贈り物を受け取るというのは大変よろしくない。非常ーーーーーーーーに、よろしくない。風紀が乱れるどころか下手したら俺の教師生命が終わる。昨今のSNSってやつは怖いからな。おっさん、こんな年齢になってSNSで炎上デビューとかしたくねぇよ。
 という理由により、その場で受け取ることは一旦拒否させてもらったのだが、せっかく俺のために生徒が用意してくれたプレゼントだ。今日が二月十四日という事実には目を瞑り、人目につかない休み時間か放課後になら、という旨を伝えた結果······どういうわけか、プレゼントを改めて渡された後、こうして素数を教えるハメになっている。
「とりあえず50までの素数、全部書き出してみろ。それが合ってたら今日は合格出してやる」
「ええ〜〜50!? 多いです!! 丁原先生の鬼!!」
「あ? 100までの方がいいって?」
「50まで書き出しまぁーーーす!!」
「ったく······最初っから素直にそう言っとけ、一言多いんだお前は」
 そう言い、何気なく──本当に、何気なく──さっき教科書で叩いた猪苑の髪の毛が少し乱れてしまっていることに気が付いて、左手を伸ばし適当に整えてやる。
 ······あ? 猪苑の手が全く進んでいない。あんなに意気揚々と書き出すとか言って、しかも俺にはよくわからん日本語で素数の意味を自分風にアレンジしどうにか理解したような様子だったのに。
「おい、猪······」
 俺は、最後まで猪苑の名前を呼びきることが出来なかった。覗き込んだ猪苑の顔は発熱でもしているのかと思うほど真っ赤で、眉をハの字にし、視線は困ったように斜め右下辺りへ向けられ、何かに耐えるようにキュッと唇を噤んでいた。それを確認し、俺はぎこちない動きでギギギィ······と首を猪苑の頭部へと戻し······未だに置かれたままだった自分の手を、何事も無かったかのようになるべく自然に離す。そう、自然にだ。自然を装うんだ。決して相手に動揺を悟られるな、死ぬぞ。
「······先生は、ズルいです」
 猪苑が悔しそうな声音でそう言うので、俺は何も知らない振りをして答える。
「さぁ、何のことだ」
 ······デスクの端に置かれたままのアイツ。まさか本当に本命かもしれないだなんて、そんなこと考えるわけないだろ。もうズルくたって何でもいいから、俺は大人の特権「見てない知らない聞いてない」を発動させ、さっさと課題を終わらせるようにと猪苑を急かしてやった。

2/4/2025, 3:33:36 PM

 結婚記念日ってよく花買って帰るとか聞くけど、それされて相手って喜ぶもんなんかね? すぐ枯れるし、枯れるまでは水替えたりしないとだし、大変じゃね?
 ······花屋の跡継ぎの友人にそんな話題を振ってしまったことが間違いだった。来月、結婚して初めての結婚記念日を迎えるに当たり、一体何をプレゼントとして選べばいいのか候補の一つも浮かばないダメな俺は、ついつい流れるようにそのことについて相談をしてしまった。その瞬間、向かいの席に座っていた友人が獲物を見つけた肉食獣のように目を光らせたのを見て「やっちまった」と後悔したが、時すでに遅し。
 友人からアレやコレや色々な話を聞かされ、色々なプランを提案され、友人主体でどんどん進んでいく計画。あまりにも手際が良すぎて、気付いた時には見積もりまで含めて全て話は片付いていた。商魂の逞しさとこの頭の回転力には素直に敬意を表するべきだろう。俺一人だったらきっと今この瞬間だって未だに何も決まらないまま悩んでいたに違いないのだから。
 当日の仕事終わりに友人の店へ寄り商品を取りに行く約束をして、俺達は長時間話し込み居座り続けてしまったカフェをそそくさと後にした。

