【どこにも書けないこと】
秘密がある。
誰にも言えない大きなことから、些細なクセのような小さなことまで。
誰にも洩らしてはいけない秘密を、共有できない悲しみを、飲み込んで生きて行くものだと思っていた。
(あなたが好き。幼馴染みで、親友で。今では誰よりも大切な人。)
大切なあなたにも、きっと伝えることは無い。そう想っていたのに。
「大好き。愛してる。」
いつしかあなたは、簡単に愛の言葉を投げかける様になっていた。
応える術は無いと思い込もうとする自分を遮る様に。
「本当に。産まれたときから、ずっと好きなんだ。」
あり得ないと解っているのに、あなたが表す言葉と表情は、囲って封じ込めた感情を暴き出そうとする。
「ごめんね、好きになって。」
くしゃくしゃに顔を歪めて、自嘲気味に笑って振り返るあなたを思わず抱き締めた。
「謝るのは、お前じゃない。…ごめん。」
自分が先に産まれて、あなたが少し遅れて産まれてきた。
「産まれたときから、ずっと好きだ。」
あなたに物心がつく、きっと一瞬前に自分の物心がついた筈だ。
「ずっと、目で追ってた。」
証左は残せない。何も残らない、残す事もできないこの関係を、明らかにするつもりはなかった筈なのに。
「お揃いだ。遠回りしちゃったけど、これからもよろしくね。」
情け深いあなたの心と優しさに、ずっと救われてきた。
喧嘩や諍いも何度かあったけれど、結局あなたの深い懐から飛び出せる勇気もなくて。
諦める為に始めた筈の同棲も、いつの間にか板に付いてしまった。
「オレはね。かっちゃんが、良いの。」
泣き笑いの表情で、あなたが笑う。
きっとふたりは、泣きながら笑いながら、書き残せない日々を重ねていくのだろう。
『時計の針』
壁掛けの時計が、カチコチと時を刻んでいる。
独りぼっちの夜には良く響くその音に、早く眠れと急かされている様に感じて、時計の針を睨みつけた。
(少しは寝ないと。)
目を瞑っても、耳は運針の音を拾う。
羊を数えようにも、規則正しいその音に沿って数えてしまうので、目が冴えるだけだ。
(寝よう。)
ごそごそと布団を頭まですっぽり被った。
布団の中まで、追い駆けてくるその音は、まだ少し小さく鳴っていた。
【溢れる気持ち】
「好き、大好き!愛してるっ!」
嘘だか本当だか判らないけれど、いつも言ってくれるその笑顔に、釣られるようにして笑う。
「はは、ありがとう。」
溢れる気持ちが止まらないのだと、あなたは言う。
「本当だよ?」
抱きついてくるあなたの重みが、愛おしいと思うのは、あなたの溢れ出す気持ちに触れたからだろうか。
「で、何処を好きになったわけ?」
いつも照れくさくて誤魔化していたが、思い切って尋ねてみた。
「聴いてくれるの?やった!」
嬉しそうに好きなところを列挙していくあなたに気圧されて、堪らず逃げ出した。
「待ってよ〜!」
火が出そうな程、熱くなった顔を誤魔化す。
「嘘ぉ、まだ半分も言ってないんだけど…?」
心臓に悪いと逃げ回る。
「待って、もう言わないから、待って!」
自分の部屋に逃げ込んで、扉を背にして顔を覆う。
「…恥ず。」
心臓が何個あっても足りない。むしろ首筋に心臓が迫り上がって来たような気さえする。
「ごめんね、溢れ過ぎて驚かせちゃったよね!小出しにするから、ゆっくり聴いてほしいな…。」
自宅で良かったと、胸を撫で下ろす。
「ごめんね。…下で待ってるね。」
勝手知ったる互いの家と互いの性格を理解しているが故に、深追いしないように接してくれるのも、きっと優しさなんだろうなと、頭では理解している。
「…出難い。」
