夜にベランダから訪問してくる変人がいる。
たまにふらっときて飽きたら帰っていくという気まぐれ具合だ。
ベランダから?ふらっと?面識のない人が?夜に?となるだろうが、別に害はないのでそのままにしている。僕はめんどくさがりなんだ。
それで、僕の家はマンション。ついでに六階だ。だから変人は飛んできてるのだと思ってた。
人間離れした容姿だし、何より羽生えてるし。
しかし、違った。ある日月光浴していた時にわかった
変人は登ってきてた。
何をって、壁を。
他の住人のベランダを足場にしながらよじよじ登るならまだ「!?」ぐらいで済んだが、変人は壁を『たったった』だ。「!!!?????」ぐらいになっても無理はないだろう。
「君…羽…使わないの…」
「この羽飛べないんだよね!」
「そっか…」
どうやら、変人は思っていたよりずっと変人だったらしい
今日、明日、過去、不安。
今日した失敗が、後ろから熱烈なハグをくれる。やめて欲しい限りだ。
「ねえ、眠りたいんだよ」
「反省も大事だよ?君もわかるでしょう」
「過去をうじうじ悩んだってしょうがないだろ、僕は、明日に行きたいんだ」
「でもさ、忘れられないだろ」
「わかりきった事いうなよ」
眠りにつく前の押し問答。まさにのれんに腕押し、ぬかに釘打ち…イヤになる!
「離せよ」
「そればかりだね」
「僕の願いはそれだけだからね」
「明日も失敗するよ」
「今日よりはマシになる」
「確証は?ないでしょ」
「あると思う?」
「…ねえ、停滞を選んだ方が楽だよ。僕のハグも、少しの間は冷たくなる」
「止まることはできない。止まったら、歩き出すのが辛くなる。そのことを知ってるから」
「…強いね」
「うん。だから、眠らせて。明日に行かなきゃ。止まってはダメなんだ。歩かなきゃいけないんだ」
「泣きたくっても?」
「泣きたくても」
「止まりたくても、?」
「止まりたくても」
「僕は、歩かなきゃ、いけないから。…おやすみ」
朝には食パンと紅茶を飲む君。
僕がおきるころには、優雅に朝食を嗜んでいる。
(食パンだから、いかんせん庶民的だけれど…)
「おは」
「おは。また紅茶なの」
「うん」
「飽きない?」
「飽きてる。飽きることにも飽きてる」
「うん…?どういうこと?」
「世の中知らなくていいことは多いわ」
「てきとーだなあ」
「え?ていうか飽きるの」
「飽きる。好きなわけでもないし」
「うそ。好きじゃないの!なんで飲んでるのさ?」
「お湯にパックひたすだけで、簡単にそこそこ美味しい味ができる。手軽さという点では大好きよ」
「夢がない!」
紅茶と食パンを朝食にする君は、夢がなく、そして紅茶は別に好きではないということを、頭の中の『意外!』というファイルに分類する。
それから、僕は僕で、まあ別に好きではないけど飲んでいるココアを作る。
テーブルに持って行くと、君に聞かれた。
「…また、ココア?」
くる、とまわったら、コートの端が浮かんだ。
「素敵でしょ?お気に入りなの」
鏡は何も答えてはくれない。答えたら怖いから別に答えてもらわなくていい。鏡はひとりごとを言うのに最適な相手なのだ。なくなったら困る。
「素敵だね」
不躾な声が右耳に入ってくる
「…居たのね」
「うん。衣替え?こっちじゃ、今日結構暑いのに…早くなぁい?」
不躾で、不愉快で、ユーモアの一つだってない声は華麗に無視してブーツを履く。
「じゃあね」
「えぇ?ちょっと待ってよ。来たばっかなんだ、ね、久しぶりなんだし話そうよ」
開いたドアを閉じながら、不躾な声の主ににっこりと笑う。
「いやよ」
「…つれないね、君って」
私はやわらかいものが好きだ。
そのなかで特に好きなのは、親友である君の笑顔と、午後5時ぐらいの…冬である今なら午後4時か3時ぐらいのあの光。
美術部は変な時間に終わるから、ちょうど下校するときに私の好きな光になる。
大好きな君は絵の具で汚れた手を洗わないめんどくさがりやだ。
どうせお風呂に入るから、って。かえったらすぐ入るタイプだから、って。なんとなく誇らしげに言う。
私はあそぉ、と返して、楽しそうに歌をうたって微笑んでる君を見てる。あ、ちょっとスキップしないでよ、スキップって歩くのより速いんだから!ちょって待ってってば
歌いながらふりかえって、目だけで「はやく」って言ってくる。なんだか憎らしい!けど愛おしい。
1パーセントしかない憎らしさを100パーセントに見えるようにして、私は君を追いかけた。