谷間のクマ

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2/15/2025, 6:15:55 PM

《君の声がする》

※明里×蒼戒 未来if

 朝はETのテーマ(エンドクレジットバージョン)にのせて、昼は踊る大捜査線のテーマにのせて、放課後は木星ジュピターにのせて、君の声が聞こえる。
 普段話す声よりも少し高く、透き通るような、春先の風のような、爽やかな声。
 俺、齋藤蒼戒はそんな明里の声が好きだ。いつも、爽やかな気分になれるから。元気をもらえるから。
 小学四年生の時、明里は放送委員会に入り、初めてアナウンスをした。その時から高校生になった今日まで明里はたくさんのアナウンスをしてきたが、やっぱり彼女の声は特別だ。他の誰かにはない良さがあると思う。
 今日で高校も卒業。彼女のアナウンスは、もう聞く機会がないと思っていたけれど。

★★★★★

「並木町の皆さん、おはようございます! そしてはじめまして! 並木FMの並木モーニング、パーソナリティのあかりんこと天峰明里です! 皆さんお察しの通り、今日がパーソナリティデビューです! 至らぬところも多いと思いますが、暖かく聞いてもらえると嬉しいです。今日のテーマは桜。もうすぐ並木の桜が咲きますね。桜に関するエピソードやリクエストナンバーなどなど、どしどし送ってくださいね! それでは今朝の一曲目はこちら!」
 月日は流れ、私、熊山明里は大学を卒業し、並木FMでラジオパーソナリティとして働くことになった。今日は初めての生放送。いや正確に言うと生放送自体は中学の時職場体験で経験しているけど、ラジオパーソナリティとしての生放送は今日が初めてだ。
「明里ちゃーん、曲終わったらメッセージ行くよー。これとかどう?」
 アシスタントは小学生の時私に放送のイロハを教え込んだ2つ年上の放送界のレジェンド、大原遥(おおはら はるか)さん。
「あ、いいですね。……ってこれ……」
「ん? どうかした?」
「あ、いえ、この『桜色のブルー』ってラジオネームの人、なんか心当たりあるなーって」
 いや、心当たりというか間違いなく蒼戒でしょ。このラジオネームにこのエピソード、あいつ以外に考えられない。
 ったくあいつは。あれで結構カッコつけのくせに何やってんだか。
「狭い町だからねー。私も知り合いかな? ってメッセージ読むこと結構あるよ」
「ですよねー」
 まあ何はともあれ、ちょっとニヤニヤしちゃう。いい感じで緊張がほぐれるから結果オーライってことでしょ。
「ところで明里ちゃんの『天峰』って芸名? 確かお母さんが大女優の天峰柚月でしょ?」
「そうです。さすがに本名は出すのはちょっと……と思って母に芸名使っていい? って聞いたらいいよー、と言われたので」
「いいなー、大女優の母親。そうゆうこともできるんだもんねー、羨ましい」
「死ぬほど自由人だから何かと面倒ですよ?」
「なるほどねー。あ、もうすぐ曲終わるわ」
「了解でーす」
 私と遥さんは雑談をやめて、定位置につく。さあ、次はトークタイムだ。

★★★★★
『さあ、続いてはトークタイム! 皆さんにいただいたお便りをご紹介します。ラジオネーム「桜色のブルー」さんから。「あかりんさんはじめまして。」はじめまして! 「自分も今日から社会人ですが、トークテーマが桜と言うことで、思わずメールを送りました。桜は私も私の彼女も大好きな花です。もう15年以上昔の話ですが、彼女と初めて話したのは、とある公園の枝垂れ桜の下でした。あの日彼女は桜吹雪に向かって手を伸ばして、桜の花びらを捕まえようとしていました。彼女いわく、『桜の花びらが地面に落ちる前に3枚キャッチできると願いが叶う』とのこと。桜も桜吹雪に手を伸ばす彼女もとても綺麗で、あの光景は一生忘れられません。」……いやー、すごく素敵なエピソード! 彼女さんもその光景を覚えていて、いつか2人仲良く桜の花びらを捕まえて、願いを叶えてほしいです! では次のお便りです。ラジオネーム……』

