《輝き》
「輝き、ねぇ……」
11月3日、文化の日。俺、齋藤春輝は公民館で行われている芸能祭と呼ばれる町中の小中学校から絵や習字などの作品が集められたり、町内会で何か出し物を出したりするイベントに来ていた。というか発表の際の放送機器の接続とかで運営側にいる。
今はちょっと休憩中だ。
「輝きがどうかしたわけ?」
俺の呟きを俺と同じく放送機器の設定のため運営側にいるが休憩がてら展示品を見ていた明里が拾う。
「ほら、俺らも書いたじゃん。小6の時」
「ああー、書いたねぇ。懐かしい」
★★★
「ったくなーにが悲しゅうて同じ字を一枚の紙に2回も書かにゃならんのだ」
小6の10月下旬。俺、齋藤春輝は国語の授業で書道半紙に向かいながら呟く。
「何が悲しゅうてって小6の言い回しじゃないぞー、サイトウ」
「そいやーハルの春輝の『輝』は輝きと一緒だったよね」
「ああそれで」
そう言っているのはちょうど隣の席の明里とその前の席の夏実。
「うるせー。だってなんで俺だけ……」
「名前なんだからしょうがないだろ」
そう淡々と言うのは後ろの席の俺の双子の弟、蒼戒。
「そうだけどさあ……」
どーにも釈然としない。
習字の題材が『輝き』で、俺の名前は『春輝』。自分の名前は嫌いではないけど、さすがに同じ紙に同じ字を2回も書きたくない。
「そもそも習字の題材は町内の小6共通なんだ。文句言っても仕方ないだろう」
「うっ、ぐうの音も出ない……」
淡々とした蒼戒の指摘にぐうの音も出ない俺。
「それに探せばもう何人か同じ目にあってる人いそうなものだけどね」
「確かにー」
そして相変わらずな明里と夏実。
「ほらそこー、口じゃなくて手を動かす!」
先生に指摘され、俺たちは慌てて書道半紙に向き直った。
★★★
「あん時確か蒼戒のが出されたんだっけ?」
時は戻って現在。俺、齋藤春輝は束の間の回想から思考を引き戻す。
「確かそうだったと思う。あいつ何気に字、きれいだからなー」
「というかあの子はその気になればなんでもできるのよね」
「ごもっともです」
実はここに飾られるのは各クラス3名づつ。理由は単純、そんなにスペースがないからだ。
「ちなみにあと2人誰だっけ?」
「えー……っと、確か男子は蒼戒だけだったよな」
「多分。とすると字がきれいだったのは優香ちゃんとちーちゃんとか」
「ああ、優香ちゃんと千鶴か。あいつら今でも字めちゃくちゃきれーだもんなー」
「そうそう。そーいやあの子たちずっと習字で展覧会出してたわね」
「言われてみれば」
「おーい、明里ちゃーん、春輝くーん、そろそろ次の準備頼むわー」
そう口を挟んできたのは明里の家の近くでたこ焼き屋さんをしている人呼んで『露店のおっちゃん』。
「オッケー。今行くー!」
「さて、やりますかねぇ」
休憩はこれで終わり。俺と明里はまた放送機器の準備に戻ったのだった。
(おわり)
2025.2.17.《輝き》
《時間よ止まれ》
時間ないので後日書きます!🙇♀️
2025.2.16《時間よ止まれ》
《君の声がする》
※明里×蒼戒 未来if
朝はETのテーマ(エンドクレジットバージョン)にのせて、昼は踊る大捜査線のテーマにのせて、放課後は木星ジュピターにのせて、君の声が聞こえる。
普段話す声よりも少し高く、透き通るような、春先の風のような、爽やかな声。
俺、齋藤蒼戒はそんな明里の声が好きだ。いつも、爽やかな気分になれるから。元気をもらえるから。
小学四年生の時、明里は放送委員会に入り、初めてアナウンスをした。その時から高校生になった今日まで明里はたくさんのアナウンスをしてきたが、やっぱり彼女の声は特別だ。他の誰かにはない良さがあると思う。
今日で高校も卒業。彼女のアナウンスは、もう聞く機会がないと思っていたけれど。
★★★★★
「並木町の皆さん、おはようございます! そしてはじめまして! 並木FMの並木モーニング、パーソナリティのあかりんこと天峰明里です! 皆さんお察しの通り、今日がパーソナリティデビューです! 至らぬところも多いと思いますが、暖かく聞いてもらえると嬉しいです。今日のテーマは桜。もうすぐ並木の桜が咲きますね。桜に関するエピソードやリクエストナンバーなどなど、どしどし送ってくださいね! それでは今朝の一曲目はこちら!」