 ······そうして俺は今、自分と生涯を共にすると誓ってくれた妻の前に、無言で花束を差し出しているところである。あまりにも恥ずかしくて碌に妻の顔さえ見れやしない。
 妻は妻で、驚いたように目を丸くしたまま言葉を失っている。きっと、予想外のものが突然飛び出してきたから思考が停止してしまっているのだと信じたいが、万が一ドン引きでもされていたらどうしようかと気が気じゃない。
 何かとんでもない誤解を受ける前に······と、俺は一つ咳払いをしてから漸く口を開く。
「······色々、考えたんだよ。結婚記念日に花を贈るって、なんていうか、ド定番じゃん? それに、贈ったところで花なんてすぐに枯れる。枯れるまでは世話という手間もくっついてくる。それで本当に、贈られた相手に満足してもらえるのか? って。ずっと腑に落ちなかった。だから······」
 俺は改めて、花束を妻の前へと近付ける。生花ではなく······ドライフラワーで作った花束を。
「だから······枯れない花だったら、いいんじゃないかって。これなら永遠に枯れない。ちょっと格好つけて言うなら······“永遠を集めた花束”······って、いう······か············」
 言葉の途中でだんだんと照れの感情が増幅してきて、最後の方はとんでもなく歯切れの悪い物言いになってしまった。格好つけてとか言っておきながら、結局格好ついてないのが本当に俺って感じだ。
 居たたまれなくなってきて妻から視線を逸らしたその直後、妻がふわりと優しく花束を受け取ってくれた。反射的に妻の方を向けば、とてもとても愛おしそうに、まるで赤ちゃんでも抱いているかのような形で花束を抱え、頬を紅潮させながら穏やかに笑んでいた。
「······素敵すぎて、すぐに言葉が出てこなかった。······本当に、素敵な贈り物。何だか、もう一度プロポーズされたような気持ちになっちゃった」
「······んな、大袈裟な」
「そんなことない。······きっと、たくさん悩んで決めてくれたんでしょう? その気持ちだけでも十分嬉しいのに、こんな、目に見える形の“永遠”を贈ってもらえるなんて······私、本当に幸せ者だね」
 妻は少し涙ぐみながら俺の方へ向き、「本当に、ありがとう」と幸せそうな顔で伝えてくれたので。
 急激に愛しさが湧き上がって頂点に達した俺は、花束に気を遣いつつしっかりと妻の華奢な体を抱き締めた。
 俺達の間に挟まれた、ドライフラワーの花束。俺達夫婦の絆を繋ぐもの。永遠に枯れない花達が、どうか俺達の永遠の愛に力を貸してくれますように。そう、ささやかに祈った。

2/3/2025, 1:53:32 PM

柔らかな声で話し掛けてくれる
さり気ないあなたの優しさが時々
死にたくなるほど心を締め付けて
くるしいの、いきができないの
死んで私が居なくなったら
泣いてくれるのかな、あなたは
いっそ希望なんてチラつかせないで、もっと酷くしてと願うけど
でも結局私は、あなたを想うことをやめることなんて出来ないんだ

2/2/2025, 5:02:00 PM

※TRPG(CoC)での自PC(女性二名、一人ロスト済み)の、今まで書きたくてもずっと書けなかった話。



 私には「澄(すみ)くん」という知り合いが居た。くん付けをしているけど、澄くんはれっきとした女性だ。私が一番親しくしていた人、といっても過言ではないかもしれない。
 澄くんと出会った当時、私は大学院を卒業し、教授のお手伝いをしながらゆくゆくは教授という職に就けるようにと日々頑張っている時期だった。そして、教授のゼミのお手伝いを頼まれた際、そこのゼミ生としてその場に集まった生徒のうちの一人が澄くんだった。背がスラっと高くて、クールで理知的な表情をしていて、肩につくかつかないかぐらいの長さの黒髪を外ハネにし、片方だけサイドの髪を耳にかけていた。ピッタリとした私服のパンツスタイルからありありとわかる女性的な身体のシルエットが下品ではない程度にとても美しい曲線で描かれていて、姿勢も礼儀も正しくて。後から知ったことだが、澄くんは空手部に所属していたらしいので、姿勢や礼儀の正しさには大いに納得したのだけれど。
 失礼かもしれないが、そんな澄くんへの第一印象は「イケメンな子だなぁ」だった。女生徒相手に本当に失礼極まりないとは自分でも思ったし反省もしたのだが、顔の作りがイケメンというよりは、澄くんの纏う雰囲気がイケメンというか、下手したらそこらの男子生徒よりも余程男前なのでは? というのが正直な感想だった。後になってその時のことを本人に話したら、「当たり前でしょう、そこらの男になんてそうそう負けませんよ私は」なんて言っていたっけ。あれ、多分澄くんは空手の腕前のことだと思って言ってたんだろうなぁ。
 その後、大学を卒業した澄くんはまだ二十代半ばという年齢にも関わらず「昨今、最もリアリティ溢れるSF作品を手掛ける作家のうちの一人」としてそこそこの人気を博し、私も気付けば念願の教授職となっていたが、澄くんが卒業した後も私たちの交流はずっと続いていた。スマホでの遣り取りだけの場合もあれば、作品の参考にしたいという理由で澄くんに資料を貸し出すこともあったし、時々澄くんの執筆活動の息抜きも兼ねて一緒にランチに行ったり。元々は生徒と教師側の人間として出会ったのに、年齢も五つしか離れていなかったことが幸いしたのか、いつしか澄くんは元・教え子兼、人見知りで内気な私が心を開いて接することが出来る数少ない大事な友人となっていた。
 そんな澄くんが、突然失踪したと······その話を聞かされた私は、あの時、一体どんな顔をしていたんだろうか。

