アシロ

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 俺の趣味は天体観測だ。まだ小さい時、夏場に家族でキャンプに行った。その後それは毎年夏の恒例行事となるのだが、幼い自分にとっては人生で初めてのキャンプだった。ただ、幼かったがゆえ、当時の自分には「キャンプ」というものが何なのかよくわかっておらず、ただ、準備を進める親父やお袋が何となく楽しそうな雰囲気を醸し出していて、それを見ていた俺は「キャンプ」ってものは「楽しいこと」なんだなと解釈し、その楽しいイベントを心待ちにしていた。
 そうして始まった初めてのキャンプ。親父とお袋がテントを張るのを形ばかり手伝ってみたり、家の付近では見掛けることのない珍しい虫をたくさん見つけたり、足首ぐらいまでしか水深がない綺麗で穏やかな川で遊んだり、体験すること全てが「初めて」ばかりで、遊び盛りなクソガキだった俺は昼間のキャンプを心ゆくまで楽しんだ。
 だんだんと長かった昼が夕方に差し掛かり、そして夜を迎えた。テント内の上部に吊るされた縦長のライトが童話やゲームに出てきそうだな、とか思ったりして、そんな些細なことにすら興奮した。
「夕夜(ゆうや)、ちょっとおいで」
 そう親父がテントの外から手招きしながら呼ぶので、俺は素直にテントの入口へと駆けていき、もうとっくに真っ暗になった夜のキャンプ場へと躊躇うことなく足を踏み出した。
 ······あの瞬間を、俺は未だに忘れることが出来ない。
 真っ暗な夜の帳の中、無数に光り輝く大量の星々。やけに眩しく目を引かれるもの、その輝きに寄り添うようにひっそりと点在する明るさも大きさも控えめなもの。ただの点にしか見えないものまで、ありとあらゆるたくさんの星が、自分の頭上何処を見渡してみても広がっていて。その光景が、あまりにも美しすぎて。俺は······暫くの間、声も出せず、息を呑むことしか出来なかった。
「お、夕夜? お前、星が好きなのか?」
 そんな俺を見て親父は意外そうな口振りでそう言い、俺の隣に立つとその場でしゃがみ、当時の俺の身長と同じぐらいの大きさになると、でっかい手でわしゃわしゃと俺の頭を撫でくり回した。
「ねえ! これ、ぜんぶ、ほんとうにほしなの!?」
「そうだぞ〜? あのキラキラしてるやつぜぇーんぶ、お前の知ってるお星様だ」
「っでもでも! いつもとちがう! いつもはこんなたくさんみえない! どこにかくれてたの!?」
「ん〜、お星様は隠れてたわけじゃないんだよなぁ。ただ、家の周りだと暗さが足りなくて、ちゃんとそこにあるのに見えないんだよ」
「······よく、わかんないけど······」
 俺は首が痛くなることも厭わずに上空を見上げたまま、自分の願いを口にした。
「いえにかえっても、いつも、かくれてるやつもちゃんとみてあげたい」

 その後、誕生日に子供用の望遠鏡を買ってもらって毎晩夜空を眺めたり、学校が休みの日に頻繁にプラネタリウムに連れて行ってもらったりと、俺にとって「星」「天体」というものはどんどん身近なものへとなっていったし、毎年夏になれば家族でキャンプに行っていたのでそこで素晴らしい星空に出会うことも出来たが、初めて見た時の感動にはほんの僅か、届いていないような気がして。
 どうしたらまたあれに近い感動を味わうことが出来るだろうか? と考えては悩み、考えては悩みを繰り返している間に、気が付けば高校受験が迫ってくるような年齢になっており、たまたま資料で見つけた高校に「天体観測部」があると知った俺は、脳直でその高校を第一志望校にし、そして無事入学することとなった。

