《ラブソング》
「〜〜〜〜〜♪」
「あれ、珍しいな。お前が鼻歌歌ってるの」
ある日の放課後。俺、齋藤春輝が夕方の放送をしようと放送室に行くと、すでにアナウンス担当の明里がいて、珍しく鼻歌交じりに放送原稿を書いていた。
「あ、サイトウ。どしたの? 放送まではまだ時間あるでしょ?」
「いや別に。ただ入ったら鼻歌が聞こえてきたもんだから」
「そういう気分だっただけよ。深い意味はないわ」
「だろうな。ちなみになんて曲?」
「えーっと曲名は……そうそう、『whole new world』よ」
「ああ、アラジンの」
「そうそう。名曲よねー」
「だなー。そーいや文化祭の出し物で歌うんだっけ」
俺たちのクラスは確か『アラジン』の劇をやることに決まったはず。
「ええ。私がジャスミン役で、なんとびっくり蒼戒がアラジン役なのよね」
「今更ながらよく蒼戒が承諾したよなー。俺絶対断ると思ってたもん」
「相手が私だったからかしらねー。じゃなかったらあの子絶対断るわよ」
「確かにな」
そーいや蒼戒に「本当にやるの?」と聞いたら「相手が明里だからな……。たとえ劇でもあいつが他の誰かと結ばれるところは見たくないし……」と答えていたっけ。あいつアレで無自覚に独占欲があるんだなー……。
「ん、ちょっと待てよ、ということは蒼戒もwhole new world歌うのか?!!」
「え、驚くとこそこ? そりゃアラジンだから当然歌うでしょうよ」
「だよな! え、どーしよすごい楽しみ!!」
だって蒼戒、滅多に歌わないし。せいぜいコーラスコンクールと行事の時の国歌と校歌くらいなもんだし。
「よかったわねー。あの子アレでめちゃくちゃ上手いし」
「そうなんだよー!! もっと歌ってくれりゃいいのにさー」
「あの子それほど暇じゃないでしょ」
「まあそうだけどー」
珍しく歌ってくれるとしても童謡くらいだし、ラブソングであるwhole new worldをどんなふうに歌うのかめちゃくちゃ気になる。しかも英語版。
「一回2人だけで合わせたんだけどマジでヤバかったわよ……。あの子その気になれば歌手になれるんじゃないかしら」
「だよなー!! あー、楽しみ!!」
「文化祭まだ1ヶ月は先よ……っていけないサイトウ! あと30秒で放送始まる時間よ!!」
「あっ、しまった!! じゃあアナウンスは任せたぞ」
「あんたは機械、任せたわよー!」
明里に言われて俺は慌ただしくアナウンス室から機械室に移動する。余談だが、放送室は機械がある機械室とその防音ガラス越しのアナウンスをするアナウンス室の総称だ。
「ヤッベ、あと15秒……!」
俺は急いで機械の電源を入れ、曲をセット。防音ガラス越しの明里に、『やります』の札を掲げる。
明里が頷いたのを確認して、札を下ろしてカウントダウン。
放送開始時刻になったその瞬間、俺は音楽を流すスイッチを押した。
(終わり)
2025.5.6《ラブソング》
5/6/2025, 5:50:37 PM