 あれから、数日が経過した。仕事の休日を利用し、私は澄くんが住んでいたアパートへと来ていた。一度大きく深呼吸をしてから、アパート内にある澄くんの部屋を目指し歩き始める。私のジャケットのポケットの中には、いつだったかに澄くんに貰った合鍵が入っている。「これ、持っててもらっていいです。田中さんに見られて困るようなものはないですし、お暇な時とか時間潰しとかにでも利用して頂ければ。どうぞ遠慮なく」なんて言いながら、澄くんはあっさりと他人である私に部屋の合鍵をくれたのだった。それだけ、私は澄くんから信頼されていたんだろう。多分澄くんのあの発言には言外に「困った時にはいつでも頼って下さい」という意味も含まれていたのではないかと思う。私は背が低く、力もなく、澄くんみたいに戦う術なんてものはほとんど持っていなくて、そんな私を澄くんは頻繁に心配してくれていたから。結局、「澄くんに迷惑かけたくない」という理由でこの鍵は今日に至るまでほとんど使用されたことはなかった。澄くんの部屋のドアに鍵を差し込みながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 久しぶりに訪れた澄くんの部屋は、記憶の中のものとほとんど変わっていなかった。恐らく、警察の方が先に部屋に入って色々調べた後なのだろうなとは思いつつ、私はそこまで広くもない懐かしいこの部屋をじっくりと時間を掛けて、美術展を見て回る鑑賞者のようにゆったりとした足取りで存分に観察していく。
 キッチンの流しには、洗われることなく放置されたコーヒーカップ。澄くんはよくコーヒーを飲む人だった。作家という職業はどうにも生活習慣を一定に保つということが難しくなるらしく、また執筆意欲はあるのに睡眠欲が邪魔をしてくる時なんかも多いとのことで、家でも外でも基本的に飲むものは決まってブラックコーヒーだった。ブラックコーヒーを嗜みカップに口をつける澄くんは、とても絵になっていた。
 澄くんが作業場としていた、小窓のついている壁に沿って向かい合うように置かれたデスクとチェアー。その真ん中には画面が真っ黒になっている一台のパソコンが置かれていて、周りには紙に書かれたメモ書きや取り寄せた文献・資料なんかが散乱している。これは、相当強いインスピレーションでも湧いて形振り構わずパソコンに文章を打ち込んでいたのかもしれない。そんな、澄くんの情熱が垣間見える場だった。
 続いて私は、作業場の斜め後ろ辺りにある澄くんの本棚を眺め始めた。難しそうな本から流行りの文庫本まで、幅広いジャンルの本が納められていて、勿論澄くん本人が執筆し出版された本も全冊取り揃えられている。
 私はその中の一冊に手を伸ばした。私が一番好きだと澄くんに伝えていた作品。大きな朱い鳥に夢の中で何度も何度も追われては食い殺されるという不思議な現象に巻き込まれた主人公が、仲間たちと共にその悪夢から逃れる方法を模索する話。読み進めていくうちに朱い鳥の生誕秘話だとか、追われて食べられるという行為以上のとてつもない恐ろしさをその鳥が秘めていたことが発覚したりなど、とにかくハラハラドキドキさせられるお話で、初めて読ませてもらった時は続きが気になりすぎて、食い入るようにノンストップで最後まで読み進めてしまった。興奮気味に澄くんに直接感想を伝えたら「田中さんが気に入って下さったのならよかったです。······もうあんな思いは懲り懲りですけど」なんて言っていたし、その後ランチに行くと何故かやたらと親の仇か前世の宿敵かのように鶏肉料理ばかり注文し食べるようになった澄くんが爆誕していて私は首を傾げたものだが、それも今となってはいい思い出だ。ああ、懐かしい。
 そんなふうに過去に思いを馳せながら思い出の本をパラパラと流し読みしていると······一か所、違和感を覚える部分があった。とあるページとページの間だけ、妙に開きやすくなっている。そう、まるで読みかけの本に栞でも挟んだような······。
 私は指を滑らせ、導かれるようにそのページを開く。そして、目を瞠った。そこに栞は挟まれてなどいなかったが、代わりに「田中さんへ」と手書きで書かれた封筒があったのだ。間違いなく、澄くんの字だった。私は焦る気持ちを頑張って鎮めようと心掛けながらも抑えきることが出来ず、バッと封筒を本から回収すると本の方は近くにあったソファーへ少し乱暴に放り投げてしまう。ごめん澄くん、と心の中で謝りつつ、少し震える指で封筒を開封しようとしたのだが、ピッタリと糊付けされたそれは手で開封しようとすると大変な大惨事になることが目に見えている。私はジャケットの内側のポケットからペーパーナイフを取り出し、慎重に、慎重に、封筒を開封していく。そうして綺麗に開けた封筒の中から折り畳まれた便箋を取り出し、両手で開いて文章に目を通し始めた。
