※「星のかけら」の天体観測部の部長と副部長の話の続きです。すみません、今回で終われなかったのでもう一作は続きます······。
書いてる本人はBLじゃないと思って書いてますが、ボーイズ達のラブが苦手な方は十分にご注意して頂いた上でお読み頂ければ幸いです。
部長から夏休みの初日早朝、家に突撃を受けたあの後の話。
「あ、支度なんだけどさぁ〜、望遠鏡必須、あと一泊分の着替えもよろしく〜」
リビングに通されお袋から出された麦茶と菓子を口にしながら、仕方なく準備をするべく部屋へ戻ろうとした俺の背中に向けて部長はこれまたゆる〜く声を掛けてきて。もはや俺に拒否権など無いと悟っていたので、背後を一瞬生気の無い瞳で一瞥したあと、足取り重く自室へと向かい手早く準備を済ませ部長と二人、我が家を出立した。
部長から渡された青春なんとか切符で鈍行列車を何回も乗り換え、その途中でたった一両しかない明らかなローカルオブローカル線なんかにも乗車したりした。それなりに長い旅路だったので、ぽつりぽつりとした会話を道中部長とせざるをえなかったわけなのだが。
「······ていうか部長、星のかけらって何すか?」
“星”という単語と望遠鏡の存在に釣られてホイホイこんな所まで勢いでついてきてしまったが、部長が口にした“星のかけら”について俺は何もわからずじまいだった。
俺の当然とも言える問い掛けに部長は心底驚いたような表情で、夜闇みたいに真っ黒な瞳を真ん丸にする。
「うっそ〜······ゆーやくんになら伝わると思ったんだけどなぁ〜······」
そっかぁ〜伝わってなかったのか〜、と部長は腕を組み、ほんの少し寂しげな顔をして視線だけ俯かせた。
「あのねぇ〜、俺、むかぁし見たんだよ〜“星のかけら”。夜に外眺めてたらさぁ〜、キラッて光るやつがヒュンッ! てさぁ〜、一瞬で空から落ちたんだよ〜」
部長は電車の天井を見上げ、まるでその時のことを懐かしんでいるかのように語る。
「その時にさぁ〜、俺、思ったのね〜? 一瞬で落ちていったあの“星のかけら”をさ、一体俺含めて世界中で何人の人が見たんだろ〜? ってさぁ〜。きっと、誰にも見られることなく独り寂しく落ちていくやつも居るんだろうなぁ〜って。それって、なぁんか悲しいよなぁ〜ってさ〜」
「······要するに」
話し方までゆるっゆるの部長が今話したことを簡潔に言えば、つまり部長の言う“星のかけら”とは······。
「部長は、流れ星を探しに行きたいっつうことで合ってます?」
「そうとも言う〜」
部長はへにゃ笑いでこちらを向き、「ゆーやくんになら伝わると思ったんだぁ〜」とご機嫌そうにゆらゆらと上半身を振り子みたいに左右へ揺らす。俺より身長の高い男がそんな仕草しても全く可愛くないからやめてほしい。
「ていうかさぁ〜、ゆーやくん、なぁんか俺と距離取ってなぁい? あ、席のことじゃないよ〜? 心の距離のことね〜?」
突然、今までひた隠してきた本音を指摘され思わず肩がビクッ! と反応しそうになるのを何とか抑えた。
「······何言ってんすか。別に普通だと思いますけど。つうか、部長もそういうの気にするんすね」
「だぁ〜ってさぁ〜? いつでも何処でも部長呼びだし〜」
「そりゃそうでしょうよ、あんた部長なんですから」
「や〜だぁ〜! 俺もっとゆーやくんと仲良くなりたいのに〜! “部長”呼びだとめっちゃ距離感じて悲しい〜!」
「えぇぇ······」
明らかに「面倒くせぇー」みたいな声音を漏らしてしまった。何を言い出すのかと思えば······そんな子供みたいな我儘を子供みたいな拗ね方しながら訴えないでほしい。何度も言うけど可愛くないから。いや······まぁ、少し長めでフワフワとした栗色の髪の毛とか、肌の白さだとか、漆黒の瞳が嵌め込まれている目の造形は綺麗な二重でパッチリとしているし、世間的に見れば整った顔をしているんだとは思うが。
「······じゃあ、じゃあですけど。こう呼んでほしい、みたいな呼び方、あったりするんすか?」
こんな、初対面の時に済ませておけよ! と何処かからツッコミが飛んできそうな内容を試しに聞いてみたら、部長は突然目をキラキラと星のように輝かせて俺の両肩をガシッ! と掴んでくる。
「え! え! 言っていいの? あのねぇ〜! 俺、名前付きの先輩呼びがいいなぁ〜!」
