谷間のクマ

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《届かない……》

「うーん、ギリッギリ届かない……」
 とある放課後、俺、齋藤春輝が放送室に行くと、同じクラスで放送副委員長の明里が高い棚の上にある段ボールを取ろうと、手を伸ばしていた。
「ちょ、明里!? おまっ、それ俺取るからそこどけ! コケるぞ!」
「え、サイトウ!? ってわっ!」
「あーもーいわんこっちゃない!」
 俺に驚いて明里がバランスを崩したので俺は慌てて彼女に駆け寄る。
「痛ってー。大丈夫か? 明里」
「なんとか……。ありがとサイトウ。おかげで助かったわ」
 明里は立ち上がってスカートのホコリをはたく。
 結局俺が明里を受け止めて彼女の下敷きになったことで明里は無傷で済んだようだ。俺もどっか怪我してるような感じはないし、一安心だな。
「それで? 何取ろうとしてたんだ?」
「あー、あれあれ。あの段ボール。何入ってるのか気になって」
「あーあれか。よっ」
 俺は明里が示した段ボールを取り、ほれ、と明里に渡す。
「え、すごっ、なんで取れるの!?」
「ばーか。俺の方が身長高いんだよ」
「ううー、なんかめちゃくちゃ悔しい……。あんた身長いくつよ?」
「えーっと確か178くらいだったと思う」
「うわ、私より10センチも高い……」
「160後半あれば十分だろ。つーかお前女子にしてはかなり高い方だろうが」
 現に紅野と同じくらいの身長あるし。
「そうだけどー。もう5センチはあってもいいと思うのー」
「夏実は150後半なんだからそれを思えばまだマシだろ」
「サイトウに言われるとなんかめちゃくちゃ腹立つ〜。そーいや蒼戒はいくつあるの?」
「蒼戒? あいつ確か俺と同じくらいかあいつのほうがちょっと小さいくらいだったと思うけど……」
「え、サイトウのほうがデカいの!? 意外〜」
「一応言っとくが俺が兄だからな?」
「兄感ゼロだけど?」
「ほっとけ。それよりその段ボール、結局何入ってるんだ?」
「あ、これ? うーんと……」
 明里はそう言って段ボールの中を漁る。
「古い放送マニュアル、かな」
 明里が取り出したのはかなり古ぼけたファイル。明里の言う通り、古い放送マニュアルのようだ。
「んだよ掘り出し物のマイクとかじゃねーのかよ!」
 段ボールにマイクって書いてあるから期待しちまったじゃねーか!
「よくよく考えてみれば掘り出し物のマイクがあったとして使えないわよね、古すぎて」
「言われてみれば……」
 というわけで俺の働きは完全に無駄骨となったのだった。
(終わり)


2025.5.8 《届かない……》

5/9/2025, 10:41:22 AM