哀しみにも色がある。
例えば雨の日の匂い。小学校の帰り道で、その日の嫌なことを思い出しながら傘にあたる雨音に耳を傾けた。
そして夜の静けさ。イルミネーションの光に照らされる自分がいつも通り無表情であるにも関わらず、心の中は遠い昔を思い出す虚しさにあふれていた。
前向きな感情だけに目を向けていたら、知らなかった色がある。どれも虚ろで美しかった。哀しみも、いつかは笑い話になるだろうから。
色とりどり.
初夏、あなたの笑顔を垣間見た。
生い茂る緑の中、麦わら帽子を落とさないように木々を通り抜けるあなたが、少しだけ笑っていた。
内心では柄にもなくはしゃいでいたのかもしれない。物珍しそうな顔でそれを見ていると、見られていることに気づいたのか、彼女はきゅっと口をすぼめた。
あまり見つめすぎるのもよくないと思い、自分は再び前を向いて歩き続ける。
まだ実らない純粋な想いを胸に、どこまでも続く蜜柑畑を二人でかき分けていった。
みかん.
橙色の明かりが灯る家。
寒さに震えながら自転車を漕いでいると、他所の家からあたたかそうな光が漏れていた。
クリスマスイブの夜。もしかしたら、あの家ではチキンやケーキなどのご馳走が食卓に並んでいるのかもしれない。
あたたかいご飯を食べて、
あたたかい湯船に浸かって、
あたたかいふかふかの布団をかぶって。
そうして明日がやってくるのを、幸せに待つのかもしれない。
イブの夜.
君の細めた目が、三日月のように弧を描く。
月明かりに照らされた清らかな笑みも、
音のない夜に沈んでいくようだった。
三日月.
夢と現実の区別がつかなくなっていた。
先月の休みの日、好きな漫画の新刊を買いに行った。別の本も買おうと思ったが、入荷されていなかった。何週間か前、駅で切符を買い間違えた。それについて、最寄り駅の駅員さんと話をしていた。
気がつけば、そんな些細なことが夢の中の記憶であったか、はたまた現実で起きていたことであったか、あやふやになって思い出せないでいた。
5年前、「夢日記」についての記事を読んだ気がする。
夢で見た内容を日記に書き記すことによって、いつか夢と現実の区別がつかなくなる、そんな内容だった。
当時は「何をそんな馬鹿なことを」と思っていたが、今の自分はまるでその兆しを感じているように思える。
いつか、大切なことさえわからなくなってしまったらどうしよう。誰かとした約束、家族と出かけた記憶、友人とのくだらない時間。すべて、夢だと思ってしまうかもしれない。もしそうなってしまえば、自分の存在すら掴めなくなるのだろうか。
漠然とした不安が、自分の胸を締めつけていた。
夢と現実.