《未来への船》
「ん、珍しいな、お前がテレビ見てるの」
とある週末の午後9時過ぎ。俺、齋藤蒼戒が風呂上がりに双子の兄の春輝に一言声をかけておこうとリビングに行くと、珍しく春輝がテレビを見ていた。いつもならこの時間は掃除やら洗濯やら片付けならしてるんだが。
「ん、ああ蒼戒。ごめんごめん、ちょっと続きが気になっちまってよー」
「偶にはいいんじゃないか。明日休みだし。ところでそれ映画か?」
俺は濡れた髪をわしわし拭きながら春輝の隣に座る。
「ああ。いつもみたいに9時前のニュースと天気予報見て消そうと思ったんだけど何かの拍子にチャンネルが切り替わっちまったみてーで……」
「それでつい見入ってしまった、と」
「そゆことー。ほら、有名なハリウッドの海賊映画」
「ああ、あれか。そういえば見たことなかったな」
「だよなー。有名だから気になってはいたんだけど見る機会なんてねーし」
「そもそもうちはほとんどテレビを見ないからな」
せいぜい朝と夕方、あと9時前のニュースと天気予報と言ったところか。まあそのあたりはラジオでも賄えるし数日テレビを付けないのも珍しくない。
「そうなんだよなー。映画なんて何年見てないんだか」
「さあ……」
そんななんてことないことを話しながら俺たちはのんびり映画を見る。
「しっかしすごいよな……、海賊って……。怖くないのかな、こんな嵐」
しばらくして、春輝がポツリと呟く。
「確かにそうだな。俺は嫌だが」
「だろうなー。乗るならもっと穏やかな日で、フェリーとかがいいな」
「フェリー、か……」
乗ってみたい、とは思わないけれど。
「見てはみたいな」
あんな大きなモノが海の上に浮かんでいる姿は、きっと壮大な光景なのだろう。
「それじゃあ今度見に行くか!」
春輝がパッと笑顔で言う。
「水を差すようで悪いがどこへ? 長野県には海がないぞ」
「あ、確かに……。で、でも湖があるぜ!」
「湖にフェリーがあるのか? 琵琶湖ならともかく諏訪湖だぞ?」
「うっ……、確かに……。それじゃあ今度海行ってみるか!」
「いつ? どこへ? 繰り返すが長野には海がないから1番近いところでも数時間はかかるぞ」
「うーん……、ま、なんとかなるだろ!」
「お前はその楽観的すぎるところをどうにかした方がいい……。まあでも、行ってみたいかもな」
大量の水に、少し恐怖を感じてしまうけれど。見るだけ、なら。
「よし、絶対行こうぜ!! そーいや商店街で福引きやってたよなー。あれの一等、確か沖縄旅行だったよなー」
「お前が言うと本当に当ててきそうだ」
「おう! あれ当てて沖縄行こう!」
「当たったらなー」
俺は面倒になって適当に返して映画に意識を戻す。
余談だが、この数日後、春輝ではなく夏実が沖縄旅行を引き当て、明里が知り合いから別の地区の福引きで当てたという沖縄旅行券を貰い、結局いつもの5人で沖縄旅行に行くハメになるのだった。
(おわり)
2025.5.11《未来への船》
《静かなる森へ》
書けたら書く!
2025.5.10《静かなる森へ》
《夢を描け》
『それじゃあ今日の授業では将来の夢について自由に書いてみましょう!』
そう言われたのは、いつだったか。もう10年は前のことだったと思う。
そんなことを年末の大掃除の途中で出てきた古い画用紙の束を見ながら俺、齋藤蒼戒はふと思う。
「蒼戒ー、そっち片付いたー? ……ってうわー、懐かしー! いつのだっけ、それ」
そう言ってひょっこり顔を出したのは双子の兄、春輝。
「いつだったかな……。小1とかその辺だったと思うが」
「とりあえず小学生だったよな。つーかこれまだ取ってあったんだ……」
「確かにな。とっくにどんど焼き送りになってると思ってたんだが」
「だよなー。母さんの仕業だぜ、間違いなく」
「だろうな。ちょうど出てきたことだし来年のどんど焼きにでも出すか」
「いや取っといた方がいーんじゃねーの? もう10年は置いてあったわけだし」
「そうか? 俺はこの絵、あまり好きじゃないから……」
「ああそっか。
続きはあとでちまちま書いてきます!