「あぁ、なるほど? じゃあ、星観先輩」
「ちっがぁ〜〜〜〜〜〜う!!」
部ちょ······星観先輩は、それはもう首が取れるのではないかと思えるほどの勢いでブンブンと横に振り、否定の意を示す。
「俺〜! 名前って言ったじゃ〜ん! それは名前じゃなくて苗字だよ〜!」
「えぇ······じゃあ先輩の名前教えて下さいよ······」
「俺の下の名前知らないのぉ〜〜〜!?」
先輩は「ガーン」という効果音がついていそうなレベルでショックを受けたようだった。いや、まぁ、あれか······今のは流石に俺が失礼だったか······でも知らなかったもんは知らなかったんだから尋ねる以外の選択肢なかっただろ、今······。
「······不出来な後輩ですみません。今のは完全に俺が悪かったと思うので、代わりにちゃんと先輩が呼ばれたい呼び方で呼べるよう善処はしたいと思いますんで······」
そう詫びれば、それまで不服そうに唇を尖らせていた先輩の表情はあっさり切り替わり、またしても瞳が輝き出している。もしかしてこの人······チョロい?
「うん! あのね、俺の名前はね! 望(のぞむ)だよ〜! だから、望先輩って呼んでほしいなぁ〜! 俺だってゆーやくんって呼んでるわけだし〜!」
「はぁ······わかりましたよ。ただし、部活関係の時は今まで通り部長って呼びますからね」
「うん、わかった〜!」
「ところで部長、この電車あと何駅ぐらい」
「ちーーがーーうーーー!」
話が漸く解決したところで俺は降車駅の確認を取ろうと思ったのに、そんな俺の声に被せて食い気味に部長の声が重なってきた。ダメだ、そろそろ頭ピキりそう。
「何が違うんすか!! 天体観測部としての活動なんだから部長で問題ないでしょうが!!」
「これ部活じゃないも〜ん!! 俺がただ個人的にゆーやくんに付き添ってもらえば安心かなぁ〜って思って誘っただけだからこれ部活と関係ないも〜ん!! あそびましょって言ったじゃん! って朝も言ったじゃ〜ん!!」
「部活じゃねえのかよ面倒くせぇ!!」
······そんな疲れる遣り取りがありつつ、何とか辿り着いた目的地は、隣県にある小さなキャンプ場だった。キャンプ場とは言っても、そこはどちらかと言うとコテージの貸し出しの方がメインとなっていて、部長は用意周到といえば良いのか小賢しいといえば良いのか、なんとコテージの予約を当然のように済ませていた。しかも問い質したところ、なんとその費用は部費から出したと吐かしやがったので、それを聞かされた俺は電車の中でブチ切れそうになった。青春なんとか切符の費用も同様だと言う。胸ぐら掴んでやろうかと思った。アンタ、そんな大事な話何一人で勝手に決めてんですか!! つうか副部長の俺が知らないってどういうことだよ話ぐらい通しとけ!! これは部活じゃないとかホザいてたのは何処のどいつだ!! と叫び散らかしたかったが、何とか、何とかどうにかこうにか腹の中へとそれらを押し込んで、にへら顔をキッと睨むに留めた。
とりあえず到着してすぐコテージへと向かい荷物をそれぞれの部屋へ起き一旦身軽になった俺たちは、当初の目的──星のかけら探し──を果たすべく、世界が夜という名の神秘的なカーテンに覆い尽くされる時間帯となるまで、各々準備に取り掛かるのだった。
◇◇◇◇◇◇
書き終わる······予定だったのになぁ······。
電車内での二人の会話を思い付いて書きたくなってしまったのだからしょうがない。
あとは無駄に登場人物達に背景持たせすぎてダラダラ導入とかで垂れ流したりするのも長文になってしまう要素だからどうにかしたいけど、設定思い付いたらちゃんと作中に入れたくなるし一次創作なんだから少しでも読み手の人に頭の中で文章の光景が想像しやすいようにしなきゃならぬ。塩梅難しい。
ヒラヒラと止むことなく空から舞い落ちてくる雪の結晶。視界に入る限り何処までも積雪した道が続き、その左右にポツリポツリと家々の穏やかな灯が燈るのが確認出来る、とある村の入口。
頭から足までバリバリに防寒具で身を固め、左腕に小さなバスケットを提げ、あまりの寒さにブルブルと体を震わせその場から動けないでいる目付きの悪い少女が一人、おりました。
