【勿忘草(わすれなぐさ)】
名前の通り、書いてあるそのままに読むと、なんだか悲しいような気持ちになるなぁ、なんて最初は思ったものだ。
「思いの外、逞しいなぁ、君は。」
優しい青みを誇示するでも無く、可憐に健気そうに咲く姿が、きっと古の人々の心を打ってきたのだろう。
「君を見てると、思い出すなんて言ったら、きっと怒られるなぁ。」
偶然の出会いで持ち帰った可憐な花の名前を見て、複雑そうな少し困ったような顔をされてしまった。
「忘れないよ。だから、お迎えしたのにさ。」
台所に引っ込んでしまった人を背にして、花に内緒話をする。
「むしろ、オレの事こそ、忘れないでほしいのに。」
ちょっとだけ涙が出そうになって、ダイニングテーブルに突っ伏した。
「気を引きたい人間のエゴを託された君は、偉いなぁ。…ツラくない?」
花は、応えない。
「大丈夫?」
頬をテーブルにくっつけていたら、その視界の端にマグカップが置かれた。
「意外と丈夫で、良く咲くんだな。」
花に似た淡い青色の液体が、マグカップを満たしていた。
「色、変えたかったら、絞って。」
爽やかなレモンの香りが漂う。
「あ、喉に良いヤツ?」
テーブルの斜め向こう側に座って、マグカップを傾けている姿が絵になっていて、見惚れてしまう。
「うん、マロウ。」
赤く染めてしまうのは、少し勿体ない気がして、そのままマグカップに口を付けた。
「ありがとう。大好き、かっちゃん。忘れないでね、オレの事。」
花に影を作らない為に、対面に座らない優しさも、そっと傍に寄り添ってくれる暖かさも、全部君が教えてくれた。
「忘れようがないな。これだけ一緒だと。」
忘れなくちゃいけない時、大変なんだとひとつ苦笑いを零してから、君は笑った。
勿忘草も、笑ったような気がした。
【ブランコ】
キィキィと軋む音。
空は抜けるような青さを見せ付ける。
するりと頬を撫でる風は、心地良い冷たさを伝えて通り過ぎて行った。
青い空を手繰り寄せるように、青い空へ飛び込むように、ぐんぐんと漕ぎ出す。
まるで船出のようだと、少し笑う。
「―――っ!」
童心に還って、海のように青い空へ漕ぎ出したブランコに乗って、前へ後ろへ、もっと高くと漕ぎ進んだ。
「めっちゃ楽しんでるなぁ。」
途中で声を掛けたら落ちてきそうで、遠巻きに眺めることにした。
「あ〜!」
勢い良く漕いでいる良い大人が、ブランコの上で童心に還ってしまっている。
「…体重制限、ないよな?」
気になってしまい、眺めるのを止めてブランコに近付いた。
「カズ、漕ぎすぎ。子供用だよ、それ。」
キィキィと小気味よく金属が軋む音を鳴らして、ブランコの上の大き過ぎる子どもは首を傾げた。
「かっちゃんも、やる〜?気持ち〜よぉ!」
聴こえていないだけか、と苦笑いして隣のブランコに腰掛けた。
「懐かしいな…。」
足が届く範囲で軽く漕ぎながら、見上げた空の青さに、目を細めた。
「…かっちゃん、漕がないの?」
ブランコに立っていた大きな子どもが、いつの間にか座っていて、足を地面に触れさせてブレーキを掛け始めた。
「着地しまっす!とぉっ!」
ざざざざざっと、ブレーキを掛けたままの勢いで着地を決めた大きな子どもは、胸を張って静止ポーズをしている。
「はい、10点満点。帰ろう。」
キィキィとブランコが軋む音を残して、2人の大人たちは、去っていった。
遠くで放課後を報せるチャイムが鳴った。
※ご注意※
ぼんやりIF歴史?
ぼんやり二次創作?
ぼんやりクロスオーバー?
出てくるのは、オリジナルのモブ。
混ざり物ごった混ぜにしてます。
〈旅路の果てに〉
ふと気が付くと、見たこともない景色に囲まれていた。
(まともに帰れる訳もない、ですよね。)
そこは不思議な檻か、座敷牢のような場所だった。
「気が付いたか。―――へ、参じよ。」
音声だけが聴こえてきて、カチャリカチリと金属音が響いた。
「案内する故、申した通り、―――へ、参じよ。」
先導する音声の言う通りに、潜り戸を通り抜け、通路を渡り、右へ左へ。
「その扉を開け、中へ入るが良い。」
重たげな大きな扉をそっと押し開けて、中へと足を踏み入れる。
(…ひ、広いし、寒い?)
