「あんた、何回言わせれば気が済むの?」
知らん。しかもその質問意味無いだろ。
「なんで普通にできないの?」
普通って何さ。じゃあ普通と特殊の境界を教えてくれ。
__何について話していたのか、どうしてこんな空気になっているのか。
話が脱線しすぎて、もう覚えていない。
もはやウチでは日常茶飯事だが…。
確かな事は一つ。
この状況は、俺と母親の意見の齟齬が原因だということ。
俺の母親は、俺に『普通』であることを求める。
俺は、そんな母親に従う事を拒む。
この考え方の違いが原因。
…永遠に分かり合える気がしない。
普通を悪い事だと思っているわけじゃない。
むしろ、円滑に物事を進めるためには普通であることも重要だと思う。
よく目立つ箇所があれば、それを色眼鏡で見る人は多いだろうから。
普通であることを正義とするかのような主張。
そもそも、俺にとって『普通』の人は、普通であることを強要したりしない。
そのせいか、俺には母親の主張は狂気的にすら見える。
結局は、『普通』の基準は、各々の心なのだろう。
母親にとっての『普通』の人は、目立った個性が無く、その状態を守ろうとする人。
俺にとっての『普通』の人は、自分の普通を守りながら相手の普通にはあまり干渉しない人。
誰も『普通』になんて、なれやしないのに。
誰もがみんなお前と同じ思考回路だと思わないでくれ。
みんな違うんだから。
押し付けないでくれ。
誰もがみんな、違っているんだ。
笑顔は、他人に好印象を与える。
良い人そう、優しそう、安心できる、好ましい、等々。
だから、会話するときの表情は笑顔がベストだろう。
一番良いのは、やはり心からの笑顔。
しかし、理由もなく心から笑えるほどの演技力は無い。
ほどよく口角を上げて歯を見せる。
目を細めながら相手の表情を確認する。
いつもこうやって、笑えない事を誤魔化すのだ。
ほら、お望みのスマイル。
私は笑っていますよ。
……こうして心の中で嫌味を言う。
しかし、笑顔にはメリットが大して無いような気がする。
印象をテスト風に言うと、笑顔でない場合は減点、ただし笑顔でも加点はしない、みたいな。
仕方のないことだとは分かっているが、こんな苦しいことを、社会の『当たり前』の中に組み込まないで欲しい。
しんどくなるだけじゃないか。
だからといって、いきなり周りの人間に不機嫌な顔で話しかけられても少し困るが。
幸せだから笑顔になるのか。
笑顔でいるから幸せになるのか。
__そんなの、分からない。
どちらが正解だったとしても、この苦しみが幸せを見えなくしてしまうから。
人は強い幸せを感じると、つい願ってしまう。
「この時間が永遠に続けばいいのに」と。
きっと、辛い経験をした者であるほど強く思うだろう。
もうあんな思いはしたくない、幸せになりたい、と。
もしも世界の時間を司る時計が目の前に現れたなら、恐らくほとんどの人間が、幸せなあの時に戻りたい、あの幸せをもう一度、と思って針を戻すだろう。
勿論、記憶は自分だけが引き継ぐという傲慢な前提で。
例え違っても、そんなのお構いなしに。
何度も、何度も。
__そんな時計がもし存在したら。
私は、それは悪魔の作った道具だよ、と言われても納得してしまうだろう。
無限に甘い蜜を吸い続けられる。
誰に咎められることも無い。
邪魔されることも無い。
少なくとも、自分含めその場にいる全ての人間が幸福。
デメリットなんて、未来が来ないこと、ぐらいだろう。
そんな幸せ×永遠のコンビは、とても魅力的だ。
そして、それを求めてしまう自分がいる。
なんなら、最高に幸せな時間に戻した後、そのまま時計を分解して針を本体から取りたい。
…本当に取ってしまいたい。
永遠の幸せを、手にするために。
誰だって感情が抑えられなくなるときはある。
誰かに話したい。
胸の内をさらけ出したい。
そんな風に。
しかし、一歩踏み出せない時がある。
相手に迷惑をかけたくない。
自分の心を晒すのが怖い。
そうやって臆病風に吹かれて。
だから、自分の気持ちは文字で綴ろう。
この心を紙に映して折り畳もう。
誰に届くか分からない。
誰にも届かないかもしれない。
そんなやり方で、見知らぬ誰かに明かそう。
……ある日、空が白み始めた頃。
砂浜で一人、紙の入った瓶を持って。
私は、その行方を海に任せた。
誰にも見えない一歩を、踏み出した。
____溢れる気持ちを、瓶に詰めて。
鶴は千年亀は万年、という言葉がある。
しかし、現代の鶴や亀はそんなに長生きではない。
いくら縁起が良くても、性質上、鶴も亀ももっと早くに死んでしまう。
一方、宇宙の星々の寿命はもっと長い。
太陽であれば約100億年。
もっと小さく軽い星であれば、兆にまで達するらしい。
寿命が最長3桁の生物である我々人間から見れば、それはあまりに果てしない長さだ。
反対に、星々から見た人間の一生は、一瞬の出来事とすらカウントできない程度の長さかもしれない。
私達が星々の歴史を最初から最後まで見届けることは叶わない。
そして、私達の歴史はこの惑星の死と共に消えるだろう。
しかし…それはなんとなく凄く嫌だ。
今生きていることすら、無意味に思えてきてしまう。
自分の思考も生死も何もかもを放棄したくなってしまう。
『だって、どうせ最後には消えてしまうのだから』と。
__星々は、宇宙は、覚えていてくれないだろうか。
誕生の時から、今も、1000年先も、その先も、全て。
私は、どうにか覚えていてほしい。
そうでないと、……虚しいじゃないか。