『田中さん、お久しぶりです。最近なかなかお互いの予定が合わずお顔を拝見出来ておりませんが、元気にお過ごしでしょうか? 田中さんは真面目な方ですから、きっと毎日手洗いうがいなど欠かさず行っていることと思います。これからもご自分の健康を第一に、健やかに過ごしていって頂ければなと思います。
 さて、この手紙を田中さんが一体いつお読みになられているのかはわかりませんが、これはいつかこんな日が来るかもしれないという一抹の不安の元、保険として田中さんに宛て、したためたものとなります。一体自分に何が起きてそうなっているのか、これを書いている時点での私にはまるで見当もつきませんし明確な答えを提示出来るわけでもないのですが、一つだけ確実なことは、恐らく私はもうその部屋に帰ることは出来ないだろう、ということです。自分の文字で田中さんにこんなことをお伝えするなど、出来ればしたくはなかったのですが。残念ながら、私の運命はそういうものだったということでしょう。
 何年か前の田中さんの誕生日に、ペーパーナイフをプレゼントさせて頂いたことを覚えていらっしゃいますでしょうか? 護身用に、という名目でお渡ししたそれですが、本当にあの頃の私にとってあのペーパーナイフに求めることはそれだけでした。田中さんは私と違って小柄ですし、女性らしくか弱くて、その上にそんなにもお顔立ちが整っているのですから、絶対にいつか田中さんに寄ってくる悪い虫が出てくるだろうと、私は確信していました。幸い現時点では特にそういったお話はお窺がいしておりませんが、未来のことなど誰にもわかりません。いくら田中さんが心配だからといってジャックナイフなんてプレゼント出来ませんからね。ペーパーナイフぐらいだったら普段から荷物に忍ばせて持ち歩くことが出来るだろう、そして本当にいざという時が来た暁には相手の何処でもいいからそれで一突き出来れば逃げる隙も出来るだろうと。そんな思いを込めてお渡ししたそのペーパーナイフですが、やはりペーパーナイフはペーパーナイフらしくペーパーナイフとしての役割も一度ぐらいはきちんと果たさせてやった方がいいのだろうかと考えまして。田中さんならばきっと、この手紙が入れられた封筒を開ける際にあのペーパーナイフを使って下さったことだろうと信じています。これが私の自惚れだとしたら死んでも死にきれないですが、とりあえずこう伝えさせて下さい。そのペーパーナイフに本来与えられていた役割を正しく実行させて下さったこと、本当に厚くお礼申し上げます。
 その他にも田中さんには伝えたいことが山ほどあるのですが、あまり長い手紙にするとそれだけ田中さんのお時間を取ってしまうことになりますので、まだまだお話ししたいですし自分から話を尽きさせること、非常に申し訳なく思う次第ではありますが、またいつか、田中さんがこちらにいらっしゃった時にはたくさんたくさんお話しをしましょう。ああ、それと······田中さんは酔っぱらったり情緒不安定になったりすると度々私に向かって「澄くん、私と結婚して!!」と半泣きで叫んでいましたが、田中さんにはきっと素敵な男性からのお迎えがありますよ。ちなみに、私より強い男じゃないと駄目ですからね。私が認めませんので。私と田中さんの結婚は······そうですね、来世辺りにでも是非実現出来たらなと思いますね。
 それでは、田中さん。この手紙を見つけて下さって有難う御座いました。そして、今まで大変お世話になりました。教え子として、そして一人の友人として、私はいつまでも田中さんの幸せを願っています。最期のその瞬間まで、あなたの人生が幸福と安らぎで溢れていますように。』
 最後まで手紙を読み終えた私は······その場に膝から崩れ落ちた。涙がボロボロと、坂道を下っていく小石のように私の両頬を次々と転がり落ちていく。
「ばかっ······バカぁ······! すみくんの、バカ······ッ!」
 大事な人からの、最後の、心のこもった置き土産をギュッと抱き締め胎児のように蹲り、私は気が済むまで何度も何度も口から弱々しい罵声を吐き出しながら、枯れることを知らない涙を延々と流し続けた。

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