少女は両腕で己の体を抱き締めるようにし、ほんの僅かな熱をも逃がすまいと必死になり、ガタガタと震える唇で呟きました。
「な、ッな、なんッでこんな、さみぃ日にッ! 商売なんざしなきゃッ、ッなんねぇんだよ······ッ!!」
鼻水が垂れてくる感覚を覚えズビーッ! と大きな音を立てながら奥へと啜り、少女はハァ······と一つ息を吐きます。その息は当然のようにくっきりとした白色で、もはやそれが自分の息なのか空から落ちてくる雪なのか少女にはよくわからなくなっていました。
「大体ッ! こ、こんなッさみぃ日に! わざわざこんなモン買いにッ出てくる物好きなんてッ、い、いるわけッあるか······!!」
そう言いながら、少女は己の商売道具が入ったバスケットへとチラリと視線を遣ります。濡れないようにと一応お情け程度に広げたハンカチを上部に掛けてきたはいいものの、この降り続く雪の前ではそれも無駄な抵抗だったのかもしれません。商品を守るために身を呈して雪に晒され続けたハンカチは、とっくのとうに水分で湿り果てていました。自分の役目は終わった······とばかりに。
「ハッ、ハァッ······やべ······寒すぎて······このままだと、死ぬ······」
少女は動かぬ足へ叱咤し、のろのろとその場から移動を始めます。そうして入口から一番近くの家の軒先へ辿り着くと、その場で蹲り、凍えて上手く動かない手で何とかバスケットの中をまさぐり、商品の一つを取り出しました。
「あーーーー無駄にパッケージにビニールなんてつけやがって······変なとこで職人魂出してんじゃねぇぞクソ親父が······!!」
少女はやっとの思いで商品──タバコ──の蓋を開けることに成功します。震える指でその中の一本を取り出し、ガチガチ歯の鳴る口にどうにか入れ込み、赤地に「夜露死苦!」「天上天下唯我独尊」などといったよくわからない柄が施されたミニスカートのポケットからオイルライターを出し、カチッ、カチッと音を立てながら親指を何度も押し込み、そうして漸くまともに火柱が立ったライターへ顔を近付け、タバコの先端部分を大雑把にその火柱へ突き入れました。
「あ゙〜〜〜〜······ライターあったけぇ〜······タバコうんめぇ〜〜〜······」
煙を吐き出し、少女は恍惚とした表情で意味もなく中空を見つめています。
「商品に手ぇつけるのなんていつものことだし······あの馬鹿親父、バスケット空にして帰りさえすりゃ小遣いくれるし······そもそも仕入れ値500イェンのもの550イェンで販売してろくな利益出るわけねぇーーーだろ頭腐ってんのか」
······などと、父親への悪態をこれでもかと零しながら、少女は再びタバコへ口をつけます。肺いっぱいに煙を吸い込み、吐き出した時······目の前に、如何にも紳士然とした風貌の男が立っていることに気が付きました。少女はそれまで何処かの国のヤンキーと呼ばれる人種がよくすると言い伝えられている、女性がするにはあまり品があるとは言えない座り方を平然としていましたが、その男を確認した途端即座に乙女らしい座り方へと体勢を変えました。その時間、僅か1秒にも満たなかったとか。
男は縦長のハットを少しばかり上へずらしながらニコリと少女に微笑みます。しかし可哀想に、寒さにより全身は産まれたての子鹿のようにガクガクと震え、ダンディなチョビ髭には雪が積もっています。それなのに、その男の醸し出す雰囲気は上流階級として常日頃振る舞う者、まさにそのものでした。少女とは天と地ほどの品格の差があるであろうと、如何に学のない少女であっても一目見れば理解出来るほどでした。
「こんばんは、麗しいお嬢さん」
流石は上流階級。普通であればこの酷い寒さによりまともに言葉を発することなど出来ないはずなのに、まるで普段通りといった感じの流暢で柔らかな発話をするこの男。やはり只者ではない、と少女は感じ取りました。
「い、いらっ、いらッしゃい、ま、せ」
とにもかくにも、客を逃すわけにはいかない。吸っていたタバコを片手に持ち、震える声で挨拶をし、そして商品の入ったバスケットを何とか自分と男の間に置くことに成功しました。
「ふむ······お嬢さん、こちらには全部で何個、商品が?」
「え、あッ······え、っと······」