 4月上旬、初出勤の日の朝。俺、齋藤蒼戒は満開になったソメイヨシノを前にふと足を止める。
 明里がラジオパーソナリティとして生放送になると聞いて、思い切ってメッセージを送って見て、それからラジオを聞きながら歩いていたが、まさか本当に読まれるとは。というかあいつの声、ちょっと弾んでないか? もしかして俺からだとバレたか?
「まあいいか。こうしてあいつのアナウンスの声が聞けるんだし」
 高校を卒業してから、滅多に聞けなかったあいつのアナウンスの声。それがこれから定期的に聞けるようになるんだからいいじゃないか。
 それにしても、何年経ってもあいつの声はいい。爽やかな風が吹いているような気分になる。
『……それではここで一曲。新生活を応援するこの曲をお届けします!』
 その時、ヒューー、と風が吹いて桜の花びらを巻き上げた。
「桜吹雪、か」
 朝と夜の違いはあれど、まるであの日の桜吹雪のよう。
「よし、行くか」
 爽やかな風と明里の声を感じ、俺はまた歩き出す。
 ちらりと振り返った桜吹雪の中、花びらを掴もうと手を伸ばす小さな女の子と、その女の子を見守る小さな男の子の幻影を見たような気がした。
(おわり)

2025.2.15《君の声がする》


2/8《遠く....》書きました!読んでくれたら嬉しいです!

2/15/2025, 9:16:29 AM

《ありがとう》

 2月14日、バレンタインデー。今日は女性が男性にチョコレートを渡し、自分の想いを伝える日だそう。
 そんなことを朝の情報番組で言っていて、くだらないと思いつつ俺、齋藤蒼戒は上着を手に取った。
「あれ蒼戒、もう行くの?」
 そう聞いてきたのは情報番組を見ながらパンを齧っている双子の兄、春輝。
「そうだが何か問題でも?」
「早くね? まだ7時だぞ?」
「遅いくらいだ」
「お前時間の感覚バグってね?」
「そんなことない。今家を出て学校に着くのが7時半。そこから始業まで1時間しかない」
「1時間あるじゃん」
「1時間じゃ生徒会の諸々が終わらないからな」
「何すんの?」
「まず作ってある書類をコピーして本部各員に配る。会計のチェックも頼まれてるし、ああ議案書の誤字脱字のチェックもしなければ」
「忙しいなー、オメー」
「というわけで先行くぞ」
「あ、あと1分待って! 俺も一緒に行く!」
「行ってどーする」
「今日バレンタインだぞ? お前が1人で行ったら女子に囲まれてとんでもなくめんどくさいことになると予言する」
 そういえば毎年この日はなぜか女子に囲まれていろんな人からチョコレートを押し付けられるんだった。甘いものは好きじゃないし、どうせなら煎餅がほしい。
「あー……、そうか今日は2月14日か……」
「そう。俺がいてもそう変わらんかもしらんけど、追い払うなり代わりにもらうなりしてやっから」
 こういう時、こいつは無駄に頼もしい。いつもはさっぱり頼りにならないくせに。
「…………ありがとう、助かる」
「いーってことよ。俺もチョコのおこぼれもらえるかもしれねーし。つーわけでちょっと待ってー」
「40秒で支度しろ」
「某ジブリ映画かよ! さすがに無理!」
「さっき1分って言ったのはどこのどいつだ?」
 そう言った時、ちょうど情報番組で『今日は身近な人に感謝を伝えるチャンスでもありますねー』と言っているので、俺はさっさとテレビを消した。
(おわり)

