「枯葉」
落葉樹から落ちる乾燥した葉っぱ。
集めて腐葉土にする人がいた。
『良い土にしてくれるんだ。自然ってのは上手くできてる。凄いもんだよ。』
朗らかに笑う少年の様なおじいちゃんは、何でもその手で作り出してきた人だった。
(理科の授業でやった生態系だ!)
何だか、課外授業を今やっているみたいで、楽しかった記憶がある。
『何でも興味を示してくれる、あんたさんみたいな人が居ると、こっちも張り合いが出て楽しいよ。』
色んな事を教わった。関係のないことまで。
それは、わたしの糧になるし、同じ様に興味を示す誰かに伝えても良いかもしれない。
枯葉が、風にふわりと舞う。
私はいつも、その人を思い出す。
「今日にさよなら」
今日が良い日だとしても、
今日が悪い日だとしても、
今日は今日。
身体を温めて、夜が来たらゆっくり休む。
次に太陽が登ったら、今日は過ぎ去って、明日がやってくる。
今日の日に、さよならを。
ありがとうと感謝を添えて。
今日はお疲れ様。
また明日、よろしくね。
わたしは、私と今日を、明日を歩いていく。
だから、今日にさよならをするのだ。
「お気に入り」
可愛いもの。
ぬいぐるみ。
動物。
花や木。
ふわふわの感触。
大切な人。
美味しいご飯。
綺麗なカフェ。
素敵なお店。
みんな大好き。
「誰よりも」
私は長らく、わたしと言う存在が分からなかった。
誰よりも近くて、遠い存在。
でも今は、一番近くで労わりと感謝を伝えたい。
どんな嵐が行く先を阻んでも、抱き締めて支えて、温もりを共有して、大丈夫だよと伝えたい。
行くも進むも私と、わたし次第。
さぁ、一緒に行こう。
※閲覧注意※
色々抵触しそうなので、順番変えました。
「10年後の自分から届いた手紙」
今まさに、やっている。
コンパッション・レター。
これは、苦境に立たされて苦行を強いられた自分を肯定し、優しい言葉を掛けるセルフ・ケアでもある。
対象となる相手は、わたし。
あの時、辛い思いをした私であり、その気持ちを昇華させる為に綴る、自分へのエールである。
あの時が、10年前なのか、数分前なのか、それは何でも良くて、その時に触れた暖かさも冷たさも、優しさも恐怖も、全部が今のわたしを形づくる。
全ては、等しく、正しい。
間違いなど無いのだ。
躓いたことは、むしろ幸いだったかもしれない。もしも、次に躓きそうな時が来たら、活かせば良いのだ。
何かにつけても嘲笑う外野は、何をしても変わらないのだ。放って置けば良い。
『あなたは今、幸せですか。』
10年後の私にとって、今日の判断が幸いだったと、振り返ってもらえたら、幸せです。
そうなるように、がんばります。
『10年後の自分から届いた手紙』おかわり
10年前の私へ
人生で初めて、会社都合で解雇を経験したのに、失業保険も貰わずに、アルバイトで繋いで、本職に辿り着いた2016年の私。
とっても嬉しかった。
転々とする私を受け入れてくれた新しい職場に、とても感謝していましたね。
本当にアットホームな、地元密着型の穏やかな雰囲気。静かで、自然豊かな場所。
最初は、色々あり過ぎて、〈試用期間で辞めたい〉と思っていた2016年の私は、何とか10年勤続しましたよ。
人生はなるようにしかならないと、何処か諦めていた私。
色んな経験をしてきました。
何をしても鈍臭いと怒鳴り散らされて、押し込み部屋みたいな左遷もあって、体が音を上げて逃げるように辞めた最初の職場。
初めて失業保険を貰って、アルバイトしながら税金に追われる日々。
持っているものが重荷になるなんて、思いもしなかった。
働いていた会社を立ち上げたオーナーの葬儀に出るとか、働いていた部署が無くなるから解雇とか、出勤最終日にタイムカード押さないでとか言われたり、保険の手続きうまく行かなかったり、色んな事がありました。
自分なりに、良く頑張って来ました。
次の10年は、何をしよう。
まだ何も決めて居ないけれど、2036年の私が自分なりに幸せで、今2026年の私を『若かったなぁ。』と懐かしく思ってくれることを願っています。