恥ずかしさが先行するのは如何ともし難く、苦しくなるばかりだ。
「あれで、半分以下って…。何なんだよ。」
心臓が幾つあっても足りない。切実にそう思った。
【Kiss】
「ねぇ、キスしたい。」
寂しがり屋のあなたが、泣きそうな顔で訴えてくる。
「…風邪、治ってからな。」
真っ赤な顔に潤んだ瞳。熱に浮かされているのは、明確で。
「ゔゔぅ。ツライよぉ…。」
いつも元気よく笑っているあなたが、酷く辛そうにしているのを見て、心が痛むけれど。
「共倒れするにも、時期はずらさないと、お互いキツイぞ。」
氷嚢を確認して、ピピピと電子音を鳴らす体温計を取って、汗ばむ額を拭う。
「もう少ししたら、体拭いて着替えよう。薬が効いて来ないと寒気で奥歯ガタつくから。着替え取ってくる。良く水分取って。」
部屋を暖める為にエアコンを点けて、使った食器を持って部屋を出る。
体を拭いて着替えさせてから、額に口吻けをして、寝かし付けた。
「治ったら、ちゃんとしたの、するから。」
約束をした数日後に、驚異の復活を遂げたあなたから、キスの嵐を受け取ることになった。
※閲覧注意※
IF歴史?
クロスオーバー?
色々ごちゃ混ぜ。
《1000年先も》
『あなたを知っています。あなたが天命を全うした、ずっとずっと後の世から、私は参りました。』
なんて空虚な言葉だろう。言わなきゃ良かったと、後悔しても遅い。
「…くだらん。お前が知っているのは、我が父の事であろう?」
釘を刺す様な指摘に、見透かされているのだと気が付き、冷や汗をかく。
『…仰る通りです。申し訳ございません。』
慌てて床に額を付けて、謝罪を示すべく上体を伏せる。
「まぁ、旦那様ったら!お父上様とご一緒とて、聴かぬ日はないほどのお声をほしいままにしておいて、そんな事を口にしてはいけませんわ。」
目前に座る男性の伴侶である女性の声が、頭上から降ってくる。
「知っておると言えば、父上と縁を結べはしまいかと考える輩の多き事。」
強い衣擦れの音が横を通り過ぎて、恐らくは男性の隣に座ったのだろう。
「もう!そんな輩と此の子を一緒にしないでくださいな。」
目の前で言い争う声に、驚いて尻込みしてしまう。
「お前も欲しいのだろう?我が父の威が。」
突然振られた問に、上体を起こして首を横に振った。
(そんな恐ろしいモノ、要らない!)
後が怖いに決まってる、そう思って必死に首を横に振った。
「旦那様、此の子は無欲よ。軒先をほんの少し借りられたら、ありがたいのだと言うのだもの。こんなに良い子は、滅多にないわ。」
どうしてか判らない全面肯定論の女性と、真っ当に怪しんでいる男性に挟まれて、身動きがとれない。
『言わなきゃ良かった、こんなこと…。』
追い出されてしまうだろうか。自分の愚かしさに、涙が出そうになる。
「いずれか先の世に、父の名が残るのであれば、この雑事も徒労とはなるまい、か。」
男性が喉を鳴らして笑った。
「あら、そんな素敵なお話を聴けたのですか?私も聴きたかったわ。」
女性がころころと笑う。
「ねぇ、あなたの郷里のお話、もっと聴かせてくださらない?」
女性の手が、自分の手を取るのを見て、そっと男性の顔色を伺う。
「聴かせろ。」
にやりと笑う男性を少し怖いと思いながら、何を話そうかとぐるぐると悩む。
「あら、困らせてしまったかしら。」
うふふ、と笑う女性とにやにやと笑っている男性に挟まれて、目を回して気を失ってしまった。
『1000年以上前に生きてる人に、話せる話なんてあるのかな…。』
自分を囲む全てが、歴史の教科書や資料集に掲載されていた物で溢れている。
夢であれば良いのに、と願いながらそっと目を閉じた。