2025.2.14《ありがとう》

2/13/2025, 4:56:09 PM

《そっと伝えたい》

「えっと〜、明日はバレンタイン……。『明日はバレンタインです。皆さんチョコレートの準備はしましたか?』とかでいいかしら……」
 2月13日、バレンタイン前日の朝8時前。私、熊山明里は今朝の放送の一言コメントを考えながら放送室に向かって歩いていた。
「そーいや私何の準備もしてないなー。まあ別に何もする気ないけど」
 でも去年は蒼戒に作りすぎたマカロンをお裾分けしたんだよな。今年も期待されてるかしら。
 いやあの子に限ってそれはないか。スタイルいいしイケメンだからかなりモテて毎年机の上にチョコの山ができてるし。
「そもそもお菓子作りってめんどくさいのよねー」
 そういえばバレンタインは女性から男性にチョコレートを贈って告白する日なんだっけ。
 私もあの子に、『好き』って伝えなきゃ……。他の誰かに、取られてしまう前に。
「いやいやいやバレンタインに便乗して告白なんて絶対イヤ!!」
 そもそも私バレンタインってお菓子会社の販売戦略に乗せられた気がして嫌いなのよね。
「どーせ告白するならもっといいシチュエーションで……って何考えてんだろ私!!」
「ごもっともごもっとも」
 そんな声が聞こえて、私はハッと思考を戻す。
「サッ、サイトウ?!! ああああんた何してんのよこんなところで!!!」
「いやここ放送室だしもうすぐ放送始まるし」
「ってことは私のひとりごと聞いてたの?! いやあああああ!!」
「最後の一言しか聞いてねーけども。つーかうるさい」
「うううー、めちゃくちゃ正論だけどサイトウに言われるとなんかムカつく……」
「何でだよ。あ、ちなみに兄目線で言わせてもらうと、あいつあれでそれなりにバレンタイン楽しみにしてると思うよ〜」
「黙れ弟バカ! 今から何か作るつもりはない!」
「え〜」
「え〜、じゃない! てかあんたが食べるんじゃないでしょ!」
「まあそうだけど。……っていけね! あと1分で始めるぞ!」
 サイトウは時計を見て慌てて言う。
「それを早く言え弟バカ!」
 私はそれを聞いて慌ててアナウンス室に飛び込み、ざっと今日の放送原稿を確認する。
 分厚い防音ガラスの向こうでサイトウが『やります』の札を掲げていて、私はそれに大きく頷く。
 数秒後、よーく慣れ親しんだ朝の放送の音楽が流れ始めた。
 私の気持ちをいつ伝えるかについては後回しだ。
 でもどうせならバレンタインみたいなイベントの日じゃなくて、なんでもない日にそっと伝えられたらいいな。
 そんなことを考えながら私はサイトウの合図で放送原稿を読んだ。
(おわり)

2025.2.13《そっと伝えたい》

2/13/2025, 9:48:23 AM

《未来の記憶》

「《未来の記憶》?」
 とある水曜日の朝、私、熊山明里は突然意味不明なことを言ってきた親友のなつこと中川夏実に怪訝な声を返した。
「そう。なんか今朝のテレビの占いで《未来の記憶》について話し合うとラッキーって言ってた」
「どんな占いだよそれ」
「本当にそれ。まあ細かいことは置いといて、明里はなんか思い浮かぶ?」
「未来の記憶って要するに私たちの未来の姿ってことでしょ? 特に何も思い浮かばないわね」
「やっぱ明里は現実主義だもんなー。じゃあ仮に10年後の姿は?」
「10年後……、多分並木FMでラジオパーソナリティやってる」
 並木FMはここ、並木町にしか届かない小規模なFMラジオ放送で、小学校高学年からずっと放送委員会をしていて、今に至っては副委員長までしている私にお似合いの声を使った仕事だ。案外悪くないと思ってる。
「あー、確かにやってそう。あとこれだけは断言する! 蒼戒と結婚してる!」
「はあああ?! ありえないから!」
 本人がいないからいいものの、一体何を言い出すんだこいつは。
「ぜーーったいありえるもん! ついでに言うと明里と蒼戒の結婚式でハルが号泣してると思う!」
「……それはある」
 相手が私かどうかはともかく、蒼戒が結婚するとなったらサイトウは号泣してそうだ。
「さらに言うとハルは結局結婚しないと思う!」
「それもある」
 サイトウの弟バカは有名で、『彼女欲しいー』なんてしょっちゅうボヤいてるけど本気で言ってないことは多分みんな気づいてる。
 あいつは蒼戒が幸せになるまで彼女作る気もないし、結婚する気もないのだ。まあ仮に蒼戒が結婚してもサイトウ自身が結婚するとは思えないが。
「そもそもあいつ蒼戒いなくて生きていけるのかしら……」
「確かに……。生活面は問題ないとしても弟ロスになってしょっちゅう会いに行ってそう」
「ありそう……」
 それこそ、『よう!』って超軽いノリで会いに行ってそうな。
「ハルはどんな仕事するのかな〜?」
「並木FMのアシスタントとか?」
「ありそう〜。あとは野球選手とか?」
「スポーツ実況者もあるかもね」
「それが1番ありそう!」
「確かに。ちなみにあんたは警察官でしょ?」
「うん。多分紅野くんと一緒」
「いいねぇ、お熱いこった」
「そ、そんなんじゃないもん!」
「ちなみにいるとしたら2課?」
「どうだろう。祈莉先輩は2課らしいんだけどあたしたちはどうなるのかな〜」
「まあ未来のことはわからないということで」
「そうだねー。あ、そいえば昨日さ〜」
 私が軽く話を締めると、そのまま話題は別のものに移ってしまったのだった。
(おわり)