少女は急いで湿ったハンカチをバスケットから引っ掴んで中身がしっかり見えるようにし、個数の把握をしていなかったため慌てて目測で数え始めました。頭の中で5個まで数えた辺りで、男がフッと穏やかで温かな小さな笑みを零した音が聞こえました。
「そちらにあるもの全て、買わせて頂いても?」
「はッ、はいッ! え、と······ろく、なな、はち······きゅッ、9個全てお買い上げ、ッですね!」
そう少女が確認をすると、男は穏やかな顔を保ったままフルフルと首を横に振りました。少女は意味がわからず、困惑気味に首を傾げます。
「ほら、そこ。······今、君が吸っている箱。そちらも買い取るよ」
「えッ!? いや、ッそ、れは······! こ、これはア、アタ······わ、わわ、わたしが手を付けてしまったものなので······! 商品としてお売りする、わけにはッ······!」
そう言い、少女が申し出を断ろうとすると······紳士は少女の目の前でしゃがみこみ、もう既に全て灰と化してしまったタバコを持ったままの少女の手、その両方ともを優しく自分の手で包み込み、こう告げました。
「君が手をつけてしまった······ということは、君のものか······。それならば、君ごと買い取らせて頂いても?」
少女は包み込まれた両手を見、「こいつ手ぇめっちゃ冷た··················」と思いながらも、コクコクと首を縦に振りました。念願の玉の輿を逃す手はありません。
少女の返答を満足そうに眺めてから、男は徐に全てのタバコの封を開け、中身を出し、その全てをまとめて片手でギュッ!! と握り締めると、自分のスーツのポケットからジッポを取り出し······そして、突然鬼気迫る表情で叫びました。
「ファイヤーーーーーーァァァァアア!!!!!!!!!」
その瞬間ボッ! とジッポがタバコに着火し、辺りは瞬時にとんでもないヤニ臭さに覆われました。それはあまりに強烈で、少女も、火をつけた男本人でさえもゲッホゲッホと嘔吐いてしまうほど強烈なものでした。
一頻り嘔吐き終わった後······男は微笑みを携えながら、少女に向けてこう言いました。
「ほうら、温かくなったろう?」
少女も微笑み······言葉を返しました。
「いや、全然」
······その後二人は何やかんやと結婚し、少女の父からたまにタバコの仕送りをしてもらっては二人で仲良く嗜み暮らしたそうな。
めでたし、めでたし。
みたされない心
雷光が絶えず嵐のように吹きすさぶ
依然として、雲間は晴れず
変遷なども、起こるはずもなく
罵られ、嘲られ、それでも私は
変わりたかった。変わりたかったのだと
ギュッと握った縄の楕円に、首を通した
◇◇◇◇◇◇
初めての試みをしてみました。
色々遊べて楽しいですね、もっと引き出しを広げたい。
俺の趣味は天体観測だ。まだ小さい時、夏場に家族でキャンプに行った。その後それは毎年夏の恒例行事となるのだが、幼い自分にとっては人生で初めてのキャンプだった。ただ、幼かったがゆえ、当時の自分には「キャンプ」というものが何なのかよくわかっておらず、ただ、準備を進める親父やお袋が何となく楽しそうな雰囲気を醸し出していて、それを見ていた俺は「キャンプ」ってものは「楽しいこと」なんだなと解釈し、その楽しいイベントを心待ちにしていた。
そうして始まった初めてのキャンプ。親父とお袋がテントを張るのを形ばかり手伝ってみたり、家の付近では見掛けることのない珍しい虫をたくさん見つけたり、足首ぐらいまでしか水深がない綺麗で穏やかな川で遊んだり、体験すること全てが「初めて」ばかりで、遊び盛りなクソガキだった俺は昼間のキャンプを心ゆくまで楽しんだ。
だんだんと長かった昼が夕方に差し掛かり、そして夜を迎えた。テント内の上部に吊るされた縦長のライトが童話やゲームに出てきそうだな、とか思ったりして、そんな些細なことにすら興奮した。
「夕夜(ゆうや)、ちょっとおいで」
そう親父がテントの外から手招きしながら呼ぶので、俺は素直にテントの入口へと駆けていき、もうとっくに真っ暗になった夜のキャンプ場へと躊躇うことなく足を踏み出した。
······あの瞬間を、俺は未だに忘れることが出来ない。
