【溢れる気持ち】
「好き、大好き!愛してるっ!」
嘘だか本当だか判らないけれど、いつも言ってくれるその笑顔に、釣られるようにして笑う。
「はは、ありがとう。」
溢れる気持ちが止まらないのだと、あなたは言う。
「本当だよ?」
抱きついてくるあなたの重みが、愛おしいと思うのは、あなたの溢れ出す気持ちに触れたからだろうか。
「で、何処を好きになったわけ?」
いつも照れくさくて誤魔化していたが、思い切って尋ねてみた。
「聴いてくれるの?やった!」
嬉しそうに好きなところを列挙していくあなたに気圧されて、堪らず逃げ出した。
「待ってよ〜!」
火が出そうな程、熱くなった顔を誤魔化す。
「嘘ぉ、まだ半分も言ってないんだけど…?」
心臓に悪いと逃げ回る。
「待って、もう言わないから、待って!」
自分の部屋に逃げ込んで、扉を背にして顔を覆う。
「…恥ず。」
心臓が何個あっても足りない。むしろ首筋に心臓が迫り上がって来たような気さえする。
「ごめんね、溢れ過ぎて驚かせちゃったよね!小出しにするから、ゆっくり聴いてほしいな…。」
自宅で良かったと、胸を撫で下ろす。
「ごめんね。…下で待ってるね。」
勝手知ったる互いの家と互いの性格を理解しているが故に、深追いしないように接してくれるのも、きっと優しさなんだろうなと、頭では理解している。
「…出難い。」
恥ずかしさが先行するのは如何ともし難く、苦しくなるばかりだ。
「あれで、半分以下って…。何なんだよ。」
心臓が幾つあっても足りない。切実にそう思った。
【Kiss】
「ねぇ、キスしたい。」
寂しがり屋のあなたが、泣きそうな顔で訴えてくる。
「…風邪、治ってからな。」
真っ赤な顔に潤んだ瞳。熱に浮かされているのは、明確で。
「ゔゔぅ。ツライよぉ…。」
いつも元気よく笑っているあなたが、酷く辛そうにしているのを見て、心が痛むけれど。
「共倒れするにも、時期はずらさないと、お互いキツイぞ。」
氷嚢を確認して、ピピピと電子音を鳴らす体温計を取って、汗ばむ額を拭う。
「もう少ししたら、体拭いて着替えよう。薬が効いて来ないと寒気で奥歯ガタつくから。着替え取ってくる。良く水分取って。」
部屋を暖める為にエアコンを点けて、使った食器を持って部屋を出る。
体を拭いて着替えさせてから、額に口吻けをして、寝かし付けた。
「治ったら、ちゃんとしたの、するから。」
約束をした数日後に、驚異の復活を遂げたあなたから、キスの嵐を受け取ることになった。
※閲覧注意※
IF歴史?
クロスオーバー?
色々ごちゃ混ぜ。
《1000年先も》
『あなたを知っています。あなたが天命を全うした、ずっとずっと後の世から、私は参りました。』
なんて空虚な言葉だろう。言わなきゃ良かったと、後悔しても遅い。
「…くだらん。お前が知っているのは、我が父の事であろう?」
釘を刺す様な指摘に、見透かされているのだと気が付き、冷や汗をかく。
『…仰る通りです。申し訳ございません。』
慌てて床に額を付けて、謝罪を示すべく上体を伏せる。
「まぁ、旦那様ったら!お父上様とご一緒とて、聴かぬ日はないほどのお声をほしいままにしておいて、そんな事を口にしてはいけませんわ。」
目前に座る男性の伴侶である女性の声が、頭上から降ってくる。
「知っておると言えば、父上と縁を結べはしまいかと考える輩の多き事。」
強い衣擦れの音が横を通り過ぎて、恐らくは男性の隣に座ったのだろう。
「もう!そんな輩と此の子を一緒にしないでくださいな。」
目の前で言い争う声に、驚いて尻込みしてしまう。
「お前も欲しいのだろう?我が父の威が。」
突然振られた問に、上体を起こして首を横に振った。
(そんな恐ろしいモノ、要らない!)