2025.2.12《未来の記憶》

2/11/2025, 4:53:28 PM

《ココロ》

「ココロ、ねぇ……」
「心がどうかしたのか?」
 とある日の下校中、私、熊山明里が呟くと、たまたま出会って一緒に歩いていたら蒼戒が反応した。
「心がどうかしたのか、ってなんか私が変な人みたいじゃない」
「いや別にそう言う意味では……」
「知ってる。ほら、放送委員会と演劇部のラジオドラマの話があったでしょ?」
「ああ、この前議案書が出てたな」
「あれのテーマが《ココロ》なのよ。この前羅針盤になりかけたんだけどさすがに無理があるってことで変わったんだけど……」
「何も思い浮かばない、と」
「そゆこと〜。でも演劇部の連中になんかアイディア出せやって言われてるのよねー。蒼戒なんか思いつかない?」
「……夏目漱石?」
「だよねー。というかそもそもこのテーマの出所が夏目漱石なのよ」
「今度はたまたま放送室に来た誰かが夏目漱石の『こころ』を持っていた、と」
「御名答。ちなみに羅針盤の時は岩下が方位磁針を持ってたからで、今回は国語の山田先生」
「なるほど。もういっそのこと夏目漱石の『こころ』の朗読劇に変更したらどうだ?」
「それも考えたんだけどあの話かなり長いからさ〜」
「確かに……」
「あとそれだと演劇部とコラボした意味なくね? って意見が出た」
「……大変だな、放送副委員長」
「まあ委員長がサイトウだから大体の責任はあいつに押し付けて私は裏の元締めだけどね。それに副会長の方が大変でしょ?」
 蒼戒はこれでも生徒会副会長である。しかも2年生で。
「まあ……今年のメンバーはどいつもこいつも濃すぎるからな」
 今年の生徒会メンバーは、会長がイベント大好き町長の孫、人呼んでMr.破天荒で、女副がチア部のギャル、議長と会計の混ぜるな危険の犬猿コンビなどなど、どいつもこいつも『濃い』。
「あれの裏の元締めの方がキツいでしょ。少なくとも私はムリ」
「だろうな。お前はどちらかと言うと締められる側だと思う」
「ひっどーい! 私だって放送の裏の元締めだよ?」
「まあ委員長があのバカだから」
「それは言えてる」
 とまあこんな感じで話がどんどん脱線していき。
 結局ラジオドラマのアイディアは出なかったため、またもっとわかりやすいお題にしようか、と議論が重ねられることになった。
(おわり)

※この話はかなり前の《羅針盤》の後日談(?)になっています。よかったら《羅針盤》も読んでくれると嬉しいです。

2025.2.11《ココロ》

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