真っ暗な夜の帳の中、無数に光り輝く大量の星々。やけに眩しく目を引かれるもの、その輝きに寄り添うようにひっそりと点在する明るさも大きさも控えめなもの。ただの点にしか見えないものまで、ありとあらゆるたくさんの星が、自分の頭上何処を見渡してみても広がっていて。その光景が、あまりにも美しすぎて。俺は······暫くの間、声も出せず、息を呑むことしか出来なかった。
「お、夕夜? お前、星が好きなのか?」
そんな俺を見て親父は意外そうな口振りでそう言い、俺の隣に立つとその場でしゃがみ、当時の俺の身長と同じぐらいの大きさになると、でっかい手でわしゃわしゃと俺の頭を撫でくり回した。
「ねえ! これ、ぜんぶ、ほんとうにほしなの!?」
「そうだぞ〜? あのキラキラしてるやつぜぇーんぶ、お前の知ってるお星様だ」
「っでもでも! いつもとちがう! いつもはこんなたくさんみえない! どこにかくれてたの!?」
「ん〜、お星様は隠れてたわけじゃないんだよなぁ。ただ、家の周りだと暗さが足りなくて、ちゃんとそこにあるのに見えないんだよ」
「······よく、わかんないけど······」
俺は首が痛くなることも厭わずに上空を見上げたまま、自分の願いを口にした。
「いえにかえっても、いつも、かくれてるやつもちゃんとみてあげたい」
その後、誕生日に子供用の望遠鏡を買ってもらって毎晩夜空を眺めたり、学校が休みの日に頻繁にプラネタリウムに連れて行ってもらったりと、俺にとって「星」「天体」というものはどんどん身近なものへとなっていったし、毎年夏になれば家族でキャンプに行っていたのでそこで素晴らしい星空に出会うことも出来たが、初めて見た時の感動にはほんの僅か、届いていないような気がして。
どうしたらまたあれに近い感動を味わうことが出来るだろうか? と考えては悩み、考えては悩みを繰り返している間に、気が付けば高校受験が迫ってくるような年齢になっており、たまたま資料で見つけた高校に「天体観測部」があると知った俺は、脳直でその高校を第一志望校にし、そして無事入学することとなった。
そして月日は流れて。俺は二年生に進級し、それと同時に何故か部活で副部長に推薦された。どうやら部長からの提案だそうで、俺は星座や天体についての知識が豊富でやる気もあるから、とのこと。それを告げたのは全く関係のない三年生女子の先輩だったが、チラリと部長──星観(ほしみ)先輩を見遣ると、こちらに気付いた部長はゆるーくへにゃっとした笑顔と共にピースサインを向けてくる。どう対応するのが正解かわからなかったので、軽く会釈を返すだけに留めておいた。
星観先輩とは今まで個人的な接点はそれほどなく、向こうが先輩というだけでこちらから何か話し掛けるというのも気が引けたし、そもそも俺が一年生で天体観測部に入部した時、先輩は既にただの先輩ではなく「副部長」という立場に収まっていた。この人が副部長だと知った時、当時の部長共々、俺は尊敬の念を抱いていたものだが······それも今となっては昔の話だ。
先程の先輩の所作からわかるように、この人はやること成すこと全てにおいてゆるかった。前任の部長は割と熱血派というか、入部したての頃に天体観測への熱い気持ちを力強くぶつけられたこともあり、「あ、この人俺と同類だ」という親近感を抱くことが出来た。他の先輩や同期達は、みんなそれぞれ好きになったきっかけ、好きな分野、得意な分野など分かれてはいるものの、「天体観測」という共通の趣味で繋がっている仲間なんだと実感することが出来た。
だが、星観先輩からはそういった「熱意」だとか「情熱」だとか、「天体観測が大好きなんだ!」という気持ちが微塵も伝わってこなかったのだ。部活動にはきちんと参加するし、夏の合宿などにも当然来てはいたが(副部長という立場上仕方がなかったのかもしれないが)、何処かぼんやりとした様子で望遠鏡の向こうを眺める先輩を見ては、この人は何故天体観測部に入部なんてしたのだろう? とずっと疑問に思っていた。
それなので、俺は星観先輩についてほとんど何も知らない。もしも先輩の良いところを聞かれたとしたら「えーっと······名前が素敵ですよね」ぐらいしか答えられないであろう自信がバリバリにある。
······俺、副部長って立場でこの人と上手くやっていけんのか······?