ひんやりとした空気は、少し淀んでいるような気がした。
「前へ。階に立ち、尋問に応えよ。」
音声だけが高い天井に木霊し、天井の奥は闇に閉ざされて、何も見えない。
言われた通り、前方に紋様が書かれた桟橋の先に似た造りの場所へ、足を踏み入れる。
「汝、何故に時を渡り、我欲の赴くままに、時を掻き乱したのだ。」
音声だけが滔々と流れて行く。
『龍神様との約束を果たし、穏便にお還しする方法を探していたら、偶然そうなってしまって…。想定外の事だったんです!』
口元を動かしても、はくはくと息が抜けて、声にならない。
「応えよ!何故、何も申さぬ!」
苛立つ声が、大きな雷のように落ちて来る。
ひゅっと喉元が鳴って、恐怖に身体が竦み上がる。
「待て!応えようとしているのを聴かぬのは、どういった了見だ?委員会とやらが、聴いて呆れる。」
若い男の声が後ろから聴こえてくる。
「悪意なし、と見受ける。何かに、巻き込まれたのだろう?同族ともとれる。こちらで預かりたい。」
顔の前に白い布を垂らした長身の男が隣に立ち、闇を見上げていた。
「時を渡り、時を歪めたること甚だし。歪めし時を、正しき時へと還せ。」
厳かに告げる声が響いて、気配が消える。
「さて、君の行き先を考えよう。」
隣に立つ長身の男が手を取って、来た道を引き返す。
気まぐれな神様による大抜擢の代償は、簡単には帰り路に辿り着けないということらしく、たくさんの時代を彷徨って、終わりがない様だった。
『…諦めたほうが、早いのかな。』
心が折れそうになるのをぐっと堪えて、新たな旅路を辿ることにした。
【あなたに届けたい】
あぁ、急がなくては。
家路を辿るその時間がもどかしい。
焦りに灼け付く喉の奥が、乾いて仕方がない。
「待ってて!美味しく料理するからね!」
車のハンドルを強く握り締めて、アクセルを踏んだ。
『いやぁ、今年は凄くてなぁ。思わぬ量だったんで、良かったら食べてくれ。』
と厚手のビニル袋いっぱいに、野菜を渡してくれた職場の先輩を思い出す。
家で待ってるあなたに、美味しいものを食べてもらいたくて、何が作れそうか考える。
「あ!何が良いかな…。相談しよ。」
ハンズフリーの通話を起動させて、今日の貰い物を報告する。
「かっちゃん、今日ね。お野菜いっぱい貰ったんだ。何食べたいかな?」
煮物、お浸し、卵焼き、鍋、うどん、そば、ラーメン、味噌汁。それから、それから…。
キッシュ、ソテー、グラタン、シチュー、パスタ、サラダ、スープもいいなぁ。ホイル焼きも捨て難い…。
―――今夜は、何を作ろう。
翌日、鍋いっぱいに作った具沢山スープを先輩にはお裾分けした。
※ご注意※
センシティブ表現あり。
閲覧は自己責任でお願いします。
【I LOVE...】
長らく茶化して言い続けた言葉は、大切な人の心には届き難くなっているらしい。
『愛してる。』
耳や項まで紅くしながらも、大切な人は疑わしいとぼやくのだ。
「そう言っておけば、何でもするって思ってるんでしょう?」
拗ねたように膨れる頬を、唇で啄む。
「何言ってるのさ。何もしなくていいんだよ。全部好きだから。」
耳元で囁きながら、首筋に唇で触れる。
「ありのまま、そのままの君を好きになって、大好き過ぎて、離したくないのだから。」
抱き締めて、ゆらゆらと一緒に揺れる。
「産まれてからずっと、君しか見ていないよ。」
大切な人へと、伝えたい言葉が溢れ出す。
「―――っ!解った、解ったから!」
腕の中に静かに納まって、溢れ出た言葉たちを受け止めていた大切な人は、真っ赤な茹でダコの様な顔で振り返り、こちらの口元を手で押さえてくる。
「恥ずかしいから、やめて。」
蚊の啼くような声が聴こえてくるので、口元を押さえる手をそっと外させて、抱き締め直した。
「愛してる。」
溢れる思いも言葉も、揺蕩う静謐な空気も、大切なあなたを包む愛なのだ。