月日は流れ、私、熊山明里は大学を卒業し、並木FMでラジオパーソナリティとして働くことになった。今日は初めての生放送。いや正確に言うと生放送自体は中学の時職場体験で経験しているけど、ラジオパーソナリティとしての生放送は今日が初めてだ。
「明里ちゃーん、曲終わったらメッセージ行くよー。これとかどう?」
アシスタントは小学生の時私に放送のイロハを教え込んだ2つ年上の放送界のレジェンド、大原遥(おおはら はるか)さん。
「あ、いいですね。……ってこれ……」
「ん? どうかした?」
「あ、いえ、この『桜色のブルー』ってラジオネームの人、なんか心当たりあるなーって」
いや、心当たりというか間違いなく蒼戒でしょ。このラジオネームにこのエピソード、あいつ以外に考えられない。
ったくあいつは。あれで結構カッコつけのくせに何やってんだか。
「狭い町だからねー。私も知り合いかな? ってメッセージ読むこと結構あるよ」
「ですよねー」
まあ何はともあれ、ちょっとニヤニヤしちゃう。いい感じで緊張がほぐれるから結果オーライってことでしょ。
「ところで明里ちゃんの『天峰』って芸名? 確かお母さんが大女優の天峰柚月でしょ?」
「そうです。さすがに本名は出すのはちょっと……と思って母に芸名使っていい? って聞いたらいいよー、と言われたので」
「いいなー、大女優の母親。そうゆうこともできるんだもんねー、羨ましい」
「死ぬほど自由人だから何かと面倒ですよ?」
「なるほどねー。あ、もうすぐ曲終わるわ」
「了解でーす」
私と遥さんは雑談をやめて、定位置につく。さあ、次はトークタイムだ。
★★★★★
『さあ、続いてはトークタイム! 皆さんにいただいたお便りをご紹介します。ラジオネーム「桜色のブルー」さんから。「あかりんさんはじめまして。」はじめまして! 「自分も今日から社会人ですが、トークテーマが桜と言うことで、思わずメールを送りました。桜は私も私の彼女も大好きな花です。もう15年以上昔の話ですが、彼女と初めて話したのは、とある公園の枝垂れ桜の下でした。あの日彼女は桜吹雪に向かって手を伸ばして、桜の花びらを捕まえようとしていました。彼女いわく、『桜の花びらが地面に落ちる前に3枚キャッチできると願いが叶う』とのこと。桜も桜吹雪に手を伸ばす彼女もとても綺麗で、あの光景は一生忘れられません。」……いやー、すごく素敵なエピソード! 彼女さんもその光景を覚えていて、いつか2人仲良く桜の花びらを捕まえて、願いを叶えてほしいです! では次のお便りです。ラジオネーム……』
4月上旬、初出勤の日の朝。俺、齋藤蒼戒は満開になったソメイヨシノを前にふと足を止める。
明里がラジオパーソナリティとして生放送になると聞いて、思い切ってメッセージを送って見て、それからラジオを聞きながら歩いていたが、まさか本当に読まれるとは。というかあいつの声、ちょっと弾んでないか? もしかして俺からだとバレたか?
「まあいいか。こうしてあいつのアナウンスの声が聞けるんだし」
高校を卒業してから、滅多に聞けなかったあいつのアナウンスの声。それがこれから定期的に聞けるようになるんだからいいじゃないか。
それにしても、何年経ってもあいつの声はいい。爽やかな風が吹いているような気分になる。
『……それではここで一曲。新生活を応援するこの曲をお届けします!』
その時、ヒューー、と風が吹いて桜の花びらを巻き上げた。
「桜吹雪、か」
朝と夜の違いはあれど、まるであの日の桜吹雪のよう。
「よし、行くか」
爽やかな風と明里の声を感じ、俺はまた歩き出す。
ちらりと振り返った桜吹雪の中、花びらを掴もうと手を伸ばす小さな女の子と、その女の子を見守る小さな男の子の幻影を見たような気がした。
(おわり)
2025.2.15《君の声がする》
2/8《遠く....》書きました!読んでくれたら嬉しいです!