そんな不安が胸中を支配していた、桜が散り乱れる四月の前半であった。
そして現在。季節は過ぎ、期末テストを終え、夏休みが到来した。
その夏休みの初日。まだ夢の中の世界を漂いスヤスヤしていた俺を、お袋のクソデカボイスが概念的な意味で叩き起した。
「夕夜ーーー!! ゆーーうーーやーーー!! 早く支度しなさい、お友達もう待ってるわよ!!」
俺は二重の意味で飛び起きた。シンプルにお袋のクソデカボイスにやられたこと。そして······え? 今お袋はなんて言ってた? 友達が? 待ってる? 何? どういうこと?? 俺今日なんも予定ねぇけど????
全く理解が追いつかないが、ひとまず寝巻き代わりのTシャツとハーフパンツのまま自室を出て、お袋の声が聞こえる階下の玄関の方へと向かうため、眠気まなこを擦り欠伸をしながら階段を降りていく。
「うるっせぇな〜〜! 俺今日なんも予定とかねえって! 友達って誰、が······?」
玄関が見える位置まで来て、俺の体は驚きのあまりその場でピタリと硬直した。こちらに体を向けて「全くもう」とでも言いたげにプリプリ怒っているお袋。その背後から、ひょこりと上半身だけを覗かせて微笑むへにゃり顔。
「ゆーうやくーん! あーそびーましょー!」
「は? ······ハァァァ!? 部ちょ、な、何で!? 俺の家!? てか、遊······ハァァァァアア??????」
「ほら、もう! とっとと出掛ける支度しておいでって! お友達にはその間、お茶でも飲みながら待っててもらうから!」
お袋はそう言い、恐らく本当にお茶の準備をするべくキッチンの方へ向かっていってしまった。玄関に取り残された俺と部長。何気なく部長の姿を全身しっかり見てみれば······なんと、荷物の中に望遠鏡があるではないか。······え? 明日もしかして槍でも降る?
「あの、部長······? 俺なんもわかってないんですけど······? 俺に何の用ですか······?」
「え? さっき言ったじゃーん。あーそびーましょー、って」
「ええ······っと、ですね······。何して遊ぶと······??」
ダメだ、この人と一対一で喋ると頭が痛くなりそう。全力で放ったボールをスッ、スッ、と意図的に空振りされているような、投げごたえが全くないと言うか、絶望的に噛み合わない感というか、そんなものをヒシヒシと痛感する。
頭を抱えたくなった俺だったが、部長が次に放った言葉により逆に頭を勢いよく持ち上げることとなる。
「そんなの、一つしかないっしょ〜?」
そう言いながら、部長は荷物に紛れている望遠鏡をチョイチョイ、と指差し、まるで幼い子供のように屈託なく歯を見せ笑った。
「星のかけら、一緒に探してよ」
◇◇◇◇◇◇
書きたいことに対してあまりにも時間がなさすぎたので、一旦キリのいい所で締めておきます。
また何か続き書けそうなお題が来たら書きたい願望。
──リンリン リンリン 輪となり踊れ
──リンリン リンリン 輪となり歌え
──鐘の音八つ 鳴ったらば
──輪廻の内へ 永久(とこしへ)に
私の住む町は、所謂「ド田舎」だ。地名にはお情け程度に「町」などと付けられてはいるが、「町」などとは程遠くむしろ「村」と表現したって何の違和感もない程度には程よく寂れている。
背後に大きな山、周辺を細い川でぐるりと囲まれており、その川の内側が私達町民の住む居住地だ。川には数箇所に小さな橋が架けられていて、その橋を超えた先を私達は「外」と呼んでいる。
住民の数は、このそう広くもない面積にしてみればそれなりに居る方だと思う。昨今では田舎の若者離れ、過疎化などといったことが問題となっているようだが、幸いこの町はそんな話題とは無縁で、とてもいい場所だと思う。
町民のほとんどは農業や家畜の世話などで生計を立てていて、平和でのどかな田舎町そのもの、といったところだ。もしも気になるならば気軽に田舎ライフを満喫しに············と、お誘いしたい気持ちはやまやまなのだが、田舎というものは大抵の場合は内の結束力が強く、新参者・余所者を嫌う傾向にある。例に漏れず、この町にもそういった側面が勿論ある。