後が怖いに決まってる、そう思って必死に首を横に振った。
「旦那様、此の子は無欲よ。軒先をほんの少し借りられたら、ありがたいのだと言うのだもの。こんなに良い子は、滅多にないわ。」
どうしてか判らない全面肯定論の女性と、真っ当に怪しんでいる男性に挟まれて、身動きがとれない。
『言わなきゃ良かった、こんなこと…。』
追い出されてしまうだろうか。自分の愚かしさに、涙が出そうになる。
「いずれか先の世に、父の名が残るのであれば、この雑事も徒労とはなるまい、か。」
男性が喉を鳴らして笑った。
「あら、そんな素敵なお話を聴けたのですか?私も聴きたかったわ。」
女性がころころと笑う。
「ねぇ、あなたの郷里のお話、もっと聴かせてくださらない?」
女性の手が、自分の手を取るのを見て、そっと男性の顔色を伺う。
「聴かせろ。」
にやりと笑う男性を少し怖いと思いながら、何を話そうかとぐるぐると悩む。
「あら、困らせてしまったかしら。」
うふふ、と笑う女性とにやにやと笑っている男性に挟まれて、目を回して気を失ってしまった。
『1000年以上前に生きてる人に、話せる話なんてあるのかな…。』
自分を囲む全てが、歴史の教科書や資料集に掲載されていた物で溢れている。
夢であれば良いのに、と願いながらそっと目を閉じた。
【勿忘草(わすれなぐさ)】
名前の通り、書いてあるそのままに読むと、なんだか悲しいような気持ちになるなぁ、なんて最初は思ったものだ。
「思いの外、逞しいなぁ、君は。」
優しい青みを誇示するでも無く、可憐に健気そうに咲く姿が、きっと古の人々の心を打ってきたのだろう。
「君を見てると、思い出すなんて言ったら、きっと怒られるなぁ。」
偶然の出会いで持ち帰った可憐な花の名前を見て、複雑そうな少し困ったような顔をされてしまった。
「忘れないよ。だから、お迎えしたのにさ。」
台所に引っ込んでしまった人を背にして、花に内緒話をする。
「むしろ、オレの事こそ、忘れないでほしいのに。」
ちょっとだけ涙が出そうになって、ダイニングテーブルに突っ伏した。
「気を引きたい人間のエゴを託された君は、偉いなぁ。…ツラくない?」
花は、応えない。
「大丈夫?」
頬をテーブルにくっつけていたら、その視界の端にマグカップが置かれた。
「意外と丈夫で、良く咲くんだな。」
花に似た淡い青色の液体が、マグカップを満たしていた。
「色、変えたかったら、絞って。」
爽やかなレモンの香りが漂う。
「あ、喉に良いヤツ?」
テーブルの斜め向こう側に座って、マグカップを傾けている姿が絵になっていて、見惚れてしまう。
「うん、マロウ。」
赤く染めてしまうのは、少し勿体ない気がして、そのままマグカップに口を付けた。
「ありがとう。大好き、かっちゃん。忘れないでね、オレの事。」
花に影を作らない為に、対面に座らない優しさも、そっと傍に寄り添ってくれる暖かさも、全部君が教えてくれた。
「忘れようがないな。これだけ一緒だと。」
忘れなくちゃいけない時、大変なんだとひとつ苦笑いを零してから、君は笑った。
勿忘草も、笑ったような気がした。
【ブランコ】
キィキィと軋む音。
空は抜けるような青さを見せ付ける。
するりと頬を撫でる風は、心地良い冷たさを伝えて通り過ぎて行った。
青い空を手繰り寄せるように、青い空へ飛び込むように、ぐんぐんと漕ぎ出す。
まるで船出のようだと、少し笑う。
「―――っ!」
童心に還って、海のように青い空へ漕ぎ出したブランコに乗って、前へ後ろへ、もっと高くと漕ぎ進んだ。
「めっちゃ楽しんでるなぁ。」
途中で声を掛けたら落ちてきそうで、遠巻きに眺めることにした。
「あ〜!」
勢い良く漕いでいる良い大人が、ブランコの上で童心に還ってしまっている。
「…体重制限、ないよな?」
気になってしまい、眺めるのを止めてブランコに近付いた。
「カズ、漕ぎすぎ。子供用だよ、それ。」
キィキィと小気味よく金属が軋む音を鳴らして、ブランコの上の大き過ぎる子どもは首を傾げた。
「かっちゃんも、やる〜?気持ち〜よぉ!」
聴こえていないだけか、と苦笑いして隣のブランコに腰掛けた。
「懐かしいな…。」
足が届く範囲で軽く漕ぎながら、見上げた空の青さに、目を細めた。
「…かっちゃん、漕がないの?」
ブランコに立っていた大きな子どもが、いつの間にか座っていて、足を地面に触れさせてブレーキを掛け始めた。
「着地しまっす!とぉっ!」
ざざざざざっと、ブレーキを掛けたままの勢いで着地を決めた大きな子どもは、胸を張って静止ポーズをしている。
「はい、10点満点。帰ろう。」
キィキィとブランコが軋む音を残して、2人の大人たちは、去っていった。
遠くで放課後を報せるチャイムが鳴った。