ふるえる両手に、かじかむ心。
あがる息を必死に整えている最中、彼の顔が思い浮かんだ。手紙を受けとった彼は、なにか珍しいものでも見たような表情をしていた気がする。それもそうだ。私が手紙を出すなんて、ありえない。そんなことするはずじゃなかったのに。
これで最後なのだと思うと、いてもたってもいられなかった。
返事はいらないから、ただ私の思いの丈をぶつけたい。私がいかに彼を大切に思っていて、尊敬に値する存在であるかを説きたい。ただそれだけの紙きれだった。
どうやったって今日が終わり明日が来るように、すべての日々にも終わりがある。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。気持ちに終わりがないと知っているから、あの日常がもう少しだけ続けばいいのにな、と思う。願っても意味はないけれど、それでも願わずにはいられなかった。
終わらせないで.
目を閉じなくても思い浮かぶ。
蝉が鳴く初夏、日陰から見たアスファルトに溶ける花の影。陽炎が思い出の中の私たちを連れ去ってしまうような気がしたので、淡く手を伸ばせば、そこには紋黄蝶がとまった。
右手に見える畑にはたくさんの向日葵がゆらめいている。
追憶の情景はいつも無人だった。
懐かしく思うこと.
光と光が繋がるように、私たちもまた繋がっている。
それは人々にやさしい輝きをもたらし、
根拠もない幸せの雨をふらせている。
今日の祈りをありどころも知らぬ光に託し、
その名前を運命に例えて生きよう。
それだけで星のように燃えてゆけるから。
星座.
もうどうあがいても無理だ。
そう思う度に、私は神に救われていた。
逃げ場も解決策もなく、いよいよおしまいなんだと限界を悟って震えていたとき、いつも神は助けてくれた。
なぜ自分を助けてくれるのかわからなかった。
これといって良いことはしていないし、自分はいつも死にたがっている不誠実極まりない人間だった。神は私に「生きろ」とでも言っているのだろうか。
(まるで死なないように救ってくれているみたいだ)
そんなことをされたら、きっと何度も奇跡を祈りたくなってしまうというのに。
奇跡をもう一度.
「とてもきれいな景色ですね」
オレンジゼリーをくずしたかのような夕焼けの空を背に、彼女はこちらを振り返った。
白いワンピースについた襟元がふわりと浮き、艶のある茶色の髪とともに風にゆらめきはじめる。
声をかけたのが自分だとわかったのか、彼女は長い髪をたくしあげてじっとこちらを見つめ返していた。
「先生から、あなたに呼ばれていると聞きました。
それでここに駆けつけたんです」
「………」
「どうして何も言わないんですか」
まばゆい光を放つ西日に、思わず右手を顔にかざす。
逆光で顔が見えない彼女は今一体どんな表情をしているのか、自分にはまるでわからなかった。
たそがれ.