2025.5.9《夢を描け》
《届かない……》
「うーん、ギリッギリ届かない……」
とある放課後、俺、齋藤春輝が放送室に行くと、同じクラスで放送副委員長の明里が高い棚の上にある段ボールを取ろうと、手を伸ばしていた。
「ちょ、明里!? おまっ、それ俺取るからそこどけ! コケるぞ!」
「え、サイトウ!? ってわっ!」
「あーもーいわんこっちゃない!」
俺に驚いて明里がバランスを崩したので俺は慌てて彼女に駆け寄る。
「痛ってー。大丈夫か? 明里」
「なんとか……。ありがとサイトウ。おかげで助かったわ」
明里は立ち上がってスカートのホコリをはたく。
結局俺が明里を受け止めて彼女の下敷きになったことで明里は無傷で済んだようだ。俺もどっか怪我してるような感じはないし、一安心だな。
「それで? 何取ろうとしてたんだ?」
「あー、あれあれ。あの段ボール。何入ってるのか気になって」
「あーあれか。よっ」
俺は明里が示した段ボールを取り、ほれ、と明里に渡す。
「え、すごっ、なんで取れるの!?」
「ばーか。俺の方が身長高いんだよ」
「ううー、なんかめちゃくちゃ悔しい……。あんた身長いくつよ?」
「えーっと確か178くらいだったと思う」
「うわ、私より10センチも高い……」
「160後半あれば十分だろ。つーかお前女子にしてはかなり高い方だろうが」
現に紅野と同じくらいの身長あるし。
「そうだけどー。もう5センチはあってもいいと思うのー」
「夏実は150後半なんだからそれを思えばまだマシだろ」
「サイトウに言われるとなんかめちゃくちゃ腹立つ〜。そーいや蒼戒はいくつあるの?」
「蒼戒? あいつ確か俺と同じくらいかあいつのほうがちょっと小さいくらいだったと思うけど……」
「え、サイトウのほうがデカいの!? 意外〜」
「一応言っとくが俺が兄だからな?」
「兄感ゼロだけど?」
「ほっとけ。それよりその段ボール、結局何入ってるんだ?」
「あ、これ? うーんと……」
明里はそう言って段ボールの中を漁る。
「古い放送マニュアル、かな」
明里が取り出したのはかなり古ぼけたファイル。明里の言う通り、古い放送マニュアルのようだ。
「んだよ掘り出し物のマイクとかじゃねーのかよ!」
段ボールにマイクって書いてあるから期待しちまったじゃねーか!
「よくよく考えてみれば掘り出し物のマイクがあったとして使えないわよね、古すぎて」
「言われてみれば……」
というわけで俺の働きは完全に無駄骨となったのだった。
(終わり)
2025.5.8 《届かない……》
《ラブソング》
「〜〜〜〜〜♪」
「あれ、珍しいな。お前が鼻歌歌ってるの」
ある日の放課後。俺、齋藤春輝が夕方の放送をしようと放送室に行くと、すでにアナウンス担当の明里がいて、珍しく鼻歌交じりに放送原稿を書いていた。
「あ、サイトウ。どしたの? 放送まではまだ時間あるでしょ?」
「いや別に。ただ入ったら鼻歌が聞こえてきたもんだから」
「そういう気分だっただけよ。深い意味はないわ」
「だろうな。ちなみになんて曲?」
「えーっと曲名は……そうそう、『whole new world』よ」
「ああ、アラジンの」
「そうそう。名曲よねー」
「だなー。そーいや文化祭の出し物で歌うんだっけ」
俺たちのクラスは確か『アラジン』の劇をやることに決まったはず。
「ええ。私がジャスミン役で、なんとびっくり蒼戒がアラジン役なのよね」
「今更ながらよく蒼戒が承諾したよなー。俺絶対断ると思ってたもん」
「相手が私だったからかしらねー。じゃなかったらあの子絶対断るわよ」
「確かにな」
そーいや蒼戒に「本当にやるの?」と聞いたら「相手が明里だからな……。たとえ劇でもあいつが他の誰かと結ばれるところは見たくないし……」と答えていたっけ。あいつアレで無自覚に独占欲があるんだなー……。
「ん、ちょっと待てよ、ということは蒼戒もwhole new world歌うのか?!!」
「え、驚くとこそこ? そりゃアラジンだから当然歌うでしょうよ」
「だよな! え、どーしよすごい楽しみ!!」
だって蒼戒、滅多に歌わないし。せいぜいコーラスコンクールと行事の時の国歌と校歌くらいなもんだし。
「よかったわねー。あの子アレでめちゃくちゃ上手いし」
「そうなんだよー!! もっと歌ってくれりゃいいのにさー」
「あの子それほど暇じゃないでしょ」
「まあそうだけどー」
珍しく歌ってくれるとしても童謡くらいだし、ラブソングであるwhole new worldをどんなふうに歌うのかめちゃくちゃ気になる。しかも英語版。
「一回2人だけで合わせたんだけどマジでヤバかったわよ……。あの子その気になれば歌手になれるんじゃないかしら」
「だよなー!! あー、楽しみ!!」
「文化祭まだ1ヶ月は先よ……っていけないサイトウ! あと30秒で放送始まる時間よ!!」
「あっ、しまった!! じゃあアナウンスは任せたぞ」
「あんたは機械、任せたわよー!」
明里に言われて俺は慌ただしくアナウンス室から機械室に移動する。余談だが、放送室は機械がある機械室とその防音ガラス越しのアナウンスをするアナウンス室の総称だ。
「ヤッベ、あと15秒……!」
俺は急いで機械の電源を入れ、曲をセット。防音ガラス越しの明里に、『やります』の札を掲げる。
明里が頷いたのを確認して、札を下ろしてカウントダウン。
放送開始時刻になったその瞬間、俺は音楽を流すスイッチを押した。
(終わり)
2025.5.6《ラブソング》