「とてもきれいな景色ですね」
オレンジゼリーをくずしたかのような夕焼けの空を背に、彼女はこちらを振り返った。
白いワンピースについた襟元がふわりと浮き、艶のある茶色の髪とともに風にゆらめきはじめる。
声をかけたのが自分だとわかったのか、彼女は長い髪をたくしあげてじっとこちらを見つめ返していた。
「先生から、あなたに呼ばれていると聞きました。
それでここに駆けつけたんです」
「………」
「どうして何も言わないんですか」
まばゆい光を放つ西日に、思わず右手を顔にかざす。
逆光で顔が見えない彼女は今一体どんな表情をしているのか、自分にはまるでわからなかった。
たそがれ.
この気持ちが大きくなって熟れて真っ赤になった頃、
あなたが受け止めてくれることを期待している。
それでもあなたが受け止めてくれないのなら、
他の誰も受け止めなくていいよ、
腐りきって落ちていくだけだから。
秋恋.
一人、また一人と知り合いの名前が減っていく。
携帯のカレンダーに記入された誰かの誕生日メモを、また今日も消した。年々減っていく知人との繋がりとは反対に、カレンダーの余白は増えていくばかり。
「この人ももう連絡とってないな、消しちゃおう」
不思議と悲しい気持ちにはならなかった。
わざわざ誰かと連絡をとることの方が億劫だったし、初めから大した情など抱いていなかったのかもしれない。
前よりスッキリとした予定表を閉じて、なんだか面倒だな、と思った。
カレンダー.
ただ、生きている意味を求めていた。
十三の夏、隣で地面に影を落とす彼女から「頑張っているのはみんな同じだから」と冷たく吐き捨てられた。
後ろでさわぐ誰彼の声が耳を離れて遠くなっていく気がしたので、私は気を遣う余裕もなく視線を足元に向ける。
「頑張っているのはみんな同じだから弱音は吐かない」
「命は大切なものだから自殺なんてしない」
「努力すれば報われるから頑張るしかない」
無垢な心を押し殺して、必死に大人になろうとしていた。
世の中の言葉に従順であれば、誰も私を咎められない。
だから、生きている意味を求めることもやめた。
そんなことは馬鹿馬鹿しいと顔も名前も知らない誰かから指摘をされたので、 考えることをやめた。
心は何も求めるものがなくなって虚しいけれど、無意味であるから仕方がない。彼女いわく、みんな同じようにして生きているらしいから。
喪失感.
あなたの胸に、ひときわ美しく留まる一石のスピネル。
勿体ぶるような仕草に、高尚な笑み。
「私はあくまでここに立っているだけです」とでも言いたげなその佇まいに、群れる人々は騙られている。
私だけはただ遠くから、彼女が胸元に留めたブローチのきらめきを眈々と眺めていた。
どの角度から見ても等しく輝きを放つその宝石は、きっと誰の心も奪ってしまうのだろう。実際そのブローチに引き寄せられてたくさんの人が集まり、謙虚な仮面をかぶった彼女はまんざらでもない顔でへりくだっていた。
嫉妬、羨望、そんな言葉は似合わない。
ただ純粋に、私はあのきらめく宝石をこの手にしたかった。
「あのブローチ、私のものになればいいのに」
きらめき.