両手をかざすと、
ぱちっという音とともに火の粉が手に触れた。
反射で腕を引っ込めそうになったものの、自分の手には火傷の跡ひとつない。
火の粉はじりっとして冷たかった。見た目からは想像もつかないような冷感で、指先がじわりと痛む。
こうこうと静かに燃える青い炎は、近づくものを寄せ付けまいとしていた。誰に似てしまったのだろうか、この炎は。あたたかさで心を溶かすどころか、まるで凍結する心を加速させているようだった。
心の灯火.
天気予報が嘘をついた。
土砂降りの雨に、どうどうと唸る凄まじい風。
雨の兆しはないと画面の中で皆口をそろえていたのに、当日になってみればこれだ。
到底外に出られるはずもなく、
家の窓ガラス越しに荒れすさぶ景色を眺めている。
本当は、知り合いがうちに泊まりに来る予定だったのに。
本来とは異なった来客に、私たちはまた頭を悩ませているのだった。
突然の君の訪問。.
「どうしてそんなところで突っ立ってるんです」
雨がコンクリートとぶつかりザアザアと音を立てる中、歩道橋の上で傘もささずに佇む少女の姿があった。
ずぶ濡れになりながら俯く彼女にそっと無地の傘をかかげ、優しく声をかける。私の声などはなから聞こえてはいないのか、それとも雨音でかき消されてしまっているのか。
彼女はそこに突っ立ったまま体をピクリとも動かさない。
「風邪をひいてしまいますよ。
どこか屋根のあるところへ行きませんか」
「……雨が止むのを、待ってる」
はらり、と落ちた長い髪の隙間から、黒く憂いに染まった瞳が見えた。
私は思わず後ずさった。あまりにも空虚で何も映さないその瞳が、以前失踪した私の知り合いにひどく似ていたから。
雨に佇む.
それは悲鳴に近い叫びだった。
頁に書き殴られたのは血のにじむような想いと、理不尽を呪った感情の羅列。
楽しかったことや思い出を書き留めていたはずなのに、いつからか後ろ向きな気持ちばかり綴るようになっていた。紙をめくっても同じような内容ばかりでつまらない。まるで書き殴った人生そのものだ。
(そんなことを思っても、
また同じような気持ちを筆に乗せるんだろうに)
私の日記帳.
再び鏡の中に視線を落とす。
美しい金縁に似合わない私が、
つまらなさそうに自分を見つめている。
私だが私ではないそれを"自分"と呼べるのは、
鏡を隔てることで互いを向かい合わせているからだろう。
「あなたは誰?」
『誰?知らない。だって私がそこに立っていなかったら、私は私じゃない人を映すから』
ガラスの向こうで彼女がくすくすと笑う。
"それ"はもう、私の姿ではなくなっていた。
向かい合わせ.