谷間のクマ

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《君の声がする》

※明里×蒼戒 未来if

 朝はETのテーマ(エンドクレジットバージョン)にのせて、昼は踊る大捜査線のテーマにのせて、放課後は木星ジュピターにのせて、君の声が聞こえる。
 普段話す声よりも少し高く、透き通るような、春先の風のような、爽やかな声。
 俺、齋藤蒼戒はそんな明里の声が好きだ。いつも、爽やかな気分になれるから。元気をもらえるから。
 小学四年生の時、明里は放送委員会に入り、初めてアナウンスをした。その時から高校生になった今日まで明里はたくさんのアナウンスをしてきたが、やっぱり彼女の声は特別だ。他の誰かにはない良さがあると思う。
 今日で高校も卒業。彼女のアナウンスは、もう聞く機会がないと思っていたけれど。

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「並木町の皆さん、おはようございます! そしてはじめまして! 並木FMの並木モーニング、パーソナリティのあかりんこと天峰明里です! 皆さんお察しの通り、今日がパーソナリティデビューです! 至らぬところも多いと思いますが、暖かく聞いてもらえると嬉しいです。今日のテーマは桜。もうすぐ並木の桜が咲きますね。桜に関するエピソードやリクエストナンバーなどなど、どしどし送ってくださいね! それでは今朝の一曲目はこちら!」
 月日は流れ、私、熊山明里は大学を卒業し、並木FMでラジオパーソナリティとして働くことになった。今日は初めての生放送。いや正確に言うと生放送自体は中学の時職場体験で経験しているけど、ラジオパーソナリティとしての生放送は今日が初めてだ。
「明里ちゃーん、曲終わったらメッセージ行くよー。これとかどう?」
 アシスタントは小学生の時私に放送のイロハを教え込んだ2つ年上の放送界のレジェンド、大原遥(おおはら はるか)さん。
「あ、いいですね。……ってこれ……」
「ん? どうかした?」
「あ、いえ、この『桜色のブルー』ってラジオネームの人、なんか心当たりあるなーって」
 いや、心当たりというか間違いなく蒼戒でしょ。このラジオネームにこのエピソード、あいつ以外に考えられない。
 ったくあいつは。あれで結構カッコつけのくせに何やってんだか。
「狭い町だからねー。私も知り合いかな? ってメッセージ読むこと結構あるよ」
「ですよねー」
 まあ何はともあれ、ちょっとニヤニヤしちゃう。いい感じで緊張がほぐれるから結果オーライってことでしょ。
「ところで明里ちゃんの『天峰』って芸名? 確かお母さんが大女優の天峰柚月でしょ?」
「そうです。さすがに本名は出すのはちょっと……と思って母に芸名使っていい? って聞いたらいいよー、と言われたので」
「いいなー、大女優の母親。そうゆうこともできるんだもんねー、羨ましい」
「死ぬほど自由人だから何かと面倒ですよ?」
「なるほどねー。あ、もうすぐ曲終わるわ」
「了解でーす」
 私と遥さんは雑談をやめて、定位置につく。さあ、次はトークタイムだ。

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『さあ、続いてはトークタイム! 皆さんにいただいたお便りをご紹介します。ラジオネーム「桜色のブルー」さんから。「あかりんさんはじめまして。」はじめまして! 「自分も今日から社会人ですが、トークテーマが桜と言うことで、思わずメールを送りました。桜は私も私の彼女も大好きな花です。もう15年以上昔の話ですが、彼女と初めて話したのは、とある公園の枝垂れ桜の下でした。あの日彼女は桜吹雪に向かって手を伸ばして、桜の花びらを捕まえようとしていました。彼女いわく、『桜の花びらが地面に落ちる前に3枚キャッチできると願いが叶う』とのこと。桜も桜吹雪に手を伸ばす彼女もとても綺麗で、あの光景は一生忘れられません。」……いやー、すごく素敵なエピソード! 彼女さんもその光景を覚えていて、いつか2人仲良く桜の花びらを捕まえて、願いを叶えてほしいです! では次のお便りです。ラジオネーム……』

 4月上旬、初出勤の日の朝。俺、齋藤蒼戒は満開になったソメイヨシノを前にふと足を止める。
 明里がラジオパーソナリティとして生放送になると聞いて、思い切ってメッセージを送って見て、それからラジオを聞きながら歩いていたが、まさか本当に読まれるとは。というかあいつの声、ちょっと弾んでないか? もしかして俺からだとバレたか?
「まあいいか。こうしてあいつのアナウンスの声が聞けるんだし」
 高校を卒業してから、滅多に聞けなかったあいつのアナウンスの声。それがこれから定期的に聞けるようになるんだからいいじゃないか。
 それにしても、何年経ってもあいつの声はいい。爽やかな風が吹いているような気分になる。
『……それではここで一曲。新生活を応援するこの曲をお届けします!』
 その時、ヒューー、と風が吹いて桜の花びらを巻き上げた。
「桜吹雪、か」
 朝と夜の違いはあれど、まるであの日の桜吹雪のよう。
「よし、行くか」
 爽やかな風と明里の声を感じ、俺はまた歩き出す。
 ちらりと振り返った桜吹雪の中、花びらを掴もうと手を伸ばす小さな女の子と、その女の子を見守る小さな男の子の幻影を見たような気がした。
(おわり)

2025.2.15《君の声がする》


2/8《遠く....》書きました!読んでくれたら嬉しいです!

2/15/2025, 6:15:55 PM