《ありがとう》
2月14日、バレンタインデー。今日は女性が男性にチョコレートを渡し、自分の想いを伝える日だそう。
そんなことを朝の情報番組で言っていて、くだらないと思いつつ俺、齋藤蒼戒は上着を手に取った。
「あれ蒼戒、もう行くの?」
そう聞いてきたのは情報番組を見ながらパンを齧っている双子の兄、春輝。
「そうだが何か問題でも?」
「早くね? まだ7時だぞ?」
「遅いくらいだ」
「お前時間の感覚バグってね?」
「そんなことない。今家を出て学校に着くのが7時半。そこから始業まで1時間しかない」
「1時間あるじゃん」
「1時間じゃ生徒会の諸々が終わらないからな」
「何すんの?」
「まず作ってある書類をコピーして本部各員に配る。会計のチェックも頼まれてるし、ああ議案書の誤字脱字のチェックもしなければ」
「忙しいなー、オメー」
「というわけで先行くぞ」
「あ、あと1分待って! 俺も一緒に行く!」
「行ってどーする」
「今日バレンタインだぞ? お前が1人で行ったら女子に囲まれてとんでもなくめんどくさいことになると予言する」
そういえば毎年この日はなぜか女子に囲まれていろんな人からチョコレートを押し付けられるんだった。甘いものは好きじゃないし、どうせなら煎餅がほしい。
「あー……、そうか今日は2月14日か……」
「そう。俺がいてもそう変わらんかもしらんけど、追い払うなり代わりにもらうなりしてやっから」
こういう時、こいつは無駄に頼もしい。いつもはさっぱり頼りにならないくせに。
「…………ありがとう、助かる」
「いーってことよ。俺もチョコのおこぼれもらえるかもしれねーし。つーわけでちょっと待ってー」
「40秒で支度しろ」
「某ジブリ映画かよ! さすがに無理!」
「さっき1分って言ったのはどこのどいつだ?」
そう言った時、ちょうど情報番組で『今日は身近な人に感謝を伝えるチャンスでもありますねー』と言っているので、俺はさっさとテレビを消した。
(おわり)
2025.2.14《ありがとう》
《そっと伝えたい》
「えっと〜、明日はバレンタイン……。『明日はバレンタインです。皆さんチョコレートの準備はしましたか?』とかでいいかしら……」
2月13日、バレンタイン前日の朝8時前。私、熊山明里は今朝の放送の一言コメントを考えながら放送室に向かって歩いていた。
「そーいや私何の準備もしてないなー。まあ別に何もする気ないけど」
でも去年は蒼戒に作りすぎたマカロンをお裾分けしたんだよな。今年も期待されてるかしら。
いやあの子に限ってそれはないか。スタイルいいしイケメンだからかなりモテて毎年机の上にチョコの山ができてるし。
「そもそもお菓子作りってめんどくさいのよねー」
そういえばバレンタインは女性から男性にチョコレートを贈って告白する日なんだっけ。
私もあの子に、『好き』って伝えなきゃ……。他の誰かに、取られてしまう前に。
「いやいやいやバレンタインに便乗して告白なんて絶対イヤ!!」
そもそも私バレンタインってお菓子会社の販売戦略に乗せられた気がして嫌いなのよね。
「どーせ告白するならもっといいシチュエーションで……って何考えてんだろ私!!」
「ごもっともごもっとも」
そんな声が聞こえて、私はハッと思考を戻す。
「サッ、サイトウ?!! ああああんた何してんのよこんなところで!!!」
「いやここ放送室だしもうすぐ放送始まるし」
「ってことは私のひとりごと聞いてたの?! いやあああああ!!」
「最後の一言しか聞いてねーけども。つーかうるさい」
「うううー、めちゃくちゃ正論だけどサイトウに言われるとなんかムカつく……」
「何でだよ。あ、ちなみに兄目線で言わせてもらうと、あいつあれでそれなりにバレンタイン楽しみにしてると思うよ〜」
「黙れ弟バカ! 今から何か作るつもりはない!」
「え〜」
「え〜、じゃない! てかあんたが食べるんじゃないでしょ!」
「まあそうだけど。……っていけね! あと1分で始めるぞ!」
サイトウは時計を見て慌てて言う。
「それを早く言え弟バカ!」
私はそれを聞いて慌ててアナウンス室に飛び込み、ざっと今日の放送原稿を確認する。
分厚い防音ガラスの向こうでサイトウが『やります』の札を掲げていて、私はそれに大きく頷く。
数秒後、よーく慣れ親しんだ朝の放送の音楽が流れ始めた。
私の気持ちをいつ伝えるかについては後回しだ。
でもどうせならバレンタインみたいなイベントの日じゃなくて、なんでもない日にそっと伝えられたらいいな。
そんなことを考えながら私はサイトウの合図で放送原稿を読んだ。
(おわり)
2025.2.13《そっと伝えたい》