この町には、幾つかの重要な「掟」が定められている。
一つ。外から来た者を内に入れるべからず。
一つ。「掟」は勿論のこと、町の内情を外に漏らすべからず。
一つ。「わらべうた」を外で歌うべからず。内容を町民以外の者に語ることも固く禁ず。
······とまぁこんな感じに、良くも悪くも閉鎖的な場所なのだ、この町は。しかしそれだからこそ、この町の平穏は保たれているとも言える。とにもかくにも、外との繋がりを避け、外からの干渉を極力減らしたいのだ。長年この体制で続いてきた町だ、たった一人でも外の者を内に招いてしまえば、思わぬ所でトラブルの元となるかもしれない。だからこの町の内情も、古くから伝わり歌われ続けてきた「わらべうた」の存在も、その意味も、内部で共有するに留めておきたいのだ。今日に至るまでこの「掟」が守られてきたからこそ、贅沢は出来ずとも平和な暮らしを謳歌する「今」がある。
それに、厳しいのは外の人達に関することだけで、外の者を内に招くのはご法度であるが、逆に内の者が外へ出ることに対してはある程度融通が利くようになっている。とは言っても、それは月に二度程度であれば外の大きなスーパーへ買い出しに出掛けても良い、というレベルのもので、例えば町から出て遠くの大学に進学するだとか、この町を離れ外へ引っ越すだとか、そういった長い期間、または永久にこの町を出る行為に関しては、何となく「やってはいけないこと」として暗黙の了解となりつつある。
······ここまで徹底して外との関わりを避け、内情をひた隠し、見知った顔同士のみで平和を築き上げた我が町であるが。外に知られたくない理由が、内輪のみで話を留めておかなければならない理由が、ちゃんと、しっかり存在している。
何から説明すればよいのやら······ではあるが、まずは簡単な話から。この町の住人の最大寿命は、八十八歳だ。必ず、八十八歳まで生きたら八十九歳を迎えることなく死ぬ。勿論、病や怪我、事故などで八十八歳に満たない年齢で死ぬ者も中には居る。しかし、どう頑張って健康に気を遣い、長生きを心掛けたところで、その努力は八十八歳を迎えれば全て水泡と帰す。科学では証明出来ないものを人はオカルトと呼ぶそうだが、その説に則れば、これは正しくオカルトに寄った現象なのであろう。私達町民は、既に「そういうもの」として何の疑問も抱くことなく受け入れているのだけれど。
オカルト、という単語が出てきたことであるし、次の話に移ろうと思う。八十八歳を迎え、死んだ者たちのその後のことだ。先に言っておくが、きちんと葬儀はするし、墓も用意し、仏壇も飾り、しっかり弔う。死者を無碍に扱うようなことはしない。ただ一つ、この町特有の現象がここでも起こる。例えば誰かの葬儀を終え、数日でも数ヶ月でも数年でもいいが、日が経ち何処かの家に赤ん坊が産まれたとする。その赤ん坊のことを私達は、直近に葬儀をした者の生まれ変わりだとしている。いや、しているという言葉は正しくない。実際、生まれ変わりなのだ。流石に喃語しか話すことの出来ない赤ん坊時代は特に何事もなく過ぎていくのだが、ある程度言葉を喋れるような人間になると、ふとした時に突然、前世に関することを口にする。前世で「最後に大福が食べたかったなぁ」と思いながら死んだとしたら、子供らしからぬ口調で「今すぐ大福が食べたいのう」と言いながら家の戸棚を開け大福がないか探し出す、とか、ざっくり説明すればそんなことが日常的に、そこかしこで当たり前のように起こる。みんな誰かの生まれ変わりで、その前世も誰かの生まれ変わり、そしてその前世も······といった具合で、一つの魂に数多の人生の記憶を宿しながら延々とこの町で生きていく。そういう人間なのだ、私達は。
