その巨大な塊は、石ではなく、人だった。
いや、人だったのだが、いまや人ではなくなってしまったもの、なのだ。
その近くには、光に守られたあるものたちの世界がある。
∞∞∞∞∞
昔々、海が大好きで、深く深く潜ることが得意な男の子がいた。いつも海にいて、魚たちと泳いでいた。
ある日、男の子は小さな小さな人魚と出会った。手のひらくらい大きさのの可愛らしい人魚で、すぐに仲よくなった2人は、海の底まで潜ることにした。人魚の大切な仲間たちに会いに行くために。
人魚と共に海の底にたどり着いた男の子は、人魚たちの住む世界に驚いた。陸の上では見たこともない煌びやかな場所だったから。海の底は、まったく暗くなかった。色とりどりの光に包まれていた。
男の子は時間を忘れ、人魚たちと遊んだ。どのくらいそこで過ごしたのかは分からない。いつのまにか、自分身体が人の形をしていないことに気がついた時には、もう手遅れだった。
人魚たちに、悪気はない。
だって、人間が人魚たちの世界に入ったのは男の子が初めてだったから。
誰もみな、人魚たちの世界に入った人間がそうなってしまうことを知らなかったのだから。
…男の子は、目を瞑り静かに横たわった。
共に遊ぶことはもうできないけれど、側にいて、いつも人魚たちの住む世界を守るために、そこにいよう、と思った。そして、人間がここに迷い込まないように僕が壁になって守ろう、と思った。
その様子をみていた人魚たちは、ただただ祈り続けた。男の子の身体は、人魚たちの世界を隠すように大きくなっていった。
巨大な塊となった男の子は、いつまでもいつまでも人魚たちと人間たちを守るために、そこに在り続けるのだろう。
君に 会いたくて
ずっと 歩いてきたんだ
逃げたくなった こともあるし
やめたくなった こともあるよ
やっと ここまで来たんだよ
もうすぐ 君に逢える
未来の 君(僕)に
その日記には鍵がかけられていた。
古い屋敷には、昔、1人の魔女が住んでいたという。
そんなの噂話だと笑うものも多いが、ボクはそれが真実だと知っている。なぜなら、その魔女にボクは会ったことがあるからだ。
幼い頃、ボクは家から逃げ出してしまった飼い猫のあとを追いかけて、その屋敷に入ったことがある。
屋敷内をあちこち探しても、猫はいなかった。外が暗くなってきて仕方なく帰ろうとしたとき、トントン、と後ろから肩を叩かれた。
びっくりして振り向くと、そこには黒い三角帽子を被り、黒い服を着た女の子が立っていた。ボクの猫を抱っこして。
「この猫は、キミのかな?」
そういって、優しく笑う女の子は、絵本の中でみた、魔女にソックリだった。
ボクは、ちょっぴり怖いのと、ちょっぴり恥ずかしいのが入り交じって、声をだすことができず、こくん、と頷いた。
「よかった。はい。」
と、女の子は猫をボクの方に差し出した。
ボクは、
「ありがとう。」
と言うのが精一杯で、猫を抱きしめるとただ前を見て家の方角に走りはじめた。女の子のことが気になったけど、後ろを振り向くことができなかった。
月日は流れ、
ボクはまた古い屋敷にいる。
あの日連れ帰った猫の首輪には、見慣れぬ鍵がつけられていた。なんの鍵かわからず、ずっと閉まったままだった。
今、その鍵を使うときがきたんだ。
カチャ。
閉ざされた日記の1ページ目には…
とにかく、寒い。
てぶくろを忘れてしまったボクは、ポケットに手を入れた。
「木枯らし、っていうとちょっと寂しい感じもするけど、あちこちで落ち葉たちが舞って、カラコロと音をたてたりして、私はとっても好きだなあ。」
モコモコのマフラーを首に巻いたキミは、足元で舞い踊る枯葉たちを眺めながら楽しそうに言った。
その様子を見ていると、寒さも忘れ、こころがあったかくなる。
🍂🍂🍂
キミと出逢ったのは、木枯らしが吹き始めた頃。その日、ボクは人生最大の落ち込むことがあって、悲しくて悲しくて、トボトボと、自宅までの道を歩いていたんだ。
気がついたら知らない公園に辿り着いていて、今と同じようにベンチに座ったキミが、今と同じように足元で舞い踊る枯葉たちを眺めていたんだよね。その様子を見ていたら、ボクは元気が出てきたんだよ。
それから、ボクはキミのことが気になって暇さえあればその公園に行くようになったんだ。
キミが寒いだろうと思って、モコモコのマフラーをプレゼントしたりもしたなあ。
…………
キミは、いったいナニモノなんだろう?
と、時折思うんだ。
キミは、いつもここにいて、いつも楽しそうに過ごしている。
キミのまわりには、いつも木枯らしが吹いていて、キミの足元では落ち葉たちが楽しそうに舞い踊っている。カラコロと音をたてて。
だんだんとあたたかくなってきた今日この頃、キミがなんとなく薄くなっているような気がするんだよ。
キミと逢えるのは、あと少しかもしれないな、とボクは少しだけ寂しくなるんだ。
笑っても 美しい
泣いても 美しい
叫んでいても 美しい
黙っていても 美しい
その瞬間
その人が その人のままであることが
最も 美しい のだ