 そして月日は流れて。俺は二年生に進級し、それと同時に何故か部活で副部長に推薦された。どうやら部長からの提案だそうで、俺は星座や天体についての知識が豊富でやる気もあるから、とのこと。それを告げたのは全く関係のない三年生女子の先輩だったが、チラリと部長──星観(ほしみ)先輩を見遣ると、こちらに気付いた部長はゆるーくへにゃっとした笑顔と共にピースサインを向けてくる。どう対応するのが正解かわからなかったので、軽く会釈を返すだけに留めておいた。
 星観先輩とは今まで個人的な接点はそれほどなく、向こうが先輩というだけでこちらから何か話し掛けるというのも気が引けたし、そもそも俺が一年生で天体観測部に入部した時、先輩は既にただの先輩ではなく「副部長」という立場に収まっていた。この人が副部長だと知った時、当時の部長共々、俺は尊敬の念を抱いていたものだが······それも今となっては昔の話だ。
 先程の先輩の所作からわかるように、この人はやること成すこと全てにおいてゆるかった。前任の部長は割と熱血派というか、入部したての頃に天体観測への熱い気持ちを力強くぶつけられたこともあり、「あ、この人俺と同類だ」という親近感を抱くことが出来た。他の先輩や同期達は、みんなそれぞれ好きになったきっかけ、好きな分野、得意な分野など分かれてはいるものの、「天体観測」という共通の趣味で繋がっている仲間なんだと実感することが出来た。
 だが、星観先輩からはそういった「熱意」だとか「情熱」だとか、「天体観測が大好きなんだ!」という気持ちが微塵も伝わってこなかったのだ。部活動にはきちんと参加するし、夏の合宿などにも当然来てはいたが(副部長という立場上仕方がなかったのかもしれないが)、何処かぼんやりとした様子で望遠鏡の向こうを眺める先輩を見ては、この人は何故天体観測部に入部なんてしたのだろう? とずっと疑問に思っていた。
 それなので、俺は星観先輩についてほとんど何も知らない。もしも先輩の良いところを聞かれたとしたら「えーっと······名前が素敵ですよね」ぐらいしか答えられないであろう自信がバリバリにある。
 ······俺、副部長って立場でこの人と上手くやっていけんのか······?
 そんな不安が胸中を支配していた、桜が散り乱れる四月の前半であった。

 そして現在。季節は過ぎ、期末テストを終え、夏休みが到来した。
 その夏休みの初日。まだ夢の中の世界を漂いスヤスヤしていた俺を、お袋のクソデカボイスが概念的な意味で叩き起した。
「夕夜ーーー!! ゆーーうーーやーーー!! 早く支度しなさい、お友達もう待ってるわよ!!」
 俺は二重の意味で飛び起きた。シンプルにお袋のクソデカボイスにやられたこと。そして······え? 今お袋はなんて言ってた? 友達が? 待ってる? 何? どういうこと?? 俺今日なんも予定ねぇけど????
 全く理解が追いつかないが、ひとまず寝巻き代わりのTシャツとハーフパンツのまま自室を出て、お袋の声が聞こえる階下の玄関の方へと向かうため、眠気まなこを擦り欠伸をしながら階段を降りていく。
「うるっせぇな〜〜! 俺今日なんも予定とかねえって! 友達って誰、が······?」
 玄関が見える位置まで来て、俺の体は驚きのあまりその場でピタリと硬直した。こちらに体を向けて「全くもう」とでも言いたげにプリプリ怒っているお袋。その背後から、ひょこりと上半身だけを覗かせて微笑むへにゃり顔。
「ゆーうやくーん! あーそびーましょー!」
「は? ······ハァァァ!? 部ちょ、な、何で!? 俺の家!? てか、遊······ハァァァァアア??????」
「ほら、もう! とっとと出掛ける支度しておいでって! お友達にはその間、お茶でも飲みながら待っててもらうから!」
 お袋はそう言い、恐らく本当にお茶の準備をするべくキッチンの方へ向かっていってしまった。玄関に取り残された俺と部長。何気なく部長の姿を全身しっかり見てみれば······なんと、荷物の中に望遠鏡があるではないか。······え? 明日もしかして槍でも降る?
「あの、部長······? 俺なんもわかってないんですけど······? 俺に何の用ですか······?」
「え? さっき言ったじゃーん。あーそびーましょー、って」
「ええ······っと、ですね······。何して遊ぶと······??」
 ダメだ、この人と一対一で喋ると頭が痛くなりそう。全力で放ったボールをスッ、スッ、と意図的に空振りされているような、投げごたえが全くないと言うか、絶望的に噛み合わない感というか、そんなものをヒシヒシと痛感する。
 頭を抱えたくなった俺だったが、部長が次に放った言葉により逆に頭を勢いよく持ち上げることとなる。
「そんなの、一つしかないっしょ〜?」
 そう言いながら、部長は荷物に紛れている望遠鏡をチョイチョイ、と指差し、まるで幼い子供のように屈託なく歯を見せ笑った。
「星のかけら、一緒に探してよ」



◇◇◇◇◇◇
書きたいことに対してあまりにも時間がなさすぎたので、一旦キリのいい所で締めておきます。
また何か続き書けそうなお題が来たら書きたい願望。

1/9/2025, 3:03:24 PM