······まぁ、信じられないのも無理はない。しかし、それがこの町で、それが私達で、それ故に外の者を招いてはならず、外にこの話を持ち出してもいけない。こんな話が世に出回りでもすれば、私達の平穏な暮らしは泥団子をぐしゃりと踏み潰すようにしてあっという間に瓦解してしまうことだろう。
最後に、私が実際にこの町で体験したことを少しばかり。
五歳の時に、曽祖父が亡くなった。八十八歳だった。
それから四年後、曾祖母が亡くなった。八十八歳だった。
それから三年後、祖父が亡くなった。六十五歳だった。死因は癌だった。
そして、それから五年後。町内に唯一ある木造校舎の古い高校に当然のように私は入学し、勉学に励みながら日々の生活を送っていた。そんなある日、学校からの帰り道。幼稚園児ぐらいの年頃の男の子と、我が家の近くでバッタリ鉢合わせた。その子は私をジーッと見つめたあと、口を開いた。
「よう制服が似合うとる」
やはりか、と私は思った。この子のことを私は一方的に知っていた。だってこの子は、祖父の葬儀の後に最初に産まれた子だったから。
私は何の躊躇いもなく会話に応じた。
「久しぶり。最後、だいぶ苦しかったんじゃない?」
「まぁ、それなりになぁ。仕方あるまいて」
「可哀想だからさ、出来ることなら殺してあげたかったよ」
すると目の前の男児は、下卑た表情で口元を吊り上げ笑った。
「俺を川に突き落として殺しておいて、殺してあげたかっただぁ? 地獄の閻魔も聞いて呆れるだろうよ!」
「何世紀も前のことをまだ根に持っているのか? あの頃はまだ殺生も自害も禁止なんてお触れは出ていなかったが、今は違う。だって、気に入らない“生”を授けられたからって理由でホイホイ自殺を繰り返されたんじゃあ、流石に人口の均衡が保てない。殺人も同じ理由で今じゃご法度だ。お前ならよく知っているだろう?」
私ではない私がそう問えば、男児は実に愉快げにほくそ笑んだ。
「山の神を前に“お前”とな? 口の利き方がなっておらぬなぁ」
それを聞き、私は恐怖に身を震え上がらせ······る、真似だけをして。負けじと不敵な笑みを拵え、男児の形をした“何か”を見下ろすようにし、真っ直ぐ視線で射抜く。
「口の利き方がなっておらぬのははたしてどちらか。我を川の神と知っての愚行か?」
男児はその場でケラケラと笑う。それに釣られて、私······いや、“我”も笑った。
「いやはや······久しいのう、川の。いや······こうして外に出ることすら随分と久しい。どうだ、その後は? 仔細、滞りなく、川の流れのように順調であるか?」
「ふむ、以前直接会話をしたのは······ああ、そうか。自害者が増え始めた頃のことであったか? 先にも申した通り、その件はとうに型が付いておる。我らの願い通り、我が子らはこの土地にて平穏無事な暮らしを営んでおるわ。まこと、愛いことよ」
「山の神である儂と、川の神である主。二柱の神より寵愛を賜るこの地の民達のなんと幸福なことよ」
「我らが創りし“まじない”が、よほど馴染んだのであろうよ。いくら我が子らのためとはいえ、我ら二柱揃いも揃って一体幾つの昼と夜とを無駄にした? あの時のこちらを嘲り笑うかのような月の神の態度、今思い出しても腹の臓物が煮えかえる。······が、我が子らの幸福を確たるものとするためだ、何の苦にもならなかった」
我は、小さな山の神の両手を取る。そのまま己の腕ごと横に開き、歪ながらも円を描く。
「折角の再会であるぞ? さあ、今一度」
「······我が子らへ“まじない”を」
──リンリン リンリン 輪となり踊れ
──リンリン リンリン 輪となり歌え
──鐘の音八つ 鳴ったらば
──輪廻の内へ 永久(とこしへ)に
◇◇◇◇◇◇
Ring,Ring
リンリン リングリング ○○ ∞ 8
という連想ゲーム的なところから因習村っぽい話に着地しました。
神様は気まぐれで戯れで身勝手。よほどこの土地の人の子らを気に入ったんでしょうね。